6. たとえ何人に気付かれずとも
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「……悪いが、それはできない」
「そう言われても、ボクにはキミがいないと……」
次の日の朝。
いきなり思いもしなかった事故に見舞われていた。
それは……
「だからって、さすがに一緒に行くことはできないぞッ!?」
ミオとの連絡手段が無い、と言う事実が発覚した事だった。
――外を彷徨かせるのも危ないし、【転身】するためには俺が要るとは言え……
「じゃあ、どうすれば良いのさ? 最優先調律対象が現れたら!」
「そ、それは……」
――考えろ。 何か考えるんだ……! ミオと他の人にバレずに連絡が取れて、かつすぐに合流できる方法を……!
「……【転身】するときは、俺がお前のそばに居ないとダメなのか?」
「え? ……えっと、キミの魔力を使ってボクの魔法を使ってるわけだから、同じ動きで同じ詠唱を同タイミングで行えば、理論的にはどれだけ離れてても飛べると思うけど……」
――と言うことは、別に肌が触れ合ってないとダメとか言う制限は無いのか……だったら……
「……確か鏡面世界の外は、拡張世界と繋がってるんだよな?」
「う、うん。 そうだね。 鏡の中の外は基本的にそうなってるはずだよ」
――拡張世界……ミオの世界にアクセスできれば、俺がどこに居ても鏡を通して監視ができる……
「……ミオ。 お前、俺と魔力共有してるんだし、テレパシーとかできないのか?」
「ボクをなんだと思っているんだい? ……ボクは光魔使いだけど、超能力者じゃ無いよ」
――さすがに声までは鏡越しに伝わりはしないし、音声は諦めた方が良いか……
「……よし。 一つ、試して欲しいことがあるんだが、良いか?」
「へ……?」
*********
「本当に上手くいくとはなぁ……」
小さな頃にナオ姉に貰った折りたたみ式手鏡を片手に、鳥の囀る道を歩く。
「何々……『合わせ鏡なんて、よく思いついたね』だって? まぁな。 ……本当はこの前授業でそんな話をしてたのを思い出しただけなんだけど」
――しかも、この腕輪とミオの補正がなかったら不可能な技だし……
使ったギミックは合わせ鏡。 鏡を二枚向かい合わせにすることで、ほぼ無限の像が映し出される現象だ。
ほぼ無限といっても像は有限個であり、どこかで反射角の問題で鏡の外へ出てしまう像が現れる。
その像を拡張世界の鏡と合わせて映すことで、モニタリングができるというわけだ。
もちろん腕輪がなければ拡張世界の鏡を見ることもできないし、ミオの波長調整がなければ像が小さすぎて役に立たない。
現実的な案ではなかったが、それだけ非現実的な要素があれば可能にしてしまえるものらしい。
「でも、いちいちチャットみたいに文字に起こさないと会話できないってのは、やっぱり不便だよな」
顔が見えているのに話せないなんて、感覚的にはやはり違和感がある。
「えっと……『何かあったら知らせてくれ』っと」
胸ポケットから出したメモに書き付け、鏡に映す。
ミオが首肯したのを確認してから鏡を閉じた。
――そういや、どうやって知らせるんだ? 音まで波に乗せて反射させることはできないって結論だったはずなんだが……
手元にあるのはただの何の変哲も無い手鏡で、ランプが点くわけでも震えるわけでもない。
――まぁ、その辺はミオに任せるか……
そろそろ急がないと遅刻圏内になってしまう。
鏡を仕舞って、いつになく静かな通学路を駆けた。
*********
『――ユウヤ!!』
「のぉおおおおあッ!?」
ガタッ! と派手な音を立ててしまった。
皆の――教師も含めて――の視線が集まるのを感じて我に帰る。
「……深淵の常夜より俺を誘う手がある。 少し凱旋に出ても?」
「なんだトイレか。 さっさと行って来い」
「あ、すいません」
許可が出たのでそそくさと教室を後にした。
廊下に出て先ほどの声の主を探すが、どこにもその姿が見えない。
窓に映る姿を見ても、目つきの悪い自分が居るだけだった。
『……ごめんユウヤ。 驚かせたよね?』
再び聞こえてきた声。 今度こそはと探ると、意外にも腕輪が反応していた。
『腕輪に通信機能みたいなのがあったのを発見したんだ。 褒めてくれてもいいよ?』
「………マジかよ」
ポケットから鏡を出して覗き見ると、ミオがドヤっていなさった。
『ちなみにボクの声は腕輪が無いと聞こえないから、他の人に聞かれる心配は無いよ』
「それはまた……便利な機能だな。 ……よくやったぞ、ミオ」
『え? あ、う、うん。 それほどでもないよ』
――超照れてるな。 可愛いやつめ……
「……それで、何の用だ? こちとら授業中なんだが」
『へ? あぁ……その』
「まさか、この便利機能を自慢するために呼び出したのか?」
『……ま、まさかそんなわけないよ! 調律したほうがよさそうな調律対象が居たんだ』
「わかった。 さっさと済ませるぞ」
どうやら俺はトイレに出てると思われてるらしいので、トイレへ向かう。
そこには鏡があったはずだ。
――よし、次こそは活躍してやるぜ……!
*********
「ユウヤ。 体調でも悪いのか?」
「い、いや。 少し敵が手強かっただけさ」
ミオが俺に気を遣ったのか、調律に少し時間がかかってしまった。帰ってきた時には授業は終わってしまっていた。
――遅れた理由はそれだけじゃないけどな。
その帰り道に拡張世界で横目で見つけた黒い影。 ミオが見落としてる調律対象が居るとは思い難いので、気のせいだと思いたいが、確かめようと目を向けた瞬間に見えなくなっていたことは気になる。 そしてそれが見えた鏡の設置場所も。
――まさかとは思うけど……なんて考え事してたら、チャイム鳴っちまったんだよな。
「ふーん。 あ、胃薬あるんだけど、飲む?」
「え? あ、ありがとう……」
――なんというか、本気で心配されてるのか、俺?
「てかシホ、何故胃薬なんて持ち歩いてるんだ?」
「ん? まぁ、シホはギャルだしぃ? これぐらいは当然っしょ?」
――当然なのか、胃薬常備ってのは……
「それはそうと、今日こそ行くっしょ? まぁ行かないっても連れてくケド」
温情に甘えて胃薬を飲み込むと、そんなことを笑顔で言われてしまった。
飲んでしまった手前、ここで断るのは都合が良すぎる気もしなくもない。
――どうせ今日は当番じゃないから、行ける事には行けるけど……
俺の沈黙をどう受け取ったのか、シホは席を立った。
「……ってことで、いつもの場所に集合ね?」
――うん。 これで断るやつが居るなら見てみたい。
自称超絶可愛いシホちゃんスマイルをいただいて、あぁ、取り巻きにまたあらぬ誤解を受ける……などと思ってしまった。 今更そんなことで揉めても、負ける気はしないが。
――ミオを一人家に残して、ナオ姉に見つからなきゃいいんだけど……
一縷の不安を抱えながらも、時が放課後を刻むまで不貞寝して過ごした。
「ユウヤ! そっち行ったよ!」
「おう、任せとけ」
そんなこんなで放課後。
いつもの場所ことゲーセンで、二人ならんでコントローラーを叩く。
「あ、ナイスカット! 助かったよ!」
シホと出会った場所であり、シホとこれほど仲良くなるきっかけになったこのゲーム。
機動装甲たる戦闘スーツを身に纏ったキャラクターを駆り、ポイントを貯めて自分のキャラを育成するという――いわゆる育成型アクションゲームだ。
オンライン対戦を二人で潜るのがシホの楽しみらしく、教室でああやって誘われる時はここに来ると会える。 取り巻きが大体居るので、一緒に行くことはほとんどない。
「よっし! やるじゃん、ユウヤ!」
「叩くな叩くな!? 地味に痛いから!?」
何日振りとは言え、腕は鈍っていなかったらしい。 軽く快勝をあげ、シホに背中をバシバシ叩かれた。
感情が高ぶると行動に出てしまう癖があると自分で言っていたのを思い出す。
「えへへ……そんなに嬉しそうにするなよー。 まだ三勝目じゃん?」
――連勝できてる嬉しさを隠し切れていない……!
「ほらほら、次、始まるよ」
自分の事を棚上げしまくるシホに揶揄され視線を画面に戻……
「――――!?」
……そうとして、ロード画面に一瞬写ったシホの姿に自分の目を疑った。
「どうしたの? シホの顔に何か付いてる?」
「あ、いや……」
慌てて自分の画面の方を向いて、自分の機体を駆る。
――気の所為……だよな? シホは何も変わってなかったし、ドッキリを仕掛けるようなことも無い。そもそも暗くなった画面に写った姿だけが変っておかしい……
そこまで思考が追いついた時、敵の機体に格闘コンボを入れられ、後方に吹き飛ばされたのが見えた。
――いや……おかしく無い。 本当はおかしいけど、今の俺にとっては説明のつく現象じゃないか……!
「ユウヤッ!!」
「ご、ごめん。 ありがとう!」
さすがにほぼ毎日こっそり通ってたトップランカー様が隣にいると、安定感が違う。
シホは不利になった状況も、すぐにひっくり返してみせる。
そのまま勝ってしまうのだから、やり込み度の差を思い知らされてしまう。
「疲れたの? 休憩でもする?」
「いや、ちょっと腕が攣りそうになっただけだ」
「シホ、湿布も持ってるんだけど、使う?」
「……どこまでも用意周到だな……」
珍しく筐体周りには俺とシホしか居なかったので、そのまま画面を待機モードにさせ、ありがたく痛くもない腕に湿布を貼ってもらうことにした。
――やっぱりそうか。 液晶だって表面はガラス。 ガラスの裏が黒ければある程度は反射して鏡の様になる……
画面に写るシホの影を盗み見て、確信に変わった。 その影に重なる様にして、別の黒い何かが動いているのが見える。
――本来写ってはいけないもの。 ミオが鏡面世界にいない影響が出てるのか……。 こんな調律漏れが続いていたら、毎晩の巡廻だけじゃ調律しきれなくなるんじゃないか……?
「……はい、できた。 湿布貼ったし、まだやれるっしょ?」
「ああ。 ミスった分、取り戻すぜ」
画面を再び切り替えて、二人でまた潜る。
切り替える際に気付くかと心配したが、すぐさまそれは徒労に終わってしまった。 言われなければ気付かないレベルの変化とは言え、これでは気付いた俺が変みたいだ。
――まぁ、変、なんだろうな。 それとも……
自分の腕輪にチラリと視線をやって戻す。
――帰ったら調律、しないとな……。 時短で、取り零さないように、な。
*********
「あ、おかえり、ユウくん。 晩御飯、もう少し待っててね」
「ただいま。 今日の晩飯は……っと」
鞄を置きに行くのも煩わしく、そのままキッチンへ侵入。
「もう、帰ったら手を洗いなさい」
「分かってる…………あれ?」
調理中の具材を確かめようとして、それを中断せざるを得なくなった。
「……ナオ姉、その傷、どうしたんだよ?」
腕にそっと触れ、その傷を確かめる。 ナオ姉の反応を見るに、傷が出来てからまだ数時間と経っていないらしい。
横に一直線。 絆創膏一枚が申し訳程度に覆っているが、隠しきれていない。
「えへへ……ちょっと弦で切っちゃって」
「それにしたってこんな切れ方……何かされたのか?」
つい、そんな質問をしてしまった。
「え? えっと……」
――やめてくれ。 聞きたくない。
「……ううん。 弓の調子が悪かっただけだよ。 新しいのに張り替えたし、大丈夫」
――嘘だ。 ナオ姉に限って、メンテナンスを怠るわけがない。 そもそも、そんな簡単に切れるわけがないじゃないか……
「そんなことより、手を洗ってカバン置いてきなさい。 もうすぐだから」
ナオ姉に背中を押され、キッチンから追い出されてしまった。
結局晩飯が何かを推理することはできなかった。 それどころではなかったけど。
――さすがにそろそろ探りを入れた方が良さそうだな。 最近のナオ姉の様子と言い、弓道場で何かあるのは間違いないはず……。 あの影も、こうなるともう可能性に入れた方が……
手を洗いながらそんな事を考えて、そうしている自分に気付いて頭が痛くなった。
――俺一人介入して、どうにかなる問題なのか? 俺に正義の味方は向いてないって、もう分かってるはずだろ……
思い出したくもなかった記憶が、連鎖的にリフレインしてしまう。
脳裏に映るイメージ。 振るたびに返ってくる鈍い衝撃と声。 赤く染まる腕と視界。 誰かの悲鳴とそして……
――ああ、クソ。 正義の味方ごっこはもう終わりだ。 本当にヤバいなら、ナオ姉は誰かに相談するだろ。 それにミオが何も言わないんだ。 だから、大丈夫なはずだ。
頭を振って、扉に手をかけて開けた。
「……さっきはお楽しみだったね、ユウヤ」
鏡の前で四つん這いになってるミオが、こちらを向いて呟く。
さっきというのがゲーセンでの事だと思い至り、それがイヤミでないことを悟る。
「なんだ、羨ましかったか? やりたいなら連れてやっても……」
流れで誘ってしまったが、よく考えたら契約上、いつミオと別れが来てもおかしくない。 そんな約束をしても、守れない可能性の方が高い。
「え? 本当かい? じゃあ今度の休みにでも連れて行ってくれないかい?」
だと言うのに、ミオは期待に満ちた目でそう聞いてくる。
「……分かった。 今度の休みな」
「やった! 楽しみにしておこう」
――これで断るやつは、かなりの悪役だぞ……
「……そう言えばそのゲーセンで、モンスターを見たんだ」
「そ、そうなのかい? あそこは鏡のある場所が限られてるせいで、全ては把握し切れなかったんだけど……」
――監視できるのは鏡限定だったか。 でもそれだと、鏡の役割を果たしているものに写った調律対象はどうするんだ……?
「……筐体を叩いたり揺すったりコントローラーに八つ当たりしそうな人はいたかい? ゲームセンターで調律した方が良いのは、そういう類の人の感情なんだけど……」
「……さすがにあの時間にそんなチンパンは居ないよ……」
――でもたまに居るんだよなぁ。 負けて悔しいのは分かるけど、物に当たらないでほしい。 まだ叫ばれる方が許せる。
「何も全ての感情を調律する必要はないんだよ。 そうやって抑え切れなくなったり、その人を追い詰めたり暴走させたりする強い感情だけを調律すれば、この世界は少しだけ平和になるだろう?」
言われて、納得してしまった。
少しの感情の起伏にいちいち対応していたら仕方ないというのもあるが、何よりも、そもそも調律するということが、"感情を抑制する"役割を果たしている事を忘れていた。
――調律漏れは、わざとなのか……。 ちゃんと考えてるんだな、ミオも。
「……気になるなら、見回りに行ってみるかい? 今日の巡警はまだだったよね」
「ああ。 じゃあ行ってみようぜ。 晩飯食ったらな」