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彼と彼女の日常

すべからく思うことがありまして。

すべからく思うことがありまして。

私という人間は俗に言う面倒臭がりな部類に分類されるあまりよろしくない性分をしておりまして。

難しいことなんか本当は考えたくもないし、楽できるところは存分に手抜きしたい所存。

他人に任せられるなら仕事を渡したいし、できることなら働かなくても良いなら外に出たくもない。

けれども、これも性分と言うべきか、現代社会に毒されたと嘆くべきか。

趣味も取り柄も少ない奴の連休の使い方というのは、勿体無いことこの上無いなあと休みの最終日に思うのです。

肌寒い夜空を見上げて、冷えきった空気に体内の生ぬるい息を混ぜて、引き締まる頬肉に顔を引き吊らせ、上着を巻き込んでもあまり温かくなく、それでも先程まで微睡んでいた温かい室内よりも幾分か気分が良いのです。

遠い空に何を思い浮かぶかは置いといて、静かすぎる世界にそっと瞳を閉じて何を願うか。

それは私だけの秘密なのです。


最初で最後の相手だと盲信する程の恋。

そんな馬鹿げた熱に浮かされた過去もありまして。

けれどその古傷も見えないところに隠してありまして。

心臓よりも内側のどす黒い淀みの中に密かにしまって鍵をかけて、厳重に厳密にボロボロになれば補修して、手間がかかり面倒ではありますが常に持ち歩いているのです。

なんて暗い話は置いといて。


たまにふと考える事があるのです。

それは、『今隣にいてくれる人がどうしたら倖せになれるのか』というささやかな願い事。

家族や恋人、生涯のパートナーやペット等大切な者が傍にいるなら一度は思案するでしょう。

私もその一人なのです。

そしてそれはちょっと他の人達とは違う理由なのですが、そんな事はどうでもいいのです。

だって口にしてしまったら怒られてしまうので。

父には紙に書いた物を箪笥に隠してたら偶然見付かって泣き付かれてしまったので、形にするのは直前にしようと決めました。

だって、親しい人に泣かれたくはないのです。

大好きな人に笑って過ごしてほしいのです。

私を抜きにして、最期まで健やかに楽しく生きてほしいのです。

それだけがずーっと冷たく眠るまでの心残りなのです。

そんな余談はさておき、困っているのが現状であります。

あの人は大切な人が沢山いるので独りになることは心配しておりませんが、残した時に泣かれたらどうしようということです。

狡い言い方を昔されて、寂しくさせたくないと心を掴まれてしまった身としては一番したくない結末なので。

泣いて怒って落ち込んで暗くなって明るさを忘れてしまったらと想像しただけで申し訳なさで胸がいっぱいになり、でも眠ってしまえば言葉を発することも行動することも何一つ出来やしないので。

置いていく事は裏切りにも似た行為のように思えてしまい、中々踏み切れない理由の一つでもあります。

勿論、自らする場合はきちんと後片付けをして正式に別れてから暫く経った後に行動に移す予定なので哀しませる事は何一つ無いので安心しております。

ただ、私という人間は酔いの席で思わず口を滑らせた事が一度あるので、勘の鋭いあの人がそう易々と思惑に乗ってくれるかが問題ではありますが。

その時の理由を一つ二つ考え抜いたのですが、私は嘘が苦手なのか彼の第六感が冴えてるのかがわかりませんが上手く出し抜けるイメージが湧かないのです。

何を言っても何を書いても何を送っても彼が納得した表情一つ出てこなくて、いっつも不機嫌丸出しで眉間に皺を寄せてお決まりの台詞を口ずさむのです。

『はあ?何で突然?』

ああ言われてしまうと、どうにも苦笑いしか浮かべられなくて、私が泣いてしまって会話が成り立たなくなってしまいます。

きっと本番でもそうなのでしょう。

私はどうせなら私以外の周りの人達が倖せでいれば大体充分なので、本当に最期に彼が傍にいてほしくないのです。

できることならそっと、誰にも見付からない場所でひっそりと、猫の最期の行動のように静かに眠りたいのです。

その為にも最大級の難関の彼をどうやって出し抜けるか、そして知られることなく逝けるかが鍵になるのです。

面倒な相手と一緒になったなあ、と思いながらもちょっとワクワクしています。

ゲームだって最後のバトルは張り合いが無ければ面白くないでしょう?

彼はきっと人生最大の敵として選ばれたのです。

そう思うと、ちょっと運命みたいなロマンチックな感じになりませんか?

私はそう思うだけで暗い事を考えてるにも関わらず温かい気持ちでいっぱいになれるのです。

笑みが溢れてしまうのです。


晩御飯を作ってくれる姿を見詰めてると気付いて頭を上げて、

「どうしたの?」

って不思議そうに首を傾げる彼をそのまま見詰めると、まな板と私を交互に確認しながら頭に?を沢山浮かべて困ったように笑います。

「なに?なになに?どうした?」

訳がわからないと困り果てた顔にフフッと笑うけど何も言わずにいると、また首を傾げて料理に集中しつつも私をチラチラ盗み見てはまた口をへの字に曲げて見詰め返してきます。

ああ可愛いなあ、好きだなあと笑ってると益々わからないと声を掛けてきますが何も言いません。

最後まで一緒に生きられないのは残念で仕方ないのですが、今有るこの倖せが暫く続くならいいかなあと。

どうせ独りになるのならちょっと贅沢しても良いよね、と今日も彼のご飯を一緒に囲みながらくだらない話で笑います。

『ごめんね』って謝りながらその回数分『好きだよ』と心の中で呟きます。

どうか貴方の終末迄の道程に私の分の幸まで上乗せされますように。

彼の寝顔を撫で下ろし、並べた布団に肩まで潜り込みました。

こんなこと考えてるなんて、最後までバレませんように。

寒い夜を言い訳に、胸の中まで引っ付きました。

そしたら無意識に腕を回してくれる仕草に、ちょっとだけ毛布を濡らしました。

おやすみなさい。

【オマケ】

*彼side


彼女はちょっと抜けている。

一緒に買い物に行くとフラフラと千鳥足で目を離した隙に何処かにいなくなってることなんてしょっちゅう。

さっき言ってた話を何かするとすぐ忘れちゃうし、仕事柄怪我や痣が絶えないけどケラケラと他人事のように話すので心配もさせてくれない。

仕事帰りに電話をするのが日課だけれど、彼女の愚痴を聞いたり自分のを溢したりが殆ど。

でも、時折間を空けて言葉を探す素振りを見せるけど毎度毎度無音嫌いの僕が遮っちゃうから気付けないことが多い。

吊られて言葉を飲み込む声はちょっと小さくて、でも腹に下ったモノは中々吐き出した試しがない。

見てる所で出したのはあの一回。

酔った彼女が怒ったように呆れたように泣くのを堪えた笑みで吐き出したあの一度きり。

それ以降チラッと見せたりはするけど核心めいた話題は直ぐ避けて、いつもはぐらかされて終わり。

それは僕より一枚上手で、追及せずにそのままにしとくのも同罪だけど話したくないことを無理に追及するのは好きじゃない。

だから待つんだけれど、きっと口を割ることはないんだろうなとぼんやり確信してたりもするわけで。


包丁で長ネギを乱切りしながら、どうやって信頼を勝ち取れるのかと思案する。

口が硬い彼女がポロっといつものようにドジを踏んで言ったところを急かさず掴めば、苦笑いしながらも教えてくれないだろうか。

でもいつものようにはぐらかされて、話題をすり替えられて、笑われてしまえば吊られかけた言葉も見失うだろう。

そのままお手洗いやお風呂に逃げられれば終わりだし、続けようとすれば『何の話だっけ?』とお決まりのお惚け大作戦。

誤魔化すのが好きな相手の言葉遊びに国語が苦手な僕は白旗上げて降参の日々。

んーと悩みながら顔を上げるとリビングからの視線に気付いて、どうしたのだろうと声を掛けても返事はない。

訳がわからないと手元と目を交互に確認しながら慌ててると、フフッと意地悪めいた笑い方をされ肩を揺らしてやっと視線を反らされる。

それから追及しても毎度の如く何も言ってくれなくて、諦めて料理に集中しても気になって中々手に付かない。

チラッと盗み見みると机に頬杖を着きながらYouTubeの実況を眺めてて此方には知らんぷり。

冷やかされたとわかっていながらも毎度引っかかる僕の情けなさといったら。

小悪魔の悪戯に勝てる日は来るのだろうか。

惨敗の連続結果に今日も肩を落として、お腹を空かせた彼女の待つテーブルに鍋を運んだ。


満腹になるとうとうととクッションに凭れながら半目でボーッとする子供に、台所から声を掛けるが生返事ばかり返ってくる。

こりゃ駄目だと早目に片付けを終わらせて、寝る体勢を取り始めた頬っぺたを軽く叩くと面倒臭そうに身を捩る。

ヤダヤダと駄々を捏ねる我が儘娘を引っ張って風呂場まで運ぶと観念して、モソモソと緩い動作で服を脱ぐのを横目に一足先にお風呂に入る。

湯船に浸かり一緒に温まる頃には機嫌も良くなり、楽しそうに会話を弾ませる様は本当の子供のように無邪気で笑みが溢れる。

並べた布団に一緒に入ると、いつも先に寝始める僕の腕の下にいつもモゾモゾ入り込んで来るので横に寝転んで右腕で抱き寄せるように引き込む。

すると苦しそうにしながらも顔まで近づいて嬉しそうに笑う声が聞こえてくる。

半分以上寝てるから吊られて笑いながら意識を手放した後、小さく震える肩を無意識の内に擦り続け、さっきよりも強く抱き締めていた。

彼女の弱さに気付かぬまま、また夜を過ごす。

夢現ながらもちゃんと行動に移してる自分にまた擦り寄る体温が心地好くて、手離さないように朝まで抱き締め続けた。

彼女がいなくならないように。

ちゃんと目の届く場所にいるように。

本能的な何かが、そうさせたのかもしれない。

新たに明ける朝に君と、また言葉を交わせますように。

この先ずっと、変わらない日々を痩せ我慢な弱虫と共に。

おやすみ、良い夢を。

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