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喫茶エガリテはお客が来ない  (後編)

「さあウェイトレスの格好に着替えて着替えて、あなたならビシッと決まるわよ」

「ちょっと待ってください、ワタシには接客とか無理ですよ!」

「大丈夫、外で客引きをやってもらうだけだから」

「そっちの方が無理ですよ!」


 芦原は「まあまあ」となだめながら、半ば強制的にあかりを着替えさせ始めた。着せ替え人形のように扱われているあかりは、

「芦原さん……悪いけどワタシはスカートは穿きませんよ」

「何で? そっちの方がかわいいじゃない」

「でも……ちょっと」


 あかりはなんとか口実を考えていた。スカートに穿き替えたくないのは、男物の下着を穿いているからなどとても言えない。


「あれですよ! 霊媒師って色々決まりにうるさい職業ですから、スカートは駄目なんです」

「そうなの? それじゃあ仕方ないわ、今でも十分魅力的よ」

「……そうですか」


 そんな事はあかりにとって悪目立ちする、嫌な事ではあったが。


「じゃあランチ前にお客さんの呼び込みをやってね」

「でも、やっぱり……一人じゃ無理ですよ」

「なら私も一緒にやるわ。ね、お願い。あなたなら沢山の人を呼べるわ。ね?」

「そんなに言うなら……分かりました、やりますよ」

 

 頼み込まれると弱いもので、しぶしぶ了承した。


   * * *


 あかりと芦原が呼び込みを始めると、ランチタイムには席がほどほどに埋まっていた。客が来ても料理を作る人間がいないとしょうがないので、芦原は早々に店内へと引き上げてしまい、ほとんどの時間あかり一人で店の外に立っていた。

 やはりあかりのような華のある少女が店の外に立っていると集客効果は十分にあり、老若男女、様々な人々が彼女に声をかけていた。


「君、ランチは何がおすすめなの?」

「えーっと、メニューはこちらの看板です。おすすめはハンバーグですよ」


 ニコリと笑みを投げかけながら答えた。彼女の容姿だけでなく、この人当たりの良さも喫茶エガリテを盛り上げる要因であった。


「外はもういいから、次は中を手伝ってね」


 芦原一人ではもう対応できない程度に店内は賑わっていたので、彼女が店の窓からひょっこりと顔を出し、あかりに品出しとオーダーの受け取りを手伝ってもらうように頼んだ。


「分かりました。そっちは僕に任せて芦原さんは調理に集中してくださいね」

「あら意外、てっきりまた嫌がると思ったのに」

「慣れちゃいましたよ。それよりもこのお客さんたちを捌く事の方が大事です」

「あなたってやっぱりたくましいのね……」


 二人の連携は見事なもので、無駄なく手間なく仕事をこなした。


「七番さんはカルボナーラ、アイスコーヒーのセット。それからハンバーグセット――アロマティーとバナナのシフォンケーキですね」

「了解。じゃあ二番席にこれを持ってって。熱いから気をつけてね」

「はい」


 会計もあかりの仕事であった。


「1780円になります。お支払いはご一緒でよろしかったですか?」


 はつらつと言う今のあかりからは、最初のためらいなど微塵も感じられなかった。


「一緒でいいよ。料理も美味いしウェイトレスの子はかわいいし、至れり尽くせりだよ」


 会社員風のおじさんが半ばからかうように言った。


「は、はい。ありがとうございました。」


 そんなあかりの様子を見守りながら芦原は「ふふふ、やっぱり私の見立て通りね」と一人でほくそえんでいた。


 来客のピークは過ぎ、店内は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 しかし、「これで落ち着けるかな?」とあかりが思った矢先、世界は狭いという事を彼女が痛感する出来事が起きた。


「いらっしゃいませ――えっ!?」


 扉を開け新たに入店した二人、背の高い鷹のような鋭い目つきの男と眼鏡をかけたくるくる頭の子男。その二人の姿を見た途端あかりは驚きの声を上げた後、二人に見つからないようにキッチンの方――芦原のもとへコソコソとやってきた。


「どうしたのあかりちゃん? なんで隠れるの?」

「い……いや。ちょっと知人が」


 その目線の先には明の友人――九古と鍋野の姿があった。


「九古君、君にしてはセンスのいい店ですね」

「だろ? なんか言い方が気にくわねえけど……」


 二人はわいわいと言いながら席へと移っていった。あかりは二人を見ながら「まずい、まずい」とブツブツと言っている。芦原はそんな彼女を見かねて明るく言った。


「あらお友達なの? いいじゃない、何も恥ずかしがることないわ。その格好も似合ってるわよ」

「でー、でも」

「言わない言わない、さあ出た出た」


 文字通りあかりの背中を押しながら、半ば無理やりといった形で二人の前へと押して行く芦原。


「えっ! ち、ちょっと芦原さん――」

「いいのいいの」


 あかりは二人の席へと軽くトンッと突き出された。 あかりの姿を見ると二人は、、


「お? アンタは……」

「あの時の霊媒師さんじゃないですか! どうも」


 彼女はそれに応えないわけにはいかなかった。


「……はあ、どうも」


 軽く会釈をした後、芦原の方をちらりと見て助けを求めるが、


「じゃああとはあなたに任せるわね。ごゆっくり」

「え……?」


 芦原はウィンクをしたのちキッチンへと歩いて行ってしまった。色を失ったあかり、そんな彼女に鍋野が話題を振ってきた。


「あかりさん、でしたよね? あの時は助かりました」

「あんたこの店で働いてんのか。俺行きつけになっちゃおっかな~~」

「は……はあ」


 かしこまった様子で礼を述べる鍋野と、笑いながら口説くような文句を言う九古、本当に対照的な二人である。


「――今、水を持ってきますんで」


 適当にお茶を濁してその場を立ち去ろうとするが、九古はそれを許してはくれなかった。


「まあ待ちなよ、そんなに混んでないみたいだしちょっくら話でもしよーぜ」

「えっ、でも。すいません」


 一礼をして構わず逃げようとしたのだが、次の鍋野の一言があかりにつきささった。


「そういえば明君は元気にやってますか? 北海道に行っているとは聞きましたが」


 その質問はあかりをますます混乱させるものだった。このまま逃げたら何か怪しまれるのではないかと思いその場を動けなかった。


「そ――それはですね。彼はまだ戻ってこれないみたいですよ、忙しくて」

「忙しい? 明はいつぐらいに戻ってくるんだ? なにしてんだ?」

「それは……ですね」

「もしかして、かなり重大な依頼をされているとかですか? 明君は大丈夫なんですか?」


 明の霊媒師としての職業柄危険な目に合うことは少なくない。それを心配してか二人の質問攻めは続いた。

 それに対してあかりは歯切れの悪い回答をするばかりであった。


「そんな大した仕事じゃないみたいですよ……」

「まだちょっと時間がかかるみたい……ですよ」


 あたふたとしながら答えるあかりの姿に、二人は疑問を抱くような表情になっていた。その様子を察するとあかりは余計にあたふたするのであった。


「えーっと、」

「それは……」

「違った、違いました。こうでした!」


 あかりは嘘をつくのは苦手でありもはや限界かと思われたが、そこで思わぬ人物から助け舟が出された。

 カランコロンと入店の鈴が鳴り、姿を現したその人物は開口一番こう言った。


「おいおい――婆の、じゃなくて俺のガールフレンドをあまり困らせてはくれるなよ」


 いかにも気取った口調のその人物は――『勇景明』だった。


「あっ、明君じゃないですか!」

「おう明! 帰ってきてたのか」


 二人はそれを、明によるサプライズ訪問と受け取ったらしい。明は、

「ホッホッホッホ」

と高笑いをしているだけだった。


 唖然としていたあかりは我に返り、明の手を引いて強引に店の奥へと連れていき、周りに聞こえないよう声を抑えながら言った。


「――おいばあさん。どーゆーつもりだよ」

「ホッホッホ、なにお前さんが困っとったみたいじゃからのお。助けてやろうと思ってな」


 ニセ明の正体は妖狐宮内であった。特定の人物に化けるなど化け狐にとってはお茶の子さいさいである。


「そうじゃなくて、何で俺に化けてんだよ」

「それは……面白いからじゃ」


 いたずらっぽく言った後、あかりを置いて明の姿をした宮内は二人の席へと戻っていった。

 そして九古達の席では、一段落を終えた芦原を加えての談笑が始まった。


「あなたが勇景明くんね。あかりちゃんにはいつも助けてもらってるわ」

「ホホ、なあにまだまだ未熟者」

「明ぁ~、お前にあんなかわいい弟子がいたなんて聞いたことねーぞ。この野郎、隠しやがって」

「いやぁ~、すまんすまん」

「明君、あかりさん凄いんですよ。一瞬で妖怪を倒しちゃいましたから」

「ほう、それは凄いの。……ま、俺の恋人ならそれくらい当然」


「「恋人!?」」


 九古、鍋野、芦原の三人は声を合わせた。


「やっぱり、そうだったのね」と納得する芦原。

「なんだよ明。もったいぶりやがって」と九古。

「霊媒師カップルですか!」と妙な喜びを示す鍋野。

「ホッホッホ」


 明は再び高笑いを始めた。

 そこに、あかりがすさまじい剣幕でズカズカと詰め寄り、睨みながら無言の圧力をかけた。


 明は高笑いを止め、

「あ、すまん。言い過ぎたわ」

 と訂正をした。


   * * *


「それじゃあ、あとは若い二人に任せて……ごゆっくりー」


 芦原は明とあかりの二人をテーブルに座らせると、アロマティーとシフォンケーキを二人の前に並べてから、そんなお見合いみたいな文句を言い残し去って行った。

 既にランチタイムの客は全員捌けて、店内には明、あかり、九古、鍋野、芦原の五人しか残されていない。九古と鍋野は明の背中向こうに座っており、向かい合った明にあかりは、露骨に不愉快そうな表情をしながらティーカップに口をやった。


「…………」

「怒っとるのかの?」

「…………」

「ちょっと悪戯いたずらが過ぎたかのぉ。怒らんでおくれ」

「…………」


 あかりは無言だった。もちろん怒っていることもあったのだが、本来の自分と同じ容姿の人間が反省の色を示している不思議な感覚から言葉を失っている部分もあった。


「本当に悪かったの……なんなら皆にすべてを打ち明けるかの」

「――いや、それはやめてくれ」


 あかりはようやく口を開いた。あの女の言葉も気になるが、これだけの事をやってまで隠そうとしたのに九古や鍋野に本当の事を知られたら……顔から火どころか全身が燃えてしまいそうだと思った。

 あかりは何としても自分の正体を、元の姿に戻るまで隠し通そうと心に決めた。そんな風にあかりが考えを逡巡させていると、宮内もとい明が、

「いや、婆は嘘がつけん。もう限界じゃ」

 と席を立とうとしたのもあかりは静止した。

「いやいやいーから、怒ってませんから」 


 あかりが下手に出たので、明は再び笑みを浮かべた。


「ホホ、そーかいそーかい。こう言えばいいんじゃな」


 先刻までの申し訳なさそうな態度から、ケロッと表情が切り替わった明。やはりこのキツネババアはちっとも反省などしていなかった。心の中で舌を出していたに違いない。

 あかりはハア、とため息をつき、

「弱みを握れてよかったですね……明くん」

 と皮肉たっぷりに言った。

 そして明が宮内の口癖である「ホッホッホ」との笑い声を発するとその背後では九古が、

「なんか今日の明やけにジジ臭ぇな」

 などと言っていた。


(ジジじゃなくてババなんだな……)


 あかりは心の中で呟いた。

 呆れ顔のあかりの前で、明はアロマティーを飲み干しソーサーにカップを戻した。


「うまいのぉ、ティータイムなど久方じゃ」

「だろ? この店の自慢なんだ」


 そして「さて」、と一呼吸置くと、次は真剣な表情に切り替わり言った。


「そうそう思い出した。お前に話したいことがあったんじゃ」


 明は内緒話をするように顔を寄せ、あかりもそれに応えて身を前に寄せた。

 二人の内緒話は小声で始まった。


「明よ……秋田の源桃院げんとういん家を知っておるか?」

「ああ、あの呪法とかで有名な家だろ。確かあそこの術は一子相伝の、世には出回ってないとかなんとからしいな。で? その家がどうした?」

「よう知っとるの」

「まあな、知り合いにうるさい奴がいたんだ。……続けてくれ」

「それでじゃ。当主源桃院 伊沙子いさこの最近の変化について耳にしたことはあるか?」

「『変化』? 知らないな」

「風の噂によるとな……年を失ったらしいんじゃ」

「年を失った? それってどういう事だ」

「ホホ、それはの……」


 宮内はもったいつけた後話を始めた。

 源桃院家の当主 源桃院伊沙子はかつて、その美貌と呪術の才能にものを言わせ業界内外に広く名を轟かせた霊媒師だった。彼女の関心は富と名声、そして何より自らの美貌の保持ばかりに向けられていたと言う。

 しかし歳を重ねると、人間では決して逆らうことのできない『老い』に直面した。彼女は若さを取り戻す為、人前から姿を消して様々な手段を講じた。


「……だからここ一年名前を聞かなかったのか」


 そこであかりが呟いた。


「そうじゃ、易が悪いとか言うての。……怪しげな事に手を染め取ったみたいなんじゃ。――そしての」

「……そして?」

「そしてついに、若さを取り戻す事に成功したみたいなんじゃ」

「何、どうやって?」

「それは分からん。じゃがの、重要なのはこれからじゃ――源桃院伊沙子は確かに劇的なまでに若返った。三十路を超えとる筈なのに外見は十代のようらしい。……じゃがその容姿は伊沙子の若い頃にも似とらんみたいなんじゃ」

「似てない? 別人みたいになったって事か?」

「そうじゃ、突然他人のような娘に変身してしまった。……似たような事が最近あったじゃろ?」

「……ああ、俺のケースに似ているな」

「ホホ、そうじゃのう。源桃院は呪術の家系じゃ。お前さんの事も何か分かるやもしれん」

「なるほど……確かに行ってみる価値はありそうだな」


 そして、明は言いつけるように、

「伊沙子はとても嫉妬深い女じゃ。――特に若く美しい女を目の敵のようにしておる」

「へえ、それは怖いな」

「『へえ』じゃないわ。――まったくお前の事を心配して言ってやっとるというのに」

「え、俺……? 確かに今はそうかもな」


 あかりは照れを隠すように頭を掻いた。


「でもありがとなばあさん。――今日も本当はそれを伝えに来てくれたんだろ?」

「フンッ。そんなんじゃないわい」


 明――宮内の余りに分かり易過ぎる態度にあかりは「ふふっ」と笑った。


「で、どうするんじゃ、行くのか?」

「ああ、行ってみるよ秋田に……何か掴めるかもしれないからな」


 決意を滲ませ、あかりは頷いた。


   * * *


 結局それからは事件らしい事も無く、あかりの喫茶エガリテでの初仕事は終わり、彼女は夜には帰宅した。

 芦原の無茶振り、九古と鍋野の突然の登場、そして宮内による冷やかし……あかりはクタクタだった。

 だがそれだけの心労も、あかりが勇景明の姿を取り戻せば報われる。そのためにあかりは秋田へ足を運ぼうと考えていた。

 出発の予定は今から三日後、源桃院家に事前に連絡を入れた後旅立つ予定だ。


「あ、そういえばあれはどうなったんだろう」


 あかりはPCの電源を入れ、あることを検索しにかかった。――喫茶エガリテのHPホームページについてである。

 彼女は仕事の後、片付けを終えた芦原にHPの開設の方法をレクチャーした。HPは一度開設してしまえばそれほど手間を必要としない。

 先程『HP出来たから良かったら見てね(..◜ᴗ◝..)♪』と芦原からメッセージが入っていたので気にはなっていたのである。

 とは言っても教えた事はとても簡単な事だったので、そこまで味気のあるサイトには仕上がってないだろうと思って開いてみたのだが――


「……」


 サイトのトップには、いつ撮影されたか分からないウェイトレス姿のあかりの写真があった。


(俺が接客をしている時に盗撮していたのかよ……)


 ふざけんなと言いたくなったが、予想以上にHPの出来が良かったので、思わず口元が緩んだ。


「まったく、芦原さんはしょうがないな」


(元の姿に戻ったとしても、芦原さんの調子は変わらなさそうだな)


 画面を見つめながら、そんなことを思っていた。

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