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第八話 - 馬鹿三人

 現実とは異なる世界、仮想空間。

 アーティフィシャルインテリジェンスたちによって維持され、それらが人を観測し情報を読み取り構築した0と1から始まった世界。

 ここでは現実世界の法則をそのまま持ってきているが、それに加えて仮想世界の法則が加わっている。大前提としてすべてはアーティフィシャルインテリジェンス、AIによって維持される。ならばソースコードの記述次第で多少世界を弄ることもできてしまう。

 この仮想空間においては、ログインしている者を殺せば高確率で現実で死ぬ。それは何の外傷もなく、いきなりバイタルが平らな線になる現象。医療の現場でもいわれる心停止状態フラットライン、それに合わせて脳波状態がいきなり真っ平らになるこの仮想での死もフラットラインと呼ばれる。

 仮想で死ぬ一番の原因は何かと訊かれたら、それは戦闘行為だろう。”ソースコードの記述次第で多少世界を弄ることもできてしまう”ならば、ログインしている人であろうとも、それはいくつものプログラムで再現された状態でしかない。プログラムによって人の身体を分解し、変化させ、再構築した兵器。シェルと呼ばれる人型戦闘兵器。仮想空間における主力兵器だ。

 結局のところ、人間というのは資源と領土を求めて争うが、新たな生活圏ができたところでそこにもその争いを持ち込む始末。やることは現実でも仮想でも大差がなかった……いや、むしろ現実を仮想に持ってきたようなものか。

 仮想でなら環境汚染を気にせず戦力をぶつけ合い、大地を血で汚すことなく人を殺せる。仮想に潜り込める者たちの主戦場はすでに現実世界から仮想空間にほとんど移っていると言えるだろう。

 理由は先のものに加え、銃やら弾やら兵器を用意するコストがあまりかからないこと。シェルを使用して戦争をするほうが、処理能力を借り受けた分だけ料金を払えば後はどれだけ撃とうが関係ないからだ。

 しかもオンライン状態のものであれば、なんであれ仮想空間から制圧、奪取できてしまう。いちいち現実で危険な警戒線を掻い潜って、銃撃戦をして無駄に時間と労力と命をかける必要がない。

 ここにいる馬鹿たちのように。


「だ か らぁっ!! なんで俺までこんなところで寝起き状態でしかも白き乙女のサーバー目指して突っ走ってんだよ!!」

「知るかよ……俺も起きたらいきなり呼ばれてアカモートで戦ってきたんだから」


 白き乙女、如月寮107号室の引き籠もりと108号室の学生が仮想世界の大地で全力疾走していた。

 その後ろに続くのは衛星兵器の照準器を持った死神である。


「で、つまるところリアルからダイブしてログアウトできなくなったのがアキトで、俺たちは最初からネットでログアウトできないと」


 言いながらクロードは、照準器を背後に向けて追跡してくる鋼鉄の兵器群を薙ぎ払う。単なる小型無人機、それも施設周辺の監視やパブリックエリアのウイルスを破壊するための最弱の機種。だが、それでも生身の人間、仮想世界では電子体や精神体、ほかにも様々な呼び方はあるが、とにかく素の状態で攻撃を受ければ抹消イレイズされるのは間違いがない。

 シェルに変化している状態ならば、破壊されたところで高確率の死亡か意識を失うか、運が良ければ強制除装される程度だが。 


「ああくそ、エージェントも使えないのかよ」

「影秋、多分俺たちのID依存機能は全部使えないぞ」

「……じゃあアキト、お前ログインできたんだからIDあるよな?」

「ヴァルゴに再発行してもらったけど、まだ他の登録終わってねえから使えない」

「……くそ」


 悪態をついて走り始めると、またリズミカルな歩行音が響いてくる。

 後ろを見れば二足型、多足型、小型機から中型機までの無人型が何十も迫り、仮想の青い空を見上げれば、転移前兆のグリッドに埋め尽くされていた。


「「「俺たち潰すためにやりすぎだろ!!」」」


 空を埋め尽くすほどの機体が出現し、同時に星が煌めいた。……それはミサイルの雨だ。


「正直、勘弁してくれ……」


 一時期賞金首に指定されていたほどの実力者、狼谷影秋は弱気になり、


「いくらなんでも無理があると思うんだ……」


 特別枠の賞金首に指定されている霧崎アキトは諦めかけ、


「なんで俺たちがこんなに襲われんだよ!!」


 現行、賞金首指定のクロード・クライスは、照準器で前方の一点に攻撃を指示した。

 それは構造体の繋ぎ目。

 降り注いだレーザー砲撃が強固な構造体を溶かし蒸発させ、穴を穿つ。


「飛び込めぇ!」


 三人揃って穴に飛び込み、一気に前に飛んで伏せる。その数秒後、誘導弾の雨が仮想の大地を跡形もなく吹き飛ばした。


「ヒュゥ……」

「で、これからどうするんだクロード。本職の軍人ならなんとかできるんだろ」

「一応言っておくが俺は軍属だが、この”時間”ならまだ半分学生だからな?」


 衝撃で使えなくなった照準器を投げ捨てる。


「俺だって同じだ。アキトだって」

「……引き籠もりでーす」

「「…………そういやそうだったな」」


 まあ…………………………引き籠もりではあるが、引き籠もりだが、一応学生だ。一応。

 賞金首に指定されている学生がどこにいる? と、言いただろうがここにいる馬鹿どもは一応学生だ。


「はぁ……で、どうする?」

「嫌だぞ、死んで分解されてリソースに還元されるようなことは」


 仮想の追加法則、すべての物質、すなわち再現の処理はリソースで行われる。

 現実で生物が死んだなら、微生物に分解されて自然の流れに帰っていくだろう。仮想の場合は腐敗や自然分解のプロセスで徐々に徐々に段階的にリソースに還元されていく。そしてまた別の処理へと再構築されていくのだ。


「ま、上から入ってこられないようだからのんびり歩くとしよう。ムーブとかジャンププロセスを使えなくても中継地点でアドレスを打ち込めばリンクの届く範囲で移動はできるわけだしさ」


 非常灯で薄暗く照らされた通路を進む。

 通行量トラフィックが少ないエリアだからか、構造体自体の明かりは完全に落ちている。そうなるとセキュリティスキャンも行われている頻度は低い。だとしたら、悪質な攻撃プログラム(ヴァイラス)が潜んでいてもおかしくはない。


「しかしまあ、よりによって変な巡り合わせだな」


 狼谷が警戒しながら呟くと、もうさっさと帰りたいといった雰囲気の霧崎が、


「敵同士、記憶喪失経験者、戦争経験者、レイアに追加処理を受けた、メティサーナの悪戯を受けた、エトセトラエトセトラ……」


 そんなことを言う。


「敵同士つっても、もうその原因はいない。スコールのせいとは言え、それぞれ大事な仲間を失ったんだ……。これ以上俺たちでいがみ合っても仕方ないだろ」

「だな」

「だけど!!」

「ああ、お前は随分と多くの仲間を殺されたもんな」


 若干笑いながら言ったクロードに霧崎が掴みかかった。


「何がおかしい!」

「いやなに、人ってキレると案外思考がダメになるなって」

「あんだと土壇場で裏切りやがった野郎が!」

「よせお前ら、喧嘩するならまずはここを出てからにしろ」

「……けっ」


 霧崎が一人さきに走って行ってしまう。


「……なあ、俺らのなかで一番年上って誰だっけ?」

「クロード、お前ついにボケてきたか? お前だろ」

「いや、そういう今までの時間を足したんじゃなくて、この”時点”で」

「アキトだな。学園の先輩に当たるし」

「だよな……俺も何回か死にかけた覚えがある。一番年上があれでいいのか?」

「いいんじゃないのか? 俺たちの中じゃ、あいつは一番まともだろ。引き籠もりだけど」

「確かに。俺は傭兵、お前も傭兵、あいつは……いきなり戦場に放り込まれて戦っては記憶を消去、か」

「ほら戻ってきた」


 狼谷とクロードが進路を反転して走り出す。


「やっぱり一人は寂しいらしい」

「まあ、だからといって付き合ってやる義理はねえがな」


 ガッチャンガッチャン響き渡る機体の歩行音。恐らくは小型ウイルスだろう。無反動砲などの携行兵器があれば破壊できる程度の。


「…………」

「一人は怖いらしいな、おい」

「武器もなしにどーやってあんなのに勝てと!?」

「はは、だろうなぁ」


 何度も曲がってなるべく細い通路を進んでいく。

 針のように細い四本足の上に丸い球体が乗り、そこからアンテナが一本。球体はそれ自体が高感度カメラだ。数キロ離れたところで、ライセンスプレートをはっきりと捕捉できるほどの精度はある。


「あれ巡回型の監視ソフトだろ」

「確かeyeシリーズだったか? 安いから数をそろえれば侵入者の排除もできるとか」

「……あれって確かレーザーライフル搭載型じゃなかったか?」


 その一言で一気に無言になり、足を進める速さが上がった。

 直線で捉えられたら死ぬ。


 ---


「でだ諸君、俺はこの状況から生きて帰れる気がしないんだけど」

「「…………」」


 地下通路を伝って中継エリアから桜都の管轄下に逃げ込んだ。そこまではいい。

 だが桜都は戦力を持っていない代わりに、その防衛識別圏はとても広く、しかも抜け穴がないほどに分厚い。そしてここにいるのは悪質な攻撃用NPCとして認識されている馬鹿三人だ。


「このままあの世への片道切符切られるなんて嫌だぞ」


 背後から迫るのは対シェル用の重装甲型無人機だ。幸いなことに、役所の厄介な構造のおかげか更新されていない。とても古い型、とまではいかないが、数世代前のものだ。

 頭のない亀のような四足歩行型で、脚の付け根に雷撃を放つための槍のようなものが複数、甲羅に当たる部分は開閉式で砲が格納されている。

 ただ、対人センサーが積まれていなかったようで、いまのところ攻撃は掠る程度で直撃はしていない。


「だぁーっもう! シフトプロセス使えたらあんなポンコツ殴り潰せるのに!」

「お前の機体は小型機だよな?」

「だからなんだよ! 伊達に賞金首指定されるような兵装を積んでるわけじゃないぞ」

「おい、言い争いは後にして前見ろ前」


 クロードに注意を促されて、もうすぐ桜都の管轄と白き乙女の管轄との境界ボーダーに差し掛かるところで、


「「げっ、RCシリーズ……」」


 非常に見覚えのある戦ってはいけない機体がずらりと並んで、戦闘出力で待機していた。

 RC。

 レディオコントロール、リモートコントロール、もちろんリインフォースドコンクリートという訳でもない。

 リリースキャンディデート。ソフトウェアの正式リリース直前のバージョンのことだ。

 なぜリリースされてもいないのにシリーズで呼ばれているのか。それは性能試験としてあちこちに(主にフェンリルの仮想化部隊に)出回って使用されているからだ。中でも最も危険な機種はRC-fenrir。人型で軽装甲高機動な上に、戦闘中であっても組み込まれた武装システムの換装を、本来専用のハンガーで数週間かけるものを一瞬で終わらせてしまう。

 つまり、戦場に配置した後で長距離砲撃、電子支援、近接格闘と次々に役割を変えられるマルチロール機だ。しかもAIの観測を逆手にとって、戦うたびに経験を積んでいると認識させて、状況に合わせた自己進化をする悪魔的な機体。

 さらには戦闘出力を再生処理に回して、その場で機体の修復までしてしまう。修復機能自体は、人の身体を組み替えている以上は”自然治癒”という法則が適用されるためほとんどの機体に備わっている。だがそれはあくまで自然治癒、時間がかかるのだ。


「あれ……ヴェセルじゃなくてシェルだよな?」

「つか、あの機体を使ってるってことはフェンリルの部隊なんじゃ……」

「俺たち余裕で死ねるぞ?」


 三人揃って立ち止まる。前には越えられない壁、後ろには迫ってくる無人機の大群。黙っていても踏みつぶされて電脳死フラットラインだ。


「……てかおい、フェンリルなら白き乙女の関係だから」


 霧崎が思い出したように言うが、


「俺はあいつらと命がけの戦争をしたことがあるからな」

「俺もちょいと問題起こしたから、どうせ気にせず攻撃してくるだろう」


 二人はそう返した。

 霧崎自身も過去、フェンリルの部隊と交戦しているため、ちょっとどころではなくどうしようもない。


「あ、あはは……詰んだ?」

「だろう。もうさすがに都合良く衛星兵器の照準器が転がってきたりもしないだろうし」


 前と後ろを見て絶望する三人。

 フェンリルは金のためなら容赦なく、一度一緒に戦場を駆けた者であっても襲う。だとすればいま彼らがここにいる理由は、正体不明の無人機が近づいてきたから警戒のためだろう。

 金になるのならば仕事外のこともやるが、そうでないならば平気で蹴り飛ばすなり駆動輪で弾き飛ばすなりする。


「い、一応通信入れてみようぜ?」

「誰が入れるよ」

「クロード、お前やれよ。こういうのって慣れてるだろ?」

「嫌だ、むしろ所属的な問題でいけばアキトが一番適してるよな」

「はぁ? この万年引き籠もりと呼ばれたコミュ障気味の俺に言うか? むしろ狼谷だろ、お前の親父あそこの所属だろ」

「白き乙女からの派遣だよ! そもそもこの”時点”じゃ関係は抜群に悪いから取り合ってもくれないだろうさ」

「ああもういい、俺がやる」


 クロードが通信を入れ、即座に返答……というか定型文が返ってきた。


『自動哨戒機につき返答はできません』


 つまり前も後ろも話の通じない無人機だ。

 大抵はAIによって自立稼働状態で再現されている兵器、そしてそれらはウイルスなどを自動認識して破壊イレイズする。


「……俺らって悪質な攻撃プログラムとして認識されてる訳じゃん」

「「そうだな…………」」


 本格的に三人の顔に汗が流れ始めた。


 いくら闘技場でトッププレイヤーになるほど実力者とはいえ、

 いくら別枠賞金首に認定されてしまうほどのエースとはいえ、

 いくら十代にして准士官の階級に上り詰めた少年兵とはいえ、


 生身で兵器を相手に戦って勝てる理由などどこにもないし、万が一にも動作不良で武装が壊れてくれても余裕で轢き殺されるのが落ちということだ。


「俺、まだこんなところで死にたくないんだけど」

「同じく、親父に一発拳をぶつけたいし」

「俺もだ、うちの隊長に文句を言って転科願いを受理してもらいたからな」


 そして、ジェット機のエンジン音にも似た、戦闘出力が本気で稼働し始めた音を聞いた彼らは、久しぶりに心の底から叫んだ。


「「「誰でもいいから助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」



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