婚約披露宴(前編)
本編で散々準備が危ぶまれていた婚約披露宴の話(前編)です。
長くなり過ぎたので二つに分けました。すみません…。(-_-;)
たくさんの小さなダイヤモンドが散りばめられ、裾から上に30cm程の部分に繊細なレースが飾り立てられた鮮やかな群青色のエンパイアドレスに身を包んだエリアテール。
ハイウエストのその細身のドレスは、スレンダーなエリアテールのボディラインを最も引き立てるようなシルエットだ。
髪には、かなり高品質の大粒のダイヤモンドを贅沢に使ったティアラが飾り付けられている。そのティアラは、横髪に沿う様に編み込みでまとめられた髪までも包み込むような骨組みのデザインの為、後ろから見ると豪華な髪留めのような役割も果たしていた。
両耳には、今回の為に用意された小粒のダイヤモンドがチェーンの様に連なり、最後にティアーズ型のダイヤモンドがあしらわれたピアスが揺れている。
生まれてこの方、ここまで着飾った自分を見るのが初めてなエリアテールは、鏡の前で石像の様に固まっていた。
その顔色は、緊張とは別の理由で真っ青になっている。
「エリーナ……。今、わたくしを着飾っているこれらの衣裳の総額って……」
「エリアテール様! 本当によくお似合いですよ!」
「そうではなくて……この今着ている衣裳の総額……」
「流石、イクレイオス様でござますね! とても素晴らしいお見立てで、思わず言葉を失ってしまいそうです!」
聞いている事に全く答えてくれないエリーナの態度から、とんでもない費用で用意された衣裳だと嫌でも理解したエリアテールは、息をする事さえ恐ろしくて、ピクリとも動けない……。
「エ、エリーナぁ……」
「ああ! 涙を流されてはいけません! 折角のお化粧が落ちてしまわれます!」
あまりの絢爛豪華な衣装に身を固められ、恐怖しか感じられないエリアテールは、その瞳にじんわりと涙を溜めだした。その様子にエリーナが慌てだす。
折角、三時間以上もかけて侍女6人掛かりで完璧に仕上げた身支度が、その一瞬で全て水の泡となってしまう。
「エリア、支度は出来たか?」
そんな今にも泣き出しそうなエリアテールに、イクレイオスが声を掛けながら入室してきた。
今まで一度も見た事がない正装のイクレイオスは、恐らく会場に姿を現しただけで、一瞬で周りの人間の視線を独占してしまいそうな程、普段以上に完璧で整い過ぎた見目麗しい姿をしている。
しかし……今のエリアテールは、それどころではない。
「イクレイオス様ぁ……」
最高級品のみで身を固められた恐怖から、首だけをゆっくりイクレイオスに向け、体を全く微動だにさせないエリアテールの様子にイクレイオスが怪訝そうな顔をする。
「何を情けない声を出している……」
「この様な恐れ多い絢爛豪華な衣装では、身動きが取れません……」
「大袈裟だろ!」
「では今回のわたくしの衣裳には、いか程のご予算が掛けられているのですか?」
「大したことは無い」
「そんな! どう見ても最高級なお品ばかりが……」
「だが、お前に言えば卒倒するだろうから言うつもりはない」
「やはり、とんでもない費用をお掛けではありませんか!」
再び瞳に涙を溜めだしたエリアテールを必至に宥めるエリーナ。
「お願いでございます! どうか……涙だけはご勘弁くださいませ!」
「エリア……あまり下らない事でエリーナの手を煩わせるな……」
「好きで煩わせている訳ではございません!」
そう言って必死で涙をせき止めたエリアテールの姿を、イクレイオスがまじまじと見やる。やはりわざわざサンライズの方で縫製させたこのエンパイアドレスは、大正解だったと。
大抵の貴族令嬢は、小柄で丸みのある柔らかいシルエット像の女性が多い。
しかしエリアテールの場合、女性では長身な方で、しかも体の線がかなり細い。
それはエスコートの際、イクレイオスがやたらと腰に手を回すのが、癖になる程の華奢で繊細な細さだ。
そして同時にどうしても目が行ってしまう部分もある。
その部分を目立たなくする為に、今回このハイウエストなデザインのドレスにしたのだが……。
「こうやって袖のないドレスだとよく分かるが……お前は本当に胸が無いのだな」
その目が行ってしまう部分を見て、イクレイオスがポツリと呟く。
その言葉にエリーナが、慌ててエリアテールの様子を窺う。
そしてそのエリアテールはと言うと……イクレイオスのその言葉に心が、バッキリ折れかかっている。
「一番気にしている部分をその様にハッキリとおっしゃらないでください……」
「別にそこまで気にせずとも、そんなものこの先どうにでもなるだろうが……」
「なりません! この胸囲はブレスト家の呪いでございます!」
「そのような呪いなど、近々私が何とかしてやる。そんな事よりも……今回風呼びの儀で披露する歌は、もうしっかり決まっているのだろうな?」
その言葉にエリアテールがビクリとなる。
今回行う風呼びの儀で披露する歌には、イクレイオスからある注文があった。
それが『誰が聴いても最愛の人に捧げていると思われるような内容の歌』だ。
今回そういう歌をエリアテールが披露する事で、呪い騒動で出回ってしまった二人の不仲説を覆すのが目的なのだが……。
「まさか……まだ決まっていないのか……?」
エリアテールのその反応にイクレイオスが、驚いて目を見開く。
「えっと……その、一応三曲までは候補を絞り込めたのですが……」
「本当にまだ決めていないのかっ!」
「その……周りの者より票決を取ったところ…三曲とも接戦になってしまい、どれに絞ってよいのか未だに……」
「お前は……衣裳の事を心配する前にそちらを心配する方が先だろ!」
そう呆れながらため息をつくイクレイオス。
そんなイクレイオスにエリアテールの指示の下、エリーナが一枚の紙を見せる。
「それでですね? こちらの三曲がその候補になるのですが……」
「私は選ばないぞ」
「な、何故です!?」
「そもそも……それはお前が選ばなければならない事だろう」
「ですが……一応、イクレイオス様に捧げるという形で歌い上げる歌なので、ご本人のご希望も取り入れた方が……」
「だから! それでは意味がなくなるだろうがっ!」
イクレイオスが、その部分に強くこだわる事を不思議がるエリアテール。
そんなやりとりをしていると、進行管理担当のファルモが二人に婚約披露宴の開始を告げに来る。
今回の婚約披露宴は、まず国王陛下による婚約披露宴開始の挨拶から始まる。
次に主役のイクレイオスとエリアテールが入場し、ダンスを披露。
その後はダンスや立食を楽しむ時間となり、この間に二人は挨拶周りをする。
そして午後一番に、今回の目玉であるエリアテールの風呼びの儀が行われる。
ダンスに関しては幼少期から念入りに指導を受けた上に、コーリングスター滞在中はイクレイオスにみっちりしごかれたので、何の問題もないエリアテール。
そもそもイクレイオスがダンスのエスコートが上手すぎる為、万が一エリアテールが何か失敗しても、すぐにフォローはして貰える状況だ。
となると……やはり一番心配なのが、午後一番で行う風呼びの儀となる……。
大分着慣れてきた絢爛豪華な高額衣裳を若干気にしつつも、会場外の通路で入場の合図が掛かる事をイクレイオスと待つエリアテール。
しかし、入場の時間が近づいてくると、エリアテールの様子が一変する。
今回がイクレイオスの婚約者として公の場に出るのが初めてなエリアテールは、不安と緊張でガチガチになってしまった。
そんなエリアテールにやや呆れ気味なイクレイオス。
「これから先、こういう機会ばかりになるのだぞ? しっかりしろ!」
「はい……。分かってはいるのですが……」
そう言いつつも青い顔になり、手が震えている。
そんなエリアテールにため息をつき、イクレイオスがエスコートを一度解く。
そして両肩を掴んでエリアテールの体を自分の方に向けた。
「あ、あの……イクレイオス様?」
今度はそのまま両手で優しく包み込む様にエリアテールの両頬に触れる。
一度口づけの洗礼を受けた事があるエリアテールは、またされると思い、ぎゅっと目を閉じた。しかし、次の瞬間……何故か両頬に痛みが走る。
「!?」
「表情筋が硬すぎだ……。ほぐしてやる」
そう言って半目で呆れ顔のイクレイオスが、やや強めにエリアテールの頬を引っ張り出した。
「いひゃい! いひゃいれふぅ~!」
「痛いのは筋肉が凝り固まっている証拠だ」
全く表情を変えず、半目のまま更にエリアテールの頬を容赦なく引っ張る。
痛みから徐々にエリアテールの目に涙が溜まり出すと、イクレイオスはすぐに両頬を解放した。
「もしお化粧が落ちてしまったら、どうなさるおつもりだったのですか!?」
「口づけの方が良かったか? そちらの方が、もっと化粧が落ちるぞ?」
そう意地の悪い笑みを浮かべるイクレイオスに、エリアテールが真っ赤になる。
すると、急に会場の方からファンファーレの様な音が聞こえた。
それを聴いたイクレイオスがエリアテールの腰に手を回し、再びエスコートする態勢に戻る。
頬を引っ張られたからなのか、かなり緊張がほぐれたエリアテール。
会場内に二人の入場が宣言されると同時に扉が開き、二人は会場の中央まで進み出る。そして二人が一礼をすると、絶妙のタイミングで演奏が始まり、それに合わせて二人は踊り出した。
大勢に注目されながら踊らなければならないダンスに、エリアテールの笑顔が引きつる。しかし急にイクレイオスに体を引き寄せられて、耳元で小さく囁かれた。
「少し俯け。その方が初々しいと周りが勝手に誤解する」
言われた通り、少しだけ俯き気味で、そのままイクレイオスに身を委ねる。
二人のその一連の動きは、初の公の場で恥ずかしがる美しい歌声の風巫女と、それを大事そうに扱う見目麗しい王太子という印象を周りに植え付けた。
今まで女性に対しては、社交辞令丸出しの対応しかしないと思われていたイクレイオスのその婚約者を慈しむ様なエスコートの仕方は、その場にいた殆どの女性陣の心を奪ってしまう。
そんな二人のダンスが終わると、一瞬静まり返った会場からは感嘆の声が上がり、その後に大きな拍手が巻き起こった。
イクレイオスにしごかれた甲斐があり、エリアテールのダンスは完璧だったのだが……それ以上にイクレイオスの気遣い溢れる優しいエスコートの仕方に、会場の殆どが魅了されていた。
そしてそこまでの事を、イクレイオスにさせてしまうエリアテールの存在に皆が注目する。
お辞儀をし、イクレイオスにエスコ―トされながら下がるエリアテールは、小さな声でイクレイオスに話しかける。
「皆様、イクレイオス様の完璧なエスコートにうっとりされてましたね!」
「あれぐらいしておかないと、虫よけにはならないからな……」
「虫よけ……?」
「何でもない。こちらの話だ」
二人が会場の真ん中から下がると、それと同時に別のダンス曲の演奏が始まる。
そして下がった二人の周りには、一気に人だかりが出来てしまい、そのまま二人は挨拶回りへと移行していった。
ダンス後に代わる代わる挨拶をしてくる来賓者達にエリアテールは、もう笑顔でいるのがやっとだった。
逆にイクレイオスは対応慣れしている様で、重要な人物とそうでない人物とで選別しながら、挨拶を交わしている。
社交性の高いアレクシスを見慣れている所為か、こういう事はイクレイオスは苦手かと思っていたエリアテールだが……。
そこはハイスペックで通っているイクレイオス。
こういう駆け引きの場面では、しっかりと自分自身を使い分けている。
「後は私が挨拶回りをしておく。お前は少し向こうで休んでいろ」
「ですが……」
「このままでは午後の風呼びの儀に支障が出てしまいそうだからな」
「申し訳ございません……。ではお言葉に甘えて……」
そう言って壁際のソファーの方へと、こっそりと避難する。
しかし、そんなエリアテールのもとに聞きなれた声が飛んできた。
「エリア姉様ぁ~!」
エリアテールが振り返ると、13歳くらいの華奢で美しい顔立ちの少年令息が、満面の笑みで駆け寄って来た。




