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第四十話 - 日常への入口は遥か遠く/2

『こちら、シミュラクラムだ。クロード・クライス、これは命令だ。拒否した場合はお前の大切な者たちを殺しつくすからそのつもりで聞け。

 内容は簡単、オラクル、バルドル、アスフォデル。以上三つのシステムを破壊してほしい。この依頼はお前もよく分かっているだろうが、すべてを敵に回すことになる。拒否した場合のことも考えた上で決定しろ。

 やってくれるならば添付したセキュリティコードを使え、援軍としてフランシス、シルファ、ゴースト、アトリをつける用意もある。こちらのウェポンターミナルへのアクセス権限も付与する、中に置いてあるものは好きに使え。

 以上だ。こちらの主戦力がロストした以上、ある程度信用できる者にこちらの情報を、敵に奪われる前に抹消してほしい……負けるのは時間の問題だ。頼むぞ……悪いが』


 クロード・クライス。御年……いや、中身はすでにいい年か。今の見た目は十六か十七といったところだが。

 Esの海にぷかーっと浮かびながらメッセージを聞き終えて、さあどうするかと悩んでいた。

 恐らく例によって例の如くで捉えるのならばいつも通り別の何かをさせるためのブラフ。割と本気で捉えるのならば引き受ければシステムを破壊しなければならない。システムの場所は各通信の要所の最深部にある転送ゲート、もしくはアカモートの最深部にある転送ゲートから繋がっているため必然的にテロリストになる必要がある。また拒否した場合、クロードの大切な人たちは所属がバラバラであるため各勢力に味方しつつ敵対するという結局すべてを敵に回すことに陥る。

 オラクルシステム、オラクルマシン。

 バルドルシステム、バルドルマシン。

 アスフォデルシステム、アスフォデルマシン。

 いずれもが仮想の深層部にあり、莫大な処理能力を保有し現実での設置場所は一切が不明という代物。実のところ一台はアカモート内部の封鎖区画に設置されているというのをクロードは知っている。

 かつてアカモートが墜ちたifの世界でアカモートの封鎖区画……スコールが勝手に増設したエリアに踏み込んだことがあるからだ。

 神託を授かる者。

 灰燼の中より蘇る者。

 天に咲く不死の花。

 このうちスコールが完全に掌握していたものは一つ。


「あいつ、花の名前つけるのがクセだったな……」


 不凋花、空想上の永遠に枯れない花、天の国に咲く花、冥府の奥底に咲く花、灰燼の中から芽吹く花。聞く限りはとても強いようだが、いずれも『死』に関する花だ。

 バルドルも大戦後の灰の中から蘇る者の一つであるがなにかといえば復活の象徴が近い。悪く言えばどうやって滅亡から次代の支配者として生き残る枠に入るかとかのけっこう黒い話が出てきはするが。

 クロードはほとんど水没状態で顔だけ水面に出して身体をチェックしていた。いくら電子体ではなく電子戦闘体だったとはいえ身体を置き換えただけであり、あくまで自分の身体。即死クラスの自爆技をくらい腕を落とされ胸に深い傷を刻まれ終いには下半身を斬り飛ばされた。

 普通ならば爆散してEsの海に溶かされて何も残らずに世界から消え去っているはず。

 そのはずなのに生きているのには相応の理由がある。


「よぅよぅクロード君、生きちょるかねぇー?」

「ゴースト……お前もう少し早く出て来いよ」

「はぁぁ分かっちょらんねぇ。うちがどんだけ苦労してあんさんのデータをサルベージして再構築したんかってことぉ」

「……、」


 お前が助けてくれたらその苦労はなかっただろう?

 言ってやりたいところだが身体の感覚がマヒしていて満足に動けないため、下手すると沈められる可能性がある。

 さて、これからどうするか。そんなことを思っていると一通のメールが届いた。

 差出人は虚空アーカーシャ隊。

 A.I.G.I.S.

 アイギス配下の部隊であり、アイギスの役目は名のとおり守護だ。十を超える部隊と百を超える隊員で構成され、一時期はクロードもここの所属だった。

 確かに覚えている、この部隊はかつての"大戦"でアイギスのS、シミュラクラム以外は全滅したはずだ。

 メールを開けば勝手にどこかにコールが発信される。


『やあ、すぐにかけてきてくれるのはいいことだよ、クロード』

「あぁ? その中性的な声は女王レギナか。いったい何の用だ」

『ありゃ、死んだこととか一切無視?』

「無視っつうか……いま色々と思い出したぞ」

『それはけっこうけっこう。たぶんスコールかどっかから連絡いってるかもだけど、あれは放っておいていい。状況が変わったからね』

「どういう?」

『不凋花のシステムをフル稼働させる。それまで敵の目を引き付けて』

「敵っていうのは? ま、ある程度予想はできてるけど」

『霧崎アキトの上位互換、って言えばどういうものなのか分かるよね? 現状そいつのことは疫病神カラミティって呼んでる、現実リアルでも仮想ネットでも一対一じゃ勝てそうにないから総力戦を仕掛ける』

「総力ったって、スコールとかイリーガルがいればやれるだろ?」


 知る限りあの二人が同時に同じ戦場に立てば生き残るすべはないと言い切れるほどの災害を引き起こせるのだ。それが神格級であっても一国の軍であっても、例えばクロードやレイズであったとしても。


『スコールは死んだ。イリーガルも戦闘不能、他の主力も軒並みロストさせられて残りが少ないわけよ。だからまあ、不凋花のシステムを使ってやろうってわけ。よろしくね、具体的なプランはないけど』

「つまるところ、俺の役目はカラミティってのに持久戦を仕掛けることか? それとも毎度の通りに知らされていない味方に攻撃か?」

『死にたいなら一人で疫病神に殺されてね』


 その言葉を最後に一方的に通信が終了した。

 与えられた役目はかつての仲間たちへの攻撃。


「……いいさ、やってやるよ。ゴースト! あいつらの座標をセット、構造体の外縁部から仕掛けるぞ」



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