出会い
『初恋』の直後の話になります。
内容はイクレイオスの側近のロッド視点気味でお送りいたします。
「あんのクソ王太子様め……」
そう悪態をついて、肩を怒らせながら足早に城内を練り歩く一人の少年……イクレイオスの側近見習いで、現在側使い歴4年のロッドだ。
11歳にしては長身で、落ち着いた端正な顔立ちのその少年は、早くもメイド見習い達から注目されている。しかし当人としては、ぶっ飛んだハイスペック王太子の面倒を見る事に精一杯で、青春など謳歌する予定は一切ないという、かわいそうな運命の持ち主だ。
代々優秀な人材を輩出するランスリード伯爵家の次男として生まれたロッドには、年の離れた兄と姉がいる。その二人は、現在王家直属の優秀な魔法騎士として活躍しており、ロッドにもその片鱗がしっかりと表れている。
そんな忠誠心にも定評があり、コーリングスター王家の信頼も厚いそのランスリード家の次男が、王太子殿下でもあるイクレイオスに対して、不敬ともとれる悪態をつきながら城内を歩き回っているのには、それなりの理由がある。
昨日の夕刻、王妃イシリアーナから本日着任の新しい風巫女に挨拶をさせたいとの事で、イクレイオスの捕獲を命じられたロッド。その為、今朝方かなり早くにイクレイオスの部屋を訪ねたのだが……すでに部屋の中は、もぬけの殻だった。
逃げられる事を想定して、かなり早い時間を狙ったロッド。
しかし、イクレイオスの方でも、それは想定済だったようで、侍女のエリーナの話では朝の5時頃には、部屋を出て行ったとの事だった。
「クソ! まさかここまで徹底して逃げられるとは……」
ここ最近のロッドは、イクレイオスの逃亡に対して惨敗し続けている……。
そもそも今から三か月前、イシリアーナが招いた公爵家と伯爵家の令嬢達の猛アタックにウンザリしていたイクレイオスは、ずっと逃亡ばかりを繰り返していた。この間もロッドと国王相談役のファルモは、血眼になってイクレイオスの捜索を行っている。
そして最終的に令嬢達にブチ切れ、その令嬢達に微笑みながら奈落に落とす様な言葉を吐き、完全に撃退したイクレイオス。
そんなやっと平穏を取り戻したはずだったのだが……。今度は父である国王から、ずっとサボっていた剣術の稽古を指摘され、ロッドに稽古をつけて貰う様言われてしまい、ここ一週間ほどロッドから、ずっと逃げ続けていたのだ。
そんなイクレイオス自身は、決して運動神経が悪い訳ではない。むしろ一度でも技や動きを見たり、知識を得てしまえば、何でもすぐに出来てしまう子供だった。
そもそもロッド相手にこれだけ逃げ回れるのだから、身のこなしや気配の消し方は、一級品と言っても過言ではない。
しかし問題なのは、無駄な事を嫌う性格ゆえ、通常の子供よりも持久力が無さ過ぎるという部分だ……。剣術の稽古の一環として、体力作りは基本中の鍛錬……。
イクレイオスは、それを無駄な行為と捉え、極端に嫌った。
そもそも4属性の魔法が使えれば、身を守るのに剣術など必要がない。
例え剣術が、王族の嗜みの一つだったとしても……。
そんな考えから、イクレイオスの剣術嫌いは、どんどん悪化していった。
そしてこの一週間、ずっとイクレイオスとの果てしない追いかけっこを繰り広げていたロッド。だが、今日に関しては他国から招く風巫女への挨拶という外交的な理由から、何としてでもイクレイオスを捕獲せねばならない。
しかし、そんなこちらの気持ちなど露知らずなイクレイオスは、逃げ続ける。
そして、一緒に捜索しているファルモは、年齢的に体力の限界が近かった……。
そんなファルモの分まで、ロッドは必死にイクレイオスを探していた。
「全く! 神童と呼ばれる程の優秀さを持ちながら、変な所で子供らしさが全開になるとは……」
再び愚痴をこぼしながら、城内を彷徨っていると……。
目の前にオロオロしながら、チョコチョコ動いている小さな少女が姿を現した。6歳くらいのその少女は、二つに束ねたスペアミント色の量の少ない髪をリボンの様に翻しながら、窓の外を覗いては、窓と向かいあう部屋の扉の鍵穴からそっと中を覗き、何故かガックリするという行為を繰り返している。
「あの、もしや本日ご着任の風巫女エリアテール様ではございませんか……?」
ロッドが出来るだけ優しく声を掛けると、その少女はビクっとして振り返った。
「はい……。そうでございます……」
そして、しゅんとしながら俯き、自分のドレスをぎゅっと握り締めている。
その様子を見て、すぐに迷子になっている事に気づいたロッド。
「もしや……ご滞在のお部屋が分からなくなってしまわれたのですか?」
「はい……。その、廊下の窓から見えたお庭が見たくて……。ちょっと外に出たら、どの扉から出てきたのか、分からなくなってしまって……」
そう言ってキャメルブラウンの瞳にじんわりと涙を溜めだす。
そんなエリアテールの許に近づき、ロッドが目線を合わせる為に膝を折る。
「私は王太子イクレイオス様の側使いをしているロッド・ランスリードと申します。もしよろしければ、エリアテール様がご滞在中のお部屋まで、ご案内いたしましょうか?」
そう優しく声を掛けると、エリアテールの瞳から涙が引っ込んだ。
「お願い……出来ますか……?」
「ええ、もちろん! それと……私は今後、恐らくエリアテール様にもお仕えする身となります。どうぞ、砕けた口調でお声がけくださいませ」
すると、エリアテールの顔がぱぁ~っと明るくなる。
「ロッド、どうもありがとう!」
その子供特有の愛らしい笑顔に思わずロッドは、ホロリとした。
「そうですよね……。お子様というのは、本来はこのような愛らし存在であり、けっしてあの様なクソガキばかりではありませんよね……」
思わず本音を漏らしてしまったロッドに、エリアテールが心配そうな顔をする。
「ロッド、どうしたの? 何か悲しい事を思い出してしまったの?」
「申し訳ございません……。あまりにも素直で純粋なエリアテール様に癒されてしまい、少々取り乱しました……」
「純粋? 癒し?」
「私の事はお気になさらず! さぁ、お部屋にご案内いたしますね」
そう言ってロッドがエリアテールに手を差し出すと、エリアテールは人懐っこい笑顔を浮かべながら、小さな手を乗せてきた。
そしてロッドと手を繋ぎながら歩き出す。
「エリアテール様は、本日はお一人で来られたのですか?」
「いいえ。お父様とライナス兄様と一緒に来たの!」
「ライナス様とは……確かフェリアテール様のご婚約者の方ですね」
「そうなの! フェリア姉様はね、来月ライナス兄様とご結婚なさるのよ? その時、わたくしはお祝いのお歌を歌うの!」
その言葉にロッドが、先程城内に響き渡った天使の様な歌声を思い出す。
「あのような素敵な歌声でお祝いなさるのであれば、フェリアテール様は、きっと大喜びなさると思いますよ?」
「本当!? じゃあ、うんっと頑張って歌わないと!」
そう言って、にっこりと笑顔を向けてロッドを見上げてくるエリアテール。
普段、可愛げのかの字もないイクレイオスを相手にしている所為なのか……。
またまたエリアテールの癒し効果抜群の笑顔にホロリとしてしまうロッド。
どうせなら、こういう子供らしい純真さを持っている主にお仕えしたい……思わずそう思ってしまった。
そんなホロリとしていたロッドだが、エリアテールが滞在している部屋が見えてきたので、その扉を指さした。
「エリアテール様、あちらのドアノブが金色の扉がお泊り頂いているお部屋……」
そうエリアテールに説明をしようとしたロッドだったが……。
次の瞬間、目の前の十字路を猛スピードで駆け抜けて行く小憎たらしい存在が目に入り、思わず言葉が止まってしまう。
「ロッド? どうしたの?」
「いえ……その……」
ロッドが茫然としていると、猛スピードで駆け抜けて行ったその小憎たらしい存在が、何故かリターンしてきた。そしてエリアテールと手を繋いでいるロッドに、怪訝そうに目を向ける。
「ロッド……お前は私を血眼になって探しもせずに、何故このような所で幼女と戯れているのだ?」
散々逃げ回っていた癖に、しれっと言うイクレイオスに対して、ロッドはこめかみにビキッと青筋を立てる。
「戯れてなどおりません! 誤解を招く様な言い方をなさらないでください!」
そのロッドの様子にエリアテールがビクっとなり、ロッドの後ろに隠れる様な仕草をする。その様子に慌てたロッドが、宥める様にエリアテールに話しかけた。
「エリアテール様、驚かせてしまって申し訳ございません……。こちらは我が主、王太子のイクレイオス様でございます」
するとエリアテールがロッドの後ろから、そっとイクレイオスを覗き見る。
「お前が新しく着任した風巫女か?」
子供らしからぬ威圧的な物言いに一瞬、エリアテールが目をパチクリさせる。しかし、すぐに相手がこの国の王太子だと認識すると、慌てて最上級の礼を取った。
「大変失礼致しました! 本日付けで風巫女として着任致しますブレスト家四女のエリアテール・ウインド・ブレストと申します。姉フェリアテールの後任として精一杯務めさせて頂きますので、どうぞ以後お見知りおきを……」
最初のボケっとしてそうな印象とは違い、スラスラと挨拶の口上が出てくるところを見ると、フェリアテール同様、ブレスト家の社交教育は、相当しっかりしている物らしい。
隣にいるロッドでさえ、唖然とした表情でエリアテールを見つめている。
「イクレイオス・センチュリー・コーリングスターだ。エリアテールと言ったな? 何故お前はこのような所で、ロッドに手を引かれている?」
するとエリアテールは、しゅんと俯いてしまった。
「その……廊下の窓からお外のお庭を少し拝見したくて……。それで廊下に出たら……お部屋が分からなくなってしまって……」
「そんなに庭が見たかったのか?」
「はい……。あの様な大きくて立派なお庭は、今まで見た事が無かったので……」
すると、イクレイオスが呆れた様に大きなため息をつく。
「そんなに見たいのなら案内してやる」
「え……?」
「ええっ!?」
「何だロッド。私が案内してはいけないのか?」
「い、いえ、そのような事は……」
三ヶ月前の貴族令嬢達にウンザリしていたイクレイオスからの予想外な発言に、思わず声を上げて驚くロッド。
対してエリアテールの方は、ぱぁ~っと明るい表情を浮かべる。
「よ、よろしいのですか!?」
「ああ。母上からもお前に挨拶する様、言われていたからな。そのついでだ」
その言葉にピクリとロッドが反応する。
散々逃げ回っていた癖にどの口がそんな事を……と思いつつも、今のイクレイオスの行動の意図が全く読めない。
「ロッド、お前はもう下がっていいぞ? そのかわりエリーナに、後で中庭まで来る様に伝えておけ」
「はぁ……。かしこまりました」
「それと……エリアテールの部屋のドアノブに目印用のリボンでも結び付けておけ。そうすればもう部屋が分からなくなる事はないだろう」
「か、かしこまりました……」
「エリアテール、行くぞ!」
「はい!」
そうしてスタスタ歩くイクレイオスと、その後をチョコチョコ付いていくエリアテールの後ろ姿を茫然と見送るロッド。
「一体……どういう風の吹き回しなんだ……?」
エリアテールに対して、予想外のイクレイオスの行動に思わず目を丸くする。
そもそもイクレイオスが、自分と同世代の子供に興味を持つなんて、今までの事から考えると……ほぼあり得ない事なのだ。
「風巫女だったからか……?」
それならば前任のフェリアテールにも興味を持つはずだが……。
物怖じせずに生意気なイクレイオスをからかって楽しんでいたフェリアテールの事は、弱冠鬱陶しそうにしていただけで、特に関心を持っている様子はなかった。
だがそれとは別にロッドが驚いた事は、エリアテールがすんなりイクレイオスに打ち解けてしまった事だ。
大抵の貴族令嬢なら、あの整い過ぎた顔立ちにのぼせ上るか、子供らしかぬ大人びた物言いに怖気づいてしまう子供が多い…。
しかし、エリアテールはそんな反応は一切見せず、素直にイクレイオスの存在を受け入れてしまった。
「まぁ、イクレイオス様にもやっと年の近しいご友人が出来た事は、喜ばしい事なのかもしれないな……」
大人顔負けの小生意気な王太子の貴重な子供らしい一面を見れたロッドは、笑みを浮かべながら、そう呟いた。
しかし、この一ヶ月後……。
イクレイオス提案によるエリアテールとの婚約話が決まった事を聞いたロッドは、盛大に肩を落とす。
「ご友人ではなく、こっちの方が狙いだったのか……」
前回のたった10日間の滞在期間中に、美しい歌声と人懐っこくて素朴で愛らしい笑顔で、王妃イシリアーナだけでなく、城内の殆どの使用人達の心を鷲掴みにしてしまったエリアテール。
しかし……そのエリアテールが仮とは言え、将来は魔王的存在確定のイクレイオスの婚約者に抜擢されたという話は、ロッドだけではなく、多くの使用人達の心を折る事となった……。
「主の初恋は喜ぶべき事なのだろうけど……」
そう呟いたロッドだが……。
エリアテールの今後の不憫さを考えると、とても喜ぶ事など出来なかった……。
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