【ショートショート】『最もかっこいいバナナの皮の滑り方について』
四方を自販機に囲まれ、真ん中に二つビニールの長椅子が置かれている職場の休憩室。
私は壁にもたれかかりながら嫌いなミックスジュースを舌と喉が拒絶するのを意志の力で無理矢理押さえつけて、ちびちびと胃に流し込んでいた。
天井から吊るされたテレビでは地球大統領を選ぶ選挙が行われている。
「また、嫌いなミックスジュースを飲んでいるのか」
同僚がそう言って、休憩室に入って来た。
私は「まずい」と愚痴を吐きながら、またちびちびと飲む。
「おっ。もう大統領を選ぶ時期ですか」
ジュースを買うために自販機の前に移動しながら、同僚はテレビを見てそう言って最近ブームのS社製のリンゴジュースのボタンに指を伸ばそうとする。
しかし、手のひらに埋め込まれた端末がぶるぶると震えて、その動きを止める。
同僚は手の平を見つめ、私には見えない同僚の目の奥にある画面の文字を目で追ってから、リンゴジュースではなくコーラのボタンを押した。
「また、人工知能様々か」
私は吐き捨てるようにそう言う。
同僚はやれやれまたかという顔をして、どかりと長椅子に腰を下ろして、コーラのキャップを回して、ラッパ飲みする。
コーラのボトルを下ろして、上品なげっぷをしてから同僚は言う。
「お前の人工知能嫌いも変わらないな
どうせ、そのミックスジュースも手の平の震えを無視して買ったんだろう?」
「当たり前だ」
私は怒りを飲み下すようにミックスジュースを飲み切ると、ゴミ箱の穴に投げ込む。
「自己決定が大切だと言うんだろう?
でも、人工知能が未来予知レベルで最善の選択を知らせてくれるのに、悪い結果になると決まっていても自分で決めることがそれでも大切か?」
「お前の目の奥の人工知能様はリンゴジュースよりもコーラが良いと言ってくれたが、その理由まで書いてあったか?」
「いいや」と同僚は首を横に振る。
私はズボンの後ろポケットにある二つ折りの財布からなけなしの百円玉を出して、同僚が押そうとしていたリンゴジュースのボタンを押し、落ちてきたジュースを飲んで、噴き出す。
「な、なんだこれは。くそ不味いぞ。
くそ!不良品だったか」
私はまだ5分の1も減っていないボトルをゴミ箱に投げ捨てる。
「言わんこっちゃない」とあきれ顔の同僚には、「たまたまだ」と返す。
私は今の自分にとって不利な状況を覆す何かを探して、テレビを指差す。
「今行われている選挙戦を見ろ!
最もかっこよくバナナの皮を滑れた奴が地球大統領に当選とか、基地外じみてるぞ」
「でも、それは全人民による投票制だろ。
これだけは誰を選んでも、手の平が震えることもない。君の言っている自己決定が出来ているじゃないか」
「そうじゃないだろう!
少なくともこの星のトップになる地球大統領を選ぶ選挙だぞ。
それがバナナの皮でかっこよく滑れた所で何の適性が判断できるっていうんだ」
「笑いのセンスだろ?
話の面白くないやつに地球大統領になられて、あくびの出る定例演説を聞かせられる身にもなってみろ。三代前は最悪だっただろう。
結局、地球の今後を決めるのも俺たちの手の平に埋め込まれた程度の小型の人工知能とは比べ物にならない性能の地球全体を観測し予知し続ける月と入れ替えられた馬鹿でかい人工知能なんだ。
地球大統領はその決定を伝えるだけだ」
「でも、人工知能が人間を騙していたり、誰か悪い奴に操られていたり、そもそも壊れている可能性もあるかもしれないだろう」
同僚は長い長いため息を付くと、あきれ顔で返す。
「B氏のレポートとZ研究室の調査、H社の報告でそんなことはあり得ないと結論が出たじゃないか。
君だって半年かけてもそれらの矛盾点を見付けられなかったじゃないか」
「うぐっ」
私も流石に更に半年取り組み続けても、まだ不備を見付けられていない資料を出されると黙るしかなかった。
私が悔しい顔で何かないかと探していると、私と同僚の端末が同時に震える。
「もう、休憩は終わりだ」
同僚は気に入ったのかいつの間にか飲み干していたコーラをゴミ箱に捨てると、立ち上がり、お先にどうぞと出口に近い私に先を譲る。
私が出口に向かって歩くと、手の平が危険を知らせるために震える。
しかし、それを無視して出口をくぐると上から外れかけていた蛍光灯が私の頭頂部に落下する。幸運にも蛍光灯は割れなかったが、頭には大きなこぶが出来た。
私は後ろであきれ顔をしているに違いない同僚に否定しようと叫ぶ。
「たまたまだ。たまたまに決まっている!」
他にも短い話を書いています。