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第三十四話 - 改変された世界で

「くぉらぁっ! 仙崎!」

「すみません寮長、説教は後で聞きます!」


 断片と抜け落ちた記憶からいま何をすべきなのか、それを考えた仙崎は真っ先に"そこ"に向かっていた。寮につくなり玄関で仁王立ちをしていた寮長の手を躱し、靴を脱ぎ捨てて深夜の廊下をバタバタと駆け抜けて。


「ミナ……君が仕掛けたのかどうかは知らないけど、君に教えてもらったことは君の首を絞めることに使えるよ」


 記憶の中で綺麗にすっぽりと抜け落ちてしまった空白。ぼんやりとならば分からなかったが、綺麗になくなってしまえば周りとの境界線がはっきりと分かる。それさえ分かれば型にはまるように予測できるため、かなりの数の可能性を排除できる。


「……ここ、この部屋だけが記憶にない」


 部屋の扉の横、ネームプレートは空白だ。しかしこの部屋には確かにあいつがいたはず。

 しかし開けてみれば何もない。誰もいない。


「こら仙崎!」


 怒鳴られても、仙崎は冷静に返した。


「寮長、この部屋にいた人は?」

「なに言ってんだい。ここはずっと空き部屋だよ」

「そんなはずは……だってこの部屋はミナが……」

「誰なんだい? そのミナってやつは」


 記憶から消えている? だとすれば、と。


「……寮長、いままで寮の仕事を手伝ってくれた男子が居ましたか?」

「いいや? いなかったが、仙崎、あんた話を逸らす気じゃないだろうね」

「いいえ、そういうつもりじゃないんですよ。……すみません、ちょっと出てきます」


 不意を突いて逃げるように駆け出すと、その背中を追いかけるように怒鳴り声が響く。


「今はこんなことに時間を使ってる暇はないんだよ……。ソウマとトーリ……後はユキたちを探さないと」


 こんなことになるのなら電話番号かメールアドレスを聞いておけばよかったなと、いまさら後悔しながら夜の街に走り出した。

 思えば最初の頃から、あちら側に関わる前からおかしかった。

 はじめて名前を知ったとき、知ったはずなのに、なのに仙崎は忘れてしまった。決定的に何かがおかしいと思ったのはその時だ。

 認識を巻き戻される? いや、なかったことにされているのでは……? そう思ったのが、あの時。


「ああもうっ、手掛かりなしで探すのって……!」


 学生寮の集中する場所から歓楽街に移ると、夜だというのに人が多い。ゲームセンターなどは一部が閉店するがまだまだ遊んでいられる時間帯だ。


「ソウマは同じ学校だったし、ゲーム好きだからこの辺にいそうなんだけどなぁ……」

「ソウマならさっきあっちの方で見たぞ?」

「あ、そう。ありがと……って、トーリ! 君のことも探してたんだ」

「え? どして?」


 うっかり自然な流れで置いていこうとして、すぐに振り向くとどこにでもいそうな私服学生が一人。


「ミナのこと、覚えてる?」


 聞いてみると、のほほんとした一般人の顔からあちら側で戦いに身を投じていた頃の顔になった。


「なるほど、お前もか、仙崎。こっちはあちこち連絡してみたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前はどこまで覚えてる? 俺はけっこう思い出したぞ」

「うん、僕もそれなりに。僕ら二人だけのパターンだと断定はできないけどさ、ミナのやり方で帰還させられたときに記憶を抹消されたんじゃない? 僕らはそれとは別のなにかで意識がこっち側に戻ってきたんだし。どうだろうか」

「俺も同じ意見だ。とりあえずソウマを探すか、ほかはあてにならんか居場所が分からんからな」

「オッケー。手分けしてゲーセン回ろう、集合は三十分後にまたここで」


 そうして実質五分もかからなかった。この時間に開いているゲームセンターで城代ソウマが好みそうなクソゲーというフィルターを掛けてみれば、二人の頭の中には一つの店しか浮かばなかったのだ。


「「ソウマ!」」

「おわっ、なんだよお前らこんな時間に」

「はいはいソウマー。夜通しゲーセンに入り浸ってないでちょっと職質させてもらおうかー」

「お前はどこまで思い出した? スコールのことは覚えているか? 起きたときの様子は?」

「おいおいおいおい、マシンガンみたいに聞くんじゃねえよ。でなに? スコールって誰さん?」

「あー……」

「仙崎、直接聞いてもダメだ。ソウマ、お前にゲームのチートを教えていたやつのことを覚えているか?」

「そういや誰だっけか? わりぃ思い出せねえ」

「そうか。……大丈夫そうだ、こいつも記憶は残ってやがる」

「どうしてそう言いきれるの?」

「俺たち頭脳派はその辺をセルフチェックでなんとかできる、で、こいつは肉体派のヴァカだ。つーわけでそういうことだ」

「なーる……そういうことだね」

「誰がバカだ! 誰が!」

「お前だよ」

「君のことだよ」

「んだと!」

「ヴァカはヴァカらしくしてろヴァカ」

「トーリてめっ!」

「やめなって二人とも!」


 ソウマが掴みかかってトーリが軽くかわして、目先のものに食いつくソウマをあしらう。


「ほぅらほぉら、こっちだこっち」


 挑発して引きつけながら、仙崎の隣を自然と通り、


「見られてる、このまま離れるぞ」

「了解」


 そのままバカ騒ぎをする学生のフリをして人ごみに潜っていく。


「トーリ、一応むこうにいた人たちって意識不明ってことで病院じゃなかったっけ?」

「そうだったはずだが……俺は病院じゃなかったぞ」

「僕もだよ。むこうに引き摺り込まれる前にいた場所だった」


 ---


「聞こえますか、主任」


 リュックサックに偽装した機器と集音器を抱えた者たちがいた。彼らは観測者と呼ばれている側の人間だ。


「"異世界"からの切り離しは成功しましたが、事象干渉による記憶干渉は失敗のようです。……はい、監視を続行します」

「監視続行か。あんな子供を見張って……」

「貴重なサンプルだ。データはどんなものであれ多い方がいい」


 集音器をリュックに押し込んで、見た目は夜の街で歩き回るお兄さんといった様子だ。


「行くぞ、見失うな」

「了か……ん? 貴様っ!?」


 動き出そうとしたところで、路地から飛び出してきた何者かに襲撃を受けた。藍色のパーカー、おはようからおやすみまでどこでも通用しそうなスポーツブランドのジャージ。彼らには見覚えがあった。


「イリーガルデータか」

「確率でしか存在しない事象も観測者に見られることによって収束、確定する。箱の中身が生きているか死んでいるか、二つの矛盾が重なることもあるが……まあ、どうでもいいだろう? 観測者ども」


 工事現場からくすねてきたのか、手ごろな長さの鉄パイプで殴りかかったイリーガルは観測者を動けなくすると手早く路地裏に引き摺り込んでトドメを刺す。

 荷物を漁って先ほどの通信に使っていたものを見つけると発信する。相手はすぐにそれに応えた。


「主任、といったか」

「そういうそちらはイリーガルデータなのかね。面白いな、こちらからあちらに入ることができ、またあちらからこちらにもそれが可能か。実にいいサンプルだ」

「どうでもいいが、通信経路の探知はできた。どうせ使い捨ての場所なんだろうが、すぐに殺しに行くから待っていろ」

「イリーガルデータ。君もまた"異世界"の住人なのだろう?」

「あぁ、そうだとも。とあるバカの願いと悪戯好きのせいで確率が収束しただけ、負の感情の集合体とでも言おうか。恐れだよ、改変する力があれば、恐れがある。改変すれば何が起きるか分からない、よくなるかもしれないが、わるくなるかもしれない。わるくなったらどうやって戻したらいいか分からない。そんな恐れの確率が引き寄せられたのさ、あいつらに。自分では影響できない絶対的な強者を欲し、壊れた場所を補完する代替品……でしかないのさ」

「量子論と……妄想で語り合おうというのかね」

「いいや。 

 確かなものが欲しい、決して変わらない、支えになってくれる何かが

 不安定な壊れやすい世界を、修復する存在がいてくれたら

 意のままに世界を歪めることができる、だが決して歪まない基準が欲しい

 いろいろ思うやつがいたのさ。ただ、そういう思いは弱くても如何せん数が多くてな、やっぱりああいう方向じゃ数は力だよ」

「想いの力、とでも?」

「あぁ、そうだ」

「ロマンチストかね」

「いいや、ニヒリストだ。すべてに意味なんてないんだ、いまの性質は破壊。すべてを均一に無に還すだけな訳だ。それを知れば何か関係がある、なんて思うのが人間さ。だけどな、そこに意味なんてないんだ。あるのは()()、起こるべくして起こったことだけだ……と、個人的には思いたい訳だよ」

「そうか、君のことはよく分からんよ」

()()だな。お前のことはよく分からん。なんで危険を冒してまで"別の世界"に手を出すのか」

「誰も他人のことを理解できやしないだろうに」

「あぁ、そうだろうな。理解できないから殺すだけだ、理解したとしても殺すがな。誰とも相容れないんだよ……この存在は」


 ---


「ま、そゆわけでだなぁ。いい加減思い出したかこのヴァカ」

「なあキリヤ、こいつぶん殴っていいか? つーか刀くれ、刀」

「やめときなってソウマ。トーリもそうやって挑発しないの。今までとは違うんだから、街中で喧嘩したらすぐに警察来るよ」


 往来の中で歩道に設置されたベンチに腰掛けてあれやこれやと話し合ってすでに三十分ほど。

 とりあえずのところあちら側でのことは思い出したが、記憶が一部だけ綺麗にすっぽりと抜け落ちてしまっている。抜け落ちているところはそれぞれで違うが、共通点はスコール、及びその関係者についてだけは完全に抜けているところだ。


「……おかしいな、確かにあいつはお前と同じ寮、学校にいたんだよな?」

「うん、いたはずだよ」

「どう調べても何も出てこない。そもそもこのエリア一帯は学生の登録があるから調べたら寮、学校、苗字は確実に出てくるはずなのに出てこない」

「名前が分からないのに調べられるの?」

「本命が分からないなら周りから崩して絞っていけばいいんだよ」


 トーリが携帯端末を三台も使って検索していると、そのうちの一台に緊急速報が着信した。


「あん? 路地裏で殺人事件?」

「犯人が逃走中ってこと?」

「みたいだな……」


 一台をそちらの検索に回してみると、すぐにリアルタイムの投稿が表示されていく。


「あら、あらら、これは」

「んー……被害者男性二名女性一名、所持品は集音器に専用通信機に……これ一般人じゃないよね」

「ああ。それに凶器は鉄パイプで怪我の様子から不意打ちで動けなくしてから一撃らしいな」

「ミナ……」

「あいつ、こんなに杜撰なことやるか?」

「どうだろう? ミナだったらしばらくは見つからないように隠すと思うけど、でも急いでたらそのままもあり得そうなんだよね」


 そんなことを話しているとまたも緊急速報が。こんどはどこかのマンションの裏手で、と。


「被害者は男性一名、観葉植物パキラの鉢で後頭部を……被害者の部屋は爆発でもしたのか酷い有様だと」

「なんでこんな事件が近くで発生するんだろうねえ。いやだよもう、別のことに巻き込まれるとか」

「おいキリヤ、言ってる傍から巻き込まれそうだぜ」

「えぇ……」


 何やら悲鳴が聞こえ、そちらに目を向けると酷く慌てた様子で「殺される!」と叫びながら走っていく中年男性の姿があった。やがて一つのマンションの前を通りかかった時、見計らったように落ちてきた植木鉢が直撃した。


「屋上の野郎!」

「あいつ……見たことあるような……」

「目がいいね君ら、僕、見えないんだけど」

既視感デジャヴっつうことは、手掛かりかもしれないな」

「追いかけっか?」

「行くぞ、正面からは出てこないだろうから裏手で張るぞ」


 そう意気込んで動き出したのもつかの間、屋上から屋上に飛び移り、飛び降りて、壁の樋を登っては別の場所に姿を消していく影があった。


「……あれで確定じゃないのか。日本であんなこと突発的にするような殺人犯がいるか?」

「いるかもだけど……でも、今はその可能性は低いね」



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