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                 闇 烏

 銀色の光にその視界が奪われた時、カーティスは其れが何であるかを理解した。研ぎ澄まされた片刃が唸りを光の筋を残して、自分の顔面を至近距離に捉えている。次の瞬間に訪れる確定された死。仲間達と同様、『天にまします我らが父』の身元への旅立ち。

 だが恐怖で固く目を閉じた其の耳に聞こえて来たのは、彼を屠殺する音では無く、硬い金属が物凄い勢いで弾けあう轟音だった。その余りの音の大きさに、至近距離でそれを捉えた右耳の聴覚が喪失する。

「待て、山田。其処までだ。」

 次にカーティスの耳に微かに聞こえたのは、物静かな男の声。酷い耳鳴りの続く聴覚を破棄して、恐る恐る死の予感に張り付いた瞼を開く。

 視野を埋め尽くした絶死の光は影も形も無く、代わりに彼の頭の後ろ数センチの所に震えながら突き立つマットブラックの矢。足元に転がる十文字槍の穂先。

「了解です。…… いやあ、久しぶりに楽しかった。」

 逆転勝利を手にしていた筈の少年が、理不尽な試合中断に対して何の拘りも見せずににやりと笑って、カーティスの前に差し出した右手を勢い良く戻す。途端にカーティスの足元に落下していた十文字槍の穂先が、まるで生き物の様に立ち木を回り込み、少年の手の中で再び一本の槍へと変化を果した。

 其れを後手に廻して彼の後方の闇 ―― 男の声のした方向 ―― を振り返る。カーティスの拳銃が未だに少年に狙いを定めている事には全く気にも留めていない。

「しっかし、上手いもんだな帯刀。あのタイミングでよく落とせるもんだ。今度、俺にも教えてくれよ。」

「そんなの、無理ですよ。」声と共に暗闇から浮かび上がる、もう一人の少年。

 手にした鉄弓には矢が番えられて、カーティスに向かって狙いを定めた侭で歩いてくる。その少年は多分自分が引き金を引くより早く、引き絞った矢を自分の急所に寸分の狂いも無く放つだろう。

 完全な敗北を悟ったカーティスは左手に握った拳銃のグリップを緩めて、銃把をブランと天に向けた。其れを無造作に山田がひったくる。

「こういうのは素質と努力。先輩の素質は買いますけど、努力はちょっと …… 」

「言ってくれんじゃねえか。ま、でもお前の言う通りかもな。俺ぁどうもそういうのは性に合わねえ。やっぱりおとこの戦いは熱い血潮とみなぎる力。お互いの息の掛かる間合いで命の遣り取りをするのが醍醐味ってもんだろ。」

「何澄ました事言ってやがる。しくじったくせに。」

 山田とカーティスの死合いを中断した男の声。弓を構えた少年の背後の闇からそれは気配も無く。何の武器も持たずに歩み寄って来る其の男の背丈は二人の少年と殆ど変わらない。しかし其の体躯から放たれる圧倒的な威圧感だけが二人とは異なっていた。

 少年達と此の男では『死の匂い』の質が違うというべきなのか。 生物全てが本能的に持つ『死への抵抗』を無効化する様な、そんな空気を纏った男が身動きの取れなくなったカーティスの立つ、月の光の中に其の姿を表した。

「帯刀、弓を下ろせ。」

 其の男の命令で少年は構えていた弓を、鮮やかな一動作で其の背後に納めた。

「 ―― 此の男が指揮官か? 山田。」

「多分そうだと思います。というか、何か違和感ありますね。他の隊員と比べると明らかに質が違うというか。此の男だけが妙に戦い慣れてるっていうか。」

「ああ、そうだろうな。」そう言うと男は山田の顔を一瞥した。

「全く、生きていてくれて良かったぜ。お前が又いつもの勢いで相手を全滅させちまったら、何の情報も得られないままだったじゃねえか、この馬鹿。」

「あ、そうか。」

 それは彼ら三人にとって途轍もなく重大な案件である筈なのだが、今やっとそれに気付いた、といった風情で山田が呟いた。

「まあいい、今日は結果オーライで。もし此の男を殺していたら一生碧の下僕にでもしてやろうかと考えていたんだがな。」

「下僕って。そんなの、今もあんまり変わんないと思うんだけど …… 」

 山田のささやかな抗議を無視して、男は再びカーティスに振り向く。月影に隠れた其の男の顔をカーティスは何処で見たのか、と記憶の中の人物図鑑を必死で検索する。敵、味方、生者、死者を問わずの一括検索。

「楯岡様、此の男をご存知なのですか? 」鉄弓を背中に担いだ少年が尋ねた。

「以前どこかの戦場で? 」

 タテオカ? 戦場? 少年の言葉に此の男の正体のヒントを求めて、カーティスは聞き耳を立てる。残念ながら会話は全て日本語で、意味は殆ど理解できない。ただ、自分が理解できる其の二つのキーワードだけが何らかの手掛かりとなる筈だ。

「まあな。殆ど敵に回ってたが、傭兵仲間の間じゃあトップクラスの有名人だ。此の男だけじゃなく、此の男の率いている部隊の名称が、だがな。」

「へえ、道理で。なかなか仕留め切れなかった訳だ。」

「先輩、まさか手加減した訳じゃ無いんでしょうね?ああ、もうお腹一杯だーとか何とか言いながら。」

「してねえよ、バカ。結構、本気マジ。」

 山田が帯刀に言葉を返すと、手の中の槍の穂先をくるくると捻って外した。ブンと一振りして刃に纏わりついた血糊を振り落とすと腰のケースの中に畳んで収める。

「で、楯岡様。此の男を生かして置いてどうするんですか。簡単には口を割らないと思うんですけど? 」

「尋問や拷問では口を割らんさ、此の男は。いや、割ってもらっては困る。これから俺達の仲間になる人材がそんな意気地無しでは、スカウトする甲斐が無いからな。」

 楯岡の其の言葉に山田は口笛で、帯刀はやっぱり、と笑顔で応えた。そして帯刀が傍らに立つ山田にひそひそと耳打ちする。

「 ―― やっぱり、楯岡様と先輩って似てる。先輩もさっき英語でスカウトしてましたよね? 」

「聞こえてるぞ、帯刀。誰と何処のバカが似てるって? 」

 楯岡の詰問に帯刀の口が凍り付いた。

「 ―― なんなら、里でのポジション。山田と交代してみるか? 試しに。」

 其の言葉に対する二人の反応は対照的だ。山田は唇を噛み締めて小さくガッツポーズ。帯刀は大きく口を開けて、今にも叫び出しそうな表情で楯岡を見る。

「いやあ、帯刀君。悪いね、代わって貰って。て言うか、是非そうしろ。」

「そんな、先輩酷いですよ。僕に先輩の代わりが務まる訳無いじゃないですか。先輩みたくドMなら兎も角、僕にそんな性癖は ―― 。」

「いやいやいや大丈夫。あの楯岡家で半年も修行をすれば、炊事、洗濯、掃除。全ての面に於いて完璧な主夫が出来上がるぞ。次いでに夜叉の面を被った女王様の調教フルコースのおまけ付きだ。あれを喰らえばお前のその捻じ曲がった根性と口も、たちどころに一本ピーンと筋の通った『まっつぐ』な人間になるだろうさ。いや、これは名案だ。だから直ぐ代われ。今代われ。」

「ああ、僕が先輩みたいな人望欠如人生転落人外魔境人間失格人気凋落人事不省になるのは、嫌だぁ …… 。」

「 …… おい。」

「へらず口はその辺りにしておけ。」

 楯岡の其の声で、弛緩した空気が一瞬の内に張り詰める。そうして楯岡は、未だ脳内で人物検索を続けるカーティスの顔を見つめて、話しかけた。

「まさか、こんな所で出会うとは思わなかった。イギリス陸軍特殊部隊少佐(メイジャー)、カーティス・モントゴメリー。」

 自分の本当の正体を看破されて驚いたのは、カーティス当人だけではなかった。

「え? だってさっき本人が自分で『中尉ルテナン』だって、」

「其れは、今此の男が合衆国と契約している傭兵だからだ。まさか極秘の実戦部隊に他国の、其れも軍事顧問を大っぴらに投入する訳にもいかんだろう。だから此の部隊に於ける階級は中尉。でないと他とのバランスが悪くなるからな。」

 其の言葉はカーティスにも理解出来る様に、流暢りゅうちょう本場(クイーンズ)英語(イングリッシュ)で喋られる。完全に正体を見破られたカーティスが山田とのやり取り以来、始めて口を開いた。

「 …… さっきから貴様の正体を思い出そうと躍起になっているのだがな。そこまで俺の事を詳しく知る貴様は、何者だ? 」

「解らんのも無理は無い。 …… 此の世界で有名になると言う事は厄介な物だな。どんなに守秘を貫こうとも何処かしら情報は漏れる。戦いに勝利すればする程、相手は其の正体を掴もうと躍起になる。貴様が参加した幾つもの戦場で勝利した相手、そいつらが集めた情報が今俺の手元に在る。俺が貴様をよく知っている理由は、そういう事だ。」

「と、言う事は貴様は悉く俺の敵だった、と言う訳か。だが、これほどの力を持っているのならば、不利な戦局をを引っ繰り返す事も可能だったのではないのか? 」

「戦争とは物量が勝敗の全てだ。俺が貴様と対峙した戦場には俺の側に其れが欠けていたという事だな。」

「だが、負けた貴様は生き残って此処にいる。どういう訳だ? 」

 カーティスの問いに、楯岡はふっと息を吐き、一拍置いてから、地名を並べ始めた。

「リベリア、バンジシール、コソボ、そしてアフガン。 …… 貴様が、貴様の部隊で戦った戦場の名だ。其の時に何か聞いた事は無いか? 噂話とか。」

「噂、だと ……? 」

 それは全て1990年代に勃発した、民族による内戦地域。

 カーティスの率いる部隊は其の紛争を早期に終結させる為国連の要請を受けたイギリスが極秘裏に投入した、SASの中でも高度な訓練を受けた最精鋭部隊。例え世界中のどんな場所に放り出されたとしても必ず生還できるほどのスキルを全員が保持し、彼らの挙げた戦果が其れを証明している。だが決して公表される事の無い影の部隊。

 楯岡の言葉を受けたカーティスは、其の時に友軍に流布した噂話を思い出した。其れは余りに現実離れした話だったので、一笑に付した侭気にも留めなかったのだが。

「馬鹿な。一晩の内に中隊が跡形も無く消滅したとか、何ヶ月も掛けて構築した完全な包囲網が一瞬にして瓦解したとか、そんな常識外れの話を誰が信用すると ―― 。」

 其処まで言ったカーティスの眼に、楯岡の背後に控える山田の表情が飛び込んだ。薄っすらと笑みを浮かべて、さも愉快だと言わんばかりにカーティスの表情を眺めている。

「 ―― まさか、それが貴様達の仕業とでも言うのか? そんな事は ―― 」

 有り得なくない。

 カーティスは今夜一晩で自分が味わった敗北を思い出した。幾ら自分の部隊で無いとはいえ構成していたのは合衆国の特殊部隊の精鋭、それも此処何年かは自分と戦場を渡り歩いた小隊だ。それがいともあっさりと、それも一人の少年の槍の前に成す術も無く全滅の憂き目に会ったという事実。

 其れを考えれば、あの時の噂話が全て本当のことであったと合点がいく。

「解ってくれたか? つまり『守秘』とはそういう事だ。決して誰にも悟られぬ様に其の姿を隠し、目撃者すらも消去デリートする。後には噂しか残らない。貴様の部隊にはその非情さが欠けていた、という事だ。」

「 …… 思い出したぞ、本部で見た諜報部の極秘資料にあった。僅かに生き残った衛生兵から事情聴取した時に記載された、彼らの聞いた暗号コールサインキルゼム部隊オール部隊長コマンダー。それは確か ―― 。」

「ありゃ、楯岡様。討ち漏らしてんじゃん。」山田の呟きに、楯岡が何事も無く応える。

「まあ、一人や二人くらいはな。聞かれてるとは思わなかったが。」そう言うと今度はカーティスに向かって自己紹介した。

「暗号名、『ナイトクロウ』だ、『不可視インビジブル七人セブン』小隊指揮官、『三稜鏡プリズムローズ』。」


「で、その殲滅部隊の隊長が、捕えた相手を生かしたまま如何するつもりなんだ? さっきスカウトがどうとか言っていた様だが。」

 若干の落ち着きを取り戻して、カーティスは楯岡に話掛けた。どうやら今直ぐに自分を処刑する気は無いという事が、彼らから放たれていた殺気が消滅した事からも窺える。

 其れと同時にこの事態を覆そうという気もカーティスの意識からは消滅していた。其れは全て目の前に立つ此の男による物。例えパキスタンの山奥でベンガル虎に遭遇したとしても、これ程の『死』を覚悟する事はあるまい。

 自分の生殺与奪が此の男の判断一つに掛かっている事を、カーティスは正確に理解していた。

「それは、此れからのお前の行動次第だ。最初に言って置くが、お前に与えられる権利は二つしかない。お前の持っている情報を全て曝け出して俺達の仲間になるか、此処で潔く死ぬかのどちらかだ。」

「馬鹿な事を。幾ら捕虜になったからとはいえ、そんな事をぺらぺら喋ったら此の世界での信用が無くなる。そんな事言える訳が無い事はお前もよく知っている筈だ。」

「だから、スカウトするのさ。仲間になればお互いに持ってる情報を共有するのは当たり前の事だ。勿論お前の情報を聞き出すだけじゃない。『不可視の七人』も俺達の傘下に入って貰う。お前が生き延びる為の条件は其の二つだ。」

「断ったら? 」

「出来るだけ苦しまない様に、一瞬で殺してやる。此処にのこのこ遣ってきた他の隊員と同じ様にな。」其の言葉に明らかな殺気が篭る。

 其の言葉は嘘ではない。手に何も得物を持たずにカーティスと対峙しているこの男は、恐らく何らかの手段を用いて一瞬の内に自分の命を奪うだろう。其れを感じさせる説得力が此の男の言葉の中には、ある。

「 ―― だが此処で、此の侭何も知らずに死んで逝く事はお前の本意では有るまい? 」

「どういう意味だ? 」

 聞き返すカーティスの瞳に疑問の色が浮かぶ。何か訳知り顔で話掛ける楯岡の顔をじっと見つめた。

「言葉通りの意味だ。今此処でお前が本当に死んだとしても、其の事は誰にも知られない。今迄お前が請け負ってきた敵性国家への作戦行動とは訳が違うからな。仮にも同盟国内へ侵入しての軍事行動が露見したとなったら、お前の雇い主の合衆国はどういう態度に出るかな? 」

 楯岡の言う通りだ。此の作戦を提示された時、其の危険性を顧みなかったカーティスではない。雇用主は其の危険性を考えたからこそ正規の特殊部隊ではなく、自分の部隊を派遣したのだ、と思う。何が起っても後腐れの無い様に。

 だがカーティスは油断していた。其れは作戦場所が『日本』であったから。其の戦力の隅々までデータの揃っている国に侵入する事等、未開のジャングルに踏み込む事よりも遥かに容易たやすい事に思われたのだ。例え不慮の事態が発生したとしても、ここ数年の内に『殺戮部隊』の異名を轟かせた自分の小隊がしくじる様な事にはならないだろうという自他共々の油断が、彼を今の事態に追い込んだのだ。

 そして其の結末は、彼がほんの僅かに予想した最悪のシナリオのエンディングを迎えようとしている。

「だから、今此処でお前が居なくなったとしても、俺達を含めて誰一人困らないという事だ。お前の雇用主を除いてはな。」

「俺の存在を世間に公表して、合衆国との交渉にでも使うつもりか? 今回の件について何らかの譲歩を引き出す為に。」

「それは無意味だ、カーティス少佐。その交渉でお前が合衆国に引き取られたとしても、お前が原隊に復帰できる保証は無い。寧ろ高確率で抹殺される可能性の方が高い。お前が唯一生き残れる可能性を提示しているのは、俺達だけだ。」

「だから、お前達の仲間になれ、と? 雇用主を裏切ってその機密を全てお前達に教えろと? 」

「 ―― 貴方は、既に裏切られているのですよ、カーティス少佐。」

 楯岡の後ろに控えた帯刀が、涼やかな声で言った。

「既に貴方の雇用主は、私達の存在に暗に気付いている。其の事を貴方に知らせる事無く此処に派遣したのですよ。此処で私達が張っている可能性があったにも関わらず、ね。」

 其の隣でうんうんと山田が頷きながら、

「そうそう。俺達は合衆国の作戦にも参加してんだもの。幾ら日本政府が間に入るって言っても、全然知らないって事は無えんじゃねえの? 」

「そういう事だ、カーティス少佐。お前達は体の良い捨て駒にされたんだよ。多分法外に高額な報酬と、日本で極秘裏に開発されている軍事機密を探り出せ、とか言う餌を鼻先にぶら下げられてな。其れを知る事はお前の本国にとっても非情に有益な事だからな。」

「捨て駒 …… いや、有得ん。」カーティスが頭を左右に振る。

「幾ら傭兵とはいえ、人の命をその様に使う事等ある筈が無い。今日の作戦の失敗の原因は、全て俺の判断ミスだ。そうでなければ ―― 」

 視線を落として唇を深く噛み締める。

「 ―― 死んで逝った俺の隊員達が、余りに不憫ふびんじゃないか。」

「だが、そういう事を平気でやってしまうのが、今の合衆国だ。誇り高きお前(ジョンブル)の国とは違う。」

 悔恨の表情を浮かべるカーティスに向けて、僅かに憐みの視線を投げ掛ける。

「情報さえ正しく伝えられていれば、お前達もそれなりの対処が出来た筈だ。少なくとも全滅する事は無かっただろう。それをしなかったのはお前達を使って何かを調べようとしていた、と言う事だ。」

「俺に与えられた命令は、日本国内の此の場所で実施される極秘実験の調査だ。それ以外何も聞かされていない。」

「本当は違うだろ? 」何もかも見透かす様な楯岡の瞳がカーティスの表情を覗き込んだ。

「此の実験が終わった後に、本堂に居る筈の何者かを奪取する。合衆国からお前達に与えられた作戦は『要人キッド誘拐ナップ作戦ミッション』だ。そうだな? 」

 断言する楯岡に観念して、カーティスは頷いた。

「 …… 其の通りだ、ナイトクロウ。だが、何故雇用主はお前達の存在を俺達に伝えなかったのだ? お前の言う通り、お前達の存在を俺達が知っていたならこんな貧弱な装備では作戦に参加しなかった。」

「其処までは解らん。ひょっとしたらCIAお得意の『情報の読み違え』かも知れんな。相手の戦力を過小評価して現場を窮地に陥れるのは奴らのお家芸だ。ま、そのエア無し(ヘッド)のお陰で俺達は何度も助かってる。」

 楯岡がそこで言葉を切って、カーティスの瞳を覗き込んだ。これから行う質問の答えの真偽を確めるかの様に、鋭い視線が飛ぶ。

「説明は此れで全部だ。名も無き路傍の石と成り果てるか、再び女王陛下の御許で自分の矜持きょうじを振り翳して戦うか、答えは二つに一つだ。答えろ、お前はどうする? 」

 楯岡の問いに暫くの沈黙があった。何事かを考えるカーティスの瞳を楯岡の目が、其処に現れる心の変化を具に捉えようと見つめている。やがて楯岡の瞳に焦点を合わせたカーティスが静かに告げた。

「 …… 条件がある。」其の声を聞いた楯岡の眼が、カーティスの表情を興味深げに眺めた。

「いいぞ、言って見ろ。」

「俺以外の六人の事だ。俺がお前達の仲間になったからと言って、彼等までがそうするとは限らん。早急に連絡を取って非常召集する必要がある。」

「成程。何事も民主主義と言う訳か。いいだろう、直ぐに手配しよう。場所は何処がいい? 」

「出来れば日本国内がいい。同盟国でありながら此処まで不審者にフリーパスな国は、他に無いからな。それと、彼等を説得するに足る材料も必要だ。金や名誉ではなく、彼等がお前達と共に戦う為の信念を用意してくれ。」

「 …… へえ、命の遣り取りにそんな物があったんだぁ。そういうの、面倒臭くね? 」

 思わず漏らした山田の呟きを耳にした帯刀がクスリ、と笑う。

「当たり前だ。それ無くして『兵士』とは呼べん。其れが無い侭に戦う者は、只の殺戮者だ。―― 少年。お前には無いのか? 」

 自分の信念を嗤われた怒りを抑えて、カーティスは山田に尋ねた。

 自分の隊員をたった一人で無造作に、慈悲の欠片も無く惨殺した少年。他の二人よりも遥かに濃い濃度の憎悪が山田に叩き付けられていた。だが山田は其の視線に畏れる事も無い。

「俺は、俺の上の人間を信じてるのさ。俺の上に居る人 ―― あんたの前に立ってる人とか其の奥さんとか首領とか。其の人達の言う事が間違っている筈が無い、と信じて任務を遂行している。だからそんな事を考える必要が、俺には無い。」

「其の人間が間違った命令をお前に下したとしたら、お前は如何する? お前が理解できない、承服する事の出来ない命令でも、お前は其れに従うとでも言うのか? 」

「だから、其れを考える必要が無い、って言ったろ? 其の人達がそんな事を言う筈が無い。もし仮に上から『俺の隣に立っている仲間を殺せ』と命令されたとしたら、俺は其れに従うさ。それはそうしなければならない何か理由がある筈だからな。俺だけじゃない。こいつも、」

 そう言って山田は傍らの帯刀を立てた親指で指差した。

「同じ事をするだろうぜ。俺達の関係は、そういう関係だ。」

 其の言葉を受けて、帯刀がニコリと笑って頷いた。

 其の姿を、其の物言いをカーティスは呆気に取られて眺めていた。今迄只の『殺戮者』だと思っていた其の少年の口から流れ出た言葉。其れは彼を兵士足らしめる立派な信念ではないか。

 また『傭兵』の世界に在りながらこれ程までに純粋に人を信じられる此の男を羨ましいとも思った。それはかつての自分が持っていた物。そして何時の間にか失くしてしまった物。

「 …… どうやらお前達の組織と言う物に、少し興味が湧いて来た様だ。」

 自分を此処まで追い詰めた者が殺人嗜好者(マニア)等ではなく、れっきとした『兵士』であった事に納得したカーティスの表情が緩んだ。

「それは良い傾向だ。で、答えは決まったか? 」

 楯岡の声と瞳がカーティスに決意を促す。カーティスはキッと楯岡の瞳を見つめ返して、言った。

「少しの間、考える時間をくれ。お前達に同行している間だけでも良い。お前が此の答えを不服として俺の命を奪っても、其れは其れで構わない。只、俺に、此処で本当に何が起っているのかを見極めさせてくれ。」

「ほう。俺達がお前を同行させると、何故思う? 」

「俺がお前達の仲間になる為の理由が、この先に存在しているからだ。それも俺がお前に出した条件の一つだからな。お前が出した条件が二つ。俺が出した条件も二つ。此れで対等イーブンだ。」」

 カーティスの其の言葉に、楯岡はニヤッと笑った。

「OK、良い判断だ。お前が俺達と行動を共にするかどうかを決めるのは、其れを見てからでも遅くは無い。」

「其れとは? 何の事だ? 」カーティスの質問を尻目に、山田がいち早く動き出していた。傍を通り過ぎて、林の闇に消える。

「実はお前達が来る前に、此の場所で異変が起こっていてな。俺達が此処に来たのは、その異変が起った後の事後処理をあるお方から依頼されたと。そういう訳だ。」

「異変だと?其れはあの白いドームの事か? 」

「其れはあくまでイレギュラーだ。本当の異変はこれから始まる。お前達の部隊も、俺達も、其の異変の中心にある者を保護する為に此の場所に集う事になった。つまり俺達とお前達は否が応でもここで戦う運命に在ったと言う事だ。」

 そう話す楯岡の眼がカーティスに先に歩けと促す。カーティスは凭れ掛かった立木を離れ、山田の消えた林の闇へと歩き始めた。

「そこで何が始まろうとしているんだ? 」尋ねるカーティスの肩越しに楯岡の声が響いた。

「さあな。詳しい事は解らんが、何でも『魔法使いの神様』が今日其処に誕生するという事らしい。少なくとも俺達人間の理解の範疇を超えた存在がそこにいる、という事だけは確かな様だ。」

「何故、そう言い切れる。」

「その儀式が終るまでは其処に立ち入る事は出来ない、と情報を得ているからだ。そうでなければ、とっくに侵入している。」

イントルードだと、そこに何かあるのか? 」

「裏切り者が居る。此の儀式を邪魔して『魔法使いの神様』が現れない様にしようとしている何者かが。其れはお前達が此処に派遣された事とも関係してくる事だがな。」

「どういう事だ? 」

「お前達が此処に派遣されたのは、其の裏切り者からの手引きに間違いないという事だ。」

 楯岡の其の言葉で、カーティスの中の何かが繋がった。

「 ―― つまり、俺達は其の裏切り者が事を成す前に、お前達に邪魔されない様に注意を惹き付ける囮だった、と言う事か。」

「そうだ。そして其れは成功した、という事だ。俺達に出来る事は何も無い。只此の周りで全てが終わるのを見守っているだけだ。」

「 …… そんな事の為に ―― 」カーティスが声を荒げた。「俺の部隊は全滅したっていうのかっ!? この何年間か手塩に掛けて、共に死線を彷徨った仲間達を、そんな事の為にっ!? 」

「そうだ。それが奴らのやり方だ。最も、」

 カーティスに話しかけていた楯岡の声がそこで突然陰色を含んだ。

「これから起こる悲劇は、こんなもんじゃない。俺の勘がそう告げている。」

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