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第三十八話 - 科学と魔術の狭間で

『ミッションを説明します

 今回の作戦は北極圏に展開中の謎の力場

 及びそこから出現している不明勢力の調査となります

 高高度観測機、ブルグント魔法士団の支援という形での共同ミッションになりますが

 あなた方には好きに動いてもらいより多数のデータを収集してもらいます

 状況によっては不明勢力との交戦も予測されます

 各自相応の装備を用意してミッションに臨んで下さい』


 機械音声で流されたそれを聞いた彼らは、輸送機へと乗り込んでいく。皆、フリーランスということもあり自前の装備で身を固めている……彼を除いて。

 目覚めて数日は酷い頭痛で何もできなかった。頭痛が収まった後は脳への障害……正確には脳内ナノチップへのダメージで、第三世代としての能力をすべて使えなくなっていることが分かりしばらく無気力だった。そして、この世界では使えないはずの魔法が使えることが分かってからは変わった。


「なんだ、新入りか? この世界はガキが踏み込んで生きていられるところじゃねえぜ?」

「あんたこそ、こんな軽いことしかできないようじゃ死ぬぞ」

「んだとガキが。戦争ゲームと勘違いしているならさっさと帰れ」

「あんなやつらに勝てるなんて思ってるなら……」

「お前らさっさと準備しろ!」

「けっ」

「…………、」


 開始前から空気が悪くなるが、彼は気にせずに輸送機の中で席に着いていく。

 ここにいるのはライフル片手に駆け回るごく普通の者、頭の中にナノマシン……ナノチップを埋め込んだ仮想に適応した者、そして魔法を扱う者。

 発進の音と揺れを感じながら意識を内側に没入させていく。

 いくら仮想に適応した者、第三世代としての能力が使えないと言っても第一、第二世代の能力は使える。五感で感じる映画というやつを視聴して時間を潰そうということらしい。

 クロードを撃破してからというもの、徐々に記憶が戻り仮想への適性、AIとの親和性が低下して今まで皆無に等しかった魔法適性が入れ替わる形で上昇し、気付けば最盛期と同じ、魔神クラスの力を思うままに振るえるほどになっている。

 かつて世界を破滅させた力。

 記録に残らない大戦に参加した者たちを跡形も残さず、敵も味方も焼き払った力。

 それが使えると分かっていて、それでも震えてしまう。

 このミッションに参加したのは妙に惹かれたからだ。何かがあるとなぜか分かったから参加した。

 今のままこの世界にいるだけでは何もできない、別世界への転移魔法が使えない以上は別世界に関係がありそうなところに接触した方が早い。


「おい、見ろよ。もうおっぱじまってる」

「魔法戦か……セントラのこともあるし、通常兵器は時代遅れだな」


 騒めき始めた機内の気配に、意識を戻して視界に映し出された時間を見ればもうすぐ開始時刻。降下地点まで後数分というところだ。


『ブルグント魔法士団、降下開始

 各自準備が出来次第降下後、行動を開始してください』

「ラぺリングかよ!」

「この吹雪の中でか……」

「むしろ着陸のほうが危険だ。風に流されて全滅よりゃいいと思うぜ」


 機体後部のハッチが解放されると肌を切り裂くほどの冷気が流れ込んでくる。その冷気を押しのけて真っ先に飛び出した彼、霧崎アキトは重力の拘束を全く感じさせない動作ですっと着地した。


『ブルグント魔法士団、不明勢力と交戦を開始

 早速で悪いですがこちらにも向かってきています

 対処をお願いします

 また、安全が確保できるまで輸送機は離脱します』

「おい魔法士ども! シールド張れ、俺たちが後ろから撃つ!」

「指図するな機械人間!」


 口では喧嘩しながらもきちんと連携して戦闘態勢へと移行していく傭兵たち。一方向からの侵入を遮断する魔法の壁が展開され、その陰から銃を構えて狙いを定めていく。


「第九位……斥候型の人形天使」


 敵の姿を確認すると霧崎はまっさきに飛び込んでいった。魔法で二振りの剣を創りだし、天使の攻撃が来る前に速攻で仕留めてしまおうと。


『周波数帯、合ってるか』

『チェック。どうせこんな旧規格使ってるやつらもいないだろう、敵さんは』

『蒼、エクレシア……』

『なるほど、過去が改変されても現在に大した差はないか。やるぞ』

『はぁ、セラフだぞ』

『どうでもいいだろう。第二位から六位までは引き受ける、そっちで第一位を』


 ザンッ! と蒼色の鎧だけで構成された天使を両断し、暗号化されていない旧規格の音声通信へと意識を向ける。電脳化処置を受けている以上、世代特有の能力が使えなくとも共通する能力は勝手に発動している。


『おこぼれがよそに行ってるが』

『斥候型、雑魚だ雑魚。放っておいても魔法士にやられるさ』

『そっちじゃない、蒼い鎧の天使ほうだ』

『あいつは……エクスシアか。見覚えのある女天使がいるかと思えば、お前……』

『……方向的にあっちに行くとアンノウンとぶつかる。そうなれば流れでアンノウンとやりあう破目になるかと』

『っ、ああいいさ。セラフ、ケルブ、ソロネ、まとめてなんとかしてやる』

『レイアを使い潰すなよ』

『しかしながらレイアに頼る以外に何もないからな……』

『ただでさえ戦力がないというに、別世界からの侵入者まで来るか。嫌になるな』

『まあ頑張れ。今ならブルグントの傭兵共と鉢合わせで済む』

『ヤーヤー、駆け抜けて吹き飛ばすとしますかね。それと周波数帯はセキュリティにシフト』


 ものの数秒で自分の付近にいた斥候天使を片付けた霧崎は、遠くから白い濁流が迫ってきていることに気付いた。それは一直線に天使の一団を目指していて、そして延長線上には自分たちがいて。


「来るか……」


 濁流が天使の一団と衝突し、凄まじい雪の爆発が起こると同時に空間が不自然な歪みに包まれて、爆発が、吹雪が吸い込まれていく。

 突然のことであっても驚くことなく、構えを崩さずに霧崎はそれを眺めていた。周りの傭兵たちは呆然と眺めていたようだが。


「鈍ったな、スコール・ペルソナ」


 女の声が聞こえると同時、激しい破砕音と共に男が一人砲弾のように吹き飛ばされた。


「ぐっ……なぜお前が……セラウィム・ルルソン」


 ぼたぼたと額から血を落とし、足元に落ちるころには凍ってしまったそれを踏みつけながら体制を立て直す。

 次の言葉はなかった。

 交わされたのは剣戟。透明で薄い青い刃と色すらない見えない刃の衝突だけが存在を示す。振るう者の姿は衝撃波で舞い上がる雪に消され見えない。


「今日という今日こそはお前を討つ!」

「……周りを見ろ。例に漏れずいつもの通りだ」

「…………、」

「まっ、実際問題、奇襲の勢いでヤれなかった時点で結果は前と同じだと言っておこうか」

「くぅっ……し、仕方がない。共闘だ! 切り抜けるぞこの状況を」

「相分かった。さぁて、またそちらから申し出てきたんだ、今回の報酬は身体で払ってもらおうか」

「はぁっ!?」

「ま、そういう訳で前払いで」

「ちょっと、きゃっ!? やめ、変なとこを、お、ちょっとぉ!」


 素っ頓狂な声が聞こえたかと思えば、舞い上がった白い雪の壁を切り裂いて二刀流の男が襲い掛かってくる。

 叩き付けるように振るわれた刃を打ち返すように振るった魔法の剣で迎え撃つ。


「ぐづぁっ」

「軽いな、炎の魔術師」


 手首を粉砕されたかのような激痛を受け、足元の固まった雪を割り砕いて隙間、クレバスへと叩き落された。連鎖的に崩壊する氷の足場が圧殺すべく降り注ぐ。


「まだ……スーリヤ!」


 略式詠唱、腕を振るうとその軌跡に合わせて陽炎が起こり、降り注ぐ氷を瞬間で気化、爆発させていく。

 それでも当たれば装甲車を凹ませるほどの氷塊が落ちてくる。霧崎は片手の剣を横合いに突き刺し、もう片方の剣を解放して熱波の障壁を創りだす。


「野郎……!」

『ブルグント魔法士団、不明勢力により半壊

 撤退を開始しました

 あちらからの要請により皆様には再編成終了まで盾になっていただきます』

「こんな短時間で、敵は一体……」


 バラバラと振ってくる氷を蒸発させつつ霧崎は圧縮した魔力をスパイクとピッケル代わりにクレバスから脱出を始める。

 上からは銃声と魔法のノイズが激しく響き、恐慌に堕ちた叫び声が飛び交い凄まじい風の音が鳴り響いている。霧崎が叩き落されてからわずか数秒で魔法障壁を破壊され、斬り込まれ陣形の意味をなさなくなり、急に強くなった風の影響でさらに冷却され変質した銃器は狙い通りの攻撃ができず、魔法は次々と撃ち出される内容未定義の干渉と魔法構造の解体術式にただの力だけに砕かれていく。

 たったの一人を相手に遭遇からわずか一分もかからずに傭兵は戦闘状態を維持できなくなっていた。舞い上がる雪と強風に視界を塞がれ、攻撃は意味をなさず一方的に一人ずつ屠られてしまう。逃走に移るよりも速く殲滅された。

 クレバスの外に顔を出した時には、常人が見れば気を失うほどの惨劇が広がっていた。情け容赦なく男も女も、霧崎と同じかそれ以下の年の少年少女たちも、傭兵がすべて死に絶えていた。

 やった男は静かに次、体勢を立て直し始めていた天使を見ている。右手に青い透明な剣を、左手に白に近い青の剣を。


「スコール……なのか」

「なんだ、まだ生きていたか。ここで終わらせてやる、おとなしく斬られておけ」

『イリーガルだ、天使は片付けた。んでヴェセルを発見。十分以内に片付けて次に行く』

「了解。こっちも魔神と騎士団を相手にやるとする。……さて、霧崎アキトとアカモートの騎士団か」


 やれやれといった表情で構え直した男の視線の先には上空から降下してくる白騎士の一団。時代に不釣り合いな格好であり武装も銃が主流というこのご時世に長剣と盾だ。


「そこの傭兵、邪魔だ。下がっていろ」

「アカモートの騎士団……? どうしてこんなところに」


 返答はなく、すぐさま戦闘に移行していく。

 妙な剣を二振り、それ以外は目立った武装のない男一人を相手に、哨戒部隊なのか軽装ながら戦うための装備は一式揃えている騎士たちが斬りかかった。


「さて、許容値がそろそろ限界だが。まあ超えて寿命が消し飛んだところで所詮は人形、構わないな」


 冷徹に、冷静に、冷酷に放たれた言葉に透明な刃が拒否を示すかのように揺らめく。恐怖や悲しみ、逆らえない苛立ち。

 それらを一切無視して男は身体の前で剣を交差させ、騎士ではなく空を斬るように振るう。

 嫌な既視感に霧崎は咄嗟に自分の命を脅かすほど全力の魔力障壁を展開した。視界が霞み、音が消え、感覚が消失する。

 そして、光がすべてを飲み込んだ。

 かつてレイズの攻撃を正面から受け止めた魔力障壁がガリガリと削られ、あと少しというところで光の嵐が収まる。


「レイア……そう嫌がるな。もとから短い寿命が消えるだけじゃないか。本来なら存在しない者が消えるだけだ」

『こちらイリーガル。想定外が発生、ヴェセル隊は片付けた。これよりセントラ軍と交戦に入る』

「想定外?」

『想定外は想定外だ。それより今のは未定義召喚か? それともレイアの分解で雪でもエネルギー変換したか?』

「後者。とりあえず魔神を撃破してから合流する」

『オーケー。こっちは奪った武器の弾がなくなりそうだ。急げよ』

「はいはい…………想定外、ね」


 男が構え直すより先に霧崎は魔法を展開し、攻撃を仕掛けようとした。

 だがすぐに"あれ"を思い出して魔法を破棄し、体内にある魔力も最低限を残してドレイン。

 あいつを相手にするときは魔力に頼ってはいけない。魔力があるだけで負けが確定する。

 自称"魔力が関係すれば神様だろうが一対一に限って勝てます"だ。魔神、そう呼ばれる連中と同程度の力があっても勝てやしない。むしろ魔力関係の力があればあるほど勝率が下がっていく。

 霧崎は男の弱点を知ってはいるが、いますぐに用意出来はしない。星そのものに干渉するほどの大規模な魔法など効果範囲が広すぎて男に触れてしまう。するとその瞬間に奪われるか破壊されるかの二択。

 だからといって、


「来いよ、サードジェネレーション」

「っ…………」


 こちらが魔法を捨ててもあちらは魔法ではない不思議な力を振るってくる。

 それがなければすべての武器を及第点の前後で使いこなすという理不尽な器用貧乏で攻め、その場にあるものをすべて使って殺しに来る。逆説的になにもなければ何もできないという訳でもなく、もっとも恐ろしいのは素手のときだ。


「天使も寄って来なすった……纏めて潰すか」


 まるで魂を燃やすような神々しい青い光を放ちながら男は頭上で剣を交差させる。


「スコール、あんた一体なにを! 使えない力を無茶に使ったら」

「言うな、規格外イレギュラー。お前はどこまで記憶を保持している? あの状態からとてつもない改変を受けてなお偽りの世界にしがみつくのがどれほど大事か……」

「そんなこと……。記憶なんて……記憶なんかなくたって」

「あぁ、そうだったな。お前は何度も記憶を失っていたな。って、どうでもいいか。いま大事なのは――」


 剣を振り下ろそうとして急速に光が収束していく。


「――レイア、拒否は許さん、まだやれ」

『お願い……もうやめて、スコール。これ以上やったら死んじゃう』

「……一応言っておく。もういままでのようにはやらない、誰が死のうが構わない」

『どうして…………』

「なりふり構わなければ……感情なんていう非効率の原因を排除してしまえば最短で終焉ゴールに到着する、それだけだ」

『そんな終わり、悲しいだけじゃない!』

「悲しい? その悲しみは他人が決めたものであって自分が決めたものじゃない。個人の観測と他の観測では同じものを見ても違うものになる……押し付けるなよ、お前の――」


 形振り構うな。

 その思いだけで、勝つために卑怯と言われても構わないと、意識がよそに向いている隙に霧崎は最速の一撃を打ち込むために動き、


「ぐっがほぇっ!!」


 横薙ぎの一撃に、砲弾のような速度で飛ばされた。空に飛び出した体は五十メートルほど滑空して、白く固い冷たい氷にぶち当たると氷を砕きながら何度も跳ね飛び、勢いがなくなるとさらに雪の上を滑って止まった。

 視界が白く霞む、痛みを感じない。

 朦朧とする意識の中でなおも立ち上がる。


「まぁ……だっ」


 がくんと膝から崩れ落ち、それでもまだ立ち上がろうとして体が言うことを聞かなかった。

 脅威を排除したからか男は無線機を取り出して誰かと話し始めた。無線機から洩れる声は聞きとれず、警戒を解いたからか剣も消してふらりと立ち去っていく姿だけが見える。


「ファースト如きに後れを取るとは……お前はこの程度のものなのか?」

「ぁ…………?」


 ざくりざくりと雪を踏む音が横から聞こえ、顔を向けるとまったくもって知らない男がいた。


「そこで見ているがいい、これがセカンドとファーストの実力差だ」


 音もなく、滑るように駆け出す。標的が振り向き、即座に武器を展開してくるが玄人と素人がやり合うかのような体捌きで軽々と躱し、懐に踏み込むと殴りかかる。

 回避と同時に防御の構えを取られるが、殴ること自体は意識を引きつける為だけのフェイク。くるりと背後に回り込んでいつの間にか抜いていたコンバットナイフを後ろから脇腹に突き刺し、引き裂く形で横に振りぬき、続けて背中を刺して体勢を崩したところで首にも突き刺して切り裂く。

 霧崎がいままで何度も苦戦を強いられた相手をいとも簡単に無力化してしまう。


「無様だな、ファースト。大仰な伝説も今日で終いだ、時代遅れが」

「なるほど……それもありか。そう望むのなら、いず……れ…………」


 一瞬やんわりとした白い光に包まれたかと思えば、あっという間の殺し合いに敗れた男はなんの跡形も残さずに消失していく。


「ふん、下らんな」


 ぐっと拳を握りしめると、ボール投げるかのような動きでどこかへと何かを投げた。

 その一瞬後には遠く離れた場所で青い火柱が空を貫き、追従する形で白い光の槍が打ち上げられた何者かを串刺しにしていく。


「旧世代……まずは異物を排除するとしようか」


 風が吹き始め、猛烈な寒さに霧崎の意識が凍り付いていく。


「生きていればまた会おう、サード」



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