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第四十話 - 日常への入口は遥か遠く/4

「フェンリアッ!」


 別口の侵入者はそう叫ぶ。

 途端に白い刃の嵐が消え去り、後に残るのは瓦礫の影で震える三人と血の臭い。


「た、ただいまー……あ、あはははぁ……な、殴るのだけは勘弁だかんね!」


 と、振り上げた拳をグーからパーにしてフルスイング。パァンッといい音が響き渡る。


「痛っ!」


 無言で手をひっくり返しての往復ビンタ。ただし二発目以降はべちべちべちべち軽いものを連発し、同時に不満のすべてをぐちぐちぐちぐち口から吐き出して攻める。


「にゃぁぁぁ被害者は私のほうなんだよぉ~」

「知るか阿呆。また百以上にバラバラにして召喚材料にでもしてやろうか、あぁ?」

「や、嫌だかんね! もう嫌だかんねあれ!」

「ったく。感情が戻った途端に騒がしいなぁお前は。それと"これ"は没収だ、現実世界をぶち壊す気か」

「うひゃぅっ」


 侵入者が少女の、フェンリアの胸を鷲づかみにするとそこから白い光が抜き取られ、同時にあたりに満ちていた魔力が吸い寄せられて結晶化する。


「もうっ、エッチ」

「黙れ人工生命体ホムンクルス。お前に手出しするのはその必要があるときだけだ」

「むぅぅ」

「ま、とりあえずお前は後でお仕置きと事情聴取をするとして、だ。仙崎霧夜、栗原冬理……。それと来栖は動くな喋るな、消すぞ」


 名前を呼ばれてギクリとした仙崎がゆっくりのっそり顔を出すと、


「あだっ!? 酷いっ!」


 顔面に、それも鼻っ面に魔力結晶を投げつけられた。

 そしてお互いの顔を見て、


「変わらんなぁ、お前は」

「……どうしてイリーガル、君がここにいるんだい」


 警戒をまったくしないイリーガルと警戒心を露わにする仙崎。

 イリーガルは答えながら瓦礫の方へと回り込む。


「その答えはミラが殺されスコールも殺され残りも殺され追い詰められ……まあ、あれだ。往生際が悪すぎたな、転移できないが無理矢理やろうとしたらいいタイミングで観測者オブサーバーの処理とかぶってこっちに弾き出された」

「……具体的にあっちの状況は? それと君ら敵?」

「敵と認識するなら魔力は渡してない。向こうは……時間の流れが違うから分からない。ここでの一秒があっちでの一年から二百年くらいのはずだ……よく知らんが」

「ふぅん。それともう一つ、君はいったい何者なのさ? 確かに存在しているのに全然正体をつかめないなんておかしいよ」


 応じるようにトーリが頷く。


「偶然の産物、と言ったところだろう。これもよく知らん訳だが」


 聞きたいことはたくさんある、だが返ってくる答えが曖昧なものばかりだろうと思い口を閉ざす。第一にこれまでの出来事に関わっておきながらその記録がぼやけたものしかなく、それを記憶している者が味方側にいない。

 信用するための材料がない。


「俺からも一ついいか?」

「今だけなら答えられる範囲で答えよう」


 言質が取れたことでトーリが口を開く。


「お前とスコールの関係を教えろ」

「この体の本来の所有者、皆川零次の意識がスコールだ。親しい連中はミナと呼んでいたな……まあ、表裏一体の身代わりという感じか」

「なるほどな、これでピースは揃って組み立て終わった」


 トーリは端末に忙しく入力を始める。

 それと対照的に固まって動かないのは仙崎だ。最初期に消えてしまった……消されてしまった記憶の穴が埋まって、今までつながらなかったラインが接続された。


「じゃあ……ミナは、ずっと幽霊だったってこと?」

「ほぅ。全部すっ飛ばしてその結論にぶち当たるか」

「それにさっき、その子がフェンリアって呼ばれてたけどその子の姿はミナのもう一つの姿のはずなんだ。だから」

「認めろよ。これが今ここに在る真実だ。別世界への強制召喚では大抵の場合、どっかが欠落する。例えば記憶や手足や身につけていた物、内蔵やらなんやらがパーツ別じゃなくて部分的にえぐり取られたようにな。ただそれが、皆川零次の場合は己の魂、存在自体だった訳だよ。んでまあ、偶然滑り込みで完璧な身体に入り込んでしばらく演じていたが、お前ら気付かないからな」

「お前……!」

「やめろ仙崎、やっても仕方が無い」


 手の中に火炎弾を創り出していた仙崎を押しのけてトーリが前に出る。こんなところで撃ち合いをされてしまうと熱と酸欠で十分に死ねる。仙崎の本気はシャレにならない規模だということをよく知っている。


「最初の召喚時点ですでに中身は入れ替わっていた。その後、騎士団を屠った後にでも召喚して入れ替わったな? 知っているのはレイとレイア、それからメティだけ。正解だろ」

「さすが解析班のトップ、残念ながら外れ。入れ替わったのは召喚中だ。空っぽの器だけが呼び出され、定着処理が終わる前に滑り込んで、更に重ね掛けされた召喚で一つの器に二つの存在が入った」

「二重人格状態だったと?」

「そうだ」

「だけどそれだとさっきお前が言ったことと矛盾するぞ。今までのことからすれば、その時表側に出ていた人格はスコールだと言うことになる。なのにお前は演じていたと言った。どういうことだ?」

「…………。あの頃、時たま姿を眩ませていただろう。その時に入れ替わっていた。お前たちの前にいるときはいつもスコール、一人の時はイリーガル。一人の時に身体を創っていたのさ」

「身体、ねえ。じゃあその身体はなんだ? 仮想からの持ち出しはできないはず、それに俺たちが今まで見ていたスコールの姿でもイリーガルの姿でもない。加えて仙崎の結論である幽霊、これはずっと仮想での精霊体だったということ。お前は体を創ったと言った、それはどっちの体だ?」

「相変わらずしつこいなトーリ。そろそろやめにしないか」

「言えよ。最初の転移の時点で仙崎や城代の記憶を改竄したって。最初からスコール、皆川零次なんてやつはどこにも存在していないって。仙崎がお前の姿を見て一発でイリーガルだと言った理由の原因は?」


 イリーガルの顔がだんだんと苦い物に変わる。こういう戦いはスコールの担当だ。


「改竄はしていない、壊して消した。だがそれは皆川零次という名前だけだ。それとこの姿を見て一発で当てた理由は単純に擬装系魔法への耐性が高いからだ」


 バキッと何かが割れる音がして、姿が変わる。それは確かにイリーガルの姿だ。おはようからお休みまでどこででも通用しそうなジャージとパーカー。


「ふんっ。お前を疑う材料が増えたよ。イリーガルもスコールも術札無しに魔法を使えない」


 しまった、そういう気持ちの伝わる舌打ちが響く。


「言ったよな、お前。すべてを疑え、見えるものを信じるなって」

「それが?」

「だったらすべてを疑う。疑って疑って、相反する場所から条件を再生成してロジックを組み直す。仮想の出来事はすべてが(true)であり(false)だ。確かに起こったことも複数の状態が重なり合って不安定なまま進んでいく、ならばすべてが誰かに都合のいいように組み直されてもおかしくはない」

「それが? 人は自分という物語の中で都合のいいように認識をして生きていくものだ。同じ事象を見ても認識が違えば複数の事象が重なるだろうさ」

「そうだろうな。そこについては同意見だ、でだ。お前自身が偶然の産物と言ったな。ならばお前はなんだ?」

「何が言いたい?」

「仮想で生まれ現実に這い出るそれはすでに証明済み。ならば仮想の非現実と現実の理論を組み合わせて考えても問題は無い。俺が考えるのはこうだ。

 イリーガルもスコールも、本当は存在しない。みんなの認識が重なってただそこにいるように見えてしまっているだけで、単なる錯覚に過ぎない」

「では、なぜトーリは目の前の存在を"いない"と判断しているのに認識している? ミーム汚染なんて話を出してくるのならこれで終わりにしよう」

「……そう来るか。まあいい、単純に言えば俺個人としての意見は――それが実在するというミームを受け入れた者だけがそれを認識できる――ってことだよ。だとすれば魔法やらを交えても説明不能な神出鬼没さや、他者から認識されづらく認識されてもすぐに忘れられることの説明も少しはできる」

「…………。」

「なあイリーガル、お前は」

「もういい、疲れた。騙すために否定も肯定もなしで勝手に解釈させるのも疲れた、そんなに知りたいならついてこい、本当の現実ってやつを見せてやる」


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