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第三十七話 - 動き始めた世界で

 浮遊都市アカモート、メインタワー。

 立ち入り禁止の最上層の一つ下、巨大な会議室が三つあるフロア。その会議室の一つに大勢の白騎士が集まっていた。

 騎士といっても馬に乗って戦う騎士ではなく、従者という意味での騎士だ。ようは単なる称号、そして主なき奴隷たちでもある。

 騎士団長、ナイトリーダーの招集によって集まった彼らは、静寂を乱すことなく立体投影された映像を見ては頭に叩き込んでいた。足音もなく縦横に行き交い情報のやり取りを行い、また先行した偵察部隊との通信も行っている。


「くぁ、はぁぁぁぁぁぁ……」


 そんな中で壁際に一人、もろもろあって髪が白から黒に染まった青年が壁に背中を預けていた。周りは揃って全身鎧姿なのに対し、青年は長袖シャツにカーゴパンツ、スニーカーという場違いな格好だ。とても騎士たちの関係者には見えないが、これでも一応は戦略級魔法士であり、災害級魔法士だ。

 ここ数日は訓練に付き合わされてろくに眠れず、シャワーを浴びることもできず、体は汚れていく、そんな毎日を過ごしていた。


「知っての通りだが、現在のアカモートの主な収入の一つとして"どこに属さない"という立場を利用し、各勢力の依頼をこなしていくというものがある」


 会議室の立体投影の真下でナイトリーダーが声を発した。長剣と盾を使い、転移魔法を得意とする騎士団最強の騎士だ。


「今回の依頼主はセントラ軍北極圏即応旅団だ。目的は北極()()南東部に展開するセントラ軍の援護、及び中央部に展開する敵性の排除となる。詳細は不明だが、確認されている限りは少なくとも二勢力。片方は第八位の天使で構成され、もう片方は二十名前後で構成される歩兵部隊、対した脅威とも思えないが、旅団クラスの軍が手こずる相手だ、気を抜くな……とくにそこ! レイズ、貴様は!」

「…………俺があの大陸ごと消し飛ばすのじゃダメなのか?」


 できそうもない発言に笑いがでるかと思われたが、ここにいる者たちはレイズが捕獲されて数日後に実力を見ているため、実際にやれるだろうと思っている。だから笑いが出るのではなく、緊張が高まる。


「地殻変動で出来た陸地だろ? 海底火山でも爆発させて、んですぐにエネルギーを奪取して反転解放してから魔法で地形とエネルギー状態だけ復元すれば」

「敵を倒すのであればそれでいい。しかし今回は依頼の遂行、その手段は使うな」


 そう言われて目を細め、どうでもいいと言わんばかりに目を閉じた。

 記憶が薄れていく、忘れたことすらも忘れて、自分の中に眠る大切な存在を感じなくなっていく。


「とにかく、敵性の情報が不足しがちなのは毎度のことだ。編成はアカモート防衛も考えて二百で出撃する。十五分後に滑走路に」


 滑走路。

 アカモートには航空機が離陸する為の浮遊島は備えていない。あるのは着水時に使用する港と飛空艇用の特殊な港だけだ。

 ならばなぜ滑走路と呼ばれるのか?

 彼らが集合したその浮遊島は扇状に広がり、端の方から等間隔で線が引かれているだけだ。


「使うだけ無駄だと思うが……」


 レイズはそう呟きながら浮遊島の端から身を投げた。別に飛び降り自殺という訳ではなく、ゆったりと姿勢を整えて多重詠唱した飛行魔法で空を舞い始める。

 飛行魔法といっても複数の種類があるが、多重詠唱して使う例はあまりない。というかそれぞれの"飛行"に関する事象干渉がぶつかり合って効果が出なくなることが普通だ。


「各隊、順次出撃」


 掛け声に続いて扇の根元から青い光が走り抜け、浮遊島の端で止まらずにそのまま突き抜けていく。線と線の間に透明な道が作り出され、慣性制御、加速の魔法が作用する領域が展開される。

 ランニング程度の軽い助走で領域に踏み込むと同時、一歩ごとにストライドが増加し、一気に音速まで加速した騎士たちが飛び立っていく。

 そしてそれを円錐状に障壁を進行方向に展開したレイズが、悠然と音速の倍で追い抜いて先行していく。


「転移した方が楽だろ……」


 ふと思い、そしてその瞬間には転移が完了していた。

 魔法の発動が制御できていない……と、考えるよりも前に火柱が上がり、衝撃と熱に意識が向く。


「レイズ! 転移するときは先に言え!」

「それより向こうから通信はいってるぞ!」

『アカモートの騎士団か』

「そうだ。これより支援を開始する」

『報酬に見合う働きはしてくれ、我々が魔法士を雇うことの意味が分かっているだろう』

「おおよそ理解はしている」


 ナイトリーダーのハンドサインで数人ずつのグループになって眼下に見える白銀の戦場に舞い降りていく。


『ヴェセル部隊が全滅? たった八分でだと?』

『ログデータには青い残像しか残っていませんが』

『第三歩兵小隊、アンノウンと交戦開始。騎士団の方々、まずは天使以外への対処をお願いします』

「了解した。上空から射撃、足止めしたところで斬り込め」


 白一色、雪と氷の大地に黒を主とした非常に目立つ者たちがいた。さっと見ても十人程度、目立った武装は何もなく魔法の力も感じられない。

 耐寒装備もないようで、このまま放っておけば勝手に凍死しそうな集団だった。

 そう、だった。

 何があるか分からないために、念には念をと一人に対して二つのグループで仕掛けたが。


『先行隊反応をロスト……やられた?』

『連絡とぜ――』

『ワイヤーだ! 吹雪に紛れさせてワイヤーを――』

『距離を取れ! 捉え――』


 気付いた時には白に赤色が混じっていた。

 魔法によって強化された鎧を容易く、それも人体ごと切断する何かがある。風に乗せたワイヤー程度では、ましてそれを人の力で引っ張ったところで切断できるだけの力はないはずだ。


『なんだ……なにが起きている』

『リンクスだ……』


 セントラ軍の通信を聞き流しながらレイズは流れてくる魔法の糸を感知して避けていた。


『第六小隊、負傷者多数救援を』

『シムナか』


 ミスリルを媒体に消失の魔法を宿した、無慈悲に触れたモノすべてをエネルギーにまで解体し、尚且つそのエネルギーで被害がでないようにまでもしている高度な兵器。


『ベェラーヤ・スミャルチ……』

『第一師団全滅! 戦闘の続行が不可能です!』


 魔法の糸、魔法の弾丸。白に混じったその青い嵐は容赦なく戦場を静かにしていく。


『バカな、この吹雪であててくるか』

『貴様らふざけてないで――』


 通信網に流れる声がだんだんと減っていく。いつしか指揮官クラスの声は流れなくなり、一般兵卒の叫び声と救援のコールだけが響き、それも、ものの数分で静まった。


『ツァウヴァクゥゲル、次は騎士団を』


 わざわざオープンチャンネルで流されたその命令に、騎士団が構えるが、白い吹雪の中で発砲炎らしい何かが煌めくと同時に障壁魔法が消えうせ、続けて放たれた煌めきに騎士たちが風に溶けていく。


「退避! 一度下がれ! 下がれ!」


 叫んだ誰かは次の瞬間にこの世界から消えていた。


『こちらスコール、天使どもは制圧した。オーバー』

『向こうのアンノウンはけっこう派手にやってるようじゃないか。ちょっと横槍入れてやるか。オーバー』

『……周波数間違ったな』

『……あ? ……あぁ確かに。まあ、いぃっ? 囲まれたな、これ』

『霊装も魔装も使用限界、残弾もなし、か』

『思っていたよりもダメだな。所詮人形は人形、模倣体、遊離体程度では使い潰してもこれが……』

『来た。敵アンノウン確認、こいつら……プロトフォースの……』

『仕方がない、どうせ負けるならオーバーロードしてやれ。レイアが嫌がるだろうが無理やりだ、死んでも構わんな』

『もちろん、すでに存在の意味などない。やるだけや――』

『おい? 反応ロスト…………はぁ、いいさ、もとから独りだ。やれるだけやって――くそっ!』


 レイズが上空から見下ろしていると、遠くで青い火柱が上がった。

 その頂点に見えた黒い影は人か。地上からそれに向かって無数の光が襲い掛かり、消し去ってゆく。


『敵アンノウン全撃破、プロト隊は作戦を終了し帰還せよ』

『ただの男二人と女の子一人にやりすぎでは?』

『帰還せよ、プロト隊』


 ただひらひらと攻撃(の偶然流れてきたもの)を躱し続けている間に気付けば静かになっていた。

 ものの数分で旅団を構成する師団が全滅……戦闘行動ができないほどにまで倒され、騎士団までもがスコールを相手取った時並みに損害を出した。そして通信内容と起こったことから簡単に考えればスコールたちまでも倒されたとみるべきか。


「レイズ、貴様の魔術で再生しろ。できるだろ」

「……どんな理由でも死んだやつは蘇らせない。俺が決めたことだ、絶対にそういうところはやりたくないんだ」

「そうか」


 一言が聞こえたときには喉元に刃が添えられていた。すっと引くだけで大出血間違いなしだ。


「やれ」

「断る。やっていいことと悪いことがある、魔術はそういう目的で使うものだが俺は使わない」

「……違うんだろ? お前が生き返らせたい者たちを生き返らせることができないから、他に使わないんだろ? そうではないのか、レイズ。貴様は妙なところが」

「っ……」

「逃げるな!」


 呼び止められるもレイズは一人転移魔法で帰ってしまう。

 取り戻したい誰かがいる、でもそれを思い出せない。大切な人だったはずなのに、大切な人ということだけでそれ以外が分からない。

 どんどん彼女たちのことが薄れていく。


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