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風巫女と精霊の国  作者: もも野はち助
【番外編】

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リーネの忠誠心

本編2話に少し出ていたエリアテールと侍女リーネの出会いの話になります。

登場しているエリアテールは15歳、リーネは12歳です。

 城内の中庭の滅多に人が通らない場所にあるベンチで、一人の少女が歯を食いしばって、泣くのを堪えていた。


「もうヤダ……。いっそ出家したい……」


 少女の名前はリーネ・ヘンベルトン。

 ピンクの綿菓子の様なふわふわの髪を黒いリボンで、ツインテールにしている。

 そして淡いターコイズ色の大きな瞳には、ぶわりと涙を溜めていた。

 12歳になったばかりの彼女は、二か月前にこの大国コーリングスターで、侍女見習いを始めたばかりだ。


 リーネは、コーリングスター内の小さな農村を治めている男爵家の長女だ。

 しかし昨年、野心家の父が仕えている伯爵家の令息との縁談話を持って来た。

 その令息は、幼少期からリーネに嫌がらせをする大っ嫌いな相手だった……。


 そんなリーネは、必死に父親に縁談を断って欲しいと懇願した。

 しかし、父は一向に聞き入れず、その話をどんどん進めようとする。

 あまりの父の対応にリーネはブチ切れ、この大国コーリングスターの侍女見習いに勝手に応募したのだ。


 通常ならば伯爵家の令嬢が率先して採用されるのだが……容姿に恵まれていたリーネは男爵家の令嬢でありながら、その採用試験に奇跡的に合格した。

 そんなリーネの城内入りを野心家の父は、ある条件付きで一時的に許す。

 その条件とは、18歳になるまで婚約を打診した伯爵家以上の男性との婚約話を持ってくるか、王族付きの侍女になるか、そのどちらかを達成する事だ。

 でなければ、成人した時点で先の伯爵家に嫁がせるという内容だった。


 父曰く、短気で世間知らずな娘では、そのどちらも到底達成出来ず、早々に挫折するだろうと見通しての条件だ。そして売り言葉に買い言葉で、リーネはその父の条件を呑み、この城に侍女見習いとして二か月前にやってきた。


 しかし……父の言う通り、リーネにとっては大国の侍女見習いは、かなり厳しいものだった。リーネ自身、かなり負けん気が強い為、初めの一カ月は必至で、それらの仕事内容や作法などを覚えようと努力した。

 だが、自分と同じ侍女見習いの殆どが底辺から中堅とは言え、伯爵家の令嬢だ。

 元から身に付けている作法や所作などの部分では、男爵家のリーネとでは、どうしてもスタート地点が違う。他侍女見習いの少女達が当たり前の様に出来る事が、リーネには出来ていなかったのだ。


 その為、見習い指導をしている侍女頭からリーネは、特に厳しく指導される。

 初めは育った環境もあるので、仕方ないと頑張っていたリーネ……。

 しかし、二か月経った今でも、その指導回数が減る事はなかった。


 そしてそんなリーネを男爵家出という理由だけで、見下してくる侍女見習いの仲間も数人いた。彼女達は主にリーネが叱られている時、わざと聞こえる様に陰口を言ってくる。

 だが、実際に出来ていない自分が悪いと自覚していたリーネは、何も反論出来ずにそのまま泣き寝入りするしかなかった……。


 そんな厳しい状況のリーネだったが、どうしてもその伯爵家に嫁ぐ事だけは嫌だった為、何とかして頑張ろうと必死になった。

 しかし……二か月を切った辺りで、リーネの精神はボロボロになる。


 自分を指導している侍女頭は、何故かリーネにだけ特に厳しく接した。

 他の伯爵令嬢達が出来ていない時は何も言わない癖に、リーネの時だけ重箱の隅を突く様に指摘してくるのだ。

 同時に同僚の侍女見習いからの陰口も、エスカレートして行く。


 唯一の救いは、そんな侍女見習い仲間の中にも、リーネに優しく接してくれる少女が何人かいた事だ。彼女達はそんなリーネの状態を見かねて、侍女頭に体調不良だと訴え、今日だけ半休をと申し出てくれた。

 もちろん、そんな事は侍女頭には通用しないのだが……。

 自分達がリーネの分まで働くと訴え、リーネに安らぐ時間を作ってくれたのだ。


 そんな優しい同僚達のお陰で、今日のリーネは体調不良という事で自室に戻ろうとしていた。しかし、そんな不甲斐ない自分に悔しくなってしまい、すぐに部屋に戻る気持ちにはなれなかった……。

 そしてふらりとやってきたのが、この中庭の人通りが少いないベンチだ。

 薄暗い部屋で泣けば、一層惨めになる……。

 だから誰にも見られないこの場所で、思いっきり泣いて行こうと思ったリーネ。


 しかし、いざ泣こうとすると悔しさから、つい歯を食いしばって堪えてしまう。

 負けず嫌いなリーネは、泣く事は自分の負けを認める行為だと思っていた。

 それでも胸に溜まった悔しさは、吐き出さない限り燻りづける……。

 泣いて吐き出す事も出来ないリーネは、その中庭のベンチから動けなくなってしまったのだ。


 そんな状態が15分くらい続いた時、目の前の刈り込んだ植木が音を立てる。

 今の状態を見られる事を恐れたリーネが、慌ててその場から離れようとした。

 しかし、そこから現れたのは王太子の婚約者である風巫女エリアテールだった。


 どうやら、この中庭を散歩している様子だ。

 流石に王太子の婚約者の前から、黙って去る事は出来ない……。

 リーネは必至で涙を引っ込め、慌ててスカートの裾を摘まんで、ちょこんとエリアテールに礼をとる。するとエリアテールが、声を掛けてきた。


「こんにちは! 小さな侍女さん」


 可でも不可でもない平凡で素朴な顔立ちのエリアテールだが……その誰にでも気さくに声を掛けてくるほんわかとした雰囲気と美しい歌声で、城内の者達からは絶大な支持を得ている。

 しかし、リーネは遠目で見た事があるだけで、顔を会わすのは初めてだ。


「エリアテール様、ご機嫌うるわしゅうございます」


 そう言って礼をとったまま、俯くリーネ。

 しかし、そんなリーネの様子にエリアテールがある事に気付く。


「どうかしたの? 何だか目が赤いようだけれど……」


 そう言って心配そうにリーネの顔を覗きこむエリアテール。

 そのエリアテールの声音があまりも優し過ぎて……リーネは、あっという間に涙腺を崩壊させてしまった。


「エリアテール様ぁぁぁ~……」


 いきなり大粒の涙をボロボロこぼしながら、ぎゅっとスカートの裾を握りしめるリーネに、エリアテールが慌てだす。


「だ、大丈夫!? とりあえず……こちらのベンチに座りましょう? ね?」


 そう言って、リーネが先程まで座っていたベンチに肩を抱きかかえて誘導した。


「もぉ、申し訳ございません……」

「いいの。気にしないで。大丈夫だから、ゆっくり落ち着きましょう?」


 そう言ってリーネの背中を優しく撫でるエリアテール。

 15歳のエリアテールにとって12歳の童顔なリーネは、まだ幼い子供だ。

 大人に混じって侍女などをやっていれば、きっと辛い事もあるだろう……。

 そう思うと、手を差し伸べずにはいられなかったのだ。


「お仕事で辛い事があったの……?」

「いいえ……。お仕事は皆と同じなのですが……自分の未熟さ故、私ばかりが失敗してしまって……」


 大粒の涙をこぼし、鼻をグシグシさせながら、リーネが少しずつ語り出す。

 父親に無理矢理嫌いな相手の婚約者にさせられそうになった事。

 それを回避する為、ここの侍女見習いに応募した事。

 その際、父親から二つの条件を出された事。

 達成できなければ、成人後はその嫌いな相手に嫁がなければならない事。

 それなのに条件達成どころか、自分は侍女の仕事すら満足に出来ない状況な事。


 12歳の少女が抱えるには、やや重い内容にエリアテールは心を痛める。


「でも、ほら! あなたはとても可愛らしい容姿だから、お父様が出されたその伯爵家以上の男性に見初めらるという部分で頑張れば……」

「男の子なんて……みんな意地悪だから大っ嫌いですぅ……」


 断固として、その道を選ぶ気はない様子のリーネ。

 恐らくこの容姿では、幼少期に気を引こうとした男の子達にちょっかいを掛けられる事が、多かったのだろう……。

 エリアテール自身、幼少期から今現在まで自分の周りにいた男の子というのは、自分に甘すぎるアレクシスと、自分に厳しいが何だかんだで面倒見のいいイクレイオスというハイスペックな二人しかいなかったので、男の子に関してのマイナスな印象が一切ない。

 その為、リーネの気持ちが、よく分からない……。


「もうこのままでは……あの伯爵家に嫁ぐしかありません……」


 そう嘆くと、リーネは再びボロボロと大粒の涙を溢し始めた。

 そんなリーネの背中を慰める様にエリアテールが、再び優しく撫でる。


「そうなると……解決策は一つしかないのではないかしら……?」

「え……?」

「頑張って、王族付きの侍女になる事!」

「そ、それは……私の力量では到底無理な……」

「そんな事はないわ。だって、あなたはちゃんと自分が力不足だって自覚しているもの。その事を分かっている人は、大丈夫!」


 そう言ってエリアテールは、両手でリーネの手を取る。


「それにあなたは、侍女頭に注意された事を一生懸命こなせるように努力しているのでしょう? それが出来る事は、あなたがもの凄く頑張り屋だからだと思うの。そういう人は、きっとこの先伸びる人だと思うわ」

「エリアテール様ぁ……」

「だからね、もう少しだけ、頑張ってみない?」


 そうリーネを励ますエリアテールも、過去にリーネと同じように躓いた人間だ。

 風巫女としてデビューする前の作法や一般教養の詰め込み教育。

 仮とは言え、イクレイオスの婚約者となってからは、更に難しい王妃教育。

 決して飲み込みの良い方ではないエリアテールだが、頑張りぬく事が出来た事は、根気強く指導してくれた教育係やファルモ、そしてすぐに相談出来る王妃イシリアーナや、優秀なイクレイオスとアレクシス達が、常に自分の周りにいるという恵まれた環境だったからだ。


 そしてそれはリーネにも言える事だ。

 彼女は今日の様に、伯爵令嬢でありながら男爵家出のリーネを助けてくれる素敵な侍女仲間達をしっかり得ている。

 人に頼る事が苦手そうなこの小さな侍女が、その存在に気付ければ、もっと頑張る事が出来ると思ったエリアテール。


「まだ私は……頑張れるのでしょうか……?」

「ええ、もちろん!」


 にっこり微笑むエリアテールのその言葉に、リーネの心が少しづつ修復される。


「でもただ頑張れとだけ言われても、そう簡単に出来る事ではないのだから、あまりにも無責任な励まし方かしら……」

「そ、そんな事は!」

「そうだわ! 良かったらあなたを応援する歌を歌ってあげるのは、どう?」

「ええっ!? そ、そのような恐れ多い事を王太子様のご婚約者様からして頂くのは……。そもそも風呼びの儀は、王族の方が許可した者しか、拝見出来ないと伺っております!」

「大丈夫。だってこれは風呼びの儀ではないもの。わたくしの気分で歌うだけなのだから、風を起こす程の歌にはならないわ」

「私の様な底辺の者の為に……本当によろしいのですか……?」

「もちろん! だってわたくしが歌ってあげたいと思ったのだもの」


 そう言って、少しいたずらっぽい笑みを浮かべるエリアテール。


「それで、あなたの希望の歌があれば、それを歌おうと思うのだけれど……」

「滅相もございません! どうぞエリアテール様のお好きな歌を! 私は目の前で歌を聴かせて頂くだけで、充分幸せでございます!」

「そう? ではこちらで勝手に決めてしまうわね?」


 そしてエリアテールは、ふわりとベンチから立ち上がり、リーネの方を向く。

 そのまま瞳を閉じて、大きく空気を吸うように両手を広げた。

 城内では底辺層の自分の為に、王太子の婚約者が本当に歌ってくれようとしている行動に、リーネは胸の中になんだか温かい想いがこみ上げてくる。


 そしてエリアテールは、空に向かってゆっくりと歌い出した。

 高く澄んだ歌声で紡ぎ出された歌は、リーネが初めて聴く歌だった。

 恐らくエリアテールの自国であるサンライズで生まれた歌なのだろう。

 優しく、ゆっくりと始まるその歌は、エリアテールの澄んだ声の為に生み出されたような……そんな完璧な調和を感じさせる。


 思わずその歌声に聴き入ってしまうリーネ。

 だがそれとは別にリーネは、歌うエリアテールから目を離せなくなっていた。


 先程まで、ごく普通のどこにでもいそうな様子だったエリアテール。

 しかし、歌を紡ぎ出した途端、その雰囲気はガラリと変わる。

 慈愛に満ちた表情で美しい歌声を奏で出すその姿は、まさに聖女か女神だ。

 しかも、その紡がれている歌は、自分の為だけに歌われている……。

 こんな贅沢な経験が出来るなど、少し前のリーネでは考えられない事だ。


 そして何よりもリーネの心を打ったのは、エリアテールが選んだ歌だ。

 知らない、初めて聴くその歌には、サビ部分である言葉が繰り返し出てくる。


『自分を信じて』


 勝手に決めるとさらりと言っていたエリアテールだが、選んだ歌には一番リーネに贈りたいメッセージが込められていた。

 そんなエリアテールの心遣いにリーネの瞳から、再びボロボロと涙が零れ出す。

 そして同時にある想いが浮かんだ。


 もっと頑張りたい……。絶対、この人に仕える為に!


 父が出した条件、その一つは王族付きの侍女になる事だ。

 将来的に王太子の妻という未来が待ち受けているエリアテール付きの侍女になれば、父を納得させられる。


 だが何よりも、自分の為に頑張るより誰かの為の方が、俄然と頑張れるリーネ。

 父の条件をクリアする事も重要だが……それ以上にエリアテールに仕えたいという想いが、リーネの中で強く、そして大きく膨らんでいった。

 その決意は固く、決してブレる事のない新たな目標を見出したリーネ。

 そんなリーネに、歌い終えたエリアテールが優しく微笑む。


「もう大丈夫そうね? 小さな侍女さん?」

「はい! 本当に……本当にありがとうございました! この御恩は一生忘れません! いつか必ずお返し出来よう頑張ります!」

「そんな大げさな事ではないのに……」


 苦笑しつつもリーネの隣に腰を下ろしたエリアテールは、リーネの頭を撫でた。

 すると……遠くからエリアテールを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。


「あら、エリーナだわ? 何をそんなに慌てて……って、そういえば……午後からイクレイオス様にお呼び出しされていた事を……すっかり忘れていたわ!」


「ええっ!? だ、大丈夫なのでございますか!?」

「だ、大丈夫……。多分、お叱りを受けるとしても、イクレイオス様に頬を引っ張られるだけだから……」


 大丈夫と言いつつも、やや青ざめているエリアテールから、よほど思いっきり頬を引っ張られるのであろうと悟ったリーネ。


「も、申し訳ございません! 私の様な者の所為で……」

「気にしないで! そもそもあなたと出会った時点で、すでにイクレイオス様からのお呼び出し時間は過ぎていたの!」

「ええっ!?」


 王太子からの呼び出しを、すっかり忘れていたエリアテールに驚くリーネ。

 そんなリーネを残し、エリアテールは慌てて自分を呼ぶ侍女の元へと駆け出す。


「それでは頑張ってね! 小さな侍女さん!」

「は、はい!」


 そして真っ青な顔をして必死にエリアテールを探していた侍女と合流すると、エリアテールまでも真っ青な顔になる。

 そのまま二人は、慌てて城内へと向かって去って行った。


「そいういえば……名乗る事をすっかり忘れてしまったわ……」


 最後まで『小さな侍女さん』と呼ばれていた事から、肝心な部分をすっ飛ばしていた事に気付いたリーネ。

 でもここで頑張っている限り、いつかまた城内で再会を果たせる。

 その事を胸にリーネは自室ではなく、再び仕事場へと戻って行った。


 それから半年後……。

 新たにエリアテール付きの侍女をもう一人増やすという募集が城内に出された。

 その募集に真っ先に応募したリーネ。

 その際、リーネに付けられた推薦状は、見習い指導を担当した侍女頭によって、誰よりも長く、しっかりと詳細が記載された丁寧な内容だったそうだ。


 そんなリーネは今現在、大好きな主の下で、今日も元気一杯に誠心誠意尽くしながら、エリアテールに仕えている。

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