side:スオウ 前編
1
生まれ持った才能と、
心に抱いた夢が、
全く噛み合っていなかったら――
……あなたは、どうするだろうか。
潔く諦めて才能を伸ばすか。
夢を追いかけ最後まで足掻き続けるか。
――きっと、どちらも正解で、正当なんだろう。
けれど僕は、その、どちらも選ばなかった。
そして、三つ目の道を――本来用意されるはずのない道を、選んでしまった。
すなわち、
僕の夢を叶えられる才能ある人間と、
体を交換する、という不当な道を――
☆
「スオウくん!」
「はい、先輩」
僕は先輩と背中を合わせ、両手を広げた。
右手は先輩の左手を握り、左の甲は先輩の右の甲と合わせる。
お互いの手の甲に、それらは痣のごとく刻みこまれていた。それらが重なり、繋がり、真円を描く。一つの魔法陣を作り出す。
魔法の才能なんて欠片も持ち合わせていない僕には見えないが、今、僕と先輩は両手を介し、魔術的に強く繋がっているはずだ。見える人が見ると、物凄く強い金色の光が発生しているらしい。それだけ、大々的な魔術が動いているということだ。
そして、視界が一瞬だけ白く閉ざされて――
《開かれしは宇宙の狭間、或いは真理の空隙、若しくは深淵の淀みと壺中の天地、孰れも孰れも須らく人の身に余る領域なり、然り而して回廊は連結せり、奔れ!》
――百八十度回転する。
次に目を開いた時、僕の視点は普段よりも高くなっていた。細くて長い手足は貧弱とも華奢ともいえる。体重の所為ではなく、運動能力の問題で、しっとりと重たい体。
明らかに他人の体だ――なのに何故か、自分のものより違和感が無い。
「デカブツはあたしがやる! 雑魚はよろしくぅ!」
と、僕の声がそう言って、僕の体が駆け出した。その顔と声で『あたし』とか言われると、毎度鳥肌が立つ。が、文句を言うのは後回し。
「なめんなクソガキどもぉっ!」
「ぶっ殺してやるぞオラァッ!」
殺気立っている男どもが、語彙力皆無の怒声を上げて、知性の無さを曝け出している。まずはこの無様な豚どもを、三分以内に丸焼きにしなくては。
実際は三分も要らないのだけれど。
人数はざっと三十人程か。先輩は雑魚どもの頭上を軽々と飛び越えて、すでに見えなくなっている。……あの人本当に、任せると言ったら任せきるよな。普通の魔術師には盾役が必要だ、って、知らないんだろうか。
僕は先輩の声で呟く。
「まぁ確かに、僕には盾なんて要らないんですけど」
正確に言うと、“先輩の体を借りた僕には”だが。
先輩の目には、空中を流れる魔力の筋がハッキリと映っている。意識を集中させれば、さらに細かい、霧のような魔力まで目に映る。そしてそのすべてが、彼女の命令を待っている。
あぁ、これが、僕が恋い焦がれてやまない世界――
「――《咆哮せよ!》」
ただ一言で、僕を中心とした半径五十メートルに攻撃性魔術音波が発生し、連中の平衡感覚を奪った。加減したから、効果時間は約三十秒と言ったところだろう。
充分。
先輩の良く通る声で、詠唱を始める。
「《行けども行けども同じ道を繰り返し
また青い風に目を細めている
待てども待てども同じ時を刻み付け
また赤い空に頬を染めている
それでもまだなお一つ望みに縋るか
もはや荒れた海に一艘の船も無い
けれどもまたぞろ一つ願いを懸けるか
もはや閉じた天に一筋の光も無い》」
魔術とは詩文だ。形式は人によってさまざま。僕の場合は十四行詩が一番好きで、詠いやすいと思っている。世に知られた『名詩』はもはや魔術の“定型”となっていて、使いやすいが対策もされやすい。だから大抵の魔術師は自作する。
最初の二連は場を作りイメージを補助するためだけのもの。と言っても手を抜いていい場所ではない。ここでどれだけ場を自分のものにできるかが、効果の強弱を決定する。
先輩の声に導かれて、魔力が集まってくる。良い感触。詠唱の通りに古代文字をかたどった魔力が、別の魔力を巻き込み、膨らんで渦を巻く。新作の術式で、上手く発動するか少々不安もあったのだが、これなら大丈夫そうだ。
三連からが本題――ここで、魔術の効果が決定する。別に、効果は最初においても問題なくて、最初に置けば素早い効果が得られる。けれど、僕は後ろの方に置くのが好きだ。そうすることで、相手にどんな効果の魔術か悟られにくくすることが出来る。対魔術師戦では特に有効な形式だ。
「《汝精根尽き果て疲弊した旅人よ
お前の目はまだこの闇の先を見ているか
汝自由の翼を持ち地図を失くした旅人よ
お前の頬はまだ血の気を失っていないか
渡り鳥は止まり木にひと時の安寧を得る
旅人もまたここにひと時の安寧を享受せよ》」
連なった文字が円環を成し――白い霧に変わった。発動すれば、魔術は徒人の目にも映る。
「な……んだ、これ……?」
「霧……?」
突然自分たちを覆った霧に、連中は一瞬だけ困惑の色を示した。
示せたのは一瞬だけ。
次の瞬間には昏倒する。
砂袋を落としたような音が何重にも重なって、霧の中、ぼんやりと反響する。それがすっかり収まって、静かになると、僕は指を鳴らした。
サァ、と霧が晴れる。
三十人近くいた破落戸どもが、残らず倒れているのを確認して、僕は一人頷いた。
「さて、先輩はどうなったかな……あと一分半しかないけれど」
「おーい、スオウくん!」丁度向こうの通りから顔を出した僕が、「ってうわ、さっすがだね。また派手にやったなぁ!」などと言いながら駆け寄ってくる。
その姿を見て僕は驚愕した。
「ちょ、血塗れじゃないですか先輩! 何したんですか!」
「安心してよ、返り血だから」
「そういう問題じゃっ……あぁもう、血の染みって落ちにくいのに!」
「細かいこと言うなよ、めんどくさいなぁ」
「細かくなんてありません、重要なことです! 一体誰が洗濯すると思ってるんですか。こっちはこんなに綺麗に終わらせてあげたというのに」
「あーあーきこえなーい」
先輩は耳を塞いでくるりとそっぽを向いた。
「というか、そんなに言うんだったら、お得意の魔術で落としたらどう?」
皮肉気に言われた言葉に、僕は目から鱗を落とした。
「……確かに。その手がありましたね」
「マジか。言っといてあれだけど、そんな器用なこと出来るの?」
「先輩の魔力があれば余裕です。むしろ加減が難しいくらいで」
「……へぇー」
「即興になりますが――どうすればいいかな。結論は絞ったほうがいいか。『布から血を落とす』ぐらいの正確な定義をしないと、色ごと落とされそうだから……汚れを落とす、浄化、布、繊維、糸……」
頭の中で言葉がぐるぐると回り始める。あるべき言葉はあるべき位置に。言葉は関連し共鳴し、次の言葉を呼ぶ。響きは蒼穹に揺らめいて、別の響きに呼応する。すべては連結し、一つとして無駄なものは無い。一滴たりとも、不純なものを混ぜてはならない。世界を彩る金色を、この美しい輝きを、美しいままに変質させなければ――
「――……よし、これで行けるかな」
「残念だけど、時間切れだよー」
「え?」
顔を上げた瞬間、視界がぐらりと揺れた――
《止れ、将に今や回廊は断絶すべし、孰れも孰れも須らく人の身に余る領域なれば、壺中の天地も深淵の淀みも、真理の空隙、或いは宇宙の狭間も閉ざされん!》
――ザザ、と走ったノイズが収まると、普段の世界がそこに広がっていた。
平均より少し低い視点。魔力以外はよく見える目。鍛えたわけでもないのに筋肉があり、程よく重たい手足。考えた動きをすべて実行してくれると確信できる体。
間違いなく自分の体だ――なのに何故か、他人のものより違和感がある。
「おわっ……いっ、たー」
「先輩? 大丈夫ですか」
見れば、先輩が両目を押さえて天を仰いでいた。
「君ねぇ、返す時は視界閉じてから返してよ……キッツいんだよこの光」
「あ……すみません」
先輩は呻きながら、涙を滲ませた目を何度も瞬かせる。
その間に、僕も自分の体の確認をした。――先輩の言った通り、怪我はどこにも無かった。ただ、汗と返り血がひどい。どうやったらこんなに返り血を浴びれるんだ? まるで猟奇殺人でもしたみたいだ。早く帰ってシャワーを浴びたい。激しく動いたからだろう、全身に熱がこもっていた。どうやら死線も潜ったらしく、体が緊張を覚えている。これはあとから怠くなるやつだ。筋肉痛にはならないけど……あまり嬉しい感覚ではない。
ふと、タイヤが赤土を削る音が聞こえてきた。
「来ましたね」
「え? ――あ、本当だ」
土煙を上げながら、大型のジープが走ってくる。それは僕らの目の前にぴたりと停まった。そこから一人の女性が顔を出し、
「やぁやぁ、お疲れさま二人とも! お迎えに上がったよ! 元気そうだね!」
「お疲れさま。……ねぇ、二人からも言ってくれない? もう少し穏やかに運転しろ、って」
と、二人分の言葉を発した。
彼女はビーンズ&ロースターズ・スパイス。僕らが所属する傭兵団『TWIN‘s』のリーダーである。学生のようなプリーツスカートと紺のブレザーを愛用しているが、学生でないことは明らかで、では幾つぐらいの人か、と言われると、年齢不詳、と答える他ない。
「うるっさいなぁ、ローズ! じゃああんたが運転しなさいよ!」
「嫌よ。私は車が苦手だって、ビーンも知ってるでしょ」
「じゃあ文句は言わないことね!」
一人で言い争っているけれど、彼女は決して二重人格者ではない――らしい。一つの体を共有している双子、だと本人は言い張っている。そしてそれはおそらく事実だろう――僕らのように、容れ物を間違えてしまう魂だってあるぐらいなんだから。
「さ、後は警察に任せて、帰るわよ! 早く乗って乗って!」
ビーンさんの声に引っ張られて、僕らは車に乗り込んだ。
一息で全開にされたアクセル。一挙に限界まで回されたハンドル。赤土が削られて、窓の外は一瞬で砂埃に覆われた。けたたましくサイレンを鳴らすパトカーと、猛スピードですれ違い、拠点へ繋がる道を疾走する。ローズさんが歯の隙間から不機嫌な猫のような唸り声を上げる。
「あっはははははは! 最っ高! ビーンさん最っ高っ!」
先輩は底なしに上機嫌だ。
僕はローズさんに少なからず同情しながら、窓枠を掴んで、体を固定することに全力を傾けた。
鍛えたわけでもないのに、この体幹は、酷い揺れにもびくともしない。
2
アルメイス共和国は、五十一の州からなる巨大な寄せ集め国家だ。ならざるを得ずしてなった共和制。元国家――現在の“州”――が、それぞれの意見を絶対に譲らず、そのまま形だけ一つになった国。そこに他国の開拓民やら移民やら難民や何かがどかどか入り込んできた結果、法律も治安もあってないようなものになった。軍と警察はご立派に存在しているが、この広い国を一括で警備するのは無理だと、どんな馬鹿でもすぐ分かる。
そこで発生したのが“自警団”とか、僕らのような“傭兵団”だった。
“自警団”はその名の通り、州や市町村が自分たちで組織した、ちょっとした軍隊のこと。自治体によっては、警察より強い権威を持っていたりする。
“傭兵団”は、自警団を作れるほど裕福でない、あるいは実力者がいない、という自治体の弱みに付け込んで、金を稼ごうと画策した連中が組織した私設兵団だ。中には、公私構わず金さえ貰えれば殺しも厭わない、という連中もいる。自治区の治安を守るのが本分だというのに。『TWIN’s』は比較的まともな方で、州警察と提携を結んで仕事を貰っている。
それでも、比較的、って付けなくてはいけないのには、まぁ、理由があるんだけど。
車は舗装されていない赤土の道を、上に下に大きく跳ねながら、町外れの海岸線を走っていく。『TWIN’s』の拠点はセント・ガルフの繁華街の中心部にあるから、正反対の方向だ。けれどもビーンさんは一向に構うことなく、鼻歌混じりにアクセルを踏み込んでいる。そうする理由は、僕も知っているから、何も言わない。
しばらくすると、ぼろい酒場が見えてきた。『TWIN’s』の提携先の一つ。「a STEEP TAX」(法外な税金)という名前……らしい。曖昧なのは、日光と潮風が看板を絶妙に削った所為で、飲食店とは思えない店名を掲げる羽目になっているからだ。来る度、何の他意も無いけれど、ドキッとしてしまう。
ビーンさんが横転ギリギリの見事なドリフトを決め、壁すれすれのところに車を停めた。
「あっはははは! たっのしかった! ビーンさんの運転、あたし好きよ!」
「でしょでしょ? ほら見ろ、ローズ! ナツメを見習いたまえ!」
「ナツメ……あまり、ビーンを調子に乗らせないでくれ。勘弁してほしいんだよ、私は」
僕らは店の前のステップを軋ませ、準備中の札を無視し、中に入った。無人だ。椅子は全てテーブルの上に載せられていて、まだ磨かれていない床には吐しゃ物の跡と思しき薄汚れた黄色の染みが付いていた。
構わずに奥へ進み、カウンターの裏へ。
一枚だけある扉の前で、僕らは立ち止まった。ローズさんがポケットから、金色の鍵が二つぶら下がっている輪っかを取り出した。手首を輪に通し、その手を扉にくっ付ける。
そうして、
「《導けレ・クレドール――我ら悠久の旅人なり!》」
と呟き、扉を開けた。
するとその向こうには、真っ白くて綺麗な、明らかに酒場とは違う空間――『TWIN’s』の拠点が、広がっているのだった。
これもまた一つの魔法だ。ローズさんが使ったのは、海外から輸入したという、“曰くつきの鍵”。通路の作成とその維持、および使用を、極端に少ない魔力消費で行ってくれるもので、人間の力では決して作れない、非常に高度な技術が詰め込まれた魔法具だ。おそらく正確には、魔法でも魔術でもなく、“魔導”と呼ぶべき代物なんだろう。「とんでもない額だった」とビーンさんは言っていたけれど、僕は、これはお金では買えないんじゃないか、と疑っている。
「たっだいま~!」
「ただいま」
ビーン&ローズさんの声に、中央のテーブルについていた人が本を置いた。
「やあ、お帰りなさい」
と、にっこり。
「や、これはドリーさん、こんにちは!」
片手を挙げて威勢よく挨拶をした先輩に続き、僕も軽く頭を下げた。
「こんにちは、ナツメくん、スオウくん。仕事帰りのようだね。お疲れさま」
なんて穏やかに言う姿からはまったく想像できないけれど、ドリーさんはとんでもなく残虐な策を立てる軍師だ。そして、彼の相棒であるオスカーさんは、どんな策であろうと(文句は何百と言うが)完璧に実行する戦士。『TWIN’s』の主力コンビの一角である。
そのオスカーさんの姿が見えないことに、僕は気が付いた。
「オスカーさんは、お仕事ですか」
「うん。作戦遂行中だよ。予定では、明日の夕方には帰ってくることになってる」言いながら、閉じた本を開いて、「――でも、実は少々、懸案事項があってね」
僕は思わず目を見開いていた。だってドリーさんのそんな不安げな顔、初めて見たんだ。
「彼のことだ。まぁ、上手くやるだろうとは思うんだけれど」
「それはもしや、エンバード・コンパニエの件かな?」
とは、ビーンさんだ。コーヒーマシンを動かしながら、右目だけがドリーさんを捉えている。
「ええ、そうですよ」
ドリーさんは文面に目を落としたまま、平然と頷いた。
エンバード・コンパニエ――近頃、セント・ガルフを手中に収めようと暗躍し始めた反社会的組織だ。いわゆるマフィアというやつである。そもそもは中央が拠点であったのだが、向こうでの政戦に負けて、こちらに進出してきたらしい。
中央での敗者は、辺境での勝者だ。
彼らはあっという間に、隣の州アッシュ・ダージニアの中枢を飲み込んだ。
その毒牙がこちらに向くのは、まぁ当然の成り行きだったと言えるだろう。セント・ガルフは西海岸一栄えている都市。しかも土着のマフィアが存在しない。そのうえ警察や自警団が強いかと言うとそう言うわけでもない。
――傭兵団『TWIN’s』さえ潰せばこちらのもの――
そんな声がどこからともなく聞こえてきそうだ。
「向こうもそろそろ、僕らを脅威に思い始める頃でしょう。それに加えて、本日のナツメくんたちの圧勝――警戒態勢が強化されてもおかしくありません。噂ではまだ、主力は投入されていないようですし」
「向こうの主力が出てきたら、オスカーくんは負けてしまうかな?」
からかうようにそう言ったビーンさんに、ドリーさんは「まさか」と薄く笑った。
「負ける前に逃げるよう、きちんと言ってあります。それに、――彼は、僕を殺すまでは死にませんよ、絶対に」
「……っふふ、そうだった。そうだったね、君らは」
コーヒーマシンが抽出した真っ黒い液体を、ビーンさんがゆっくり傾ける。
「君たちも、気を付けた方がいいよ」
不意にドリーさんが本から目を上げて、僕らの方を見た。
「連中はこだわりが強いようだから。一番エンバード・コンパニエの関係者を痛めつけてきたのは、君たちだからね。真っ先に報復されるとしたら、君たちだろう」
「あっはは、確かに、そうですね!」
先輩はからりと笑った。
「それじゃ、しばらくはいつも二人でいた方がいいですかね?」
「うん、その方がいいだろうね」
「了解です。じゃ、スオウくん、そういうことで」
「わかりました」
僕が頷くのが先か、先輩はさっさと歩き出して、拠点を出ていこうとする。つい一瞬前に自分で“いつも二人でいた方がいい”って言ったのを忘れたのだろうか? 僕は慌てて「お疲れさまです。失礼します」と言いながら、先輩の後を追って、
「スオウくん」
ドリーさんに呼び止められ、扉の直前で振り返った。
彼は顔の下半分を本で隠すようにしていた。表紙にあしらわれた半月が、まるで異形の口のように、淡泊な声を紡ぎだす。
「僕だったら、真っ先に女の方を潰す」
腹の底がぞくりと蠢いた。
「魔術師を後回しにして良いことなんて一つもないし、それが女ともなれば尚更。さっさと無力化して、餌なりおかずなりにした方がよっぽど有用で効果的だ。それで相手が怒れば御しやすくなるし、意気消沈してくれるなら願ったり叶ったり。上手くやればこちらの士気高揚にも繋げられる。というか僕なら繋げる」
理屈はわかる。けれどその合理性は、僕には到底理解しえないもので――気持ち悪い、と強く感じる。いや、気持ち悪い、なんて言葉じゃ足りない。
忌まわしい。
けれど、
「ナツメくんを、きちんと守ってあげるんだよ」
と、そう言って薄く笑うドリーさんに、
「……頑張ります」
僕は曖昧な返事しか出来ないのだ。
それが何とも、情けない。