side:ナツメ 前編
1
一応これでも色々なところに気を遣っているのだ。体重とか。
(気を遣っておいて良かった……!)
あたしの重みが原因で全滅とか、まったく笑えない冗談だ。あたしはあたしの体を左腕に抱え、闇の中を真っ直ぐにひた走る。スオウくんの目は深夜でも関係なく辺りを見るし、見えなくても体は問題なく走ってくれる。野生の獣みたいな全身が、周囲の気配を鋭敏に嗅ぎ回って――連中が手際よく包囲網を敷いていくのが分かった。組織の強固さがよく分かる。駄目だ、このままじゃ逃げ切れない。
でも、不安にはならないのだ。だってスオウくんが、「どうにかします」と言ったのだから。あたしがすべきなのは、彼が準備を整えるまで、時間を稼ぐことだけ――
――と、不意に、肩を叩かれた。
慌てて動きを止める。急激な停止にバランスが崩れかけて、それを筋力で無理に押しとどめた。
「《―――――――――――――――――!》」
あたしの声が、謎の言語を言い放った。
瞬間。
暗闇が真っ白い光に塗り潰され――ひとつ瞬き。
「……え?」
「……びっ、くりした。どこからどうやって現れたの?」
ドリーさんの声が聞こえて、あたしは振り返った。すぐ目前にいたドリーさんが、目を丸くして、あたしたちを見詰めている。あたしだって目を真ん丸に見開いているだろう。ドリーさんの手にはいつも彼が読んでいる本があった。
「え、ここ……拠点? うわ、すっごいなぁスオウくん、ってうわあっ!」
急にスオウくんが力を抜いて、肩から滑り落ちた。床に頭を打ち付ける直前、手を滑り込ませて受け止める。――完全に、気を失っていた。
「ちょ、ちょっと、スオウくん――スオウくん? おーい」
「まさか、転移魔導?」
「え、いやぁ……知りませんけど……たぶん、そうです」
「そうだとしたら、しばらくは起きないんじゃないかな。転移魔導は、体にも魂にも大きなダメージが入るらしいから」
「マジすか」
なんてことをしてくれてんだ、スオウくん。……まぁ人のことは言えないけれど。でも、この状態で元に戻ったら、どうなってしまうんだろう。
あたしはスオウくんをそっと床に寝かせ、その隣に胡坐をかいた。自分の体を見下ろすのは、なんとも複雑な気分だ。鏡を見るのとはまたちょっと違う。まるで、自分が二つに分裂したみたいな――。
「それにしても、よく無事に戻ってこれたね」
ドリーさんがしみじみと言った。
あたしは思わず、唇を尖らせてしまう。
「……これが、無事に見えます?」
「死んでいなければすべては掠り傷だよ」
「うっわぁ、暴論」
ドリーさんは繊細そうな見た目をして、その中身はまったく正反対の野蛮人だ。――うん、まぁ、そういうところ、嫌いじゃない。
「あ、そういえばドリーさん」
「なに?」
「エンバード・コンパニエのラスコーってやつ、知ってます?」
スオウくんを殴って、あたしたちを拉致した連中の、リーダー格と思われる男が、そう呼ばれていたのだ。
ゆったりと頬杖をつき、ドリーさんは重たげに口を開いた。
「……パンドラム・ラスコーだね。エンバード専属の殺し屋だ。不死身の鉄砲玉とか、切れ過ぎるナイフとか、道具を使う狂犬とか、そんな風に呼ばれている奴だよ」
「最後のは悪口では?」
「ふふっ、でも、会ったならわかるだろう?」
あたしは最初にスオウくんを襲い、彼を一撃で昏倒させたその男を思い出した。そこらに落ちていた角材を、長年使い込んできた愛用の武器の如く振るった男。スオウくんの体に防御させることすら許さなかった、鋭い打撃。なんだか気障ったらしい、嫌味っぽい、白を基調としたスーツに、返り血の染みを付けたまま、ハイエナのように笑った顔。
思い返すと、頷かざるを得ないものがあった。確かに、道具を使う狂犬、その呼び方が一番しっくりくる。
「実力のほどは説明しなくても、肌で感じてきたよね」
あたしは黙り込んだ。あたしが入っていなかったとはいえ、きっちりと反応したはずのスオウくんが一撃で、ただの一撃で意識を持っていかれたのだ。スオウくんの体なら、ノーガードで打撃をくらったとしても、相当当たり所が悪くない限り、一撃で昏倒なんてまずありえない。
その“相当悪い当たり所”を見事に撃ち抜いてきたのだ――うん、間違いなく、あいつは強い。
けれど、
「――でも、負けませんよ。あたしとスオウくんなら、絶対に」
言った瞬間。灰色の砂嵐が視界を覆って、
《―――――――――――――――――――――――――――――!》
金色に染まった。
「っあ、うあっつ、っぃったぁっ!」
あたしは思わず悲鳴を上げて両目を押さえた。だってこの金色、攻撃的にギラギラと輝いて不気味に蠢いているんだもん。視神経がやられる。どうやら魔術回路を全開にして、そのまま気絶したらしい。こんなん耐えられるわけがない。
自然と涙が零れ落ちる。
「うああ……目が、目がぁ……っ!」
「まるでどこかの悪者だね、ナツメくん」
「面白がってませんか、ドリーさん?」
しばらく床の上で身悶えて、どうにか回路を閉じ、大きく息を吐いた。
そのまま床に大の字になって、真っ白い天井を眺める。
あぁ……体が重い。魔力を使いすぎたからかもしれないけれど、それにしても重い。頭の中で思い描く動きの、十分の一も再現できない、と断言できる体の重さ。鈍臭さ。のろくて弱くて、大っ嫌いな、あたしの体。
ふと横を見ると、スオウくんもまた床に倒れていた。意識は失ったままでいるらしい。
(そっか、魂は意識か)
当然のようなことを忘れていた。
スオウくんは眉間にしわを寄せて、苦しそうな呼吸をしていた。右肩から溢れ出した血が、床をじわじわと汚していく。彼がその傷を受けた時の声が、脳内に蘇る。
(……君があんな風に叫ぶだなんて、知らなかったよ、スオウくん)
痛がるだけじゃない、苦しむだけじゃない、もっと別の感情も詰まっていたような――手負いの獣のような――そんな声だった。
(少しぐらい、魔術の勉強をしておくべきだったかな)
スオウくんはあたしの体で、あっと言う間に拘束を解いてしまった。あれがあたしにも出来たなら、こんな無用な怪我、させずに済んだはずなのに。それどころか、あの場にいた全員を返り討ちにして、華々しく凱旋できたかもしれないのに。いや、そもそも、捕まることすらなかったんじゃないか? あの場で、あたしが何も抵抗できなかった所為で――でも、魔術は、あたしにとって――
「オスカーは息も絶え絶えで戻ってきた」
「……え?」
目だけでそちらを見ると、ドリーさんは足を組んで椅子に座り、本を開いていた。そうして、淡々とした口調で続ける。
「実は今、彼は生死の境をさまよってる最中でね。ベル先生がつきっきりで、もうかれこれ――五時間は経ったかな。正直、このまま死んでもおかしくない、って」
ベル先生、というのは、『TWIN’s』の専属の医者だ。噂では闇医者だという話だけれど、治療の腕は確かなので、誰も深くは追及しない。
「僕の情報収集が甘かったんだよ。向こうの戦力を計り違えた。君たちが拉致されることも織り込み済みで、それを見捨てて決行したのに、なのに、オスカーを死なせかけるなんてね」
本の向こうにちらりと見えた唇が、ぐにゃりと歪んだ。
「彼が死んだら、僕を殺してくれる人がいなくなるのに……」
「あの、それって――」
言いかけて、やめた。詮索はしないのがここの暗黙のルール。
あたしが口を閉じたのを褒めるように、ドリーさんは本を閉じて、笑みを深めた。
「当然、作戦は成功したよ。オスカーが意地を見せたから。彼のおかげで、エンバード・コンパニエの勢力の、三分の一は削れた。あとは、君らが相手をしたラスコーの一派と、アッシュ・ダージニアにある本拠地を叩けば、向こうは壊滅だ。それで――」
「ドリー!」
唐突に扉が開いて、社長たちが飛び込んできた。
「って、あら、ナツメ! スオウ! 無事に戻ってこれたのね、良かった!」
気絶しているスオウくんと、床に寝転がったまま動けないあたしを見て、“無事だ”と形容するのだから、この傭兵団は本当に極端だ。
「本当に良かった。これで勝ち目が残った!」
「ビーン、先にドリーに」
「そうだった、ドリー、オスカーが目を覚ましたわよ!」
がたん、と音を立ててドリーさんが立ち上がった。いつも以上に白かった顔に、ほのかに赤みが差していて、あぁこの人にだって情はあるんだな、と、なんとも失礼なことを思ってしまった。――歪んだ情かもしれないけど。
社長たちが柔らかく微笑む。
「先生いわく、峠は越えたって。行ってあげなさい」
「……いえ」
ドリーさんはゆるりと首を振って、座り直した。
「生きているのなら、それでいいです。僕が行ったら、罵詈雑言をぶちまけて、せっかく閉じた傷口をもう一度開かせることになるでしょうし。それに、今はエンバード・コンパニエにどう対処するか、話し合う方が先決では?」
「それもそうね。ナツメ、スオウ――いや、スオウは無理そうね」
あたしも正直きついんですけど――と言いかけて、飲み込んだ。無理やり体を引き起こす。本当に重たい体。でも、傷は一つもない体。
弱音なんか、吐けるものか。
あたしは気力だけで笑顔になって、「先に、スオウくんの応急手当をしてからでも?」と言った。
スオウくんを仮眠室のベッドに放り込んでから、徹夜明けで不機嫌そうなベル先生に無理を言って、彼を看てもらう。そこまでやって、あたしはようやく安心できた。今のところ、失って困るのはスオウくんぐらいのものだからね。
円卓の一席、特に座る場所が決まっているわけではないので、一番近かったところに座る。
あたしが席に着いたのを見てから、社長たちが喋り出した。
「エンバード・コンパニエが持ってる戦力は残り半分――を、ちょっと切ったかしら。ナツメとスオウを餌に取引を持ちかけてきたのを、問答無用で潰したから」
「おかげさまで向こうは相当お冠よ。といっても、一旦自陣に引き上げて体勢を整えるくらいの理性は残ってたみたいねー。こっちに来てたラスコーの一派は、生き残りを回収しながら、全員アッシュ・ダージニアに向かって移動中だって」
「警察に貸し出してたマーサとアーリーンに連絡を入れたわ。彼らに先行してもらって、拠点を叩いてもらう」
マーサとアーリーン――聞いたことはあるけれど、会ったことは無い人たちだ。創設メンバーで、基本的には州警察に入り浸っているとか。嘘としか思えないとんでもない武勇伝を、いくつか耳にしたことがあるのだけれど、あたしはあんまり信用していない。
――が、ドリーさんが「あぁ、あの人たちなら安心ですね」と深く頷いたから、本当に凄いのかもしれない。
社長たちもまた深く頷いた。
「ええ。だから、エンバード・コンパニエ自体は確実に殲滅できると見て大丈夫よ」
「こっちでやるべきことは、ラスコーの一派をこの場に留めて、アッシュ・ダージニアに戻らせることなく、さらに、向こうの残存兵力を完全に削り切ること! ってわけよ。――ドリー、作戦はよろしく」
「了解です」
「ナツメ、スオウ、二人が作戦の要になるわよ。丸一日くらいは猶予があるでしょうから、それまでに体調を万全にしておくように!」
「オッケー、まっかせて!」
ドリーさんの作戦には少々怖さがあるけれど、確実性という面で言えば彼以上に信頼できる軍師はいない。というか、あたしには戦略なんて考える頭は無いし。出来ることと言えば、実行に向けて心身の状態を整えることだけ。
――大丈夫。絶対に。
――絶対に、二度と、スオウくんの体に傷をつけることなんか許さない。
あたしは勢いよく立ち上がった。「それじゃ、おやすみなさい!」と仮眠室に飛び込んで、ベル先生が不快そうに眉を顰めるのを横目に、向かいのベッドへダイブした。
疲れ切った体はあっという間に眠りへ落ちていった。
2
目が覚めた時、視界にあったのはスオウくんの顔だった。
「――あ、すみません。起こしてしまいましたか」
「……んー――」
認識した瞬間、嘘みたいに意識が明瞭になった。うっそでしょ、あたし、スオウくんに寝顔晒してた? いつから? っとにもう、やめてよね本当に!
「――もうちょっと……」
あえて寝ぼけた振りをして布団の下に顔を埋める。あぁ、あっついなぁマジで!
スオウくんの小さな溜め息。
「先輩。作戦のこと、きちんと理解してます?」
してるっての、馬鹿にすんな。と心の中で反論する。
「あと三十分で、最後に入れ替わってから、二十四時間が経ちます。そろそろ準備を始めるべきだと思うんですが……」
もう一度、溜め息。
「五分待ちます。五分以内に、ちゃんと起きてくださいよ」
「……うるっさいなぁ。もう起きてるよ」
憎まれ口を叩きながら、あたしはゆっくりと上体を起こした。もう顔のほてりは引いてる。
スオウくんはベッドの縁に座っていた。仮にも女性が寝ているベッドに座るなんて、どれだけ図太い神経を持ち合わせているんだろう。大人しい顔して、意外と大胆な野郎だ。
部屋の照明は点いていて、夜にもかかわらず明るい。反面、窓の向こうの闇は、余計に色濃く渦巻いている。意識しなくても視界にちらつく金色の光が、夜闇に吸い込まれて消えていく。あたしはなんとも思わないけど、スオウくんなら、この闇に何か感じるところがあったりするんだろうか――
「先輩、どうかしたんですか」
「え? 何が?」
「いや、何だかぼーっとされてるので……体調でも悪いんですか」
「体調不良ねぇ――強いて言うなら、寝すぎかな。あっはっは!」
わざと声を上げて笑うと、スオウくんは“心底呆れかえった”という目になった。
あたしは笑いを収めて、そっと口を割る。いつかは言わなくてはならない、と――そして、言うならばこんな夜が良い、と――思っていたことだ。
「スオウくんてさ、十二年前にアッシュ・ダージニアで起きた、超局地的なハリケーンによる倒壊事故――知ってる?」
「聞いたことはありますけど……それがどうかしたんですか」
怪訝そうな顔をする彼の質問を無視して、あたしは喋る。
「あれさ、発生源になった家が半壊して、その隣の五軒が全壊、死者五人、負傷者十三人、っていう、けっこう悲惨な感じだったじゃん」
「詳しいですね」
「そりゃそうさ。だって、あのハリケーン、発生させたのあたしだもん」
スオウくんは息を吸いこんで、止めた。
「原因はちょっとしたことだったんだよ。本当に、ちょっとしたこと――妹がさ、血の繋がりの無い、義理の妹だったんだけど、そいつがあたしの玩具を壊してね。泣きながら抗議したら、突然、目の前が金色に埋め尽くされて……気が付いたら、あたしの前には瓦礫の山が出来ていた。体中がだるくてさ、手応えは無かったけど、自覚はしてた。これは――うん、間違いなく――あたしが、やったんだ、って」
「……」
「だから、当然、あたしがやったんだって言ったよ。だけど、その時のあたしは六歳でさ、六歳の子どもにそんなこと出来るわけがないって、大人は相手にしてくれなかった。でもまぁ、それがきっかけで、あたしを引き取って育ててくれてた義理の両親とはなぁんか気まずくなっちゃったし、あたしもあたしで、義理の両親の唯一の子どもを殺しちゃったわけだからさ、居場所なんてないわけよ。それで、こっちに出てきたってわけ」
「……」
「それ以来、魔術なんて嫌いで嫌いで仕方ない。金色の光を見るだけで吐き気がする。あんなさ、何の手応えもなく、死体を見ることも無く、ただ思っただけで、人が何人も死ぬなんてさ――そんなの、人間のやることじゃないよ。自覚はあるけど、自覚だけで――感触は無いんだ。実感してないの。時々、そんなことをしたなんて、忘れそうになるくらい――忘れそうになる自分が、本当に嫌い」
「……」
「だから、あたしは魔術を使わない。魔術を使うことが平気になったら、あたしは本当に、あの事件を忘れちゃうから」
そんなことになったらあたしは生きていけない。実感はなくても、あたしは殺人者だ。それを忘れてのうのうと生きていくなんて、未来のあたしが許したとしても、今のあたしが許さない。
スオウくんは何も言わず、俯いていた。短く刈り込まれた頭のてっぺんが、あたしの方を向いている。その触り心地の良い頭を、わしゃわしゃと撫でて、あたしは笑った。
「でもね、っていうか、だからこそ、かな。――だからさ、スオウくんに任せられるの、すごく嬉しいんだ。スオウくんが、任せてもいいって思える相手で、本当に良かった。スオウくんなら、あたしの体を、誰よりうまく使ってくれるって、確信出来てるから。――今回の作戦も、頑張ろうね、スオウくん」
普段なら照れて、こちらの手をやんわりと払う彼が、そのままゆっくりと顔を上げた。夜より深い色の瞳が、真っ直ぐにあたしを見据える。ほんの少しだけ潤んでいるような気がしたけれど、たぶん気の所為だろう。
スオウくんは、ただハッキリと顎を引いて、
「はい。任せてください」
と宣言した。
「先輩も――僕の体は、任せます。存分に使い倒してください」
「了解。任せたまえ!」
そう言うと、スオウくんは、いつもの無愛想を少しだけお休みして、微笑んだ。
――そうやって、ふわりと微笑む顔が、実は何よりも可愛いんだって、彼は気付いているんだろうか?
(気付いていないんだろうな……まぁ、そんな風に笑うことなんて、滅多に無いから、心配はないんだけれど。――……ん? 心配?)
何に対する心配なんだろう――と考えた瞬間、大きな爆発音が建物を揺らした。
そして弾幕が張られる音。
エンバード・コンパニエの襲撃だ。
あたしたちは顔を見合せて、同時に立ち上がると、走り出した。
スオウくんが口をとがらせて怒鳴る。
「だから言ったじゃないですか! そろそろ準備を始めるべきだ、って!」
「うっさいなぁ、だって予定より早いじゃん! 本当はあと一時間は先だって話だったでしょっ?」
「プラスマイナス一時間だと思って行動してくださいってドリーさん言ってましたよ!」
「えーうっそだぁ、そんなのあたし聞いてないもーん」
「聞いてないのは先輩だけです! ってああもう!」
銃弾が走り回る建物の中を、あたしたちは疾走する。スオウくんが手を引いてくれているおかげで、今のところは掠りもせずに逃げおおせているけれど、あたしの足がもつれるのは時間の問題だろう。
「こっちです!」
スオウくんが素早く跳ね上げ式の扉を開けて、あたしを地下室に放り込んだ。
「ぎゃんっ」
階段をすっ飛ばしたから悲鳴は上げたけれど、痛みは無い。あらかじめマットレスやら何やらを敷き詰めておいたおかげだ。――そう、これはすべて、計画通り、なんだ。
「スオウくん!」
蓋のところでスオウくんが立ち往生していた。どうやら、相手が隙間に腕を突っ込んだらしい。無理やり閉めようとしているが、腕が引っかかって閉まらない。かと言って、緩めれば突破される。
「気にしないでください……それより、早く……っ!」
「――了解!」
あたしは地下室の奥に行き、指示された通り、魔法具を手に取った。魔法具とは、より少ない魔力で魔術のようなものを発動させる、ちょっとした絡繰りのこと。あたしなら触っただけで、起動に充分な魔力を与えられるとドリーさんが言っていた。そしてそれは言葉通りで――
――触れた一秒後、先の爆発音が安っぽく思えるほど、途轍もない轟音が、大地を揺るがした。
「うわっ、っとと」
爆発の衝撃で扉が閉まったんだろう。スオウくんが階段を転がり落ちてきた。その横に、倒壊したビルに押しつぶされ、扉に断ち切られた腕がある。
「よし、行こう、スオウくん」
「はい」
黙祷なんて不要だ。
あたしたちは別の場所から地上に上がるべく、地下道に踏み入った。




