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第三十五話 - 白銀の世界で

「……っ、なにが少しはマシになるだ」

「で、でで、でも外よりは」


 震える声でレイアが言いつつも、ぎゅっとスコールに抱き着いて離さない。スコールもスコールで抱きしめて離しはしない。

 夜になれば寒さが増す、そのまま雪原の上で寝てしまうと数十分で綺麗な死体が出来上がってしまうため、雪を掘って踏み固め、穴は換気口を作って塞いで、それでもって雪穴の中は周りを少し掘って冷気を下に貯めると良いとかなんとかでやっては見たが寒いものは寒い。

 ちなみにスコールだけの場合は大丈夫だ。レイアがいるからこうなっている。


「確かにな、氷点下……あれは寒いというより痛いからな。深部体温が下がれば後は死ぬだけだ。加熱……振動増幅系の魔法があれば」

「ご、ごめんねぇ~使えなくて」

「お前、魔力の色は青。どっちかといえば冷却やらの方向だろうが。だいたい補助具さえあれば分解の応用で均質化をやって疑似的な断熱障壁を」

「もぅ、言わないで!」

「はいはい」


 無駄な口喧嘩よりも、ここからどうやって生き延びるかを考えなければいけない。

 補助具がない以上、そしてレイとのリンクが確立できない今はレイアの魔法を頼りにできない。処理能力だけがあってもリソースが無いのであればなにもできないのだから。


「どこまで改変が掛かっているか……。白き乙女の採掘場が残っていれば、近くに港があるはずだが……」

「あるんだったらネットワーク経由で分かるはずなんだけど、でもなにも反応がないから」

「は、はははっ、冗談じゃない。……いや、割とあり得るか。記憶に干渉できるなら事象に干渉してなかったことに……」

「ねえ、もしそうだったらわたしたちどうなるの?」

「まあ飲み水も食べ物も……」


 自分一人ならどうにかできるが……。

 雪を食べて、海に潜って色々と採って。普通ならばやってはいけないこと、というか体温が一気に下がって死ぬが。


「……ないから、このまま凍死だな。餓死とかいう前に凍死だ」

「えぇ、ぇ」

「まあ、明日の朝、生きていたら話そうか」


 と、言って目を閉じて一人で睡眠モードに移行してしまうスコール。いつもと違って警戒状態ではないのは、先の計画が手の打ちようもないやりかたで完全にめちゃくちゃにされたからやけになっているからなのか。


「スコールー」

「……、」

「スコールってばー」

「…………、」

「ねーぇー」

「あぁうるさいな……このびりびりした感じは対人レーダーか」

「ほへ?」

「あーあぁ……割と短期間で何度もストレス発散したくなるのは相当にまずいんだが……まあ仕方ないか、明日の朝だ。寝る」

「えっ」


 レイアがそう声を漏らすと同時に、聞いたことのある無限軌道と駆動輪の音が近くを通り過ぎていった。汎用二脚型の歩行戦車と機動兵器ヴェセルだ。セントラ軍が扱う人型戦闘兵器であり、費用対効果の面で見れば条件を満たさない限りはマイナスが確定する。

 しかしながら適性のあるものが操れば、それは数の暴力をものともせず、圧倒的な一つの質ですべてをひっくり返してしまう。

 かつての仮想ネットでの戦争のように。

 仮想ネット現実リアルとでは勝手が違うが、それでもだ。


「ね、ねえスコール」

「明日の朝な。騒ぐと見つかる」

「そんなぁ」


 寒さに耐え、温かさを得るために、そして恐怖心を紛らわせる為に抱き着いてはみるが、それでも体が震える。

 常にすべてを消し去るという最強にして唯一の魔法があったから怖くなかった、だけど今はなぜか魔法が使えない。リンクが切れたのが原因だろうか、それにしては今まで一人で使っていたこともあるのに。

 理由が分からず強者の座から引きずり降ろされた。今までの狩る側から、狩られる側に落ちた。その恐怖にも震えながら、寒く凍える夜を耐えた。


 ---


「世界は……無観測の確率は、誰かが観測すると確定する……。ははっ、見れば見られて……視線が通れば……。やられたなぁ……くそ、いや、結構まずい状態か、これ。無観測状態……ああくそ、落ちる、引き寄せられる」


 どことも知れぬ空間にスコールは立ち、落ちてくるイリーガルを見上げていた。


「負けたか」

「負けたとも。街の地下に政府公認で研究所だとよ、いい感じに"別世界に汚染されて"ふざけてる。ぶっ壊れるんじゃないか、現実も、仮想も」

「願ったりかなったりだろ。全部消えてしまえばそれはそれでいい」

「まあそれはそうな訳だが物理的に手段がないのがいまのこの現状。一番心配なのはこっちに落ちてきてどこからスタートするかということな訳だが」

「まだ不確定だろ? 引き寄せるか」

「頼む」


 ふっと柔らかい光に包まれて、意識が目覚めに向かって昇っていく。

 ぼんやりと開かれた目が捉えるのは、日に照らされて光を跳ね返し乱反射させる氷の青色。そして左手はレイアの頭を抱き寄せ、右手は小ぶりで柔らかなお尻を掴んでいた。なにより下腹部に微量の熱を感じる。


「ぅぅ、んぅぅ……スコール……あたってるんだけど」


 目を覚ましたレイアが寝ぼけた声で、それでも状況はきちっと認識して言う。


「生理現象だ」

「うん、わかってるけど」


 スコールが手を離そうとして、すぐに冷気にあてられて、レイアの方から分かっていながら身体をぎゅっと密着させてきた。

 男のモノを恥ずかしいところに押し付けられるよりも、今は刺すような寒さを和らげてくれる温かさを優先してそんなことはほとんど考えていない。そもそもスコールの場合は無理やりは無いと思っているからでもある。


「さむっ」

「…………明るいな……外に出たくない」


 白い雪は光を反射して目に突き刺さる。さらにこの場所は晴れることは少ない上に、空気は乾燥してとても綺麗だ。晴れた日は有視界戦闘もさることながらレーダー波がよく通る。これがまずい。


「うぅぅ……漏れそう」

「するなら外でしてこい。まあ脱いだ瞬間に凍るかもしれんが」

「やっ、寒いっ! ……ね、隅っこでするから、あっち向いてて」

「……遊離体なんだ、精霊モードで物理現象から乖離しろ」

「えぇーやだあれー。なんかすーすーするもん」

「はぁ、もう。しろよ」

「うぅ……でも寒いから離れたくない」

「……だ、そうだが。どう思うイリーガル、この状況」

「え゛っ」


 今更というかようやくというか、まったく気配を感じさせなかったイリーガルの姿を雪穴の隅に捉えた。


「どうでもいい訳だが。それよりも軽く状況説明といきたいところなのだが」

「なんでこんなところに」

「黙っていろ。いま割とキレそうなんだ、感情任せに魔神の一人二人素手で殴り殺せそうなくらいにな」


 怒りが通常の上限を突き破って一つ上の平常状態に達したのか、その声は街中の通行人Aといったくらいに穏やかだ。怖さがなく穏やか、だというのに背筋を凍らせるほどの危険を感じる。


「とりあえず、広域の記憶改変とかいうレベルじゃなくて歴史改変だな。バタフライ効果とかなんとか言ってやりたいが、ここまで改変してなお変化を最小にしているのはそこまでできる技術があるってことだろうな」

「そういう広範囲な状況はいらん、この場所の状況は」

青の境界(エクレシア)の天使とセントラの機甲部隊が戦闘中。そんでもって白き乙女なんて組織は最初から存在せず港も採掘施設もない訳で、こちらの手元にある手札はない」

「セントラ側はレーダーに捉えられた瞬間にレーザーが飛んでくるだろうな。天使は……自動迎撃術式か。なんか、魔力制御とかその辺できなくなってるし、不味いな」


 強制詠唱を使ってレイアに無理やり魔法を使わせなかったのは、使わせることができなかったのはこのため。すでにここにいるのは最高峰の処理能力とわずかなリソースを保有する少女と、以前のように最強を屠りさるジョーカー達ではない。

 銃弾を浴びせられたなら当たり前の物理現象を引き起こす、それ即ち、最終的には死につながるということ。魔法に捉えられたなら、理不尽なまでの反撃ができる訳でもない。

 "もの"の本質を引き出す技術があったとして、その"もの"がなければなにもできやしない。


「ついでにオマケでさらにルール変更だ。書いてしまえば勝手に暴走するような魔法陣も刻印も書けない、解析に必要な時間も機材もないからな」

「……ふむ、という訳でレイア」

「な、なに?」


 いきなりスコールに話を振られ、


「生き残るためだ、好き嫌い言わずに身体を差し出せ」

「へ、え、えええええええええええええええええええぇぇ!!」

「嫌なら翼の剣を顕現させろ。今のところ二択だ」

「で、でも」

「死んだところで構わないから言っている。もう、本当に今までとは違うんだ。単なる消耗品、ある程度の替えが利くものでしかないんだよ」

「そーゆーこった。絶対的な強さがないのであれば、価値なんてないんだ」

「なんでそんなこと言えるの」

「忘れたか? どんな戦い方をするのかってことを」

「忘れるな、勝つために手段は択ばないと、かつて言った覚えがある」


 今のこの状態。護るべき状況という制限がないのであれば、彼らは場にあるすべてを使って、使えるけど誰も使わない非道な手段を躊躇いなく手に取って振り翳す。


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