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喫茶店のオバケ (後編)

 このご時世、世の中の多くの人が霊に悩まされ俺たち霊媒師に助けを求めている。一刻を争う事態かもしれない――だから依頼に目を背ける事はできない。

 自分の身を心配するのは今日の仕事を終えてからだ……ただ、あかりには一つの心配事があった。

 昨夜九古邸前の資材置き場にて、圧倒的な霊力をもって霊符のみで意図せず除霊を完遂させた。この体での力の調整などまだまだ難しい話であった。

 今回も心してかからなければならないとあかりは厳しい表情をしていた。


「ねえねえ、あなたあの勇景明君だっけ? その子のお弟子さんなんでしょ?」

「そうですよ。さっき言った通り彼が急用でこれなくなったからワタシが代理で来たんです」

「……あなたさっきから何だかぎこちないけど大丈夫?」

「ダ、ダイジョブですよ」

「変なの……で、その子とはどんなかんじなの? あの子かっこいいものね」

「どんなって……別に普通ですよ」

「照れなくてもいいのよ」

「そんな浮いた話はありませんって、それよりも今回の敵は中々手強そうです。少しは緊張感を持って下さい」

「分かるの?」


 やっぱりこの人俺の実力を疑っているみたいだ――こんなか弱そうな容姿では低く見られるのは仕方ないとあかりは自分を納得させた。


「分かりますよ。まあ細かい所はまだ不明ですが……一度間近で感じれれば程度は分かるでしょう。もしかしたら僕が相手にした中でも高位な悪霊かもしれません」


 その言葉を聞いた芦原は、「んー」と言いながら、じっとあかりを見つめた。その様子にあかりは安心させるために見栄を張った方が良かったのだろうか? と思ったが事実はそうではなかった。


「あなた今『ボク』って言ったわよね?」

「えっ? いや……」

「あはは、おもしろ〜い。普段はボクって言うの?」


 芦原はズイッと詰めよった。あかりは目線を泳がせながら「えーっと」とごまかしの文句を考える。芦原は嬉々とした表情でこう続けた。


「あなたって本当に面白いわ!」


 この人退治する気あるのかなぁ?――悪霊の事など他人事とばかりにはしゃぐ芦原を前に、あかりまで気が抜けてしまうようだった。


「お店は一人でやってるんですか?」

「うん。募集をかけても、みんなオバケを怖がってこないの……自分でも良い雰囲気のお店だと思うんだけど」


 木造の床は初々しい香りを放ち、天井ではシーリングファンが安穏という言葉を体現しているかのように佇み、店内のあちらこちらに置かれた猫を模した陶器の小さなオブジェはくつろぎを謳歌しているようであった。


「確かに、この雰囲気は落ち着けますね」

「仕事が終わったらご飯を作ってあげるね。食後にはシフォンケーキとアロマティーを用意するわ、うちの看板メニューよ」

「へえ、じゃあごちそうになります」

「いいのよ、遠慮なくじゃんじゃん食べちゃってね」


 その後、芦原は顔を逸らし、「どうせ誰も来ないしね……」とボソリと呟いた。


「ま、まあまあ芦原さん。お客さんが来ないのは悪霊のせいですよ」

「そうよ! お化けのせいよ! じゃなかったら今頃!」

「芦原さん、除霊はこちらできちんと完了させますから安心してください。そのために一つ聞きたいんですけど、怪現象が起きるようになったのは交通事故があってからなんですよね? それについて詳しく教えていただけませんか?」

「ええ、分かったわ。でも細かい所は知らないの。事故があったのは深夜で私もここにいなかったから……でもそれって『黒い影』と何か関係があるの?」

「はい、おそらく。……亡くなった方は一人ですか?」

「うん、車に乗ってて横からぶつけられたみたい。」

「知っている方ですか?」

「ううん、知らない名前だったわ。私この町に引っ越してきてまだ日が浅いから……」


 そこまで聞き、あかりは険しい顔で思考を巡らせた。


「その人が『黒い影』と何か関係があるの?」

「ええ、おそらく。でも腑に落ちないんですよね……その人とは本当に面識がないんですよね?」


 念の為、もう一度確認をした。


「ごめんなさい分からないわ。だって名前を聞いただけだから……」


 あかりは「そうですか」と応え、ある仮説を立てた。


「どうしたの? 難しい顔をして」

「いえ、なんでもありません。それでは除霊を始めましょう」


   * * *


 喫茶店のちょうど中央に位置する床の上に火を灯した蝋燭を置き、『黒い影』を呼ぶ準備は整った。


「芦原さん、ワタシが除霊を終えるまでは物陰から出ないでくださいね。でも、もしかしたら手伝ってもらうことがあるかもしれません」

「照れなくても『ボク』でいいのよ」


 意地悪にニヤリと笑う芦原。


「……じゃあ、呼びますね」


 蝋燭の炎から特殊な線香に火をつけ、あかりはそっと3歩後ずさる。そして左手の指で線香をつまみながら、目を閉じ神経を澄ました。

 線香の香りにつられ、徐々にこちらに妖気の塊がさざ波のように迫ってくるのを感じた。線香を揺らし、煙の動きを操り、物の怪を興奮させないように細心の注意を放った。

 芦原は息をのみながらあかりの動向を見守った。彼女には線香の強烈な香りしか分からないだろうがあかりには強力な妖力を感じられていた。

 迫る、迫る……妖魔が自らの好みの霊相を感じ取り、獲物を求める猛獣のように迫っていた。

 それの影響か照明機器が突然消え、蝋燭の炎が激しく揺れる。どこか重苦しい、春の昼とは思えない空気が流れた。


「来ましたよ!」


 あかりがそう叫ぶと人のシルエットをした黒い影が窓から這うようにして入ってきた。


「早くやっつけて!」


 ここ数日に及ぶ恐怖体験より、すっかり『黒い影』に怯えてしまっていた芦原は、その道のプロであるあかりを急き立てた。しかしあかり自身にはある奇妙な感情を読み取る事ができ、考えは別の方へと向いていた。


「待って下さい。これは……」


 黒影から発せられる気を感じるほど、あかりの脳内にて立てられていた仮説がより大きくなってゆく――それを実証すべく彼女はすぐさま行動を起こした。

 ふところから霊符を取り出し、右手で黒影の周囲を囲むように投げつけた。狙いに一寸の狂いも無く、壁に貼りつくと光の壁が黒影を閉じ込める形で出来上がった。

 そして迷わず影のもとへ走り寄り影に直接手を触れた。妖怪の類いに直接手を触れる事など、常識から甚だしく逸脱した行為であった。芦原にもその知識はあったので途端に焦った様子になった。


「何してるの!?」

「何って、コンタクトを取るんですよ」

「そんなの危険よ!」


 芦原はより焦った様子になるがあかりは冷静であった。


「僕に任せて下さい」


 右の掌を触れさせると右手を介して様々な思いが伝わってきた。

 やっぱりそうだ、これには人……人の霊が閉じ込められている。黒影が亡き魂を捕まえ苦しめている――その事実はすぐさま悟る事ができた。


「芦原さん!」

「なっ……何?」


 急に呼びかけられ驚いた表情を見せた。緊張の中あかりがいったいどんな言葉を発するのか―――彼女は懸命に耳を傾けた。


「この店の売り……えーっと、何でしたっけ?」

「アロマティーとシフォンケーキの事?」

「そうそれ! 今すぐアロマティーを淹れてそれを持ってきて下さい!」

「ティータイムはお仕事の後でしょ!?」

「僕の分じゃないですよ! さあ早く!」

「でも……なんでそんな―」

「いいから早く!」

「わっ、分かったわ」


 芦原はとりあえずあかりの指示に従いキッチンに駆け込むと慣れた手つきで料理に取りかかった。

 出来あがるまでこの影の足止めをするのは俺の仕事だ。この人の魂を吸い取る黒影から魂を切り離すために……――あかりには『黒い影』に囚われた人物の苦しみを汲み取る事ができた。

 黒影は束縛を逃れようと何度も体当たりを繰り返した。煙の効果も薄く、彼女の左手首の念珠にヒビが入りなんとか耐えている。あかりは額に汗を浮かべながら力の調整を行っていた。この少女の霊力はあまりに強力で、下手をすると中の魂ごと黒影を消滅しかねない――そうはさせまいと必死に神経を集中させ芦原の到着を待った。

 つらい、つらい、苦しい……と心の中にまで魂の嘆きの声が入り込み、ふつふつと黒い影に対する怒りの感情があかりの中で沸いてきた。


「できたわ! できたけど、どうすればいいの?」


 待ちに待った芦原の言葉が聞こえたのであかりは口元に笑みを浮かべた。勝利の算段は出来あがった。


「それをこちらへ持ってきてください! 僕がこいつを押さえているうちに!」

「えっ……ええ」


 芦原は戸惑いの表情を浮かべながらもあかりの指示に従い、ティーカップを持ちながらあかりに歩み寄った。


「貸してください!」


 そのカップを受け取ると、あかりはカップを線香の煙にアロマティーの煙を混ぜるように持った。アロマの香りを付した煙が『黒い影』に触れると、即座に今までとは違った反応を示し始めた。

 激しく抵抗していた『黒い影』であったが、次第に動きが鈍くなってゆき、ついには完全に動きを止めてしまった。


 すると、『黒い影』から男性の顔が姿を見せた――


「あっ! この人!」


 途端に芦原が驚いた声を上げた。そしてその表情は形容しがたい困惑の色を見せ始めた。


「やっぱり知ってる人だったんですか!?」

「ええだって、最初のお客さんだったもの……」


 忘れるはずもない、彼女にとって、夢への一歩目だったのだから。


「っ、離しますよ!」


 あかりが線香を持った左手を軽く振ると、それに従うように黒影から男性の魂が乖離してゆく―――もう少しの辛抱です、と心の中で言った。

 そしてついにその瞬間は訪れた、黒影から魂が離れきると男性は穏やかな表情をしながら消えていった。これでもう何も気に留める必要は無い、あかりは木刀を持ち上げ、死人の魂を利用する卑劣な妖怪目掛けて振りかぶった。


「消えろ!」


 全霊気を込めた一撃は影の心臓部に直撃し、『黒い影』はゴオオオと吸い込まれるような音を立て渦潮に飲まれるように消えていった。

 照明が再び灯ると、あかりは一呼吸置いた後まだ右腕に残っている感触を噛みしめるように言った。


「……除霊、終わりました」


   * * *


「すいません。お昼までごちそうになって……」

「いいの、いいのよ。さあ遠慮なく食べて。食後にはデザートもあるからね」


 テーブルの上には、芦原が腕によりをかけて作った料理が並べられていた。自分と自分の大切な客を救った彼女に対するささやかな礼であった。


「まさかアロマティーで影のオバケをやってけちゃうなんてね……」

「アロマと名のつくものには魔除けの力があるんです。あとあの方もこの店の味を特別好いていたみたいですし。そのおかげで効力を増したんです」

「そう言ってもらえると助かるな……でも、亡くなった人のためにあれだけ精一杯やってくれるなんてあなたとっても優しいのね」

「そうですかね?」

「私からもお礼を言うわ、あの人を救ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


 芦原はにおやかに微笑みながら、あかりの優しさに心から感謝の意を述べた。あかりもそれに軽く応えながら微笑を浮かべ笑みを投げ返した。


「……さっ、冷めちゃう前に食べて食べて」

「それじゃいただきます」


 空腹だったあかりは目の前の料理をがっつくように食べ始めた。芦原が面食らったのも無理はない。


「……あなた、すごいわね。まるで男の子みたいな食べ方をするのね」

「うっ」


 図星をつかれ冷や汗が少しばかり出る。この言葉には悪い意味が含まれていたわけではないが、あかりの顔に焦りが見られたので芦原はこう続けた。


「でも、そんなおいしそうに食べてくれるなんて嬉しいわ。ナイス食べっぷりよ」

「は、はい」


 曖昧な返事を返しながらあかりは勢いも衰えず食事を続けた。そんな彼女の様子を見つめていると芦原は可愛い妹ができたような幸せな気分になって、ついポツリと呟いた。


「……最後のお客さんがあなたで良かったわ」

「えっ、最後って?」


 あかりは手を止めて芦原と目を合わせた。芦原はすました顔でこう続けた。


「う〜ん。オープンしてすぐにこんなことになっちゃったしね。これも運命かなって……あなたには本当に感謝しているわ。ありがとう」

「そんな…」


 その時、芦原は初めて少し悲しい顔をあかりに見せた。


「店を始めたはいいけどね……ウェイターのバイト募集も誰も来ないし、お客さんも少なかったしね……」

「……」


 あかりは何も言えなかった。結局悪霊退治しようが手遅れだったのだろう。絶品に思えた料理もどこか悲しい味がした。


「……なーんてね! 今のは冗談よ!」


 芦原は突然、重い空気を払拭するかのように手を叩いた。


「え? ……ウソなんですか? 」

「当たり前よ! これからバリバリやってブイブイ言わせるわよ! このお店をこの町一番の有名店にして見せるわ!」

「そ、そうですよその調子です! 変な冗談はやめてくださいよ! 心臓に悪いから」

「でも、そのためには必要な事があるわ」

「必要な事、ですか……それって、大々的な宣伝とか奇抜なメニューとかですか?」

「ううん違うわ! もっと素敵なものよ!」

「……年に一度のワンコインフェアとかですか?」

「違う違うの。も~~っと素敵なもの!」

「……なんなんですか? もったいぶらないで教えてくださいよ」

「それはね~」


 芦原はこれでもかと言うほどあかりを焦らした後、ついにその言葉を口にした。


「それは、とびっきり可愛いウェイトレス! よ!」

「へ~、そんな娘がいるんですか。それは楽しみですね」

「『へ~』じゃないの、あなたの事よ!」


 芦原は立ち上がりながらあかりを勢いのまま指差した。

 

「え?」


 面食らった表情のあかり、そんな彼女に一言発言させる隙も与えないほど芦原は舌を猛回転させた。


「あなたなら絶対に人気者になれるわ!スターよ、スター!お洋服の方は私が用意するから!絶対似合うようコーディネートするから!あなたなら――

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! ウェイターとか無理です!」

「ウェイターじゃなくてウェイトレスよ! ねえお願いお願い!」


 芦原は必死に頭を下げ頼み込んだ。その様子を見ているとあかりは何故かは分からないが 申し訳ないような気分になっていた。


「ねっ、お願い」


 顔を上げ笑みを浮かべる芦原、あかりにはそんな彼女の頼みを無下にすることなどできなかった。


「……はい」





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