第四十五話 - その日・時の檻
「これはあなたへの仕返し、零次君を助けてくれなかったあなたへの報い」
「その声、漣なのか?」
灰色の世界に落ちていくレイズを、黄金色に輝く円環が囲う。これは時を操る魔法が引き起こす厄介なモノだ。対象を檻に包み込み、すべての事象から乖離させ檻の外の時間が一定以上過ぎるまで解除されないのだ。
これは時の極化型魔法。万能型という中途半端なレイズではどうにも出来ない最高クラスの魔法だ。
「あなたは幼い頃にあの荒野であの人たちと出会った。だからあの人たちが生きて、あなたと一緒にいた。だったら、あなたが居なかったらどうなると思う?」
「漣、お前っ!」
「大切な人を奪われる痛みを知って。私たちを利用してそのままさようならなんて言うなら、私も黙ってない。あと少しで消えちゃうけど、これが精一杯の仕返しだよ」
その言葉を最後に気配は薄れ、時の檻だけが残った。いったい何年に設定されたのか分からないが、これでもう同じような時を歩むことが出来なくなる。
---
どれほど囚われていたことだろうか。
荒野の戦場を走り抜け、素早く死体から使える物を掻き集める黒衣の少年を見つけた。自分の背ほどもある大振りの剣を背中に背負い、さらに大人たちが身につける大きな鎧などの防具を抱えて戦場を駆ける。
そう、ここでムツキと呼んでいたあの男と出会った。ばったり出くわして、言葉も交わさずに一緒に使えそうな物を掻き集めて、同じような仲間を集めてここから始めたのだ。
だが今は、レイズは何も出来ない。
あのときはレイズが居て、怪我をしたから激戦区の流れから外れた場所に一時的に退避した。しかし今は……あの黒衣の少年は目先の物に集中してどんどん戦場の奥へと踏み行ってしまう。
やがて馬の嘶きと土煙と、人の罵声と魔法による砲撃に景色が飲まれていく。
---
あれから数週間。
レイズは別の場所を眺めていた。初めて淫魔の群れに、特にサキュバスに襲われた場所、そしてその先にいる天使の集団。
あの日は、そう。
下手してサキュバスに目を付けられて、逃げた先に偶然天使の集団が居て悪魔と天使という分かりやすい構図の戦闘に巻き込まれた。そこで唯一生き残った天使、キサラギと呼んでいた女天使と出会った。
一緒に命からがら逃げて、生き延びた。
だけど、今は何も出来ない。
ただ見ていることしか出来ず、圧倒的な数の差に天使たちが倒れていく。魔法魔術と神術の撃ち合いに状況が見えなくなって、何もかもが跡形もなく破壊されていく。
---
それから数ヶ月。
レイズは未だ檻の中、今にも雨の降り出しそうな曇天の下、目で召還兵を追いかけていた。
この日、森で獲物を狩ろうとして召還兵を見つけ、追いかけてあの少女を見つけた。
あの少女は自分が居たから助かった、あの少女を助けたから、そこから後で出会う者との接点になった。
ただ、今は……。
あの死にかけの名前を知らないあの子は……。
ずぅっと目で追っていくと、やがてぽつりぽつりと雨が降り始めた。
次第に強くなる雨の中、森の中に瘴気があふれ出る黒い場所を見つけた。
全身を黒と青の布で覆い、両腕に真っ黒な鉄爪を装備した不気味な一団、召還兵が集う場所。
その中心では今まさに死にかけて、闇に飲まれようとしている少女が倒れている。
何かを思う間もなく、少女は息絶えて魂が抜け、すぐさま召還兵に呑み込まれ、黒く染まって溶けて消えた。
---
あれから幾星霜。
赤い髪にそばかすの目立つ女が、学校の屋上から身を投げるのを見た。
猫の獣人が人間のハンターに捕らえられ、弄ばれ衰弱していくのを見た。
緑色の髪をした狙撃の特異な女が撃ち抜かれるのを見た。
気に入った人の姿を真似、執拗なストーキングをする女が捕まって路地裏に消えていくのを見た。
自爆特攻を強要されて粉々に――
盗みを働いて砂漠の牢獄で干からびる――
……………………。
…………。
……。
何人も見た。
最期の瞬間まで見届けはしなかったが。
もう、そこまで見てしまうとまた会える、会いたいという思いを保てなくなりそうだったから。
---
そして、レイズが解放されるのは数十年後のことで――
- あとがき -
これにて第二部・主人公ってなんだろう? は、終わりです。
いやはや、主人公の出番なかったですねぇ……意図的に削りまくったんですけどね。
第三部からは一部二部を読まなくても言い程度には書き始めていきます。
そいでは
執筆期間にして約15ヶ月ほど、文字数は約38万文字。
今までの御愛読、本当にありがとうございました。
第三部の開始は少し先になります。
なんせ「遥か異界で」と「対勇者戦線」のほうが読者数が多いのでそっちに力入れようと思っているから。
では、面白いと思ってくれた方はそのままで、
駄作じゃねぇか! なんて思った人は、どうぞ心の内に秘めた爆弾を置いて行ってください。




