ベランダの使い方
二度目の春がやってくる。ベランダから見える風景は少しずつ春に近づいていた。少し前までは触るといつまでもひんやりとした手すりも触るとすぐ暖かくなる。校庭にいる人の数もなんだか増えたような気がする。後ろを何気なく振り返ると、ストーブの上にクラスメイトが乗っている。男は第1ボタンを開け、女はスカートを短くしている。
小学校を卒業して一年経って、みんなすごく大人びた気がする。ドッジボールで遊ぶやつも、消しゴムを弾くやつもいなくなった。
「安西くんっていつもベランダにいるよね。飽きないの?」
横を見るといつの間にか河原がいた。一人で外見てるとか、暇だねえ。そう言うと、隣で僕と同じように手すりに腕を置く。
「暇なんだよ。なんか。」
「あたしもなんか暇だなあ。中学なのになあ。」
腕の上に顎を乗せる。顎を左右に動かして顔を揺らしている。
小学校からずっと同じクラス。そんなに仲がいいわけではないけれど、なんとなく話をしてしまうそんなやつ。
「そういや河原さ、最近髪型変えたよね。」
腕に顎が乗ったまま目だけこちらを見てくる。
「そう。よくお気づきで。」
「ずっとあの髪型だったんだから、変わったら気づくよ。」
今までずっと二つ縛りだった髪型が、一つ縛りに変わった。
「だってさあ。」
一つ縛りを解くと、両手で二つ縛りをつくってこちらを向いた。
「これじゃあ小学生だなって思ったのさ。」
「そっちの方が自然だけどなあ。」
「ずっとこの髪型だったからそりゃあそうでしょ。」
両手を離してまた一つ縛りに直す。一瞬だけあった懐かしい感じが一瞬にして消え去る。
「こっちのほうが大人びたように見えない?」
腕を後ろに組んでこちらを見てくる。河原の方が少しだけ背が低いので、上目遣いになる。
「たしかに大人っぽいけど、なんか慣れないなあ。」
その言い方に不満があったのか、頭をトンと叩かれた。
「そりゃ愛着はあったけどさ。でももう中学生だし。周りにもいないでしょ。」
「そう言われてみれば。」
小学校ではそこら中にいた二つ縛りは、そういえば中学校では見ていない気がする。
緩やかに冷たい風が吹き、近くの木々がそよいでいる。ベランダから見える景色は春に近づいてはいるけれど、でもいつもと変わらない。13年間生きてきた、いつものまち。
「みんな変わっちゃうんだね。」
言葉にするつもりはなかったけれど、口から出てしまった。
「変わるんだねえ。」
風が止んだ後は、暖かな陽気が体を包み込む。この感覚は入学式の頃に感じて以来、久々だ。4月、初めて教室に自分の荷物を置いたあの感覚がとても遠い昔に思える。もう春なんだな。
だんだん心地よくなって意識がぼやけてきた。手すりにかけた腕に顎を乗せる。体を動かすのも、目を動かすのも、なんだか億劫だ。隣からは吐息と一緒に声がこぼれている。
「こういうのもありかもなあ。」
中学生ってもっと色々何かがあるかと思っていた。部活とか先輩とか。そんなものがもっと自分を動かしてくるものだと。
でも現実は教室のベランダでぼーっと過ごしている。
となりを見ると河原は眠そうに遠くを見ている。
チャイムが鳴った。いつの間にか昼休みは終わりに近づいていたようだ。後ろの教室が騒がしくなる。校庭も校舎に向かって人の群れが流れている。
「さ、次の国語の真壁はいちいちうるさいし。戻ろっか。」
河原はいつの間にか眠気が飛んでいったようで、少し前までの緩んだ表情がくっきりとしている。
「中学生かあ。」
中学生ってなんなんだろう。11ヶ月経ってもよくわからないこの気持ちは、いつになったら消えるのだろう。一年前に感じた中1の春を、もう一度感じてもよくわからないまま、教室に入った。