2章 贖罪
二章 贖罪
確かにそばにある恐怖、今にも逃げ出したいが動かない身体。
彼女は息を呑みたい緊張感に苛まれる、しかし体が追いついてこない。
彼女はそれをただ了承するしかなかった。
「君の声、栞菜ちゃんの声…聞こえた、僕の声が聞こえているなら聞いて欲しい」
その恐怖は話し始めた。
「僕は手術中にとんでもないミスをしてしまった、君をこんな体にしてしまったのは僕なんだ、償いはしたいけど死んで逃げ出してしまった、謝っても謝りきれないごめん。」
彼女の中の恐怖は怒りへと変わっていたが頭が追いつかない。〈私が苦しむのは…お母さんが泣くのは…〉
思考が追いつかない彼女の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
「君が苦しんでいるのも君のご両親が苦しんでいるのも僕のせいだ、ごめん。」
先ほどもだが彼女は言葉を発していない発しようにもそれを体が認めない、では何故、彼女は恐る恐る発言した、当然意識の中で。
〈この言葉が聞こえているなら、答えて私の声が聞こえてるの?。〉
病室に無声の声が響き渡る。
するとその得体の知れない者はすぐに答えた。
「あぁ、聞こえた…君の気持ち伝わってる、君がいかに僕を恨んだか、そして僕に憂いているのか伝わってるよ。」
彼女は気がついていなかった、自由を奪った相手に同情していた、逃げ出したのは誇れるものではないが自分の事を思い死んだ彼を責められなかった。
そして同時に話が出来る彼と話をしたいという願望が芽生えていた。
それを彼が悟ったように言い放つ。
「そして君が今一番望むのはこうやって話をしたいんだね…、僕はできる事ならなんでもしたいんだ、けど君が望む事をしないと僕が償えない…出来る範囲でだけど僕も君のために何かしてみるよ。」
彼女はやっと孤独という物から逃れられると思い感激した。
その後1時間くらい話をした、生まれた故郷の話、親の話、今はもう病室に来なくなった親友の話。
その中で彼は1つの人間として絶対欠如してはならない部分が栞菜にないことに気づいてしまった。
思い出に形が無い。
本来思い出とは思い出せば鮮明に思い出せ、足りない部分は虚像で補っている。
だが栞菜の記憶は虚像も無ければ実像も無い。
栞菜の記憶には親友の顔も親の顔もなく、有るのはこんな事があったという事実のみだった。
彼は傷つけるとわかっていながら希望を持たせようと発言した、
「君はもう一度自由になれたら何がしたい?」
彼女は言い放つ。
「私の苦しみが無くなるならなんでもいい。」
栞菜の心を覗ける彼は驚いた、年頃の子供が苦しみから逃れる以外には無欲だった、それも本心からそう思っている。
彼は栞菜の人間としての願望を取り戻そうと心に決めた。
その事を彼女に言うか悩んだ。
何故なら彼女にその事を言うと迷惑がられると思ったからだ。
彼女は自分の不都合さの為に人間性を封じて自ら欲とは縁遠いところに閉じこもっている。
だが彼は迷惑だとしても、人間として生きている限り何かを望むのが幸せな生き方だと考えている。
だから彼はさりげなく欲を抱かせようと心に決めた。
彼女を苦しめる選択をするのに彼も戸惑ったが決意はしていた、彼女を普通の人らしくしようと。
「僕は君に償うよ…」
言葉は帰って来ない眠ってしまっている。