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強力な少女の霊

「あぁ……やっぱり駄目だったか。日曜だってのに最悪の目覚めだ……」


 昼、時刻は12時を回った頃、無残に破かれた霊符が散らかる部屋の中で彼はつぶやいた。布団から身を起こし、ここ数日間夜中に枕元に立つ悪霊――黒髪の少女の霊に対して頭を抱えるばかりであった。

 どうやら本当に手に負えないほど強力な悪霊に憑かれてしまったらしい――彼の口から深いため息が漏れた。

 さまざまな策を講じたが成果は得られなかった。彼――霊媒師 勇景(ゆうけい)(アキラ)は16歳と若く、そして優秀な霊媒師であった。しかし今回の件はもはや彼一人の手に負える案件ではなかった。

 事が起きるようになったのは16歳の誕生日からである。いったい何処でこんなとんでもない悪霊を引き寄せてしまったのか……なぜ自分なのか……うーんとうなりながら記憶を辿るも心当たりなどは存在しない。

 手段を選んでいる余裕は無い。明はとある妖怪に泣きつく事にした。


「ばあさんに借りを作るのは嫌だが……」


 決心が鈍る前に妖狐 宮内(ぐうだい)の元を訪ねようと身支度を始める。寝室の隣の、これまた小さな今に足を運んだ。外には穏やかな太陽が顔を出し、今自身に降りかかっている不幸さえなければ軽い散歩を楽しめさえできるような陽気であった。

 支度を終え、両親の位牌の前で手を合わせる。明の両親は2年前に亡くなっておりそれ以来彼はこの一軒家で一人暮らしをしていた。


(あれからもう二年か……早いもんだな)

 

 一人暮らしの静寂にはもう慣れてしまったもので、和風の小さな部屋では、仕事用の八卦鏡が明の横顔を音もなく反射しているだけであった。

 礼拝を終えると彼は、誰も居ない部屋に一声、「いってきます」と声を掛け家を後にした。


   * * *


 明は町の外れの自宅から徒歩10分ほどの場所にある小さな稲荷神社にビニール袋を携え訪れていた。鳥居をくぐり、こぢんまりとした祠の前に立ち呼びかけた。


「ばあさんいるんだろ? ちょっと頼みがあるんだ……」

「――おや、あんたが自分から来るなんて珍しいね。どうしたんだい? この世の終わりみたいな顔をして……」


 呼びかけると祠の背後から小さな老婆が姿を現した。人の姿に化ける事の出来る妖狐宮内である。

 老婆はまるで見定めるかのように明を見つめた。

 これからこの性悪のばあさんに事情を説明しなければいけないのか――明はすでに辟易していた。


「話があるんだ。それは――」

「ほほ、その前に何かあるじゃろ?」

「……ああ、分かってるよ」


 明は持っていた袋から先ほどコンビニで購入した油揚げを取り出し、老婆に手渡した。


「……おやおや、こんな安物を渡すなんていい度胸だねえ」

「うっ……。悪い、急いでたから……」

「まあ話くらいは聞いてやるかの」


 宮内はいたずらっぽくそう言い、ビニール袋をぐるぐるとまわし始めた。明は自らの身に降りそそぐ奇異について説明した。


「――ほう。それで?」

「だから、……だからあんたの力を貸してほしいんだ」

「あんた?」

「……高名な妖狐である宮内様の力を貸してほしいんです」


 明は投げやりに、吐き捨てるように言った。


「ほっほっほっ、心がこもっとらんのう」

「宮内様なら分かるだろ? 憑依の理由だけでも知りたいんだ」

「……残念じゃが今回あたしができることはなさそうじゃの。あたしが感じるのはお前さんのいつも通りの霊力だけじゃ、とり憑かれているとは思えん」

「な……?」


 明はいつものように宮内がからかっているだけかと思ったが、宮内があまりにも素っ頓狂な表情をするので、冗談ではないことはすぐ理解できた。


「お前さんは霊には憑かれておらん。おったとしても大して害にはならん」

「害はあるぞ! 頭痛がひどいわ霊力は乱れるわ……今日は仕事があるんだよ!」

「知らんわい。そんなに苦しいなら仕事を休めばよかろう」

「霊媒師はどんな理由があっても休んじゃいけないんだよ。頼む」

「ほっほっ、相変わらず言うことだけは一人前じゃのお。それほど立派な霊媒師ならあたしの力なんぞいらんじゃろ」

「なっ……あんたなら何とかできると思っ――」

「知らん知らん。もう帰れ、あたしゃ眠いぞ」


   * * *


 追い返されるような形で宮内のもとを去った明。悩んでばかりいても仕方ないので、今回の強敵対策に思いをはせながら年季の入った商店街を歩いていた。

 ここを歩いてたら何か策を思いつくだろ――と、どこか楽観的な、淡い期待を抱いて歩いていた。

 商店街はもう何年も改装されていないような店々が並んでおり、どこか時代を感じさせるような雰囲気が明は好きだった。

 彼は困ったことがあるといつもここに足を運んだ。そうすれば不思議と良い案を思いつくのであった。


 行きつけのお総菜屋でいくつか夕飯を買い込み、顔なじみのケチな店主と会話を交すと陰鬱な感情も消えてしまっていた。そこで改めて今回の出来事について整理をした。


 最初に女の霊が姿を現したのは五日ほど前だった。真夜中にふと目を覚ました明は、自身の体の自由がきかない――いわゆる金縛りの状態にあることに気がついた。

 明のように霊力が高いものが金縛りにあうことなど数多くある。しかしそれは明らかに今までのどの金縛りよりも強力なものであった。どれだけ力を込めようとも、指先一本すら動かせない。


――その時、ある少女の姿が目に留まった。


 長く美しい黒髪、明と同い年くらいの少女だ。

 暗闇の中でもその顔をハッキリと捉える事ができた。

 その表情の無い顔を見た途端、明は恐怖した。

 少女の顔はまるでこの世の者とは思えぬほど白く、美しく……その浮き世離れした美貌からは恐れしか感じられなかった。

 少女はゆっくりと明に近づいてきた、その表情には人間の感情の片鱗すらもなかった……


 あれほど強力な力を持つ霊と対峙したことなど、今までに一度もなかった。あの力に対抗人物も一人くらいしか思い当たらない。……もっとも、その人物の力を借りる気など毛頭ないのだが――


「明! 明じゃないか! ハハハ奇遇だな」


 そこで、明の思考はある人物の言葉によって断ち切られた。

 ぴたりと歩みを止め、その人物をにらみつけた。噂をすれば何とやら、当の本人が手を広げながら再会を喜ぶかのように歩み寄ってきた。今日という日は本当に彼にとっての厄日なのかもしれない。


「木津のおっさんか……何度言われてもあんたの誘いには乗らないぞ」

「ハハハ……そう邪険にするな。こうやって会ったのも運命じゃないのか? それに私はおっさんではないぞ」


 そう笑いながら歩み寄る霊媒師 木津(きづ)建岳(けんがく)

 たとえこの男の素性を知らずとも、何かしらの到達者であることは容易に肌で感じ取れるだろう。

 紅く、血の輝きを放つ長髪はギラつき、深く掘られた彫刻のような顔は、一見穏やかさを孕んでいるものの、浮世離れした冥界の入り口を思わせる藍色の瞳は、明の心の中までも覗き込んでいるようであった。 

 40を超える年齢だがまだ二十歳(はたち)と言われても納得してしまいそうな容貌の木津は、日本で最も有名な霊媒師の一人であり明が嫌悪する人物であった。 時間を無駄にすることはないと明はその場を立ち去ろうとした。


「まあ待て明、何か困ったことがあるのだろう?」

「……」

「私の占術を侮るでない。お前の力になってやろう」

「……必要ないな」


 再び歩みを進めようとした時、それを許すまいと木津は明の袖をつかみまるで子供に言いつけるかのようにささやいた。


「私の傘下に入ればそんな汚らしい、犬のエサのようなものも食わずに済むぞ……。そうだ女、女も十分に用意してやる。それでどうだ? お前のような有望株、勇景の血をこんなごみ溜めに腐らせておくのはとても惜しい」

「なんだと……? もう一度言ってみろ……」


 明は怒りを抑えながら、静かに睨みつけた。それを貶されるのは彼にとって我慢のならないことであった。


「離せよ!」


 木津の腕を振り払い逃げるようにその場を立ち去った。その様子を見ながらも木津は顔色一つ変える事すらない。


「無駄だぞ明……お前がどれだけ抵抗しようが私からは逃げられない。それはお前が一番分かっているはずだ」


 商店街には、休日にもかかわらずいつもと同じ空気が流れていた。

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