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ノワール王国と分不相応な力


 大陸中央に位置するノワール王国とヴィス帝国は長きに渡り対立関係にありました。

 民族や宗教といった文化の違い、さらには国境周辺の領土問題や経済的摩擦といった多くの要因から数百年の間に幾度となく戦乱が繰り返されてきました。


 人口や経済力といった純粋な国力において帝国は王国を上回っていましたが、王国は帝国が足元に及ばないほどの優れた魔導技術を有していました。

 そのため、両者の戦力は長く拮抗状態にあり、多少国境線が動くことはあれど決定的な勝負がつくこともなく、せいぜい小競り合い程度の争いが定期的に勃発するような状態が続いていました。


 ところが、ノワール王国の国王ノワール15世が病に倒れ、新たにノワール16世が即位した直後に事態は一変します。


 帝国軍の大部隊が国境線に向けて次々と侵攻してきたのです。

 迫りくる王国の危機に対して、若き国王は躊躇することなく大規模な迎撃部隊を招集し、国境付近に派遣します。


 部隊の中核となるのは王国の誇る優れた魔導技術を有する魔導士たちです。

 彼らの攻撃魔法は帝国魔導士と比較して、射程や破壊力は勿論のこと燃費についても大きく凌駕していました。

 敵の射程外から一方的に攻撃を行えることから、戦力の上回る帝国に対しても互角以上の戦いを行うことができる魔導士は王国の戦力の要であり、魔導士が敵の戦力を攻撃魔法で削り、残存兵力を歩兵や騎兵で駆逐するのが王国の建国以来からの基本戦術です。

 進軍スピードの問題から攻勢にはやや不利な点が多い方法ですが、防衛線においてはこの優れた砲撃能力がとても有利に働きます。


 そのため、今回の帝国の侵攻についても王国側としては「時間はかかるかもしれないが、必ず撃退できる」と確信していました。


 しかし、そんな彼らの予想は開戦直後に覆されることとなりました。


 帝国軍は何の準備もせず大部隊で侵攻したわけではありません。

 彼らは王国軍の戦術を破綻させる切り札を用意していたのです。


「魔力阻害粒子」――


 空気中に拡散することで魔力の流れを乱し、魔法そのものを無効化してしまうこの恐ろしい切り札が導入されたことで、王国軍の迎撃部隊は壊滅状態に陥りました。


 魔力阻害粒子の影響により、王国軍の基本戦術である遠距離からの魔法攻撃が全て封じられてしまったためです。

 当然ながら帝国軍の魔導士も魔法を遣えなくなってしまいましたが、元々の戦力においては帝国軍が王国を上回っています。


 魔導士という戦力の中核を奪われてしまった王国軍を蹴散らすことなど造作もありません。

 国迎撃部隊を返り討ちにした帝国軍は勢いに乗り、首都へ向け侵攻を開始します。

 一部の王国軍と迎撃部隊の残存兵が少しでも帝国軍を足止めしようと、戦力差を恐れず立ち向かいましたが、今まで魔導士頼りだった王国軍ではとても太刀打ちできず、死体の山を築くだけでした。


 国土や民が帝国に次々と蹂躙されていったことで、心を痛めたノワール16世が帝国への降伏に傾き始めた。


 そんな時でした。


 王宮に黒いローブを纏い、シニガミと名乗る怪しい男がノワール16世の前に現れたのです。


 彼は「王国を救うための武器を献上に参りました」と訴え、魔導士の使う杖に似た形状のジュウなる物を献上します。

 こんなものが国を救えるのかと怪訝な顔をするノワール16世に対して、シニガミはジュウを手に取り、「実際に見ていただくのが確実でしょう。王国で一番堅固な鎧をお持ちください」と要求しました。


 本来であれば、このような怪しい男の言葉を受け入れるはずがありませんが、既に王国はそんな余裕が無いほど追い詰められていましたので、言われるがままに国でもっとも腕が良い鍛冶職人の鎧が用意されました。


 鎧に向けてシニガミがジュウの尖端を向けた直後、乾いた音が王宮内に響き渡りました。

 堅固な鎧、そしてシニガミと鎧を結んだ真っすぐ先にある壁に何かが貫通したような穴が空いているのを目にしたノワール16世や重鎮たちはジュウの凄まじい威力を理解します。


「金はいくらでも払う。どれだけ用意できるのか?」


 立場も忘れて詰め寄るノワール16世に対してシニガミは淡々と答えます。


「陛下が望むだけお納めいたしましょう。代金はジュウ1つにつき銀貨1枚、打ち出す弾は百で銅貨1枚で結構です」


 シニガミの言葉に一部の重鎮たちは本当にそんなことが可能なのか訝しみましたが、実際にノワール16世が求めたジュウ千丁が数刻後に納入されたことで疑う者はいなくなりました。


 ジュウは次々と前線の兵士たちに送られ、帝国軍に対して猛威を振るいます。

 歩兵は勿論のこと、強固な装備を身に着けた騎士の鎧や馬まで一撃で死に至らしめすその威力は絶大で、王国の首都目前まで迫っていたはずの帝国軍は敗戦を重ね、撤退せざるをえなくなりました。


「我らの国土を犯した帝国を許すな!」


 ノワール16世は帝国軍を追いやった勢いそのままに帝国への侵攻を命じます。


 絶対的な武器であるジュウはシニガミが求められるだけ提供してくれるので心配はありません。

 さらに、ノワール16世はジュウのもう1つのメリットにも気づきます。

 魔導は生まれつきの才能が無ければ使うことすらできません。

 剣や弓、槍といった武芸は習得に長い期間を要します。


 ところが、ジュウは少し訓練すれば女子供や老人でも使えるようになるのです。

 王国軍は国境付近での大敗によって、大きく数を減らしていましたが、家や土地を焼かれ、家族や恋人を失った者たちを老若男女問わず、短い訓練で次々と軍に加えていったため、帝国の強大な領地への攻勢に対しても戦力に困ることはありませんでした。


 侵攻を続けた王国軍は帝国の首都を占領し、皇帝一家を処刑。

 さらにその数か月後に王国は帝国全土を併合し、広大な領地と莫大な財貨を手中に収めました。


 王国の危機を救っただけではなく、宿敵たる帝国を打ち破った英雄としてノワール16世は史上最高の国王として多くの国民に称えられましたが、その名声は長くは続きませんでした。


 戦乱終結から僅か1年後、

 強大な威力を持つジュウの管理を巡ってノワール16世と有力貴族たちの対立が表面化したのです。


 ノワール16世はジュウを独占することで自身の権威をさらに高め、反抗する者の力を削ぐことを目論見ました。

 一方、有力貴族たちはジュウを奪われることより、王の力が強大になり過ぎることに強い警戒感を示していました。

 両者の対立は日に日に激しくなり、ついにジュウの独占を強硬しようとした国王軍と有力貴族たちとの間に戦闘が勃発してしまいました。


 ジュウ同士による初めての戦闘は凄惨を極め、兵士のみならず一般人もその犠牲となりました。

 死者数万人とも言われるこの内乱はジュウの供給源たるシニガミを有するノワール16世が辛くも勝利を収めましたが、この争いが終わっても王国内の状況は悪化していくばかりでした。


 戦争中、シニガミによって供給されたジュウの数は数十万丁以上に上ると言われており、多くのジュウが闇ルートで出回ってしまったのです。

 それらが一般市民どころか職を失った兵士や盗賊などにまで容易に出回った結果、国内の治安は大幅に悪化しました。

 ジュウを持った護衛無しでは街道を歩くことすらできず、例え護衛がいたとしても行商人が襲撃されて商品を奪われたりすることは日常茶飯事。

 辺境の農村が一夜で全員殺害される事件すら起こるほど事態は深刻なものでした。


 王国内の経済活動は完全に破綻してしまい、ノワール16世は不届き者の討伐に躍起になりますが、相手もジュウを持っているため、簡単にはいきません。


 そんな最中、旧帝国領において大規模な反乱が勃発しました。

 中心となっていたのは処刑した皇帝の遺児。

 卑しい妾の子として存在を抹消されていた隠し子でした。


 ノワール16世はすぐさま討伐隊を差し向けましたが、討伐隊は反乱軍になすすべなく全滅してしまいました。

 なぜなら、反乱軍は王国軍より遥かに強力なジュウを手にしていたからです。

 王国軍のジュウは確かに強力ですが、一発撃つ度に撃ち終わった弾の殻をレバーを引いて排出しなければなりません。

 ところが、反乱軍の使用しているジュウは驚くべきことに弾の殻を自動で排出してくれるため連続して弾を発射できたのです。

 王国軍が2発撃つ間に相手はジュウを8発は撃ってくるのです。

 それなのに1発の威力も反乱軍の方が上とあっては勝てるはずがありません。


 王国軍は敗走を続け、旧帝国領から撤退を余儀なくされます。

 反乱軍は新帝国の設立を宣言し、報復とばかりに王国への侵攻を開始します。


 圧倒的な武力の差に加えて、国内が疲弊した王国に帝国軍を止める力はありません。

 いつかの繰り返しのごとく王国の国土は蹂躙され、新帝国軍はとうとう王国の首都目前まで迫ってきました。


「どうしてだ……どうしてこのようなことになったのだ……」


 玉座でノワール16世は独り苦悶していました。

 少し前までは帝国を支配下に置き、大勢に称えられたはずなのに今やその権威は見る影もありません。

 護衛の兵士もおらず、内乱の後から僅かに残っていた重鎮たちも既にノワール16世を見限り、首都から脱出しています。


 そんな孤独な状況の中、ノワール16世の前にシニガミがいつもと変らない淡々とした様子でやってきました。


「王国を救うための武器を献上に参りました」


 その言葉は追い詰められたノワール16世にとって神のお告げに等しい一言でした。


 以前献上されたジュウのようにこの危機を脱することが出来る素晴らしい武器を授けてくれるはず。

 涙と鼻水でグチャグチャになった顔でシニガミの手を取るノワール16世に王の威厳はとても感じられません。


 しかし、シニガミはそんなノワール16世の醜態も気にせず、いつもの淡泊な口調を崩しません。


「あちらに用意したものはミサイルと申します」


 ノワール16世はシニガミの差し出した手の方向へ視線を向けます。

 そこにはいつの間に運び入れたのか、人の背丈を遥かに超える長い塔のような物体が現れていました。


「ジュウを遥かに超える破壊力を有しています。一発限りの使い捨てになりますが、これ1つで小さな町程度なら消し去ることが出来ます」


 シニガミの言葉にノワール16世は思わず息を呑みます。

 首都を包囲する新帝国軍どころか帝国領の人民ごと皆殺しにすることも出来るほどの圧倒的な力です。

 それが自分の手に入るという事実に、ノワール16世はジュウを献上された時のことを思い出し、心が揺さぶられます。


「金はいくらでも払う。どれだけ用意できるのか?」

「お代は1つにつき金貨1枚で結構です。勿論陛下が望む量を提供させていただきます」


 以前と変わらぬ破格の条件に狂喜乱舞するノワール16世は手持ちの金貨を全てシニガミに押し付け、「まずは首都を包囲する叛徒共に一撃くれてみせるわ」と意気揚々とミサイルの方へ足を向けました。


 シニガミは受け取った大量の金貨には一切目もくれることなく、ノワール16世に視線を向けたまま、今まで見たことないような笑みを浮かべていました。


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