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第四十三話 - 境界線の向こう側

「お別れだな」


 ふと気付けば目の前で無表情な青年が、スコールがそんなことを言っていた。

 右、左と顔を向ければ数多の知った顔がある。ことあるごとに激突した仲間たち、幾度となく殺し合った敵対陣営の者たち。前を向けば、そこにも同じように。


「俺たちは俺たちの世界で生きていく。だからお前たちはお前たちの世界で生きろ。もう二度と交わることのない境界線が世界を分かつんだ……もう、二度と干渉してくるな」


 そう、クロードは言い残す。嫌がるリリィを引きずって時空の歪みに躊躇いなく消える。


「だ、そうだ。もう声が届くのはここだけだ、言うことがあれば言えばいい」


 周りを見れば大声を上げ、叫ぶように声を届けようとしながらまったく届いていない光景が見て取れる。


「じゃあ僕から一言。アキト! 中継界イーサにあるものは勝手に使わないように、それと中継界イーサの奥にある転送陣ゲートは絶対に起動しないようにね」

「なんで俺にだけ?」

「いやだってさ……なんていうか、運が悪いじゃん、君。うっかりでやっちゃいそうじゃん、いくら言ってもやっちゃいそうじゃん」


 弟子と師匠の会話の反対側では、一人に対して集中砲火が行われていた。


「おいおいスコール、てめぇこっち側じゃないのかよ」

「一緒に帰ろうぜ? ダチじゃねえか。仙崎もいるんだし」

「スコールさん、一緒にあの世界に帰りましょうよ」

「ユキちゃん泣かせたらぶん殴るからね。そゆ訳で、きなさい☆」

「殴ったらどんなことされるか分かってないよこのバカ女」

「だねー。ホノカ」

「ミコトもホノカもそんなことゆってるとナギサに揉まれるよ」

「「ひぃっ……って、今はスコールだ!」」


 その声に続くように魔狼フェンリルの手が伸びる。

 しかし、


「相容れないんだよ、お前らとは」


 突き放す言の葉に併せて不可視の壁が手を阻む。


「人間はもとの世界に帰れ。それ以外はやがてこの世界で消え去るだけだ」


 ドッ、と。胸を押さえつける衝撃を感じたときには二人だけだった。


「レイズ、帰る場所がないだろ」

「…………。」

「ほとんど思い出したんだろ? あの世界が嫌でこっちに逃げて来た、帰りたくないし帰る場所もない」

「……あぁ、そうだ」

「あいつらは帰るべき体も、在るべき場所もある。でもお前には何もない。どうする?」

「どうするって……。もう思い出せないんだよ、俺の本当の姿も、名前も。長くこっちに居すぎたから」


 妙な揺らぎに包まれたかと思えば、レイズの姿が次々と移り変わる。

 人の形をした天使や悪魔、亜人であったり、魔物やその他異形と呼ばれるものであったり。そしてメティサーナの呪いでよく変えられていた少女の姿にも。


「白い悪魔、最強の魔法士、救世主、不死身の化け物、それがレイズ・メサイア。この世界のお前、お前にとっての唯一の本物だろ」

「だけど……」

「言えないなら言うな。お前はどのみち帰れないさ、辿るべきリンクを失ってしまっている。無理に帰ろうとすれば無に放り出されて消滅するだけだ」

「……スコール、お前は」

「はっ? レイズが帰れば後はメティを殺して完全にさようなら、帰らないなら力尽くで殺してさようならだ」


 レイズは眉間に皺を寄せて一言。


「なおさら帰れるかっ!」


 そのまま殴りかかってパシッと受け止められる。


「ふっ、結局こっち側と強くつながりすぎて帰れないんだよお前は」


 拳を押し返して、スコールは聞こえない声で静かに言う。


「優しすぎるんだよ、虐待から逃げてから、どれだけ憎くても切り捨てられなくなりやがって。うじうじ引きずるのが悪いとは言わんが、そろそろ一人で立ち直れるようにはなれよ」


 言い終えると、レイズが伸ばしてくる手をスコールは掴もうとしなかった。


「さよならだ」

「スコール?」

「場を掻き乱すだけの厄介な突風スコールもこれで吹き止む。後はお前がもう一度始めるこの偽物の世界が――」


 レイズが飛び出して、スコールを掴もうとするもその手はすり抜ける。触れることが出来ない。

 溢れ出す光は召還の燐光。役目を終えた存在が消滅し、無に還る合図。


「時渡りの魔法、それと他のも全部返す。邪魔はしてやる、セカンドライフを優雅に過ごせ」

「おいこら! 召喚したのは俺だぞ! 何勝手に」

召喚核グリモアは破壊した。お前の日記帳だな……お前を、お前の過去と本当のお前を証明する唯一のモノを抹消した」

「…………あの、さ? それ俺が帰るための最後の手段潰したってことかこの野郎っっ!!」

「どのみち帰れやしないさ」


 一瞬強く光ったかと思えば、ふわっと光が拡散してスコールという存在が解放されていく。


「お、おぉい……スコール?」


 急に胸を締め付ける苦しさが襲う。すっぽりと記憶に穴が開いたように、想い出が消えていく。


「おい!」


 拘束魔法をイメージし、捕らえようと腕を伸ばせば閃光に視界を焼かれる。


「なっ……んだよ」

「僕だよ、仙崎霧夜。また忘れちゃったの? ていうか何さ、いきなり拘束系魔法撃つんなら僕も目つぶしくらいするからね」

「……おまっ、いったいどれだけ強い光を」

「軽く障害が残るレベル。とくにアルビノの君には魔法障壁がなければ視力を完全に失うくらい、かな」

「ふざけんなよ……」


 視界が白黒に彩られ、バランス感覚を失いその場に倒れる。目を閉じても光が痛みを届ける。


「ふざけんなって言うか、僕からすれば君こそふざけんなって感じだよ」

「ネーベルお前」

「いつまで夢に囚われてるのさ。いいかい、ミナは容赦しない。まずは合流しよう、できれば始まりの荒野ですぐにでも。多分ね、君と僕しかいないから早めに――」




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