第四十四話 - やり直しの効かない始まり
似たような世界、パラレルワールドはあれど。
もう幾千もの時間に同じことが起こるループは存在しない。
たった一つの事象で織り成す新たな最後の時空。
もう繰り返せない、あの失敗を取り戻すことも、誰かを救えなくても、大事な仲間を失っても決してやり直せない。
今までは次があるからと、どこかに逃げ道があった。
しかしそれがない。
これから先、何かのために全力をだして生きていくその思いは、きっと何にも負けることのない力になるのだろう。
……ただまあ、同じような思いがぶつかれば砕け散るが。
「クソ兄貴……!」
「どうしたレイズ、だらしないな」
今し方殴り飛ばされた少年は、鼻血を拭いながら立ち上がり、またも今度は魔法で吹き飛ばされる。
「なあ、レイズ。いまここには俺とお前だけだ」
壁に背を預けたまま、レイズはペッと血を吐いた。
「なあ、レイズ。どこまで覚えている? それとも俺だけなのか、この気の遠くなるほどの記憶を持っているのは」
「ぐっ――が、ぁぁっ」
「なぁ、お前はこの最後の"偽物の世界"でなにをする?」
レイズの兄、ロイファーは腕を伸ばし空気をロープ代わりに首を締め付けていた。
首を掻き毟るように抵抗する少年、レイズは白い肌が赤色に変わり苦しみから逃れようと無駄な抵抗を繰り返す。魔法で抵抗すれば勝てるというのに、突発的なことにはやはり対応できないらしい。
「お前は、今まで通りに繰り返すのか? もうあいつらがいない、同じような流れは引き起こせない」
「あっおごぇっ」
「俺はシエルとシエラを連れてここから逃げる。明らかにバカだよな……でもな、どんなに無茶でも根元から流れを変えてしまえば、どんなに強い力だって少しは逸らすことができるんだ。そう、あいつに教えてもらったからな。だから、お前はどうする? 俺は俺の最期を目指す、どうせこの世界は長くないんだから」
ふっと魔法が消え、解放されたレイズは咳き込んで、そして食い掛かった。
「殺す気かっ!」
「死なないだろうが、お前は」
「ありゃメティの呪いがあったからだクソボケェ!」
「……あぁ、そうだったな」
ぽんっと手をたたいて、思い出したように言う。その軽い仕草に更にカッとなったレイズが拳を繰り出すが。
「あだだだだっ!」
何度も、何人にも、いろんな場所でくらった腕を捻って膝裏を蹴られて制圧されるという……。
「いい加減になぁ……お前、学習しないな」
「このクソ兄貴! いったい何がしてえんだ!」
「なにってそりゃあ」
急に拘束を緩めたかと思えば、レイズの前に座り込む。
「な、なんだよ」
どこか寂しそうな顔でレイズを見て、口を開く。
「今の俺たちは、体は正真正銘子供、心は中途半端。覚えてるか、お前が捨てられた日のこと」
「…………、そりゃ覚えてるけど」
「多分だけどな、そこまではどうしようもない。でもそこからは俺たちでどうにかできる」
「……で?」
「で、ってなぁ。今回でこの世界は消滅する、俺たちも例外なく道連れだ……。それでな、一つお前は知っておく必要がある」
「何を」
「親父とかの上の連中、知ってるぞ。お前が外の存在だってこと」
「それが何か問題でも……あるか」
「そっ、大ありだ」
ロイファーはぐっとレイズを抱き寄せると、早口で言った。
「本来な、その体は死産だったんだ。でもそれは空っぽの器でもあったんだ、ちょうどそこにお前が滑り込んで生まれた。当然そんなことになれば魔力に長けるレイシス家はすぐに気付く。そしてお前の軌跡を辿って別の世界という可能性にも」
「なら」
「今までと変わりのない鬼ごっこさ。守り切れ、お前の大事な友だった者たちを」
それは暗に、レイシス家はどんな非情な手段でも行使すると言っている。
今度は違う。レイシス家に対する切り札であるあいつがいない。
これからはもう、自分だけの力で守り切らなくてはいつまでも後悔し続ける結末しか待っていない。
「もう一度出会って、零から最高の終わりを描き出して見せろ。……さようなら、中身がどんなもんでもお前は俺の弟だ!」
いきなり突き放されたかと思えば、レイズは雲の上にいた。
「はっ?」
燦然と輝く日の光が目に突き刺さり、白い肌をチリチリと焼く。
「どうしようもない、でも相応の犠牲があれば変えることはできるんだよ」
蒼い空から紅い雫が降る。
何が起こったのかは言うまでもない。
レイズは振り返らずに真下の白い海に飛び込んでいった。そう簡単に死ぬわけがない、未来の計画まで立ててこんなことをするのなら死んでいいわけがない。
「まずは……あの荒野だな」
ゴロゴロと低い重い音が体の芯まで響く。雲を突き抜けたなら、そこは灰色の世界。地上では幾多もの国が乱立し領土を求め争う戦乱の時代。
あの荒野から、あの戦場から全てが始まった。




