忌々しい巫女力
婚約披露宴翌日の王太子二名のある意味、ボーイズトークな会話です。
無事、大成功を収めたイクレイオスとエリアテールの婚約披露宴。
後半、エリアテールに対してのイクレイオスの暴走が、ややあったものの……。
今回の事で二人の不仲説は綺麗に払拭出来たうえ、仲睦まじい印象を周りに深く刻みつけた。
更に招待客の間でも、サンライズとコーリングスター間で色々な事業や商談などの話も生まれた様だ。それらの新事業や商談の申請書が、翌日早々イクレイオスのもとに上がって来た為、朝からイクレイオスはその申請書の確認に追われている。
そして、ちょうど出席していたサンライズの王太子でもあるアレクシスもまた、その申請書の確認を行っていた。
その為、翌日になってもアレクシスは、まだコーリングスターに滞在している。
「イクス……この新事業の契約申請内容、かなり胡散臭いんだけど……」
「アーガント家の放蕩息子のものだろ? そんなもの捨てて置け」
「放蕩息子って知っているなら、この伯爵家……何とかしなよ?」
「関わるだけ時間の無駄だ。放っておけば勝手に自滅する」
大概の申請書の内容は、両国にとって実りある新事業や商談が殆どなのだが……たまに箸にも棒にも引っかからない内容や、どさくさに紛れて違法な内容での事業申請も結構上がっている。
それをたまたまこの頭の切れすぎる両国の王太子が、二人一緒に見極めているのだから……その査定基準は、かなり厳しい。
「そういえば……エリアは今日、何をしているの?」
いつも自分が訪れると、イクレイオスとセットでいる事が多いエリアテールの姿が見えない事にアレクシスが気になったようだ。
「今朝方、エリアの友人であるウォーレスト家の伯爵令嬢の訪問があって、その対応をしている」
「ああ! 君が呪いの影響で追い回していた噂のマリアンヌ嬢! エリアは本当に彼女と仲が良いんだね。でも、流石に今回の婚約披露宴には参加は無理か……」
「お前……フルネームまで覚えているのか?」
「当たり前じゃないか。一度見聞きした事がある人名は即覚える……これは王族の常識だろ?」
そう王族の鑑の様に語るアレクシスだが……あえて家名の方でマリアンヌを称したイクレイオスに対して、嫌味満載という態度だ。
「お前は、本っ当ーに人の神経を逆なでする事に関しては、天才的だな……」
「これぐらいの技量がないと、小国の王太子なんてやってられないからね」
そう言いながら、上がって来た申請書を選別するアレクシスだが……不可と思われる山の方が、やけに多い。
小国のサンライズの貴族は、大国のコーリングスターの貴族に比べ、大きな商談や事業の交渉に不慣れな人間が多いのだ。そこに付け込み、不利な条件だと気づかずにその話に乗ってしまっているケースが結構ある。
そういう申請内容をアレクシスは、全て不可の方に選別している。
ただし、全てを申請拒否する訳ではない。
これらに更にアレクシスの意地の悪い入れ知恵が追加されて、再度検討して貰うという算段だ。
「アレク……あまり私の国の貴族達をいたぶるなよ?」
「イクスがそれ言う? まぁ、うちのはお人好しな国民が多すぎるんだけど……」
気遣いや思いやりが高い国民性なのは誇らしいが……それだけでは各国と渡り合いながら自国の領地を守る事は出来ない。ある程度、ずる賢くなって欲しいものだと、アレクシスは常々感じている。
そういう意味ではコーリングスターの貴族達は、外交に関してのスキルが高い。
大金の動きにも慣れているし、不利な条件と言っても相手の許容範囲ギリギリの所を上手く突いて、自国に有益な内容で今回の申請を上げてきている。
流石、経験豊富な大国の貴族という感じだ。
一方、イクレイオスの方でも、かなり不可の申請書が多い。
内容的に違法ギリギリな申請書は、もちろん……。
それとは別にこれを機に不正常習者の貴族をリストアップしている様だ。
それを見たアレクシスは、イクレイオスも大概いい性格をしていると思った。
そんな腹黒い作業をイクレイオスの書斎で行っている二人。
先にある程度の選別が終わったアレクシスが、ふと何かを思い出す。
「そうそう! 実はイクスに早く伝えないといけない大事な話があったんだ!」
「大事な話なのに何故、今まで忘れていたんだ……」
申請書から目を離したイクレイオスが、呆れ顔でアレクシスを見やる。
「君さ、半年後に予定しているエリアとの婚礼の時も、今回みたいに風呼びの儀を披露するよね?」
「そうだな。あれは王家の印象を上げるには最高のパフォーマンスになるからな」
「なら挙式前にエリアの巫女力を奪うような事は、絶対にしないでね?」
「何を言っている……。そんな事、当たり前だろ?」
「もしその前に彼女が巫女力を失うような事があれば……僕はすぐに分かるよ?」
そう不敵に微笑むアレクシスに、イクレイオスが怪訝そうな顔をする。
「仮にそういう事態になったとして……いくらお前が誘導尋問が得意でも、流石にそこまでのプラベートな部分までは、エリアに確認する事は不可能ではないか?」
「イクス、その確認方法はエリアの口を割らせるとかではないよ?」
「ならば……どうやって確認する?」
「その方法は至極簡単だよ。もしそういう状況になっていた場合、婚礼の時にエリアが風の力を使っただけで、僕……及びサンライズの巫女だった人間全員が、エリアがすでに巫女力を失っている事にすぐ気付くから」
そのアレクシスの返答にイクレイオスが、手にしていた申請書をバサバサと床にまき散らす。
「はぁっ!? 何故そうなる!?」
どうやら予想外のアレクシスの返答に驚き、椅子から立ち上がって抗議する様に机に手を付く。
イクレイオスのその反応に「やっぱり……」とアレクシスは小さく呟いた。
「エリアの巫女力は、僕の晴天の力と発動の仕方が一緒なんだ。僕らがその力を使う時、無意識だけれども、それは自分自身の血に訴えかけて発動する」
「だから! 何故それだけで分かるんだ!」
苛立ちから食って掛かる様なイクレイオスの態度に、アレクシスが小さくため息をついた。
「要するに……巫女及びサンライズ王家の持つ天候を操る力は、その人間の内部から発動される力なんだ。だけど、仮に挙式前にエリアが処女性を失っていたら本来の巫女力は使えない……。そうなると婚礼で行う風呼びの儀は、君の国で得た風の精霊王より与えられた力を使う事になる。すなわち……それは外部から発動される力だ。本来の巫女力であれば、僕らは自分達と同じ条件で発動している力だから、違和感は特に感じない。でも、そうでない力でエリアが風が起こしていたら、僕らはすぐにその力の発動の仕方の違いに違和感を覚える……」
そこで一端、言葉を切ったアレクシスは、あえてニッコリとほほ笑む。
「よってエリアが風を起こすだけで、サンライズの人間……すなわち君達の婚礼の儀に招待された彼女の家族や親戚、巫女仲間の友人達、加えて僕らサンライズ王家の人間には、エリアがどちらの力で風を起こしているかで、彼女が婚前交渉済かそうでないかが、すぐに分かってしまう!」
その瞬間、イクレイオスが大きく目を見開き、茫然とする。
「冗談……だよな……?」
「いいや。本当だよ?」
アレクシスの返答に、イクレイオスが先程まで座っていた執務用の椅子に、力が抜けた様にドサリと沈み込む。
そんなイクレイオスの反応にアレクシスは、満足げに微笑んだ。
「あ、やっぱり知らなかったんだ? 良かった! 伝えといて」
「何がいいものかっ!」
「だって……もし君が知らないままだったら、半年後の婚礼の儀でエリアの貞操概念が疑われてしまう不名誉な事態になっていたかもしれないじゃないか……」
「そういう問題じゃないっ!」
そう勢いよく怒鳴ったイクレイオスだったが……。
余程の衝撃だったのか……机の上で組んだ両手の上に額を押し付けて、祈る様な姿勢で項垂れてしまった。
「11年間も耐え忍んだ挙句、半年もだと!? こんなふざけた事が許されるのか!?」
そのままブツブツと呪い節のように呟き出す。
「その様子だと……やっぱり婚約披露宴後は早々にエリアの巫女力を奪う気満々だったよね……?」
「うるさいっ!」
「良かった! 早目に釘さしといて。ちなみに巫女との婚前交渉は、巫女保護法の違反になるからね?」
「そんな事は知っている!」
知ってて実行しようとしていたのか……と、半ば呆れるアレクシス。
そしてイクレイオスの方は、机の上に組んだ両手に顎を付けて、恨みがましそうに部屋の一点を睨みつけている。
「お前の国の巫女力は、本当に忌々しい存在だな……」
「僕らサンライズ王家にとっては、神からの素晴らしい贈り物だよ?」
「巫女を娶る側としては、悪意しか感じられない!」
「僕も一応、君と同じく将来的には巫女を娶る側なんだけど……」
そう悪態を付くイクレイオスに白い目を向けるアレクシス。
「イクス、長期戦の末にやっと想い人が手中に収まる事が確定して、浮かれる気持ちは分かるけど……最後まで紳士的な接し方でいる事は、大切な事だと思うよ?」
「11年間、紳士的に接した結果、エリアの鈍感さが更に悪化したのだぞ!? だから今後、私は、一切、加減する気は、ない!」
そう言い放つイクレイオスは、先程床にばら撒いてしまった申請書を乱暴に拾い上げ、その殆どを不可の山へと追いやった。
そんなイクレイオスの様子に、かなり呆れるアレクシス。
しっかり釘をさしたので、両国の信頼関係の破綻に繋がる婚前交渉のようなバカな真似はしないとは思うが……年頃の青年の理性ほど当てにならない物はない。
そうなると、先程の『一切、加減する気はない』の言葉が妙に引っかかる……。
それと同時にアレクシスは、半年後の未来のエリアテールに大いに同情した。
恐らく……彼女は未来の夫から受ける執着という名の過剰な愛情の注ぎ方に、かなり苦労を強いられる事になるだろうと……。
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