24.示談金
すみません…。今回ちょっと長いです。(-_-;)
一方、イクレイオスの指示で部屋に監禁されてしまい、アレクシスとの話し合いから取り残されてしまったエリアテールは、監視役を命じられたロッドを必死に説得していた。
そんなロッドはアレクシス来訪を早急に報告しに来ただけのはずが、何故かイクレイオスから「いいか! 絶対にエリアをこの部屋から出すな!」と、かなり理不尽な命令をされ、そのままエリアテールと部屋に残される形となってしまう。
一方、監禁宣言をしてきたイクレイオスを茫然としながら見送る事しか出来なかったエリアテールは、その後すぐに我に返り、懇願するようにロッドに視線を向けた。だが、ロッドからは気まずそうに視線を逸らされてしまう。
「ロッド、お願い! イクスレイオス様達の元へ行かせて!」
「申し訳ございません……。それは出来かねます。イクレイオス様のご意向もそうですが、私個人としてもこの後エリアテール様にイクレイオス様との婚約解消をアレクシス殿下に打診されてしまう事は非常に不本意なので、そのご命令はお受けする事はいたしかねます……」
申し訳なさそうにそう告げてきたロッドに対し、エリアテールは更に根気強く懇願する。
「だからその婚約解消を早く撤回しないといけないの! そうでないと……サンライズに大きな負担がかかってしまうわ!」
エリアテールのその訴えを聞いたロッドは、大きく目を見開く。
「は? え……? それは……どういう事ですか?」
状況が全く理解出来なかったロッドは、何故婚約解消を撤回しないとサンライズの負担になるのかエリアテールに確認した。するとエリアテールが、つい先程までイクレイオスと交わしていた内容をロッドに説明する。その信じられない会話のやり取りを聞かされたロッドは、呆れ果てるように盛大なため息をついた。
「なるほど。『婚約解消をしたいのであれば多額の示談金を支払え』ですか……。全く、あの方は……。もっと他に言いようがあったというか……。説得の仕方もあったでしょうに……」
「有能な癖に肝心な所で無能になるお方だ……」と、呆れと不満からロッドがブツブツと呟き出す。そもそも何故、未だにエリアテールがイクレイオスの呪いの詳細を聞かされていないのかが問題なのだ……。余程、切羽詰まった状態だったのか、その主の無能ぶりにロッドの怒りが、再びぶり返してきた。
そんな状態のロッドを更に畳み掛けるようにエリアテールは訴え続ける。
「だからお願い! もしこの話をアレク様にされてしまうと、サンライズは金銭問題でかなり窮地に追い込まれてしまうわ!」
「あー……ええと、そうですね……。というよりもアレクシス様でしたら、そのような浅はかな脅迫は、早々に論破して下さると思いますが……。それよりもエリアテール様が婚約解消を撤回をしてくださる事の方が重要ですよね。そういう事であれば、喜んでお二人の元へご案内致します」
そう言って、あっさりと承諾をしてくれたロッドにエリアテールは拍子抜けしてしまう。
「いいの……? でもそれではロッドが、命令違反で責められてしまうのでは……?」
「ご心配には及びません。私はイクレイオス様の側近であると同時にエリアテール様の側近でもありますので。よってエリアテール様のご命令にも従う義務がございます。ですから命令違反になりません。それよりも早くお二人の元へご案内した方が、よろしいですよね?」
そう言ってロッドは、エリアテールが幼少期の頃から、ずっと変わらない優しい眼差しを向けながら、扉を開けてくれた。
ここ最近のエリアテールは、マリアンヌとイクレイオスとの件を切っ掛けに自分がこの国で孤立しているのではと、少し不安になっていたのだが……。今もなお幼少期の頃から、ずっと見守るように接してくれるロッドの様子から、改めて自分はこの国の色んな人に守られてきたのだと気付かされる。
自分は所詮、外部の人間だと周りから思われているのではと自信を無くしかけていたエリアテールにとって、昔から変わらずに自分を見守ってくれるロッドやファルモのような存在は、大きな支えになっていた。そんな温かい人達に囲まれていた事を再認識したエリアテールは、その嬉しさと安堵から思わず涙目になってしまう。
「ロッド、本当にありがとう……」
「こちらこそ。エリアテール様が婚約解消を思い直してくださり、何とお礼を申し上げて良いか分かりません。そもそも我が主が問題ある振る舞いばかりをした事でご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません……。ですが今現在、主はアレクシス様より制裁を受けている頃かと思いますので、今回の事でかなり教訓を得られ、大いに反省されるのではないでしょうかね……」
「今からその現場を目の当たりに出来るかと思うと、とても楽しみです!」と、何故かロッドは意地の悪い笑みを浮かべた。だがその言葉の意味がよく分からないエリアテールは、不思議そうに首を傾げる。
その反応に苦笑しつつも、ロッドはエリアテールを連れ立ち、二人のいる書斎へと向かった。
しかしエリアテール達が書斎の前まで来ると、イクレイオスの怒鳴り声が耳に入る。
「ふざけるな! 11年だぞ!? 11年も待って……今更婚約を解消する気など毛頭ない!」
ノックをしようと扉の前で拳をかざしたエリアテールは、その声でビクリと動きを止める。室内でははイクレイオスとアレクシスが、かなり言い争っている様だ。
そんな状況が部屋の外からでも伝わって来たので、エリアテールはなかなかノックが出来ない状態に追い込まれる。しかし後ろに控えていたロッドが平然と扉をノックをし、中の二人に声を掛けた。
するとアレクシスの声で入室許可の返答があったので、そのまま扉を開けてエリアテールを先に中へと促す。だが、そのエリアテールの姿を見るなり、イクレイオスがロッドを怒鳴りつけた。
「ロッド! あれほどエリアを部屋から出すなと――」
「申し訳ございません。ですが……私に幼少期の頃から、ずっとエリアテール様にもお仕えするようにご命令されたのはイクレイオス様でございます。故に私の主はイクレイオス様のみではございませんので、エリアテール様のご意志も尊重させて頂く義務がございます」
イクレイオスの言葉を遮るように無表情のまま、ロッドがしれっと揚げ足を取るような返答をする。そしてその後は壁際まで下がり、アレクシスの従者と並ぶ様に気配を消して待機姿勢に入った。
そんな態度を見せたロッドに「お前は本当に……」と呟きながら、イクレイオスが憎々しげに睨みつける。
だが、苛立っているイクレイオスとは対照的にその向かいに座っていたアレクシスは、明るい表情を浮かべながらエリアテールに声を掛けてきた。
「エリア! ちょうどいい所に来たね! 君にも会話に参加してもらいたいから、こっちにおいで!」
アレクシスが実にいい笑顔で隣の席に座るようエリアテールに勧める。すると今度はアレクシスをに向って、イクレイオスが鋭い視線で睨みつけ出す。そんな大人げない行動を繰り返すイクレイオスを煽るようにアレクシスは、口元にうっすらと意地の悪い笑みを浮かべた。
「エリアは僕の国の人間だよ? 国民は王族にとって保護下的存在なのだから、僕の国の民である彼女が僕の隣に座るのは当然だよね? なのにイクスは何か不満でもあるのかい?」
笑顔を崩さなぬままそう告げられ、イクレイオスは返事の変わりに不機嫌そうにアレクシスから顔を背ける。
その様子をエリアテールが不思議そうに眺めながらアレクシスの隣の席に向う途中、何故か足元に誰かが落としたと思われる携帯用のインクペンが床に転がっていた。更にテーブルの上には弾き飛ばされたような向きで、裏面のになってしまっている書類が一枚だけ載っている。その状況から二人の話し合いが、かなり拗れている事が窺えた。
そんな状況下でエリアテールがソファーに座ると、それを合図にアレクシスが本題を切り出し始める。
「エリア、実は今日僕がここに来た理由だけど……三日前に君から貰った手紙の件でなんだ。その手紙に君はイクスとの婚約解消を希望していると書いたよね?」
「はい……」
「実は僕自身もここ最近の君の手紙に書いてあったイクスの行動から、君と婚約させておく事に疑問を感じる事が多くてね……。だから今日はその状況をイクスに確認後、そのまま婚約解消の手続きをしようかと思って来たのだけれど……」
そう言って不機嫌そうなイクレイオスにアレクシスがチラリと視線を向けた。
「そのイクスが、なかなか婚約解消を承諾してくれなくて困っているんだ……」
敢えて大袈裟に困ったような表情を浮かべたアレクシスの行動から、更に不機嫌そうにイクレイオスが眉間に皺を深く刻み出す。
「その件なのですが……。その……婚約解消については、もう少しよく考えてから判断をしようかと思っておりまして……」
「でも手紙では、もうすでにイクスに意中の女性がいるから身を引きたいと書いてあったよね?」
「それは……その……」
口ごもるエリアテールの様子を伺いながら、アレクシスは敢えてワザとらしいリアクションをしながら話しを続ける。そのアレクシスの態度は、より一層イクレイオスの苛立ちを増幅させた。
「ああ! もしかして多額の示談金の事を心配してるのかな? それなら心配いらないよ?」
「ですが……その示談金は、サンライズにとって、かなり負担となる額だと……」
「そうだね。金額的には、かなり高額になるから簡単には支払えない額ではあるかな」
「やはり……そうなのですか……」
「でもね、それは『普通』の場合の話だから」
「え……?」
そう言って更に笑みを濃くしたアレクシスは、まるでイクレイオスにも聞かせるように語りだす。
「かわいそうに……。エリアはイクスから、君への接待費や贈答品やらで、かなり高額な示談金が発生すると脅されたんだね……」
「人聞きの悪い言い方をするな! そもそもそれが事実だ!」
アレクシスの言葉を否定するかのようにイクレイオスが会話に割って入ってきた。
そんなイクレイオスの主張に対し、アレクシスが珍しく不機嫌そうな表情を浮かべる。
「事実ではないだろ? 接待費はともかく……贈答品に関しては違う。だってあれらは全て君の個人資産で購入した物だろう? 特に毎年エリアに贈っていた誕生日の品は、ほぼ君のポケットマネーで購入していたものだよね?」
アレクシスのその言い分にイクレイオスが驚いて目を見開いた。
「お前……。そこまで調べたのか……?」
「僕の従者を侮って貰っては困る。二週間前からのエリアの手紙で君の行動を不審に思ってね。僕自身が多忙でこちらに行けないから、使いの者に予めその辺の内情を軽く探らせといたんだ。まぁ、城内の人間の殆どがエリアの肩を持つ状況だからね……。珍しく君に関する不利な情報を皆、率先して教えてくれたそうだよ?」
そう言いながら、憎たらしほどの笑顔をアレクシスが浮かべた。
その隣ではエリアテールが、希望に満ちた表情をし始める。
「そ、それでは誕生日の贈り物は、国家予算から捻出して購入された物では……」
「イクスは個人的な買い物に国の予算を使うバカな真似はしないよ」
「で、でも!」
「そう。それなのにエリアには、それをあたかも婚約者に対して掛かった費用だと言って、示談金に入るような言い方をしたんだ」
その事実を暴露されたイクレイオスは、バツの悪そうな表情を浮かべながら、床下に視線を逸らす。
そんな主の姿をすまし顔で傍観するロッドだが、内心はアレクシスに対して拍手喝采だった。
だが、イクレイオスのその行動の意図が全く理解出来ないエリアテールは、怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうしてイクレイオス様は、そのような事を……」
「本当にね。意中の女性がいるのだから、さっさと婚約解消を受け入れればイクスにとってもいい話なのに……」
「アレク……。先程と言ってる事が違うのだが?」
「何の事? だってエリアの手紙には、君に意中の女性が出来たと書いていあったよ? エリア、そうだよね?」
「はい……。間違いありません。イクレイオス様ご本人から、そう伺ったので……」
にっこりしながら確認してきたアレクシスにエリアテールが素直に事実を伝える。
その瞬間、イクレイオスが急に立ち上がり、いきなりアレクシスを怒鳴りつけた。
「アレク、お前!! 先ほど私が呪いを掛けられた経緯や詳細を全て知っていると言っていただろう!!」
先程から珍しく感情的になっているイクレイオスの状態から、かなり婚約披露宴の準備が難航して相当切羽詰まっている状況だと察したアレクシスだが……。だからと言って、追撃の手を緩める気は毛頭なかった。
「うん。僕は知っているよ。でももちろん、エリアも知っているはずだよね? だって風の精霊王と共に彼女も君の解呪を手伝ったのだから」
またしても自分にとって不利な内容を出された為、イクレイオスは急に押し黙ったかと思うと、静かに腰を下ろして二人から気まずそうに視線を逸らす。そんな状態のイクレイオスを不思議そうにエリアテールが見つめた。
「さて! そろそろ話を戻そうか。エリア、さっき言っていた贈答品の事なのだけれど……。実はあれらの品はイクスが個人資産で勝手に購入して、勝手に君に贈り付けた品物だって事は、さっき説明したよね?」
「はい」
「だからね、それらの品物に関しては国から捻出した費用じゃないから、示談金の賠償対象にはならないんだ。もっと言うと……それらの品は、受け取った君が売却してもコーリングスター王家に対する不敬行為にもならない。だって、それはあくまでもイクス個人が、国を通さずに勝手に買って君に贈り付けた品物なのだから」
エリアテールに対しては、安心させるように優しい笑みを浮かべて説明するアレクシスだが、イクレイオスの方に視線を向けた瞬間すぐに意地の悪い表情となり、こうも付け加えた。
「だからね、もし示談金があまりにも高額だった場合、それらを売却した金額で支払うっていう方法もあるんだ」
アレクシスのその提案を聞いていたイクレイオスは、一瞬でこめかみに青筋を浮かべた。
対してエリアテールの方も先程の贈り物を一切手に取っていなかった事を物凄い剣幕でイクレイオスに責められたので、その選択肢を選ぶ事に罪悪感を抱いてしまう。
「で、ですが……流石にそれは……」
「まぁ、エリアは優しい子だからね。この方法はイクスのプライドも少しは傷つくかもしれないし、何よりも友人からの贈り物を売却するなんて、優しい君の性格からすると良心が痛むかもしれない……。でも手紙では、君がイクスの幸せな結婚を望んでいる事が充分伝わって来たからね。イクスも自分の幸せの為にというエリアの厚意を思えば、怒ったりはしないだろう? だから示談金問題は、この売却方法で充分対処出来るから心配は要らないよ?」
一部分をワザと強調して話すアレクシスを忌々しそうに睨みつけながら、今度はイクレイオスが会話に口を挟んで来た。
「エリア、一応伝えておくが……仮にそれらを売却しても全ての示談金の額には、満たないぞ? そもそも先程も伝えたが、婚約を解消された曰く付きの品物に大金をつぎ込み、購入する物好きがいると思っているのか?」
そのイクレイオスの言葉にアレクシスが、すぐに反論する。
「そんな事はないだろ? むしろ逆で……欲しがる人間の方が、このコーリングスターには多いはずだよ? そもそも売却時にエリアが所持していたというだけで、相当付加価値が付くのだから」
アレクシスのその言葉にエリアテールは意味が分からず、キョトンとする。
そんな様子のエリアテールを置いて、男二人が子供じみた言い争いを始めた。
「だが王家を敵に回して、それらを購入する者がこの国にいるとも思えんが?」
「そうかなー。エリアに関してこの国には、かなりコレクターがいるよね。そもそも君個人で勝手に贈った品だろ? それをエリアが売却するのも相手が購入するのも王家にたてつく事にはならないと思うけど?」
「だが自分が所持した物を集めている変態に、それらを売却するなど、淑女のする事ではないだろう」
「確かに抵抗はあると思うけど……大切な友人の幸せの為なら、エリアはそういう事でも我慢できる子だからね」
「仮に示談金を用意出来たとしても小国の伯爵クラスのエリアが、大国からの婚約を解消出来るとでも?」
「嫌だなぁー、イクスは婚約の際に説明した『巫女保護法』の事を忘れてしまったのかい? この法は、サンライズの巫女が不利な条件で結婚させられ不遇な思いをしないよう定められてる法律だよ? その中に『巫女が望まない婚約・結婚は巫女自身の意志で解約する事が出来る』という内容があるじゃないか」
先程のアレクシスの言葉から、状況が全く理解出来きないエリアテールは茫然としていた。しかし、やっと我に返り、おもむろにその気になる部分をアレクシスに確認する。
「あ、あの、お品を売却する際の付加価値というのは……わたくしが持っていたというだけで付くのですか……?」
「そうだよ。イクスの計らいで社交関係を全て免除されてる君には、噂が耳に入って来ないみたいだけど……。この国では風巫女である君の存在は、もはや聖女や女神扱いされてしまう程、絶大な人気を得ているからね」
「わっ、わ……わたくしがですかっ!?」
アレクシスのその言葉にエリアテールが狼狽え出す。
そんなエリアテールに苦笑しながら、アレクシスは更に説明した。
「うん。だって君のその素晴らしい歌声は、君が初めてこの国に来てから今現在まで、ずっとこの国の風の精霊達が、遠くにいる自分達の仲間に聴かせる為に国中に響き渡らせてきたからね。そのついでという感じで……この国の住民の殆どは、贅沢な事に11年間もその歌声を君が風呼びの儀を行う度に聴く事が出来た。これで人気が出ない方が、どうかしてるよね? だから平民からの支持だけでなく、社交界でも君と交流を持ちたがってる人間は大勢いるよ?」
「もしかしてその事も全く知らなかったの?」と、顔を覗き込むように尋ねてきたアレクシス。
そもそも歌っている自分では、その声がどの辺りまで響いているかなんて確認など出来ない。11年以上もその事を知らなかったエリアテールは、茫然とした様子で「は……い……」と返答するのがやっとだった。
その反応にアレクシスが半ば呆れながら、イクレイオスに冷たい視線を向けた。
「ねぇ、イクス。以前から思っていたのだけれど……。君のその徹底した独占欲は、かなり病んでいる気がするよ……?」
「うるさい……大きなお世話だ……」
流石のイクレイオスも図星なのか、上手く反論出来ない反応を見せる。
そんな二人のやり取りは、放心状態のエリアテールの耳には全く届いていなかった。
「まぁ、話を戻すと……そんな感じで示談金返済に関しては、全く心配はないんだ」
再び話を本題に軌道修正したアレクシスの言葉にイクレイオスが一瞬、肩を震わせる。
「もちろん、僕はエリアの意志を尊重するつもりだよ。国民に絶大な人気の王家イメージアップ適任のエリアを手放すのが嫌なイクスに協力して、婚約を継続するも良し。イクスとマリアンヌ嬢……だっけ? 二人の幸せの為にエリアが身を引き、婚約を解消するのも良し。これはエリアの人生なのだから、どちらにするかの判断はエリアに任せるよ」
そしてアレクシスは、またエリアの顔を覗き込むようにして優しく問いかける。
「それでエリアは……どうしたい?」
アレクシスに問われたエリアテールをイクレイオスは穴が開くほど見つめ、固唾を呑むようにその返答を待つ。
するとエリアテールは、真っ直ぐイクレイオスを見つめ、アレクシスのその問いに答えた。
「わたくしは……先程、ご提案頂いた方法で示談金をお支払いする事を希望します」
ハッキリと宣言したエリアテールにイクレイオスが反論しようとするが、それをアレクシスが軽く手をあげて制した。
「本当に……それでいいの?」
再度、確認するようにアレクシスが優しく尋ねる。
「わたくしは、元々イクレイオス様の仮初の婚約者という立場をわきまえ、風巫女として……友人として徹して来ました。その為、イクレイオス様に意中の女性が現れた際には、早々に身を引くと幼少期から心に決めていたのです……。ですが、イクレイオス様はわたくしと違い、一番にこの国の事を考えて行動される方です。自身のお気持ちを抑え、この国にとって一番有益な未来を選ぶ……そういう方なのです。だからこそ、最愛の人との道を歩んで頂きたいと強く願います。そしてそれマリー様も同じ事……。お二人共、わたくしにとっては大切な方達なのです。ですから、先程して頂いた提案通り、示談金を支払い……」
「――――いい加減にしろっ!!」
エリアテールが婚約解消という言葉を出す前に、怒りの限界に達したイクレイオスが、それを遮るように部屋中に響き渡る様な怒鳴り声を上げた。
「先ほどから人の気持ちを勝手に決めつけて!! そもそも私は、まだ婚約解消を拒んでいる理由をお前に説明していない!! 自分の独りよがりの考えで勝手に判断を下すな!!」
イクレイオスの怒声にエリアテールは一瞬怯むも、自分にも婚約を解消すると決意した譲れない理由がある為、勇気を振り絞って反論し始める。
「それではイクレイオス様は、何故そこまでわたくとの婚約に拘るのですか!?」
「拘るに決まっているだろ! 11年だぞ! 11年間……今まで費やした時間と努力と労力が、全て無駄になる!」
イクレイオスのその言葉に一瞬傷ついたような表情をしたエリアテールだが、彼女にも大好きな友人達に幸せを全うして欲しいという譲れない想いがある。
そんな想いが、エリアテールを一切怯ませなかった。
「ですから示談金に関しては、わたくしに投資して頂いた以上にお返しすると、必ずお約束致します! その為に毎年お誕生日に頂いたお品類を未使用のまま、サンライズの宝物庫で大切に管理して頂いたのです!」
その言葉に今度はアレクシスが反応し、驚いて目を見開く。
しかし、イクレイオスの説得に夢中なっているエリアテールはその状況に気付かず、更に言葉を続ける。
「今後の風巫女の役割もイクレイオス様がご納得いく期間まで、示談金に関わらず無償で務めさせて頂きます。ですから……イクレイオス様にはお国の為にではなく、ご自身の幸せの為の道を選んで頂きたいのです!」
「もう示談金等どうでもいい! 大体、今その道を選ぼうと……」
「ちょーっといいかな……?」
いつの間にか痴話喧嘩状態になっているイクレイオスとエリアテールの言い争いに、突然アレクシスが割って入った。
「もしかして……エリアは今まで毎年イクスから誕生日に贈られた装飾品類を……一度も身に着けた事がないの?」
「はい……。その、いつかこういう日が来るかと思い……一年目に頂いたダイヤのピアスとネックレス以外は大切に保管を……」
その返答で、反応を窺う様にイクレイオスにゆっくりと目を向けるアレクシス。
「じゃあ、イクスは……そうとも知らずに、わざわざポケットマネーでオーダーメイドした装飾品を、君の誕生日に毎年贈っていた……って事?」
エリアテールにというよりかは、イクレイオスに憐憫の眼差しを向けながら問いかけるアレクシス。
そう問われたイクレイオスは、返事の代わりに片手で顔を覆い、下を向いて長く大きなため息を吐いた。そもそもイクレイオスも先程エリアテールに言われるまで、その事を知らなかったのだ。
そんなアレクシスの言葉で、何だか居たたまれない気持ちになったエリアテールは、言い訳じみた返答をする。
「あの……毎年頂くお誕生日の贈り物には、何故か大変貴重なダイヤモンドが必ず使われていた為、身に付けるには、その……あまりにも恐れ多くて……」
そういう意味でもプレッシャーから身に着けられず、サンライズの宝物庫で厳重に保管して貰っていたという。
そんな申し訳なさそうなエリアテールを見て、アレクシスはある事に気付く。
エリアテールは、いつもサンライズ王家から贈られたラピスラズリのピアスを付けてた。だが今日は何故か彼女の耳には、何の装飾品も付いていない……。
「エリア……そういえば、いつも付けてるラピスのピアスはどうしたの?」
アレクシスのその問いにイクレイオスがハッとなって顔を上げ、エリアテールの耳の辺りを凝視した。
そのピアスは、呪いの影響でイクレイオスがエリアテールに婚約解消を告げた日に、もう身に付ける必要性がないと判断したエリアテールが、大事に箱にしまったラピスラズリのピアスだ。
そのピアスは、確かにコーリングスター専属の風巫女になった際、サンライズ王家からエリアテールに贈られた品なのだが……今現在では、サンライズ王家より贈られた時とデザインが、かなり異なっている。
実はそのピアス、三年前にエリアテールがコーリングスター滞在中に金具の部分が破損した事があるのだ。
当時、その場にいたイクレイオスが修理にと預かったのだが……。
翌月、再びコーリングスターを訪れたエリアテールの元に返って来たそのピアスは、何故か天使の翼の様なデザインが追加され、そこには小さいながらも高品質のダイヤモンドがあしらわれていた。
イクレイオス曰く、大国の王太子の婚約者が半貴石のみの装飾品では、体裁が悪いと追加したようだが……。
高価な品を身に着け慣れていない当時のエリアテールは、かなり動揺した。
しかし、ずっとお守りとしてルーティーン的に身に着けていたピアス……。
ダイヤモンドが小さかった事もあり、段々と身に付けている事にも慣れ、再びエリアテールの愛用品となった。
そんな彼女のお気に入りのピアスだったはずなのだが……。
「実はあのピアスなのですが……」
おもむろにエリアテールが口を開くと、何故かイクレイオスの顔が強張った。
その表情は、もう嫌な予感しかしないと言っている様な顔だ。
「以前破損し、イクレイオス様に修理して頂いた際、かなり貴重なダイヤモンドを加工して頂いたので……。そのダイヤモンドと純金の金具部分のみをお返ししようかと思い、現在は大切に箱にしまって保管しております」
「「ダイヤと……金具部分のみを返品……」」
無意識に出たはずの言葉なのだが……なぜかイクレイオスとアレクシスの声がキレイに重なる。
そしてずっと後ろに控えているロッドとアレクシスの従者に関しては、気配を消して壁際で待機を貫き通しているが……よく見ると二人とも小刻みに震えている。
そんな男4人の様子に全く気付かないエリアテールは、更に話を続ける。
「その……ラピスラズリ部分は、サンライズ王家から贈られた品なので……。売却等する訳には参りません……。ですが他部分はコーリングスターにて頂いたご厚意になりまので、婚約解消後はお返しすべきと思いまして」
ダイヤモンドも純金部分も加工出来るので、示談金の一部になるだろうとエリアテールは思ったらしい。
その言葉を聞いたイクレイオスは、石像の様に固まってしまい、珍しく反論する気力すらない状態だ。
「それは……イクスが贈った部分は返品するけど……うちが贈ったラピス部分はエリアに返して欲しいって事……?」
石化したイクレイオスの代わりに確認するアレクシス。
だが……その声は何故か震えている。
「はい。自国の王家から頂いた物ですから……売却してしまうと、それこそ王家に対しての不敬行為になりますので」
キリっとした真剣な表情で言い切るエリアテールの返答に、アレクシスは思わず口元を押えた。
「あの……アレク様、どうかなさいましたか?」
そのまま小刻みに震え出すアレクシスを心配するエリアテール。
しかし……アレクシスの我慢は、もう限界に達していた。
「ぶっはっ! ごめ……っん、もう…無理だっ!」
そう言って、アレクシスはいきなり腹を抱えて笑い出した。




