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第五話 - 黒い青年

 真っ白な世界で意識が覚醒した。

 目を開いてあたりを見回しても、白ばかり。周囲の状況を探ろうとしても、顔も体も動かない。


「…………」


 声を出そうとした。でも口が動かない。

 呼吸をしようとした。でも息はできない。

 それでも不思議と苦しいと感じることはない。

 むしろ……、今すぐにでもこの場から走り去らないと危ないという思いがある。何度か体験したことのある”消滅”への片道切符の感覚。


(どこだ……ここ?)


『ナノマシンによる組織状態保護――終了

 復帰処理開始――終了まで  秒』


 馴染みのある機械の声が直接頭の中に響き渡る。


『組織改変用ナノマシンによる最適化処理――エラー・体内のナノマシンを観測不能』


(待て……何が起こっている)


『ナノチップ再起動処理開始――エラー・脳内のチップを観測不能』


(おい、待ってくれ)


『機密維持のため情報保護用の稠密防壁を展開――エラー・外部かんしょ……』


 機械音声が唐突に消える。そして、


『リカバリー終了、リブート……起きて!』


 知っているような知らないような、よくわからないが人間の声が響いて白い世界から抜け出した。


「……ィアか……その声」

「今はそういうの後、さっさと逃げて!」


 寝起きの目をこすり、声のした方向に目を向けると青い文字の刻まれたナイフと黒く艶消しされたナイフが浮かんでいた。


「……?」

「おかえり、クロード」

「…………うん?」

「さあ立って、走って!」


 二本のナイフが勝手にベルトに刺さると、はっきりと目覚め始めた意識が周囲の情報を捉え始める。

 真っ先に捉えたのは体を揺らす重たい振動、次に捉えたのは鼓膜を破らんとするほどの轟音。それもビルの解体工事などの生活の中で聞くような音ではなく、砲撃の音。

 この音はよく知っていた。幼いころからずっと走り回った戦場の音だ。


「っ……おいおい!」


 途端、急激に覚醒した意識は体を立ち上がらせ、よろけながらも走り始めた。基地の中なのかコンクリートの床と金属面むき出しの壁が見える。


「何が起こってんだよ!」


 さっと自分の体を確認すると、黒いパーカーと黒いズボンに黒い靴。見慣れた自分の服と見慣れない体が目に入った。


『巻き戻しで世界の配置が戻ってるの。当然クロードの体も少し前の状態に』


 直接頭の中に響く声は唯一の情報源だ。


「へぇなるほど、だったら俺はあの穴に吸い込まれる前、それよりも前の状態ってことかよ」

『そう、追加チップとナノマシンはまだ”無い”状態だから色々とエラーが出てるだろうし、クロードは本来ありえない世界情報を引き継いでいるからこの世界に異物として認識されてる』

「はっ、異物ねぇ」


 全力疾走で心臓はバクバクと鼓動し、息は酷く乱れている。それでもまったく疲れを感じることはなく、足は最速で動き続ける。

 非常灯が通路全体を赤く照らし、警報がけたたましく鳴り響いているが人っ子一人いない。これほどのことならば走り回る兵士がいてもいいはずなのに。しかも外は明らかに戦闘中だというのに、なぜこちらには制圧のための敵部隊が攻め込んできていない?


「ところでここはどこの基地だ? 漆黒武装小隊か、キャンサー隊か」

『さすがにそれは分からないよ……あ、ジャマーが展開され――』

「おい?」


 それきり返答はなかった。


「くそっ……訳の分からないところで死ぬなんて御免だぞ!」


 出口を求めて走り続けると、閉ざされた防火扉があった。勢いそのままに体当たりを仕掛けたところで、どうにもならないことは確かだ。

 クロードは扉の手前で急ブレーキをかけると、そのすぐ脇にあったコントロールパネルを操作して扉を開く。内側からの操作を受け付けてくれたことは幸いだ。そう思った刹那、ガコンとロックが外れた音に重なって破壊の音が響いた。


「うぉっ!?」


 砲撃を受けた分厚い金属の扉が木端微塵に吹き飛んだ。


「いっつぅ……」


 吹き飛ばされてもすぐに起き上がり、扉の残骸の影に隠れて外を見る。そこにあったのは人の形をした鋼の巨人。


「…………冗談じゃねえぞ」


 それはセントラが戦場に投入している兵器。呼び名は複数あるが、もっとも一般的なものはシェル、ヴェセル、エンブレイスの三つだ。大きさは小型機ならば五メートル程度で人型のものが多い、大型機ともなると戦艦クラスの大きさになり、これは四足型や浮遊型になってくる。

 この兵器最大の特徴は、武装の互換性と適性のあるものが操ればたった一機で戦場を変えることができる点。そして単なる陸上戦闘用から空中戦闘用、長距離砲撃や支援に特化したものなどの幅広いバリエーションとパフォーマンス。装甲に損傷を受けても、完全に破壊されていなければ戦闘出力を回して自動修復できるところなど、通常兵器を圧倒できる性能だ。


「……衛星の攻撃食らっても一撃じゃ破壊されないものとどうやってやりあえと?」


 如何に並外れた予知能力と戦闘能力があろうとも、そもそもの前提というものはなんでもある。手持ちの武器はナイフのみ。対してあちらは誘導ミサイルとエネルギーブレードに加えてマシンガン(口径は戦闘機などにつけられているもの以上)だ。


「…………」


 考えるのがばからしくなって来た道を全力で引き返す。しかし対人レーダーに捕捉されていたのか、撃ち込まれたマイクロミサイル(五十センチもない)が高速で迫る。


「――っ!!!!」


 死んだ。これもう死んだ。そう思ったが、よそ見して運よく扉の破片に躓いて、頭上を素通りしたミサイルが壁の一部を吹き飛ばした。まだ生きていられるらしい。しかもさらに運のいいことに、穴の開いたところから覗き込めばそこは武器庫。

 クロードは素早くグレネードランチャーを引っ掴んで、手近なところにあったバックパックに弾を詰め込んでヴェセルへと立ち向かう。

 今のところクロードが知る限りは、生身による破壊を成し遂げたのはレイアやスコールといったちょっとおかしい者たちがいる。そもそも高高度爆撃機相手にアサルトライフルだけ持って撃ち落してこいというよりも難しいはずなのに。


「……俺もやってみるか」


 どっちみちここに閉じこもっていれば火炎放射で蒸し焼きにされるかプラズマ砲で溶かされるか、それくらいの未来しか見えない。走りながら蓮根型の弾倉に擲弾を詰める。

 さきほどの機体は別の機体と交戦中なのかこちらに注意を払っていない。


「戦車でも駆動部やれば……ヴェセル相手なら膝と股関節やって、背面からコックピットか」


 出口に転がる扉の残骸に滑り込み、まるでロボットアニメのような戦闘が終わるのを待つ。見える範囲にはたったの二機。どちらが破壊されたところで、残った方を破壊すればとりあえずの安全を確保できる。唯一心配なのはそれがどこの所属かということ。もし味方だったとして双方の誤解により……ということであれば厳罰が科せられるだろう。

 クロードはその戦闘が終わるのを眺めていた。勝つのはさっきミサイルを撃ち込んできたヴェセルだ。


「第一世代型の一型と第三世代型の一型か……」


 パソコンにだって第何世代とかあるように、兵器にもそういうものはある。そして大抵は下位の世代は上位の世代に勝つことは不可能。そもそものスペックが違うのだから。

 第一世代は二本の脚で走り回りながらマシンガンを横薙ぎに撃つ。しかし第三世代は足裏に取り付けられた駆動輪と腰や背面のスラスターで滑らかに、高速で動き回って近づき、斬機刀(名の通り機体を切るための片刃の剣)で両断する。赤色の飛沫が黒いオイルに混じって飛び散る。


「……やるか」


 走査用レーダーに捉えられる前にクロードは飛び出した。ランチャーを構えて一発、脹脛の部分に命中。すぐに狙いを修正して二発、膝を砕いて転倒させ、続いて腕に撃ち込んで射撃武装の使用を封じる。

 そして、パイロットが脱出するよりも先に飛び乗ってランチャーを突きつける。


「どれだけ強固な装甲で覆っても関節部は弱い。すぐに出てこなければ撃ち抜くぞ」


 返事は機体に取り付けられたスピーカーから響いた。


『何を言っている?』

「さっさとその機体から下りやがれ」

『……何か勘違いしているのかバカなのかは知らんが、これはヴェセルではなくシェルだ』

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 たっぷりの沈黙の後、思い出した。

 基本的にはどう呼んでも通じるが、簡単に言った場合。エンブレイスは追加兵装として、ヴェセルは人が乗り込んで操縦するモノとして、シェルは人を一度分解して置き換えたものとしての意味だ。


「ってことはここ、仮想空間か!?」


 桜都国、浮遊都市、科学国セントラのあちこちに配置されているAI群。それらの余剰演算能力によって再現、維持される0と1から始まった仮想空間。それは、今やどこか偽物くさいということすら感じさせないほどにまで、現実そっくりに再現されている。

 クロードは起きてから今まで、しっかりと騙されていたわけだ。


「寝起きでまだボケてんのかよ」


 ガンッ、と機体を蹴って飛び降りる。


「そういうことなら肉体じゃなくて仮想の体ってことか……どうりで疲れを感じないはずだ」


 意識の焦点を別のものに合わせると、視界に重なって半透明のツールバーが表示されていく。思考感知デバイスが働いて脳に錯覚を起こさせているのだ。

 続いて今度はクロードの周りにグリッドが表示されてウィンドウが開かれていく。ただ、そこに表示される内容はすべてが『アクセスが拒否されました』ばかりだが。


「……俺、なんか悪いことしたか?」


 悪ふざけ(ハッキング)破壊行為クラッキング程度のことでアクセス拒否を食らうようなことはないはずだ。クロードのアクセス権限は軍人としての権限だから、そこらの民間人よりは高いはず。

 考えているうちにガチャリと音が聞こえた。目を向けると行動不能にしたはずの第三世代型シェルがこちらに銃口を向けていた。


『所属と階級』


 頭の中に直接届いたパイロットの声は敵か味方を判断するためのもの。所属を示すIDやその他もろもろが映し出されるフェイスウィンドウを使ってこないのは、顔が割れると厄介なことになるからだろう。


漆黒武装小隊ジェットの准尉だ』


 こちらも同じように返してやると、しばらくの間をおいて返事が来た。データベースに検索をかけていたのだろう、声が若干震えていた。


『く、クラルティ中佐の部隊か!?』

『ああそうだとも。やるってんならここで相手をしてやるが?』


 そう言ってクロードは戦闘用プログラムを起動させる。身体の周りに処理に伴うエフェクトが見え始める。


『や、ややらん! 貴様らと関わったら命がいくつあっても足らん!』


 目の前でシェルがグリッドに包まれると、一瞬にして光る破片になって消えていく。仮想空間ならではの転送処理でどこかへと逃げたのだろう。

 静かになった場所でクロードはあたりを見回すと、索敵用のプログラムを思い浮かべる。即座に思考感知デバイス……脳内に存在する生体機械バイオチップが読み取って、脳内にあるナノチップからデータを読み出して起動する。

 しかし、


『エラー・ヴァージョン情報が不一致』

『エラー・処理方式が不一致』

『エラー・IDを認証できません』


 と、眼前に次々とエラーログのウィンドウが表示され始めたのですぐに終了した。

 試しにほかのプログラムを起動してみるが、どれもこれもエラーを吐き出すばかりで、共通点といえば『エラー・IDを認証できません』だ。各種戦闘サポート用のプロセスから吐き出されたログがすべて赤色のエラー文字で埋まり、クロックがでたらめな日付をバラバラに表示している。


「……ネットワークのステータスを表示」


 言葉を発して命令を出すと、すぐに蜘蛛の巣のようなネットワークがウィンドウに描き出されていく。複数のコンピューターとAI群が織りなす大規模な情報の網、仮想世界の地図。情報や仮想体(データ)行き来(トラフィック)は多数あるようで、規定値を超えてパンク寸前の場所があれば古い構造体周辺で完全に静まり返っている場所もある。


「で、なんで俺の権限ではどこもかしこも通行不能なんだかなぁ!!」


 目の前のウィンドウを殴ってぶち壊し、苛立ちのままにID情報を表示させる。


『クロード・クライス……このIDはすでに使用されています

 現在のあなたのIDナンバー……不正取得されたものと判断』

「おい……俺がクロード・クライスだ。なにが不正取得だ、あぁ? このエリアの管理AI出てきやがれ」

『有害情報体・AIに害を与える電子体と認定。なおNPCではない情報がないことから排除可能と判断。三原則の一・自己の防衛を起動します』

「…………ふざけるなよ」


 処理落ちに似た感覚、そして頭上に浮かぶ無数のグリッド。

 一瞬で巨大な鋼の巨人や歩行兵器が転送されてくる、すべてはAIが操る仮想の兵器。0と1だけの電気信号から構成される紛い物の凶器だ。だが、それの攻撃によって受ける痛みの信号は本物だと騙されるほどに正確なもの。ならばそれを体が本当の死として受け取ってしまったら?


「チッ、冗談じゃねえっ!!」


 四足歩行の巨大なサソリのような兵器が目の前に着地した。尻尾の先には物騒なレーザー、背面には連装砲を備え、掠りでもすれば即死級だ。


「転送エンジン起動・ムーブ」


 仮想だからこそ行える瞬間移動を思い浮かべ、


『ムーブ不能』

「じゃあログアウト」

『アンカー展開中・このエリア内に置いてログアウト処理は実行できません』

「シフト!」

『IDを認証できません』

「アボート!!」

『アクセス元を認識できません』

「ストレージから無反動砲をロード!」

『IDを認証できません』

「仮想魔法領域を展開、対重装甲兵器用の」

『現エリアにおいてその機能は使用不能です』

「マジかよ……」


 そうこうしているうちに全方向を兵器群に囲まれてしまった。いくらなんでもこれを切り抜けろと言うのは無理がある。重力操作用のギアがなければ弾を逸らすことはできないし、仮に重力操作ができたとしても飽和攻撃をされたならどうしようもない。


「あ、あれぇ……俺ってここで人生詰んだ?」


 ぐるりと周りを見渡せば全身を装甲に覆われた人型戦闘兵器が銃口を向けてきて、やけに大きな戦車が機関銃の射線を合わせてきて、上空を飛び回る耐久性と引き換えに可変性を得た飛行型の無人機が照準用のレーザーを浴びせてくる。

 至近距離でどうやって音速越えの砲弾を躱せと言うか、逃げてもしつこく追いかけてくるマイクロミサイルを雨のように降らせて来る空の悪魔からどうやって逃げろと言うか。


「……やっと帰ってこれたらそれで終わりか」


 その言葉を押し流すように爆音が響き、閃光が散った。過剰な攻撃だった、残骸が残るようなこともなかったのだから。



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