彼女からの手紙
本当は詩にしたかった。
でも文字数が足りなかったのでこんな変な形式になりました。
彼女から、いくつか手紙が届いた。
僕は返事を書かない。
彼女はそれを知っていて、あるいは期待して、僕に時々、意味の解らない短い手紙をよこす。
僕と彼女は恋人ではないし、友人未満の関係だ。
だから互いのことをよく知っているわけでもない。
だから僕には、彼女の紡ぐその短い言葉から、彼女の伝えたい何かを正確に見出すことは困難だ。
***
雪が、残っていました。
風は、あまりありません。
もうすぐ迎えが、やってきます。
僕はどこかへ、旅立たなくてはいけません。
***
一通目は、どこか寒いところに行くと言っていた数日後に届いた。
ちなみに彼女の一人称は“僕”であったり、“私”であったり、安定しない。
彼女は時々不穏な言葉を呟き、実行するから、少し肌寒くなった。
だが、こんな短い文のために数十円も払う価値が、彼女にはあったというのだろうか。
翌日には、二通目が届いていた。
***
手を繋いで歩いた。
急に放されたとき、もの寂しいと、感じた。
寂しくはない。
ただ、少し寒いだけだ。
哀しくはない。
ただ、少し痛いだけだ。
僕は、傷付いてなんかいない。
ただ少し、迷っているだけだ。
***
この文から僕に、何を伝えたいのか。
もちろん手をつないでいる相手は僕ではないし、彼女が寂しいと書いているのにすぐ後に寂しくはないと書いていることについて、特に思うこともない。
彼女の言動に一貫したものを求めることに間違いがあるのだ。
三通目は、まるで二通目の続きのようだった。
***
君のことが好きだ。
素直にそう言えない。
君のことなんか嫌いだ。
思ってもいないことなら、こんなにも簡単に言えるのに。
***
***
おやすみなさい。
ただそれだけのことが言えるだけで、どれだけ幸せなのだろう。
言う相手がいるというだけで、反応を返してもらえるだけで、どれだけ恵まれているのだろうか。
そんな些細なことを、今までどうして、意識せずにおられたのだろうか。
***
三通目と四通目は、同じ日に届いた。
消印を見ると、どちらも同じ場所から来ていた。
この二通には同じ感情が込められているような気がする。
だがそれがどのような感情なのか、そこまで考えることを僕はしない。
***
身を寄せあうように集まって、浸食されるように小さくなっていく。
まるであの暖かな太陽が敵ででもあるように、睨み付けて。
いつのまにか、姿を消していた。
どこへ行ったのか。
凍えていた彼らは、暑さにイカレてしまった彼らに、連れ去られてしまったのだろうか。
***
どうやら、雪がとけてきているようだ。
一通目と関連付けることにより、五通目から、かろうじてそれだけは読み取れた。
イカレてしまった彼らとは、一体何を表すのかも不明だった。
そういえば彼女は、彼女の言っていたとおりなら明後日にはこちらへ帰ってくるはずだ。
もう手紙も書かないだろうか。
……と思っていたら、彼女がこちらについた後にも、六通目の手紙は届いた。
消印は他の手紙と同じ場所。
帰る前に、投函していたようだ。
果たして投函する必要はあったのだろうか。
***
眠いと感じる。
それは、正常なことなのだろう。
たとえ、それが昼日中のことであっても。
抗いがたい、睡魔に襲われる。
それは、何らおかしなことではないのであろう。
たとえそこが、死の淵であっても。
瞼をあげると、そこは地獄であるのかもしれない。
あるいは黄泉であるのかもしれない。
いずれにしても、それは瞼をあげてみなければ確定しない事実ではあるが。
いずれにせよ、私は今眠たい。
それに抗うことはできず、瞼を持ち上げることも、できそうにない。
***
六通目。
睡魔に襲われながら書いたらしいことはわかる。
だが地獄と黄泉の差が、僕にはわからなかった。
そしてこれが、彼女からの、今のところ最後の手紙。
それ以降彼女はこの土地に帰ってきていて、「次の手紙は」と訊くと、「未定」との答えが返ってきた。
つまりまたいつか、意味の解らない短文が、送られてくるということなのだろうか。