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謎の女霊媒師

よろしくおねがいします

 感情の介入を許さない無機質な機械音が駅のプラットホームに響いていた。温かい、眠りにつきたくなるような穏やかさに包まれ、鉄柵にまで温もりが宿っているようであった。

 

「おとうさーん! こっちこっち、14って書いてあるよ!」


 活発な幼い女の子が、父親に顔を向けながら走っていた。あまり前方に気は行っておらず、父親がそれを注意しても、この七歳くらいの年齢の子供と言うのは鎖から放たれたばかりの子犬のようで、とても甘やかしな父親に抑え込めるものではなかった。


「こっ、こら! 晴菜はるな! 走っちゃだめだよ! 前見て前!」

「―――いたっ!」


 前方不注意であった女の子は、乗車券を手に持ち電光掲示板を見上げていた女性とぶつかってしまった。おおよそ女性には似つかわしくない黒のビジネスバッグが手からずり落ち、バッグの口から細長い和紙が大量に床に散布した。

 女の子は「いたたた」とぶつけた鼻をかばい、女性はしゃがんで女の子の背中に手をやり優しく声をかけている。

 「あああ、ごめんなさい!」と父親が駆け寄った。女の子は特に怪我もしていないようで、女性は背中から手を放すと「いえいえ」と言い、和紙を拾い始めた。

 女性は十代半ばほどの少女とも言える年齢で、ある種の宝石のような黒髪が光沢を放っていた。

 二人は一瞬その挙動に見とれてしまっていたが、すぐさま自分たちが為すべきことをハッと思いだした。


「ウチの子が、すいません」

「おねーちゃん、ごめんなさい」


 すると少女は「お、おね?」と戸惑いを見せ手を止めたが、すぐさま女の子を向き直り「いいんだよ」と取り繕った笑顔を見せた。

 女の子は初めは申し訳なさそうな顔をしていたのだが、関心はすぐ別の方向へと移った。


「あれ? この紙何か書いてある……お札?」

 

 女の子はザラザラの和紙を一枚手に取ってまじまじと見つめた。


「コラ! 晴菜!」


 父親はすぐさま叱るが、少女は怒った様子も無く「いえ、子供ですから」とまた笑みを浮かべていた。

 三人がすべての紙を拾い上げると、それを待っていたかのように列車の到着を告げる音が頭上で鳴った。

 少女は静かに立ち上がると、女の子の肩を軽くポンポンと叩いた。


「っと、新幹線が来ましたね。では僕はこれで」

「本当に申し訳ありませんでした」

「おねーちゃんまたねー」

「お、おね? じゃ、じゃあまたね……」


 少女は似つかわしくない黒のビジネスバッグを携え、新幹線の中へと消えて行った。父親は彼女にペコリと頭を下げていたが――


「……って、この電車って」

「おとうさんこれだよ、これ! 私たちの乗る電車だよ!」

「え!? ホントだ、急いで!」


 親子は大急ぎで車内に駆け込んでいった。

 どのくらいの期間がかかるか分からない長旅に備えた大荷物をなんとか車内へ入り込ませると、息をつくこともなく自分たちの座席を探した。あらかじめ指定席を取っていたので席が無くなる心配はないが、父親としては一刻も早く座ってこのじゃじゃ馬娘を落ち着けさせたかった。


「ねーおとうさん、私窓側が良い」

「だめだよ晴菜、お父さん達のは窓側じゃないんだ」


 女の子は「えー」と不満を漏らしながらもしぶしぶ父親の後について行った。


「えーっと、14、14のC,D――あっ!」


 父親は驚いた声を上げた。親子の座席は三人席の二つであったのだが、その残りの一席に座っていたのは先ほど晴菜がぶつかった少女であったのだ。


「あ! おねーちゃん。すぐまた会ったね!」


 晴菜は喜びでぴょんぴょんと跳ねている。少女は物憂げにプラットホームを眺めていたのだが、こちらを見やるとすぐ、目を丸くした。


   * * *


 新幹線というものは至極快適なもので、父はこれまでの心労をいやすかのように深々と座っている。今、娘の相手はあの美少女がしてくれているので、父は車内の空気を耳で感じながら静かに目を閉じでいた。


「わーすごい! 速い速い!」と晴菜がはしゃいでいる。譲ってもらった窓側の席の上で膝をつきながら食い入るように外を眺めていた。


 気立てのいい少女が窓側の席を譲ってくれると言った時には、父は強く反対をしたのだが、少女もそれでよいと言うし、この不幸な愛娘に少しでもいい思いをさせたいと思ったので、少女に深く頭を下げながら、晴菜を座らせた。

 さらに、晴菜は少女の隣に座りたいと駄々をこね、あの女神のような少女はそれすらも快く了承してくれた。

 父親はふたたび頬を緩ませるとゆっくりと息を吐いた。眠りは近い。


「……」


 新幹線はそのまま静かに走り続けた。

 車内はまるで寝静まったかのようになり、駅弁に箸を走らせんとする人間の、ビニールの袋をいじくる音がやけに通りがいい音のように聞こえた。


「……」


 女の子もまた、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまっていた。外を見たまま時折「おかあさん」と呟き、窓の外に情景とは別の何かを見ているようだった。

 父親はと言うと、今まさに睡眠の世界に誘われているようで、カックンカックンと頭を前後に動かしていた。

 

 少女はこの女の子に何か声をかけるべきか、否か。何と声をかければいいのか。言葉は喉までまでてくるのだが、口から発せられることはなかった。


「……ねえ、おねえちゃん」


 女の子が隣に座っていた少女の存在を思い出したかのように言った。

 少女は「何?」と精一杯の優しさを込めて言った。

 すると暫しの沈黙の後、女の子はパッと振り返った。


「さっきのお札ってなんなの?」


 それについては本当に今思い出したのだろう、疑問を感じたら聞かずにはいられないのが子供である。

 少女は丁寧な口調で、学校の先生のように教えてあげた。


「あれはお札でもね、『霊符』と呼ばれる特別なお札なんだよ」

「『れーふ』? それって何?」

「おばけとかをやっつける時に使うお札だよ」

「あ! それ知ってる! テレビで見たよ! おねえちゃんもおばけをやっつける人なの?」

「うん、霊媒師だからね」

「そうそれ! おねえちゃんも『れーばいし』さんなんだぁ」

「も?」

「うん! わたしも今から『れーばいし』さんに会いに行くんだよ!」


 女の子の言葉に少女の顔色は変わった。


「わたしの中におばけがいて……それでその人に助けてもらうんだよ」

「そうか……」


 少女はいぶかしげな表情で女の子を見つめた、女の子の体からは、何の悪霊の気配も感じられなかったからだ。

 女の子はさらに続けた。


「おとうさんはね、すぐおわるって言ってるけどね……でもずっとすぐおわるって言ってるの。

 早くウチに帰りたいな、はやくおかあさんに会いたい……」


 女の子の表情は沈んだものになった。少女は女の子に同情したのだが、それ以上に霊媒師としての強い疑問に心を奪われていた。

 悪霊の気配もなく、同性の近親者――母親に会うことが許可されない。


(……となると、アレか。確かにそれは厄介だな)


「じゃあ、わたしのおばけをやっつ――」


 みなまで言い切る前に、目を覚ました父親が体を起こし少女を叱りつけた。


「こっ、こら晴菜!」


 父親はかなり慌てた様子で話を断ち切った。


「……はーい」


 女の子はそのまま黙ってしまった。霊に憑かれている事などは人に話てはならない事であるし、父親が焦って口止めさせるのも当然の事であった。

 晴菜は不満げな表情で座席に座り直すと、無言で足をぶらぶらと振り子のように動かし始めた。


「――お父さん、ちょっとよろしいですか?」


 少女は父親を見ると、席を外して二人だけで話そうと提案した。少女の真剣な目に父親は何も言わず、コクリとうなずき、女の子に大人しくするよう言いつけデッキへと移動した。


「それで、話というのは娘についてですか? あなたも霊媒師さんなんですよね?」


 父親は低いトーンで、窓の外の過ぎ行く家々を眺めながら言った。口調から次に少女が発する言葉を大体察しているようであった。


「はい」

「娘に憑いている化物の事ですか?」

「――はい」


 少女は強く、返事だけを繰り返した。そして、父にとっても耳にしたくない単語を発した。


「あの子に憑いているのは『心魂面しんこんめ』ですね?」

「分かってしまうのですか……」


 父親は振り向いた。表情からは哀しみが伝わってくるようであった。


心魂面――というのは、人の魂そのものに喰らい憑く妖怪で、憑依された人間の右腕には能面のような、人の顔をしたシワが現れる。

 こうなってしまってはどんな霊媒師でも迂闊に手が出せなくなってしまう。無理矢理引き剥がそうとすれば、憑依された人間の命までも奪いかねない。ましてや生命力の低い子供なら尚更だ。

 魂に直接結びつくので悪い気を感じとる事はできず、シワまで出てしまえば、同性の近親者にまで移る事さえある。

 その二つがこの『心魂面』の最大の特徴であった。


「おっしゃる通りです。――あの子には散々辛い思いをさせてしまいました。……次は東北な有名な霊媒師を、と思っておりますが、なんとか退治してほしいものです。なんとか……」

「……」


少女は難しい表情をしながら終始無言だった。父は再び窓の外に目を向け、浸るように言った。


「あの子は、本当は泣き虫なんです……

初めてあのシワが出た時、娘は家内の胸に泣きついたんです。あの子はつらい事があるといつもそうしていました。――でも、今はそれも……」


声は震えていた。指先で目尻を撫でると、涙をこらえるために、ふうと息を吐いた。


「……すいません。こんな話」

「いえ、いいんですよ。それより――」


 少女は落ち着いた口調、真剣な眼差しで父親を見つめた。


「娘さんの除霊、僕が引き受けます」


予想だにしていなかった発言に父は面食らった。


「いや、そんな事は……」

「その東北の霊媒師には話をつけておきますから。それに『心魂面』は僕と相性が良いです。是非任せて下さい!」


少女の語気が強まった。少女を疑っている訳ではないのだが、とても十代半ばほどの少女に退治できる妖怪ではないと思えた。

少女は依然、凛とした表情で、その丸々とした黒い瞳に力を宿しながら続けた。


「僕を信じて下さい。娘さんを救いたいんです」


その瞳の輝きは、自分の力を過信しているだとか、妖怪の力を甘く見ているだのとう類いのものからくる輝きではなかった。

救いたいという一心から来る、灼熱のごとき想いであった。

 

「わかり……ました。娘をお願いします」


父はまた、深々と頭を下げた。それは謝罪からくるものではなかった。

 この少女の言葉には魔力じみた信頼感があり、娘を託せざるはなかった。


 少女は言った――車内で、今すぐ除霊をします。

 父は耳を疑ったのだが、口を挟む事はなかった。


   * * *


 デッキには人もおらず、時たま販売員の女性がカートを押しながら通り過ぎるくらいであった。


「おとーさん、どうしたの?」


 女の子はデッキの霊媒師少女の元へ、父親に連れられてきた。

 父親は優しく言った。


「晴菜、この人がお化けをやっつけてくれるよ。だからお前はこの人の言う事をちゃんと聞きなさい、いいね?」

「ほんと!?」


 女の子は目を輝かせて少女を見た。少女も軽い笑みを投げかけると女の子に言った。


「晴菜ちゃん。右腕を出して」

「うん、わかった」


言われた通り晴菜は右腕をピンと前に伸ばした。右腕の薄衣の下、包帯のさらに下にはあの忌々しい能面の妖怪が目を吊り上げさせ、気味の悪い薄ら笑いを浮かべているのだろう。

気丈に振る舞っていた女の子の顔が曇り、緊張した表情になった。

 父親も息を飲んだ。この、悪霊を倒すと豪語した霊媒師少女が、今までどんな霊媒師も倒す事ができなかった『心魂面』を、どのような手段を用いて倒すのか――娘を救えるのか……目を見張った。


「晴菜ちゃん。すぐ終わるから安心してね」


魔性の少女から放たれた言葉は、女の子の肩から力を抜けさせた。

そして少女は自分の右腕を、ちょうど女の子の腕と十字に交差するように重ねた。

そこにきて父親はようやく、少女の狙いに感づいた。


「まさかっ……」

「そのまさかですよ。『心魂面』を僕の体に移すんです。僕の霊力に引かれ必ず釣り上がるはずです」


少女はすました表情でそう告げた。しかし、自分の身に妖怪の類を移すなど、この世のどんな霊媒師でも発想しないであろう自殺じみた行為であった。

 父親は声を上げた。


「そんな事、ムチャクチャですよ!」

「フッ、まあ見てて下さいよ」


少女は大胆不敵にも笑みを浮かべ、焦りなどは一切も感じられなかった。女の子は依然不思議そうな表情のまま少女の余裕を見つめていた。

少女の眉が一瞬ピクリと動いた。するとすぐさま、接触されていた右腕を引き上げ、その手首の部分を自らの左手で首を絞めるように掴んだ。

女の子は糸が切れたかのように膝から崩れ落ちゴホゴホとむせ始めた。父親は何が起きたのかと戸惑いながらも、真っ先に娘の安否を心配した。

晴菜は特に怪我もしておらず、少女は押さえつけていた左手を離すとゆっくりと言った。


「もう大丈夫ですよ。右腕を見て下さい」


女の子の方も何か異変を察知したようで、右手を軽く上下させた。


「おとーさん。なんか右手が変」


まさか!? と父親は急いで女の子の服をまくり上げ、下の包帯を取り去るとその光景を目にした。


「消えてる……あの顔が消えている」


そこには晴菜の小さな、きれいな腕が――シワ一つない若々しさを放っていた。


「でも、あなたは大丈夫なんですか!?」


父親はすぐさま少女に向き直るが、少女もまた服をまくり上げ、シワ一つない白い腕を見せびらかすように笑って立っていた。


「これは……いったい……?」


そこで父親は言葉を飲み込んだ。何が起きたのか、あまりに拍子抜けしてしまい、除霊の実感などは微塵も無かった。

少女はこう言った。


「理由は簡単ですよ。『心魂面』は僕の方に移ったんです」

「でも、あなたの方にも何もないじゃないですか……?」

「それは、『心魂面』が僕に憑いた瞬間、即座に消滅してしまったんです」

「なぜ……?」

「簡単ですよ」少女は再び言った。


僕に憑いている悪霊が、『心魂面』より遥かに強いから――ただそれだけです。



新幹線は依然、風を切りながら北上する。

少女は自らの魂に巣食う悪霊を滅するために北を目指していた。

彼女が、彼に戻るために――


涙を流しながら抱き合う親子。

少女は素直にその感動の光景に胸を打たれた。

 ただその頭の隅には、ある事への関心が居座って動こうとしなかった。

 10日ほど前の出来事。霊媒師 勇景(ゆうけい)(あきら)が少女の姿に変身してしまった出来事を思わずにいられなかった。


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