26.呪いの真相
結局、その後も散々笑い転げたアレクシスっだったが……。
これ以上精神的にまいっているイクレイオスで遊ぶのは、流石にやりすぎだと思い始める。
すると笑いもおさまり始めたので、アレクシスはコホンと咳ばらいをし、その場を仕切り直した。
「さて、大いに楽しませて貰った事だし……。僕もそろそろ仕事に戻ろうかな?」
そう言ってアレクシスは席を立とうとしたが、急に何かを思い出したように再び席に着く。
「あのさ、余計なお世話かもしれないけど……。君達、お互いの認識のズレが相当激しいよね? 今回の事もそうだけど、この際だからお互いにきちんと腹を割って話し合った方がいいと思うよ? 特にイクスは!」
忠告と共にアレクシスは、ビシリと憔悴しきっているイクレイオスを指差した。
「君は言葉が足りない上にエリアに対してのみ、すぐ感情的になり過ぎだ! 君だってエリアとは10年以上の付き合いなのだから、彼女の鈍感さは十分理解しているはずだよね!? それなのに何故あの呪い騒動の説明をすっ飛ばしたのかな!? そんな事をしたらこういう状況を招いてしまうって君程頭が切れる人間になら予想は出来たよね!?」
畳み掛けるようにネチネチと小言を言いながら、アレクシスがイクレイオスを叱責する。
そんな小うるさい友人にイクレイオスは、心底嫌そうだという表情を向けた。
「まぁ、今回はエリアの芸術的過ぎる素晴らしい反撃に免じて見逃すけど……。もう一度こんな事態を招くような事があれば、今度こそ巫女保護法を駆使して早々に君からエリアを没収するからね!」
更に小言を言ってくるアレクシスにうんざりしたイクレイオスは「さっさと帰れ! お前は私の母親か!」と吐き捨てる。その間、エリアテールは鈍感と言われた事に少し傷ついていた……。
「エリアも今回に限らず、今までイクスの行動で疑問に思っていた事は全て聞いてみたらどうかな? どうせ今日のイクスには、婚約披露宴の準備が出来る程の気力は残っていないだろうし……。呪い騒動の真相や、無駄に贈り続けた誕生日プレゼントの件や、意地でも婚約解消をしたがらなかった理由とか、この際だから全部洗いざらいイクスに吐いて貰いなよ!」
「は、い……」
今回の件で改めてイクレイオスの言葉足らずに苛立ちを感じてしまったアレクシスは、二人に対して一気にまくし立てるように訴える。その勢いに圧倒され、つい気の抜けた返事をエリアテールはしてしまった。
逆にイクレイオスはアレクシスの言葉に苛立ってしまい、すぐに反論する。
「私は別にその事を隠していた訳じゃない! 聞かれなかったから言わなかっただけだ!」
「イクス……。そういうのを屁理屈と言うんだよ? そもそもイクスは自分に都合が悪い事に関しては、その話題が持ち出されないよう遠ざけるのが上手いよね? 人のいいエリアは毎回それで上手く誤魔化されているようだけど……。でも僕には、それは通用しないからね?」
「あーもういい!! 分かったから、お前はさっさと自分の国へ帰れ!!」
一度席を立ったにも関わらず、再び腰を下ろして居座ろうとするアレクシスに今度はイクレイオスが苛立ち始める。するとまたアレクシスが調子に乗って、イクレイオスで遊び始める。
「そんなに怒りっぽいと、また婚約解消したいって言われちゃうよ?」
だが流石に長居し過ぎだと感じ始めたアレクシスは、イクレイオスを茶化しながらもやっと席を立つ。
すると、いち早くアレクシスの動きに気が付いたエリアテールも席を立ち、アレクシスと共に扉の方へ向かい始める。すると扉の前では、アレクシスの為にロッドが扉を開けて待っていた。
これでやっとアレクシスの小言から解放されると思ったイクレイオスが、安堵から小さく息を吐く。しかし、扉の前まで歩みを進めたアレクシスは、また何かを思い出したかのように今度はロッドに話しかけ始める。
「そう言えば、婚約披露宴の出席者にエリアの関係者を何人か加えて欲しいのだけど……。それってロッドに相談しても大丈夫かな?」
「ええ。そのご用件でしたらイクレイオス様でなく、私や進行管理をされているファルモ様でも承れます」
「ならば、この後イクスの執務室の方で相談させて貰もらってもいいかな?」
「かしこまりました」
「という事で……イクスはこの間、しっかり呪い騒動の真相をエリアに説明して誤解を解いてね?」
「分かった、分かった。約束するから、もうさっさと帰ってくれ……」
引き続き、うんざりした顔で虫でも追い払うかのような仕草をするイクレイオスにアレクシスが苦笑を浮かべる。どうやら今回のアレクシスの奇襲とエリアテールの反撃を同時に受けた事が余程堪えたらしく、イクレイオスは若干グッタリしていた。その様子を満足げに眺めたアレクシスは、去り際の最後にニンマリとする。
「それじゃあ、エリア。また婚約披露宴で会おうね」
「はい。わざわざこちらにまでご足労頂き、本当にありがとうございました」
「気にしないで。エリアの頼みなら僕は、すぐに飛んで行くから!」
「アレク! いい加減にしろ!」
またしても居座りそうなアレクシスにイクレイオスが一喝する。
再度苦笑したアレクシスが、ロッドと自分の従者と共にやっと部屋を出て行った。
すると、エリアテールはイクレイオスと二人っきりの状態になってしまう。
そんな気まずい空気の中イクレイオスの方に視線を向けると、何故か呆れと疲労の色が滲んだ表情を浮かべている。とりあえず先ほど座っていた席に戻ろうとエリアテールは、イクレイオスの向かい側の席に再び付こうとする。
しかし――――。
「テーブルを挟むと、お前の声は聞きづらい! 座るならこちら側に座れ!」
何故かイクレイオスの隣に座るよう促された為、気まずい様子のままその隣に腰を下ろす。
すると隣に座るやいなやイクレイオスが、じぃっと見つめてきた。そして、いつもよりもやや低い声で口を開く。
「エリア、改めて確認するが本当ーに婚約解消は撤回という事でいいんだな? もう私はその方向で早々にお前との婚約披露宴の準備を進めるぞ?」
「はい。そのように動いて頂いて構いません。ですが……その前に先程アレクシス様がおっしゃっていた呪い騒動との関連性をお聞きしたいのですが……」
「逆に聞くが……お前は今回の騒動について、どう認識している?」
そう聞かれたエリアテールは、自分なりに推測した呪い騒動の概要を語りだす。
まずマリアンヌが、水の精霊王からとても愛されているという事。
そしてイクレイオスと出会ってから、二人が徐々に惹かれ合って行った事。
それに水の精霊王が嫉妬し、邪魔する為にイクレイオスに呪いをけた事。
その所為でイクレイオスがマリアンヌとの婚約話を進めようとすると、酷い頭痛の症状が出てしまっていた事。
あとはエリアテールも関わった風の精霊王に解呪して貰ったという流れが、現在エリアテールが推測した今回の騒動の概要だ。
だが、その話を聞いたイクレイオスは、深いため息を盛大につく。
「お前の推測は何一つ合っていないのだが……」
そう呟いたイクレイオスは、呆れ過ぎて半目でエリアテールを見やる。
「どこをどう勘違いしたら、そんな突飛な発想に至る? 大体、いつ私とマリアンヌ嬢が惹かれ合ったというのだ! 状況的にどう考えても呪いの影響で、私が一方的にマリアンヌ嬢に言い寄っていただけだろう! それを惹かれ合っているように見えたお前は、少々ロマンス小説の読みすぎじゃないのかっ!?」
一方的にまくしたるようにイクレイオスは、エリアテールの突飛な推測にダメ出しをした。
そしてその後、大きなため息をついて本当の呪い騒動の概要を語り始める。
「まず私は、マリアンヌ嬢に対して恋愛感情等は一切抱いた事は無い! そもそもその恋愛感情を抱いている状態が今回の呪いの症状だ」
「では……マリー様が先にイクレイオス様にご好意を……?」
「それも違う。この呪いは、マリアンヌ嬢を慕う水の精霊が勝手にやった事だ。もし私が彼女に好意を抱き、そのまま結ばれれば、彼女は後にこの国の未来の王妃だ。それが彼女にとって一番の幸せだと、その水の精霊が勝手に思いつき、今回の騒動を引き起こしたのだろう……」
そう言って再び大きなため息をついたイクレイオスにエリアテールは、更に質問する。
「では、あの激しい頭痛は何故起こっていたのですか? あの症状が呪いの主な症状では?」
「あれは私の潜在意識が呪い対して拒絶反応を起こして出ていた症状だ。好いてもいない相手に無理矢理恋い焦がれるような状態にされていたのだから、そういう拒絶反応が出て当たり前だろ?」
「確かに……。でもいくら拒絶反応とは言え、あの様な激痛を伴うなど……」
つい先日の激しい頭痛で苦しんでいたイクレイオスの様子を思い出したエリアテールが、顔をしかめる。
しかしイクレイオスの方は、そんなエリアテールの様子にやや呆れ気味だ。
あまり期待はしていなかったが、何故イクレイオスが魅了の呪いに対して、そこまで拒絶反応を起こしてしまったのか、その理由をもっと深く考えて欲しいと思ってしまう。
「丁度、お前が即興の歌を歌った時が一番酷い拒絶反応を起こしていた……」
「そ、そんな! あの歌は、今までで特に心を込めて歌ったのに!」
「…………だからじゃないのか?」
もう半ばヤケ気味なイクレイオスが、半目でぼそりと呟く。
しかし、エリアテールの方は、それをプラスな内容で解釈した。
「もしや、わたくしが心を込めて歌った事で巫女力が増幅し、イクレイオス様の呪いが半分解除された状態になったという事ですか? ではあの時の風の精霊王様がおっしゃっていたのは、この事だったのですね!」
「そーだなー。確かにそーいう解釈もあるなー」
その解釈にもはやツッコむ事を放棄したイクレイオスは、適当に相槌をし始める。
もうエリアテールのこの能天気さと鈍感さは、一生直らないと諦めたようだ。
その様子に気付かないエリアテールは、自身の巫女力でイクレイオスの呪いを半分解呪出来たという事に喜んでいる様子なので、イクレイオスの方も諦めから、そのまま訂正もせずに話を進めた。
「後はお前も知っての通り、お前と風の精霊王によって私の呪いが完全に解呪された」
そこまで話すと、仕切り直す様にイクレイオスが咳ばらいをする。
「ちなみにマリアンヌ嬢には、解呪された直後にその件を説明し、納得の上でこちらの謝罪を受け入れて貰っている。故に呪いが解けた今、私がお前と婚約を解消する理由は一切ない!」
そう言い切られたエリアテールだが……その説明だけでは、まだ腑に落ちない部分があった。
「あの……それでは折角、水の精霊王様の祝福を頂いてるマリー様を手放す事になってしまうのでは?」
その問い掛けにイクレイオスは、片眉を上げながら怪訝な顔を浮かべた。
「どういう事だ?」
「わたくしは、精霊王様どころか一般の精霊からも姿すら見せて頂けない状態です……。そのような者をこの精霊の国であるコーリングスターの次期王妃に迎えるよりも、水の精霊王様の祝福を頂いているマリー様を王妃として迎え入れた方が、よろしいのではないでしょうか……」
「お前……。先程から何を言っているのだ?」
「ですから、水の精霊王様の祝福を受けた乙女が現れたのなら、その女性を王太子であるイクレイオス様の婚約者にされるべきではありませんか? 地の精霊王様のお告げにあった『国を繁栄に導く乙女』とは、マリー様の事ですよね?」
真剣な眼差しを向け訴えてくるエリアテールに対して、イクレイオスは盛大に肩を落とす。そしてもう何度目になるか分からないため息をもう一度ついた後、かなり面倒臭そうに補足をし始める。
「エリア……。お前は先程の私の説明を聞いていなかったのか? 私に呪いを掛けたのは水の精霊王ではない。かなり力の強い水の上位精霊だ! よってマリアンヌ嬢は精霊王の祝福など受けていない! 受けているのはその上位精霊からのみだ!」
そこまで説明したイクレイオスは、やや苛立った表情浮かべた。
「大体! お前のその道理で言ったら、尚更私がお前と婚約を解消する必要性がないだろうがっ!」
「はい……?」
全く自分の現状を把握していない様子のエリアテールの反応にイクレイオスが唖然とする。
「お前……風の精霊王の解呪を手伝った際、精霊王が去り際にお前に何をしたか覚えていないのか……?」
「精霊王様が去り際に……ですか? えっと、そういえば額に接吻を頂いた様な……」
そういって呑気に自身の額に軽く触るエリアテールの様子にイクレイオスが、ブルブル震えだす。
「その行為自体が……精霊王からの祝福だぁぁぁぁぁー!!」
本日二度目となる部屋中に響き渡る怒声で叫んだイクレイオスは、いきなりエリアテールの両頬を思いっきり掴んだ。そして幼少期からお馴染みの制裁方法で、全力でグニグニとエリアテールの頬を思いっきり引っ張り始める。
いつも以上に強めに頬を引っ張られたエリアテールが、必死にイクレイオスの手から逃れようと抵抗するが、今回も盛大にイクレイオスの地雷を踏みぬいたエリアテールにイクレイオスは全く容赦しなかった。そのまま両頬を引っ張りながら、イクレイオスは不満をぶちまける。
「本来、精霊王の祝福は対象者が手の甲に接吻を受けるのが通常だ! だが、かなり気に入られてしまったお前は、何故か額にされた! 大体、王妃教育の一環で精霊王からの接吻の意味は学んでいたはずだろう! お前は何故それを知らない!」
そう捲し立てた後、更に強めにエリアテールの両頬をぐぃーっと引っ張る。
「いひゃい! いひゃいれふ! ひぃくえいおふはまぁ~!」
両手でイクレイオスの手を顔から引き離そうとしながら、エリアテールが涙目で必死に訴える。だがイクレイオスは、その手を全く緩めない。
「そもそもお前がその事にさっさと気が付いていれば、ここまで話がこじれる事はなかっただろうがっ!」
そう言い切ると同時にエリアテールの両頬を下に勢いよく引っ張り、イクレイオスは勢いよく両手を離した。
するとやっと解放された赤い両頬をさすりながら、エリアテールが涙目になる。
「も、申し訳ございませんでした……。完全にわたくしの勉強不足でございます」
「全くだ!」
そう悪態をつくイクレイオスに、エリアテールは深々と頭を下げた。
そして痛みによって瞳に溜まった涙を拭うと、何かを決意したように急に気を引き締めた表情を浮かべる。
「今後は風の精霊王様から祝福を頂いた身である事に責任を持ち、次期王妃として全力で精進する事をお約束致します」
あまりにも神妙な顔をしたエリアテールにイクレイオスが目を見張る。
しかし……すぐにその態度に違和感を抱いた。エリアテールがこういう表情をする時は、とんでもない方向に考えを巡らせている可能性が高い事をイクレイオスは経験上に知っていた。
「エリア……お前、まだ何か思っている事があるのではないか……?」
そう声を掛けたイクレイオスだが……それはエリアテールを労わる気持ちから出た言葉ではない。
もう何度も経験しているエリアテールの的外れな思い込みを懸念しての言葉だった。




