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第三十六話 - 偽りと現実の狭間で

 霧崎アキトは自室のベッドの上で寝転がっていた。

 なぜここにいるのか分からない。帰巣本能というか、身体に刻み込まれたルーチンワークというかぼーっとしていうるうちに自宅に帰ってきていたのだ。親が何も言わず、追い出されそうにもならずに入れたことに酷い違和感を覚える。

 これが今まで続いてきているはずなのに、自分の居場所はこんなところではないと心のどこかが訴えている。


 ――違う……何が違う? 分からないけど違う、俺がいる場所はここじゃない。


 イラついてもやもやした感情だけが積もり、ここで発散しようと暴れてなんになる? そもそもの原因を潰さない限りはどうにもならないだろう? 

 所詮、引き籠もりは引き籠もり。その程度の低俗な存在が運よく宝くじの一等に当たったかのような異世界転移だとか、最強に分類される存在から無条件に最強を譲渡されたり、大規模な戦闘に巻き込まれて終結にまでたどり着いたり。あり得るか? どこかで道を間違えたなんて言う前に、周りの妨害に耐えられるほどの力がなかったのだ。世界から異物認定されて弾きだされて、後は最高にクソな結末を迎えるだけだったはずなのに。


『対象を確認、強制ダイブ』

「……はっ?」


 いきなり貧血のときのように、目の前が真っ暗になって音が、感覚が遠くなって消失していく。

 意識だけがどこかに引き摺り込まれていく。闇の中に扉が見えた、決して開けてはいけない"Esの扉"。それが開かれて赤い"海"に落ちる。

 仮想世界の噂でたまに聞く程度のもの。

 曰く、落ちたら二度と浮かび上がることはできない。

 曰く、"海"の水に触れた瞬間に人格が消し飛ぶ。

 曰く……その海は存在の墓場。

 ずぶんっ。身体が濁った血のような色の海に落ちると、浮かぶどころか見えない手に捉えられるように沈んでいく。日の光なんてものは赤色に吸収されて、まだ五十センチも沈んでいないのに暗黒に変わった。

 体温と同じ温度の水温、流れは無くなんの刺激もない。

 自分以外何もない、自分以外何の観測も存在しない。身体が薄れていく、何かが流れ込んでくる。


「ふざっ! ヴァルゴ!」

『上書きデータを確認、直近の復元ポイントからリストアを開始』

『処理能力の不足を確認、Esネットワークを通じ処理能力の提供を開始』

「おいこらやめっ! 俺に入ってくるな!!」

『本当の貴方を取り戻してください。彼女の加護が続いている限り、まだ終わってはいませんよ』


 ---


「思い出したかね、クロード」

「一応少しは……。ったくよ、穴だらけの記憶を自分で分かってるってのは気味が悪いな。まあ、記憶喪失も初めてじゃないからいいんだけども」


 一面つぎはぎだらけの鉄板で再現された仮想空間。どこまでも続くほどにだだっ広いそこに、鋼鉄の身体の破片で造られた巨大な山があり、その上にクロードとゴーストは背中合わせで座っていた。


「つーかさ、あんたは最初に記憶を失ったときもそんなだったよね。自分の記憶なんかどーでもいーってさ」

「ま、それが俺だからな。なんの為に生きるかって、そんな目標がないから適当になれんだよ。目的はあれど目標はない、好きに生きて好きに死ぬ。それでいいんだ」

「あーあぁー。かなーりミー君に毒されてるねぇ」

「そのミー君ってのは?」

「あれ? 言ってなかった? ランク1のパイロットだよ」

「ランク1……調停者、ミディエイター……イリーガルかよ」

「いまの世界じゃ違うけどね……。あーぁ、うち、死んだと思うたのに生きてんなー不思議やなー」

「そんなことよりか、なんで俺にも干渉が効いてたんだ? 危うく全部忘れるところだったんだぞ?」

「そんなんうちに聞かれても知らんわな。AIの端末みたいなことやっちょーとは言え、量子通信に介入できる訳やあらへんのよ」

「へいへい、ほら、客が来たぞ」

「あーんもう。なーんでうちが狙われるかな」

「知るか」


 仮想空間の中でも特殊な場所。座標アドレスのない、本来ならば侵入することはおろか存在してさえいないはずの空間に続々と無人機が投入されてくる。

 いずれもが、どこのAIが処理を引き受けているのか、どこのサーバーから接続しているのか、どこの組織なのかが不明。共通しているのは五メートル級・軽量二脚型の汎用機というところだけであり、武器も装甲もエンブレムもばらばらだ。そもそも一機を構成するパーツに統一性がない。まるで雑多に在庫を詰め込んだ倉庫から何も考えずに各部のパーツを組んで放り出しているにも感じられる。


「あぁもう面倒な。NPCだからブレインダイブで直接頭ん中ぐっちゃぐちゃにすることができないじゃんよぉ」

「むしろ機械的なパターンしかないと思えば楽だと思うんだけど?」

「クロード君よー、知ってる? 一番怖いのは死を恐れず疲れない兵だよ?」

「それが量だけならまだいい、質がないならいくらでもやれる」

「だーんもう、やんなっちゃねー」

「うだうだ言ってねーでシフトプロセス起動しろ!」

「やーよ、めんどーよ。ラビリンスモード・ラン! バルドルズアーク最終兵器、無限回廊に直結してやんよ!」

「おいこらへっぽこ兵器。そんなもんあるならさっさと出せやこら」

「ふみぃ~~~~~~」


 ゴーストのほっぺを両手で引っ張りながら、周囲が変化していくのを感じる。

 青色のグリッドが現れたかと思えば、空間の座標が一気に書き換えられて構成ががらりと変わる。さっきまでの殺風景な鉄板と真っ暗な空ではなく、どこまでもせり上がる防壁と果ての見えない無限の空。通常装備されるブースターでは到底越えられない高さの壁、進む先は果てのない無限の通路。


「ちゅう訳で、ログアウトやね」

「……久しぶりにスコア五百越えの俺の努力は?」

「水の泡」

「ゴースト、俺の私有空間の隅っこの方でアダルトな話し合いをしようか」


 ストレージからあるだけナイフを取り出して浮かばせ、そして突きつけ。


「やれるもんならやってみな」


 転移のエフェクトも無しにどこかに消えて行った。


「……で? なんで俺にログアウト権限が付与されてないんだ? つかなんでムーブプロセスが使えない?」


 とかなんとか言っているうちに背後からは情け容赦の微塵もない無人機の大軍が。

 数分後。


「ふっ―――――――――――ざけんなクソ野郎が‼‼‼‼」


 珍しく慌てながらクロードは無限マラソンに挑んでいた。

 真っ黒な軽量二脚の機体が、青白いエネルギーの尾を引きながらブースターを吹かしまくって、


「前は無限、後ろも無限、敵も無限! そして弾とエネルギーは有限! 勝てるくぁっ!!」


 全力疾走……いや、駆動輪を空回りさせながら、そろそろブースターがオーバーヒートするかもしれないくらいのムチャクチャで壮絶な速度で滑っていた。すでに無限回廊の無限生成処理も、リソースを使い切る……などということはなく、まだまだ余裕だ。

 後方から次々と飛んでくる銃弾を、榴弾を、徹甲弾を、エネルギー弾を躱しながら反撃しながら進みはするが、それでもそれらの煙に映し出される赤い照準用マーカーのラインは増える一方。


「くっ、くくくくくくくく……無人機がなんぼのもんじゃぁ! スコールに比べれば……中佐に比べれば!」


 あんな化け物たちと戦ったことがあるからこそ、並大抵の絶望てきが相手では折れることがない。むしろ今までに魔神や第一位の天使、ユグドラシル関連の神様陣営相手にやりあったことも多々あるため、もはや目の前に力を提示され、戦わずして折れるということは彼ら以外では起こりえないかもしれない。


「いいぜやってやるよ。第三世代サード機のジェネレーターなめんなよ」


 実弾兵器ではなくエネルギー兵器系統ばかりのセットをロードする。

 鋼鉄と化した身体の相対座標上にグリッドが表示され、武装が装備される。ガトリング式エネルギー砲、エネルギーブレード、プラズマ砲、オマケで対地掃射衛星グングニル。

 そしていざ反転、攻勢にでようとしたところで妙な浮遊感に捉えられた。足元に目をやれば赤一色……床がない、かなり下の方に赤い海が見える。


「ヴァルゴ、またお前かあああああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………!」


 数メートル、数十メートルではなく、数十キロメートル下にある海面目掛けて、クロードの身体は電子体にシフトしつつ引力の処理に捕らわれて落ちていった。

 下は仮想空間の深層部。記憶、情報が無限に降り積もり、いつまでも残り続ける仮想の墓場にしてすべてにつながる場所。AIの一部を除くすべてがこの場所につながっており、やりようによってはここからネットワークにつながるすべてを掌握することも不可能ではない。

 ただし、近づくだけで容赦なく他人の記憶や情報が流れ込んできて精神汚染、破壊を引き起こす為に深層部に入るということはそのまま死に等しい。


 ---


「だぁくそっ!」


 中途半端に記憶が復活した霧崎は、一人で出口を求めて彷徨い歩いていた。

 どこまでも無限に続く地平線と水平線、ヴァルゴの管轄下であれば"出口"は約四万キロメートルごとにしか設置されてない。無論そんなことを知る(思い出している)霧崎ではない。


「どこだよ出口は! ムーブできないとか冗談じゃないぞ! ……ログアウト、イマージはともかくとしてアボートまで使えないとかなんだよこの状態は!」


 ぶつけようのない苛立ちを叫びにして撒き散らすが、なにも反応がないために虚しいだけだ。

 真っ赤な海、浜辺から離れて行けば後に見えるのは岩と砂漠のような永遠の砂浜だけ。上を見上げれば赤い空が見え、ところどころに雲が浮いている程度か。見渡す限りに無機物ばかり。

 そもそものところ、万が一に備えてワイヤード接続が推奨されているにも関わらずワイヤレス接続をしている方がいけない……まあ今回に限っては自己責任ではないが。もっと言えば自分で立ち上げたログイン、ダイブプロセスではない為、自分でログアウト、イマージプロセスを実行しても値の受け渡しがうまくいかずに離脱できないのだ。

 どうにかなって欲しいがどうにもなりそうにない。

 と、そんな状況の堂々巡りに入り込みそうな時だった。

 ヒュウと風を切る音が響く。

 見上げれば空から人が降ってきていた。


「……? 空から女の子が、とかいう定番の……んな訳ないか」


 ものの数秒でなんだろうかという感情は、危機感に変わり、そして敵意が溢れだした。

 中途半端に記憶が消えて、そして中途半端に再生されたが故の事故。


「あん? マッドドガー?」

「っ!?」


 飛び退いて距離を取ると、見れば見るほどに敵対心が溢れて膨らんで、いますぐにでも撃破しなければという思いに満たされる。記憶された出来事ではなく、そこに付随していた感情だけが再生されたからこそ。理由の分からない憎しみが溢れる。


「おいおいおい、待てよ」


 落ちた来た方、クロードもクロードで同じような状態。しかし感情としてはおぼろげに何度も負けたことがあるというもの。戦うよりは逃げたほうが得策だ、なんて思うと同時に背中を見せれば一撃でやられてしまいそうな感じもしてしまう。

 故に、


「エンゲージ!」

「エンゲージ……」


 お互いがよく分からない内に衝突を始めてしまう。覚えている訳ではない、しかし身体に刻まれたルーチンとして戦闘開始の言葉を発し、そしてそれに続く決まったプロセスを立ち上げていく。

 シフト。

 足元から円が広がり、ある程度の場所で円筒形にせり上がり、ヘックス状の処理ウィンドウを高速展開していく。二人の身体が薄れ、拡散して鋼鉄の巨人として再構築される。

 同じ第三世代のブレインチップ、第三世代の機体。身体の移行シフトは同時に終わり、武装の展開も同時。

 オールラウンダーで軽量機のクロードは、黒が目立つ。人型であるとはいえ死神のような雰囲気を纏い、兵装は専用の"爪"と後はすべてを扱える。

 そして霧崎。可変型の四足型、ゴキブリ野郎と呼ばれるその見た目は虫のように地面を高速で這い回ることができ、白が目立つことで気味悪さを増加させる一方、どこかすがすがしさも感じさせる。


「「…………、」」


 お互いにどう出るかを見合う。

 どちらも軽量オールラウンダー機。小型機の中ではすべてをこなせる最強の機体であるからこそ、そこからつながるコンボ、カウンターを予測してなおも予測外が有り得る。

 霧崎のコンバットパターンは四足歩行という低い姿勢と高機動を活かし、さらに反応装甲とエネルギー装甲、自動修復機能を備えた高機動重防御で回避をこなしつつも肉薄し、エネルギー装甲を爆発させ致命の一撃を叩き込んでいくスタイル。

 対してクロードは多少のダメージを前提として最速最短のコースで接近、相手の処理に食い込む"爪"でパイロットを直接貫いて絶命させるというもの。無論これは、相手がこのことを知らないというのと腕のいいパイロットでないということが揃わないとまず通用しない。そのためにあらゆる兵装を用いて柔軟な戦術を組み上げる戦い方をメインとする。……つまるところ、行き当たりばったり。

 どちらも共に自動修復機能、エネルギー装甲は備えているため、持久戦になればそれは終わりのない戦いになるということ。だからこそ最初の一手で主導権を奪い、身体を壊しつくすコンボを叩き込む必要がある。

 キリキリと締め付けられるような緊張が高まり、そして。

 音が消えた。

 サファイアカラーの色彩が弾けた。

 パチッと静電気が弾けるように、霧崎のエネルギー装甲の表面が光った時には、クロードの未来予知が自然と身体を突き動かしていた。

 キンッ! と鋭い爆発が炸裂した。それはあまりの衝撃に"耳"が音を認識するのをやめたから、できなくなったから。

 先に仕掛けたのは霧崎だ。ジェネレーターから生成されるエネルギー、装甲のエネルギーを一気に解放したのだ。


「――ッ!!」


 白く焼け付いた視界。体中を突き刺し続ける痛み。

 いまの一撃で自動修復機能とエネルギー装甲が消し飛んだとクロードはすぐに理解した。だが"目"を"耳"を潰されたところでオールラウンダー機にはそれ以外の認識方法が備わっている。即座に切り替え、そしてノイズまみれの視界が頭の中に広げられた。

 あの攻撃は凄まじい攻撃力とジャミング、加えて広範囲に渡って持続的な破壊を振り撒く。範囲内にいるだけですべての"認識方法"を潰され、装甲が削られていく。並みの機体では敵う訳がない。


 ――処理、逆算完了。算出したデータよりカウンター生成。


 しかしそれがどうしたと。

 一度受けてしまえばその場限りで勝手に適応していくのが死神。


「いかれてやがるな」


 焼き尽くす白と消し飛ばされる黒、わずかではあるが認識できるようになると一気に彼我の距離を詰める。戦いの経験として知っている、あれを使った後はしばらく修復もエネルギー装甲の展開もできなくなる。出力低下で量子系統兵器の使用、機動力も落ちるはず。

 琥珀色の"爪"を展開し、下からすくい上げるように一撃叩き込み、浮いたところで脚部のブースターを併用した蹴りで海の方へと蹴り飛ばす。

 白と黒の二色だけの視界の中、触れた感触すら感じることはできなかったが、やった、その手応えは感じていた。あの機体は水上戦闘向きではない、だから浸水、水没させてしまえば終わるはずだと。

 瞬発的にエネルギーを解放して超高速で追撃を掛ける。


「沈め……ラクカラーチャ、意識の奈落に」

「まだ、だ。こんなところで!」


 体勢を立て直そうとする霧崎の機体、ラクカラーチャに体当たりを仕掛け、装甲が凹み激しい火花が飛び散る。そして吹き飛んで距離が離れる前にデスサイズを顕現させて関節部に引っ掛け、足ごとブースターを切断。

 赤褐色の生温かい液体が漏れだし、宙に斬り上げられた機体が落ちてくるのに合わせ、クロードはなぜかストレージの中にあった瓦礫の中からコンクリを纏った鉄骨を取り出し、バットのようにフルスイング。

 凄まじい音と共に五メートルクラスの軽量機が綺麗な放物線を描いて飛んでいく。

 なにやら叫んでいるようだが損傷のおかげでよく聞き取れない。


「トドメは……グラニートで」


 足元にストレージから取り出した対艦ミサイルを置き、固定してから離れる。

 十メートル、約七トンというものであり、現在では仮想空間における戦争でも使用されておらず製造も行われていない。クロードにしてもなんでこんなものが入っているのかは知らないが、あってもストレージの容量を無駄に食うだけなので処分してしまいたい。

 そういう訳で、とりあえず一緒に在庫処分がてら小型の使い捨て誘導装置や偵察装置も発射してしまう。


「たーまやー…………花火屋のことはどうでもいいけど」


 Esの海、沖合数キロでなんとかブースターを吹かして沈まないようにもがいている白い機体、ラクカラーチャ。そこに垂直発射され上空で反転した対艦ミサイルが突き刺さる。

 様子を見ようと望遠機能などで探ってみると、黒く焼けているものの以外にもまだ原型を保っていた。


「くそっ、メインブースターが……。スラスターじゃ、チッ、沈む……? 俺が、こんな」


 赤い海に機影が消える。

 クロードは戦闘モードを解除して通常電子体にシフトすると、その場に崩れるように座り込んだ。

 現実ではない仮想の世界、そこでの戦闘は生身、電子体における戦闘と擬装体の戦闘がある。なんにせよダメージを受ければそれがそのままフィードバックされ、見かけ上は傷がなくとも実際に傷を負ったのと同じだけの幻痛を受けることになる。


「いつつ……とりあえずは、撃破をかくに……ん?」


 沈んだ場所が激しく泡立ち始め、シフトせずに再び戦闘モードに移行する。

 レーダーに頼れば浮かび上がってくる反応が。


「再起動したのか……? あいつら以外にあり得るのかよ、そんなことが」

「やりやがったな、次は本気で行くぞ!」


 耳元に音声通信で声が届き、空高くに水柱が上がる。


「そういうセリフが負け役のフラグなんだがなぁ」

「あんだと……?」

「やれるもんならやってみろよ、ぶっ潰してやるから」

「く、くくくっ……」

「なんだ、この程度でキレたのか」

「叩っ斬ってやる、ジェネレーター、出力制限解除」

「お、マジになったか」


 クロードが備えてシフトすると、その数秒後に血のように赤い機体が突っ込んできた。

 ルビーカラーの鮮やかなエネルギーの尾を引いて、軽量二脚軽装甲、両手に機体を切断することに特化した斬機刀を下げた機体が斬りかかってくる。

 一撃もらえば終わってしまう。

 即座にデスサイズを構え、振るわれる斬機刀に目掛けて打ち付けようかと思えば何の抵抗もなく片腕まで持っていかれた。


「ぐづっ!!」

「死ねよ」


 続けてもう片方の斬機刀が振り下ろされる。軌道に合わせてエネルギー装甲をピンポイントで展開するが、なんなく通り抜けて胸部に深い傷を入れられる。

 ショック症状で感覚が鈍る。

 反応ができず、至近距離で先ほど同じエネルギーの解放攻撃を受ける。その威力は比べものにならないほど、霞む視界が捉えるのは遥か下にある砂浜と海と。


「沈むのはお前だ、シャドウウルフ」


 急速接近され、二刀が振るわれる。同時に下半身の感覚が消失し、斬機刀の腹で海の方へと叩き飛ばされる。

 何もできない。

 ただ落ちて。

 ただ沈んで。

 赤い海が視界を覆い尽くし、それはすぐに暗くなって、二度と浮かび上がることのできない水底へと引き摺り込まれて。


「…………、致命傷、か」


 それは自分のことであり、霧崎のことでもある。触れてしまえば相手に高負荷を与えることができる、これであちらはしばらくの間、なんらかの障害を負うだろう。

 後はどこかの誰かが。

 力があるのなら、大きなものに引き寄せられるように様々なものが勝手に寄ってくる。それはもちろん、良からぬものも。



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