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第三十九話 - 召喚士と被召物

「イリーガル、あなたにはここで消えてもらいます。量産型ファーストのEOL、最終個体ゆえに特殊な能力があるようですが……関係ありませんね」

「新型か。で? 上位なら下位に勝てる思っている訳なのか? だったら教えてやるよ、いくらすべての能力が勝っていても、空っぽの戦闘経験と幼いロジックパターンじゃ勝てないってことをな」


 おはようからおやすみまで、どこでも通用するジャージ姿の青年に対するは雑踏の中から適当にサンプリングしたような同じ年頃の女。


「思考モード、戦闘シフト」

「デッキオープン」


 女は手の中に光を集め、イリーガルはどこからともなく出現したカードを指で挟み、同時に放つ。

 直後にうっすらとした光が空間を仕切り、隔離した。

 さほど魔法系の知識がない者にも直感的にわかるのだろうか、命の危機がその見えない壁のすぐ向こう側で暴れ始めると悟ったのか、ついさきほどまで交戦していたセントラの兵士たちがじりじりと下がっていく。


「なっ、召喚魔法?」

「そう、魔法を普通に使えないで通してきたからな。お前たちにプリインストールされている情報はあてにならんぞ? ついでに思考リンクも遮断済みだ。どれほど強かろうが手札が揃う前に潰してしまえばいいだけな訳だ」


 気付けば女の目の前に中心が赤色のカードが出現している。


(赤は炎の象徴、爆発が来る!?)


 そう思ったのもつかの間、次の瞬間に起こったのは視覚障害を引き起こすほどに強い光の爆発。続けざまにどこからともなく棍を取り出して動けない女の側頭部を砕き割る勢いで殴打する。

 今までもこうやってきた。偽の情報で敵は簡単に騙されてくれる、そして本当の情報が広がらないように隔離して瞬殺。

 状況を認識して何をすればいいのかを完全に理解していても理性では逆らえないものがある。

 予め知っていて実際に観察してその通りの動きをするということを知ってしまっていた。だからそれ以外が来るなんて思ってもいない。ぶちまけたガソリンに火を放てば爆発的に燃え上がる、それを知っていて、それが物理的に正しいことで、本来あるべき法則だと思考ロジックに組み込まれていれば、その当たり前から別のことになるなんて可能性を思考ロジックから弾いてしまう。

 自ら正しいと思わせ来るはずのない攻撃で対応させずに潰していく。

 だから、


「予測済みだ」


 砕かれた頭から牙をはやした気色悪い触手が包み込むように飛び出しても、イリーガルは振り抜いた棍を勢いそのままに振り、斜め下から骨盤を砕いてかっ飛ばして回避する。


「どぉ……して」


 人としてならば確実に死んでいるダメージ。仮に生きていても動くことなどできないはずの致命傷。

 それでも女の形をしていたものはのそりと起き上がって片手を伸ばし、じりじりと迫ってくる。


「召喚兵部隊、アイギスのG。ゲシュペンストの能力がお前……お前らにはあるはずだ。いや、アイギスのほぼすべての能力があるというべきか。そしてその発展系、だとすれば何が来るかはあらかた、な」


 イリーガルは周囲に多数のカードを従え、一斉に魔法を放った。

 力があるとすれば、すべて触れた時点で破壊されるか吸収されるだろうが、さっきの一撃が効いた時点でその能力はない、そう判断せずに使わなかったという仮定条件を加えた。

 女が血まみれになって吹き飛ぶ。

 しかしそれでもイリーガルは油断なく再度カードを展開し、単語帳をいくつか放り投げ、女も血まみれで起き上がってくる。

 交わされる言葉はない。

 単語帳……いくつもの魔法を刻み込んだカードの束はそれ自体が一つの強力な魔導書になっている。しかもとても不安定な。

 発現した事象は極めて分かりやすいものだった。弾薬庫に砲撃を加えるようなものか、方向性だけを制御しあとは野放しで解放された魔法が隔離空間内部で世界に穴を穿つ威力を散らした。


「さて、ブラッドと同じだとすれば手の打ちようがない訳だが……」


 魔法の嵐が収まればそこには蠢く黒焦げの肉片が散らばる惨状が広がっている。

 肉片は徐々に色を取り戻しながら互いを求めあうように這いずり、集まり、溶け合い、再び女を形作ろうと、常人が見たならば発狂する凄惨な光景を繰り広げる。

 対抗策はあるものの今すぐにやれと言われて実行はできない。このままやりあえば、持久戦に持ち込まれてしまえば戦闘ロジックの組み立てが終わって負けてしまう。


「…………あれでも使うか」


 女が完全に元通りになると同時。イリーガルは横合いに手を伸ばすと、中継界にある倉庫から『起動厳禁』と書かれた円筒形のスプレー缶のようなものを引っ張り出した。

 分解者ディスアセンブラ

 それはかつてスコールがどさくさ紛れに奪取した、表向きは環境浄化用微小機械のパッケージ。実際のところはプログラム通りにすべての物質を分解、再構成する問題のありすぎる代物だ。


「消え去れ」


 呟いた途端、またも再生し終わった女がぶくぶくと泡立ち始めた。女の体と身に着けているもの、地面、空気との境界が消失していく。

 何の表情も浮かべずにそれを眺めるイリーガルの目の前で、髪がヘドロのように溶け落ち、耳が鼻が目が溶けて顔という球に変わり、どろどろとぶくぶくと泡立ちながら崩れていく。

 それでなおも再生によって形を取り戻そうとして女だったものが、女の口だった部位がぐわっと開き葉がボロボロとこぼれだし、遅れて溶けた悪臭の凄まじい内臓が吐き出される。

 アセンブラの分解処理に対抗するように再生を行っていくその様相は、発狂ものだ。再生していく皮膚が分解され、中途半端な構築情報から誤った方向へと再構築が行われ、肌が生まれては泡立ち蠢きそして泡が弾けて真っ赤な眼球がぼとりと落ちる。

 再生のたびに溶かされ、でたらめな器官を生成しては溶けてを繰り返しながら、やがて女だったそれは世界に存在する物質として耐えきれなくなり、砕け散って粉微塵になって消えてゆく。


「ん?」


 次の瞬間、その光景もろとも白銀の大地を割って飛び出した青に吹き飛ばされ、方向感覚を失って大空に打ち上げられたイリーガルを光の槍が貫いた……ように見えた。

 よく見ればその姿は分からないほどに薄い白い膜に覆われている。


「こちらは第一世代の二型召喚獣。最弱の人型系であり最強の守護系……。

 対するは第二世代の三型召喚獣。最弱の人型系であり強き攻撃系……」


 同世代、同型であればまだなんとかなる、しかし世代が違えば数をそろえてもどうにもならないというのが召喚戦の定説の一つ。


「だからどうした、我は召喚士、人の世に引きずり出された万物の根源たる虚無の存在の破片なり」


 ただ、イリーガルは違う。召喚獣は本来ならば召喚者によって縛られ、見えないリンクで常に繋がっているはずであるのに。


「彼の地に帰ることもかなわず、しかし彼の力を使役し彼の破片を此方に導く門なり」


 彼には主がいない。何の制約もなしにあるべき力を振りかざし、禁じられる行為もないため召喚された側が本来できないことまでも行える。


「ここに示して見せよう、今よりこの場は彼方と此方の境界が薄れゆく虚構の世界なり!」


 場の気配が瞬く間に変貌していく。

 雲がかかった訳ではないのに視界が若干暗くなり、体を切り裂くほどの冷気も風も黙り込み、世界が揺らぐ。

 彼は目の前に勝てない相手がいて、無様に逃げるでもなく怯えて殺されるのを待つでもなく、勝てないといわれたそれを抹消しにいくタイプだ。こういう力関係だから、こういう相性の問題だから勝てないなんていわれても、実際にやりあって相手のロジックパターンを解析して脆弱性を見つけ出して、それでだめならば諦める。


「来たれ、虚無の破片よ、粉々に打ち砕かれた存在たちよ、彼の人格を無数に細断したペルソナたちよ」


 召喚を受けた者は召喚者の許可なく召喚を行えない。そもそも主がなく制約もなにもない。

 イリーガルの言葉に反応するように空が裂け、地上で呆然と見上げていた兵士たちが急に霞んで地理に変貌する。それは風に運ばれて中空で再度人の形を構成していく。


「さぁ、死にぞこないの亡霊ども。もう一度暴れようじゃないか、史上最悪の召喚兵団"AIGIS"の再臨だ」


 次から次へと若い人型の召喚獣が顕現する。わざわざ最弱の人型を呼び出すには訳がある。

 そもそもが召喚獣という括りに入れていいものではない別の存在だ。禁忌魔術に含まれるもので、誰も使えない大魔術による複製品。

 ただ一人を基準にペルソナ、その場に適応するための創り出した仮初の仮面じぶんというやつを別の存在として確立させ、さらにそこからアニマ、アニムスを参照して更にもう一人創り出す。それを限界まで使用しての大量複製、副作用としては基準となった者の感情の欠落、及び人という存在からの乖離。

 そしてそうして創り出された者たちにはどこか重なっている部分が必ず存在し、また複製ということもあり固いリンクが確立される。特にアニマ、アニムスの参照による複製は必ず逆の性別が発現し、他よりも強固な絆で結ばれる。

 後はその繋がりを利用して思考や感覚、記憶などの共有や力の貸し借りと増幅で有限ではあるが凄まじい強化ができる。

 ただまあ、異物がいくつか混じっていたが。


「ロイファー様より事情はすべて聞いております。ルルソン様に手を出したあの者を――」

「テメェはお呼びじゃねえルドガー!」


 出てくるとほぼ同時に棍のフルスイングで地上目掛けて叩き落した。

 第二世代の一型、拠点制圧特化のそれを。

 かつてスコールと共に戦った戦友を。



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