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第三十一話 - 交わることのない未来/4

……何もない日々でした

……一生消えない傷がまた増えました

 頭痛がとても酷い。

 空に浮かぶ巨大魔方陣が完成に向かうと共に、記憶に霧が掛かり、ノイズに呑まれて破壊されて、大切な人たちを忘れていく。忘れてはいけない彼女たちのことも、今となってはその名と何としても守らなければいけないことしか分からない。それでもまだ記憶は消えていない、彼女たちの存在はまだ自分の中から消え去ってはいない。

 決して消えていいものではない、絶対に手放してはいけないものだ。


 ――新たなる世界を望むか?


 どこからともなく降りかかる少女の声を聞きながら、不自然なまでに静かで誰もいない、戦の色から弾きだされた場所をレイズは進む。この場には自分と同等以上の戦力が多数投入されている。当然のようにジョーカーにはジョーカーでぶつかるしかなく、レイズに相対するジョーカーは声の主だろう。

 歩兵が偵察に出たところで、戦闘ヘリの掃射でなすすべなく殲滅される。そんなものが戦場だ、対抗策はなく逃げ道はない。どこまでやったら終わり、これは禁止などというルールもない。

 スポーツのようにある程度の同じ条件下で戦うような決まりに則った勝負ではなく、どんなに外道であれ確実に敵を葬り去る用意をしていく、それがこちら側にある非通常の戦だ。


 ――新たなる天地を望むか?


「別世界に消し飛ばしてやろうか? お前らは一人残らず倒す!」


 一歩の踏み込み、同時に力の増幅を行い、声の発生源に体当たりを仕掛ける。


 ――ブランク、その可能性を排除


 少女の姿を捉えると同時に急速に勢いを失い、当たる前に止まる。ルーン系の魔法だと理解すると同時になぜそんな魔法が自分に効果を顕現したのかと疑問に思う。

 本気の戦闘時には上級以下の魔法は無効化できるほどの障壁を広げているというのに、なぜそんな旧式魔法の基礎系が効いてしまう?


 ――ラグズ、消え去った過去を再構築


 失われた勢いが反転して、見えない一撃となってレイズを吹き飛ばし、


 ――イサ、オシラ、限りある世界に縛り付けろ


 どかっと魔方陣に背中が付くと同時に瞬間接着剤で固定どころか溶接されてしまったかのように動けなくなる。


 ――ハガラズ、ラグズ、打ち壊し新たなる流れを


 身体の末端が黒い塵になり始めたところで、レイズはすぐに冷静になった。なんでいちいち魔法に対抗しようなんて考える、仮にそれがルーン魔術であったとして、それがどうした? 自分はすべての魔法魔術の最高峰、概念操作ができるがじゃないか、と。


「ルーンを使って魔法が使える? そんな幻想は存在しない」


 頭の中でイメージするだけでも効果は表れるが、さらに明確に言葉として世界に押し付ける。自分だけの我儘、魔を司る力の本質、世界を捻じ曲げるその力で事象を変える。


「お前はナニができる? ナニもできないだろう? そう、お前はただの人、か弱い少女でしかない」


 言葉が新たな定義を塗りたくっていく。

 少女を包み込んでいた力が次の瞬間にはなくなっていた。


「怖いんだろう? 力があるから恐れなかった、なにもない人間如きには耐えられないだろ」


 精神を蝕む呪詛がまがまがしい鎖となって、身体を這い上るムカデのような嫌悪を伴って迫る。

 突然湧き出した恐怖に身体がかすかに震え、一歩二歩と下がる。ただしそれは、少女自身が死ぬ恐怖ではなく、自分が死ぬことによって被害を被る彼のことを考えてだ。


「当たり前のことだが今一度言おう、普通の人間には魔力は毒でしかない。死ねるぞ、この俺の力を受けると」


 ――死……まだ、死ねない。あと少し、まだ……


「お前はここで死――」


 真横から突然澄んだ水の一撃が叩き込まれ、レイズの身体が五十メートルほど綺麗な放物線を描いて吹っ飛んだ。立て続けに囲むように鋼鉄と磁力の壁が構築され、容赦なく内部に亜高速の金属原子が生成されて"兆"単位のもはや太陽以上の温度、地獄とかいう段階ではない空間でレイズは瞬間的に蒸発した。


「えーと……まあそういうわけで」

「やりすぎ……た?」

「あのねぇ、あれの冷却って僕がやるんだよねぇ。君、加熱はできるのに冷却は……あぁ、めんどうだよ」


 全身が凍傷で赤くなった霧崎アキトと仙崎霧夜の二人が、とりあえず大爆発だけは回避したいために全力で冷却を始める。


「とりあえずはなんとかできるし、ほかのところは大丈夫だろうかなぁ」

「ほかって、ネーベルみたいなのがまだいるんだよな?」

「僕みたいなのっていうか、僕より化け物なやつらがいるからねぇ」

「うへぇ……怪獣大戦争かよ」

「さあねぇ、ていうかまあそこにやばいのいるし」


 レイズと戦って(?)いた少女を視線で指したネーベルにつられ、霧崎がその姿を見ると、


「…………ネーベル、俺、死にたくない」

「下手に手出ししなければ大丈夫だよ。ね?」


 少女はこくっとうなずくとどこかに向かって歩いていくが、


「矛盾する存在、相反する意思の集まり。それは不適切だ、失せろ」


 突如現れたイリーガルの一撃で昏倒させられる。

 冷却作業を終えた二人がすぐさま戦闘態勢に移り、イリーガルは仙崎を敵として認識した。


「ネーベル、理由は聞かないから大人しく消えてくれ」

「そういう訳にはいかないね。この魔方陣、勝手に解析させてもらったけど、なんだいこの記述は?」

「言い訳はない。そのままだ」

「ああそう。フェンリルとかほかのみんなとか、どれだけ引っ掛かったのかは知らないけど、僕はやられる気はないよ。だいたい知らないところでどんどん進んでいって、それで都合良く帰れるから来いって言うの、おかしいと思うよ」

「だろうな。引っ掛からなかったやつらは各個撃破している、そういう訳でお前らも終わりだ。やれ、ゴースト」


 すぅっとイリーガルの姿が消えると、入れ替わりで色白の少女が現れた。


「ひっさしぶりの現実リアルだよ……あぁー体が重い」


 ものすごく気怠そうな様子の少女を見た霧崎は、死を目の前にしたような表情で後退った。


「…………やばい」

「どうしたの?」

「やばい、やばい、あいつは……パールフレームのパイロットは」

「パールフレーム……ゴースト、確かミナの」


 仙崎も戦って勝てない部類と判断したのか、逃げる為の魔法をキャストし始めるがジャマーを展開されて魔法を破壊されてしまう。


「あんなぁ、ラクカラーチャ君や。人のこと見て怯えんのやめいな。んで、うちの機体はどうかねぇ」

「あんた死んだはずじゃ!」

「あー、うん死んだよ。で、それが? うちらアウトサイダーを甘く見んほうがええよ。それよかうちの機体はどないよ? シルファどもに壊されとらんやろうなぁ」

「うぐっ……」

「ラクカラーチャにマッドドガー。どっちも最高級の機体なんやけんど、使うほうがダメかいな。これならまだシャドウウルフのほうがええわいな」

「シャドウ……クロードのグリムリーパーか」

「いくらあんたが勝ちっぱでもねえ……。どんなにあんたが強くても、あんたはダメだね」


 タッと軽い踏み込みに対し、霧崎は仙崎を吹き飛ばした。


「ちょと!?」

「こいつは俺が!」


 霧崎とゴースト、双方の展開する力がふっと消え去ると世界に穴が穿たれた。二人を中心に強烈な閃光と衝撃波が撒き散らされ、強大な魔方陣の一部を破壊してしまう。


「オッケー、一対一っちゅうことやね」

「俺は止めるぞ。漣に頼まれたからな、あいつをぶっ飛ばせば」

「そらあさせるわけにはいかんなぁ。うちの残り時間は少ないやけんど、ミー君との約束あるけん死ぬ気でいかせてもらうで!」

「あっそ。死ぬ気なら俺は殺す気でいくぞ」


 赤と青の光が舞い、再び凝縮されて瞬間的に解放される。


「コンバットオープン」

「オープンコンバット」


 霧崎の膨大な魔力を撒き散らし続ける障壁。

 ゴーストの周辺に散らした力を安定的に環流させる障壁。

 自身にとっては身を守る力であっても、他人には毒でしかない力を散らし続けているため戦い始めれば近づくだけで常にお互いの体力を削り合うことになる。


「第三世代か……もうすぐ第四世代のプロトタイプが生まれる、あんたは時代遅れの仲間入りさ」

「だからなんだよ! お前も一緒に時代遅れの仲間入りだ!」


 ゴーストが飛び掛かり、霧崎に抱き着くとそのまま力を凝縮して、


「道連れだよ。うちはもう長くないから」

「頭の中にチップ入れ過ぎなんだよ……あんた」

「だよねぇ。でもあんたもうちも人としては次の世代にあるから……人工的に生み出された異物だからね。――一緒に、世界にさよならしよっか」


 カッ!! とすべてを消し飛ばす光の奔流に包み込まれ、体を構成する物質が魔力の奔流に巻き込まれて崩壊していく。


「く、そっ!」

「放さない。ぐぅ……うぅぁ……これが、うちの最期やぁ!」

「はな、せぇ! 俺はこんなところで!」

「終わりなさい、あんたは次の世界に必要じゃない!」

「くそがぁぁぁぁぁぁ!」


 意識が消えかけたそのとき、


「死なせない、私の大好きなアキト!」


 青色の滅びの風が、消滅に導く事象を消し飛ばした。


 ---


 離れた場所で復活したレイズは早くも、またも負けていた。


「いろいろと分かっちゃいる。スコールの側に付いても得は少ししかない。それでもだ、あいつがいつも通りにやってくれるなら、あいつの方にいることが一番被害が少ないんだよ……だから、俺はあっちに付く」


 レイアの加護を受けたクロードの前になすすべなく倒され、再生の進む中の朦朧とした意識で立ち去っていくその姿を見ていた。

 あの日に気紛れで助けた小僧が気付けばいつの間にか、死神とまで呼ばれる年若くも神格級を倒せるほどの存在にまで成長している。助けたことを後悔はしていない、しかしここまで強くなっているとは思わなかった。

 クロード本人は戦闘技術に優れ躊躇いの無い青年でしかない。だがその周りにいる者たちが彼に力を与えた。概念干渉の力を。引き寄せる力と跳ね除ける力を。

 魔術師たちの世界の改変を無効化し、ある意味不必要なものを排除する安定剤となってしまっている。クロードにその自覚はなくとも、なにかあれば首を突っ込んでその状況を平定してしまう。


「急げよ……俺はまだ」


 じわじわと再生の進む肉体に鞭打って立ち上がる。

 ナイフの雨に開けられた穴から血が溢れ、重力操作によってぐちゃぐちゃにされた内臓が悲鳴を上げ、破壊された魔法の欠片が煌めきながら消えていく。


「レイズ、無事か!」

「おせーぞムツキ……どこ行ってた」


 人の力では到底抱えられない大剣を肩に担ぎながら走ってくる黒コートの男。レイズとは長い付き合いであり、隠密特化。基本的には闇に紛れて一撃必殺を行い、集団戦闘では転移魔法を用いて死角から必殺の一撃を叩き込む。


「フェンリルとやりあっていた。いまは仲間たちに任せている」

「レイズ様!」

「む?」

「ん……その声、紅月か?」

「えぇ……その……遅くなって申し訳ありません」

「別にいい。ムツキ、別の方向から攻めろ。紅、一緒に来い」

「はい!」


 ヒュンとムツキの転移によって空いた空間に空気が流れ込む音が響くと、レイズはボロボロの身体で歩き始めた。脅威レベルの高い者が去り、腕のいい露払いと高い攻撃力を持つ者が来たことで、レイズは気を抜いていたのだろう。

 紅月……アルメリアは二人だけになった状態で、スコールから貰った特別な剣をだらりと腕に下げて足音を殺して近づいた。


「レイズ様」

「どうし……ぁ?」


 自然な流れでぶつかられ、焼ける痛みと真っ赤な剣が胸から突き出るまで反応できず、それを見ても理解が及ばなかった。


「……ごめんなさい」

「これは……この剣は……スコールの干渉ミスリル……。そう、か……お前まで」

「すみません、私は……いえ、これが私の選ぶ道です」

「……くっ、ふふは。俺はここで終わりか」


 再生用の魔法が破壊され、不死の呪いによる再生も一時的に楔を打ち込まれて効力を打ち消されてしまう。

 アルメリアはゆっくりと剣の柄から手を離すと、涙を零しながら下がっていった。レイズは膝から崩れ落ち、体が光の塵になって消えていった。もうしばらくの間は復活することはできない。邪魔になると、スコールがそう判断したからには生半可な手は打ってこない。

 やるときは徹底的に、過剰にやる。ときには大地そのものを使えなくしてしまうほどに、毒……枯葉剤や重金属油を散布することまでもやるのだ。知り合い一人に非道な手を使うことを躊躇うことはほとんどない。


「これで……いいんですよね」


 いきなりレイズの魔力反応が弱まったことに気付いた者たちが転移してきて、その場にある光景を目に入れ、アルメリアを包囲した。

 彼女の知っている者、それよりも知らない少女たちの人数が多い。

 やはり、と。

 自分はここに合わないんだ、と。

 結局この男は、好いたこの男は最低な女誑しというなんだ、と。


「……ふふっ。出会ってしまったこと自体が――


 その言葉は、無数の刃と圧倒的な数の魔法に呑み込まれて聞こえることはなかった。


 ---


「さてこれは……久々の大ピンチというやつかな?」

「ほーら毎度のこった。ご都合主義だよなぁ主人公サイド、おかげでこっち側はいきなり敵の大集団に囲まれる」


 どこからともなく続々と援軍が到着して堅実な包囲網が構築され、こちら側の防衛ラインはレイアによって消し飛ばされ……。

 状況を創りだした側にしても、よく分からない内にイレギュラーだらけで手の打ちようがなく局面が塗り替えられていくため、対応ができずに後手に回るしかなかった。


「どーでもいい訳だが……。すでにこちらの残りは五人、ゴーストは自爆しペルソナは敵に回りゼロは通信途絶、そんでネーベルのおかげでバレて残りのやつらが全員敵になったと? おまけにグングニルが上空でスタンばってるとは……陣の防御は上だけがないからな」

「割とまずい状況……なんでまあ逃げたいが逃げられる状況でもないと」


 足場となっている魔方陣は破壊できず、破壊したところで海に叩きつけられて死ぬ。仮に着水したとしても極地の水温は人を殺すには十分すぎる。だからといってこのままでは確実に負ける。


「でもってこれを仮に突破出来たらセントラ軍とブルグント軍の包囲があると。はは、死ねるな、これは」

「存外、連中の対応は早かったな……これで観測者が出てくると九割九分九厘負けが決まるぞ」

「言うな。言葉にすると現実になるから」


 ザザザッ――


「もー遅い、ほら出てきた。ただでさえ分からんこの混沌極まる状況がさらに分からなくなってくる」


 白衣を着た、いかにも科学系の研究者といった容貌の者が三人。


「仕方がない……フェンリルとネーベルやらの魔神クラスを一時間で片付けられない。今回も失敗ということだな」

「片付ける云々の前に通常戦力相手には手の打ちようがない訳だが」

「負けだ負け。普通に死んだところで召喚が消えない限りは何度でもリスタートする、なんでまあ敵を減らす為に自爆でもするかいな」

「あぁ……やれ、ステイシス、ワースレス。また次の世界で会おう」




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