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第三十一話 - 交わることのない未来/3

「あれ? リムちゃんは?」


 黄昏の領域に帰ったのは二日後だった。色々と手回しするのに手間取りすぎた為だ。

 帰ってみればホワイトボードにイリーガルからの伝言で漣を連れていくと。


「邪魔だから捨ててきた」

「すてっ……えぇっ!?」

「あぁ、随分と静かになった……。ウィステリア、お前も邪魔になるようであれば捨てるからな」

「ぇ……やだよ、なんでもするから傍にいさせて! 一緒にいてよ! ほ、ほら、私の身体好きにしていいから、お願いだから捨てないで!」


 泣きながら懇願するその姿を見て、


「……不適切だ。お前はそんなやつじゃなかったはずだ」


 スコールは違うと首を振った。

 各々自分の意志で、何をするべきか選んで生きてきたはずだ。変わらない何か、護りたい何かを持ってしっかりと強い意思で生きてきたはずだ。

 なのに、だというのに。

 いま目の前にいるのはなんだ? ただ分かりやすい媚びを売るだけの、自分の意思というものを別の誰かに書き換えられた別のなにかではないのか?

 付き合いの長さなんて関係がない。

 関係を持った時点で訳の分からない改変が加わる。長い付き合いだった蒼月……ウィステリアはある時を境に急に変わった。ついこの間、出会ったばかりの竜人の少女は、迷うことなく身体を差し出してきた。

 すべてが無慈悲に変えられていく。

 彼女たちの自由を、意思を、存在を奪い取ってしまう。

 やはり、ここにいるべきではない。一緒にいるべきではない。思いつつ振り返ろうとしたところで、誰かが乱暴に入り込んでくる音が聞こえた。


「スコール! すぐに逃げろ!」

「存外、早いもんだな」


 目を潰され、片腕を失ったウォルラスがやることはやったという様子で崩れ落ちる。


「すぐに治さないと!」

「ウィステリア、やめろ。もうどうしようもない」

「で、でも、魔法で」

「回復の専門じゃないとどうしようもない」


 ザザッ―― 

 小さなノイズが走り抜ける。この場を護る結界が消え去り、黄昏の光が差し込んでくる。


「みつけた……ようやくみつけたよ、スコール。いままで護ってくれてありがと、でもわたしは、おんがえしなんてのぞんでなかったんだよ」

「レイアか……」

「ねえさんがいるかぎり、わたしはなんどでもいきかえるよ。それにね、ぜんぶしったから。あなたたちのやろうとしていることは、ぜったいにさせない」

「お前の方には誰がいる? 予想はできているが、一応聞いておこう」

「おしえないよ……ねぇ、おねがいだから、わたしに本気をださせないで」

「断る。そんなに悲しそうな顔をするな、敵である以上は、再生できないように完全に消し去ってやるから」

「そう、ざんねんだなぁ……」


 きらり、と一雫落として、ふっと消え去った。


「……お前は、いつも通りだな」


 その様子に、スコールはどこか安心して動き出した。

 目の前で消えていくウォルラスを無視して、玄関の方へと向かう。思った通りに分解魔法で綺麗さっぱり消されていた。そこから見える外の様子は、イリーガルが組み直した結界の自動修復機能で霞んでいた。その中に見覚えのある澄んだ青色を見て、走っていくとゼロが倒れていた。


「ぁ……ごめ、ん。忘れ物、とり、きたら、やられちゃ、た……」

「なるほど、お前の転移をつけてきた訳か」


 スコールを見て緊張の糸が切れたのか、意識を落としたゼロを抱えてハイドアウトの中に戻った。

 ソファに寝かせ、簡単な治癒魔法を書き込んだ札を貼り付けて毛布を掛ける。


「スコール……」

「明日、すべてが終わる。邪魔をするなよ、ウィステリア」


 ---


 世界暦???年??月??日?曜日??時??分??秒。


「行くの?」

「あぁ、一緒に死にに行くか? ゼロ」

「うん……わたしの居場所は、もうどこにもないから」

「だろうな。レイアがいる以上は、クローンの存在は……。まあいぃ、行こうか」


 体中にタトゥーシールにした刻印魔法を貼り付け、腰には神刀を下げる。今のところ術札を使うか奪い取るかでしか魔法を使えない、それで通しているからイリーガル以外にはこのトリックが通用するはずだ。余計なことを考えさせて、必要のない隙を作らせて撃破する。この流れで。

 ゼロは倉庫から取り出したライフル型補助具を二丁。どちらともインストールされた魔法補助は分解のみ。一つに絞ることで汎用性に必要な処理をせず、ただ一つの魔法を高速連射できる。レイアが素の状態で様々なレベルの分解を放つため、こちらは手数で対応する以外に方法がない。


「待ってスコール! 私も、私も連れて行って!」


 いざ出ようかとしたところで、上からドタバタとウィステリアが降りてくる。その後ろから、冷ややかな目でアルメリアが見ているなどと知らず。


「足手まといだ。お前が来ても何もできない」

「そんなこと……私の魔法は」

「防御系が専門。それが? レイズの本気の魔法を一発でも防ぐことができるか? レイアの魔法で消されない力があるか? 霧崎の魔力障壁を貫けるか? 仙崎の幻惑に掛からない自信があるか? 城代の斬撃を弾き返す強度があるか? 狼谷の粘り強さに負けない力があるか? クロードの能力に捉えられない速度はあるか?」

「それは……でも、スコールの盾になることはできる。いないよりは」

「邪魔だ、来るな。無駄に怪我をするだけだ」

「だったら…………だったら生贄魔法の供物に使っても、いいよ。だから一緒に行かせて、お願い」

「…………、」


 そっとウィステリアの後ろに目をやる。

 スコールに渡されたロングソードを持ったアルメリアが、そこに立っている。


「メリア、やれ」

「はい…………。すみません、ウィステリア」

「え――――」


 振り向く前に、防御系魔法が発動されるよりも速く、その剣は振るわれた。

 ばたりと倒れる音が一つ。


「これで……いいんですよね」

「ああ、上出来だ。その調子でレイズもやれ」

「分かりました。そうすれば、私は」

「あぁ。約束は守るさ、後はメリアがやりたいようにやればいい。その剣でレイズを刺せばお前の隷属状態は解除だ。こちら側に来るもよし、ほかのところに行くもよし、勝手にしろ」

「……はい、生きてくださいね。あなたがいなくなるのは嫌ですから」

「はいはい……生きても死んでも帰ってくることはないからな」


 そう、生き残れば外に、死ねばこの世界では消滅、本当の世界では死体が。

 スコールはゼロを連れてポータルに向かう。

 転移先は北極上空。

 すでにほかのメンツが"足場"を構築し終わっている頃だろう。もし防風障壁や断熱障壁の構築が終わっていなかったとしたら、出た瞬間に凍てつくことも考えられる。

 ポータルに触れた途端に耳に飛び込んできたのは、談笑。

 紫色の魔方陣が足場となり、ところどころに円筒型に展開された立体魔方陣の中に入っては一人ずつ、溶けるように消えて残滓が空に昇っていく。


「よぅ、遅いぞスコール」

「戦況は」

「イリーガルが張り切って五十枚も障壁張ったからな。いまんとこはいっちゃん外で戦闘慣れしたやつらが迎撃中だろうよ」

「数としては」

「んまあ、全部合わせて二千人くらいか? こっちは離脱していくからどんどん厳しくなるが、レイズさえどうにかできれば障壁で十分に時間を稼げる。お前、なにか手は?」

「すでに用意してある」

「相変わらずだなぁ。そんじゃま、たのんまっせ」


 すでに半分以上は"外"の世界に意識が戻っているだろう。時間と共に防衛戦力が減り続け、最後まで残るというのは、この世界から出ていけないことを意味する。


「ゼロ、迎撃に出ろ。終わって生きていたら好きにしろ」

「…………さようなら、スコール」

「あぁ、さよならだ。長かったな、最初のループから今まで」

「うん、長かったね。いままでありがとう、じゃあね」


 まだ言いたいことはたくさんある。

 また会いたい、それでもゼロは一方通行の障壁の向こう側へと消えていく。

 もう会えない、話せない、優しい温もりを感じることもできなくなる。

 分かっていて、それでいて、別れがより辛くなるからと。


「あ、そういや時川だったか、すげえ泣き叫んで帰るの嫌がってたが、レイジ、なにかしたのか?」

「さあ? イリーガルのやつ、フったんじゃないのか?」


 ---


 外縁部。

 様々な者たちが、己が望みの為に力をぶつけ合う激戦区。そこに足を踏み込んだクロードは凄まじい頭の痛みに襲われた。


『――内部データの侵入を感知。統合処理を開始します』


 頭の中に響く無機質な声。薄れてゆく身体の感覚。

 足場の魔方陣からせり上がる新たな魔方陣に包み込まれ、その体が拡散していく。


「デリート完了っと」


 冷たく見下ろしてくるイリーガルがいた。


「狼谷と城代は南側で足止め、霧崎と仙崎は西側で足止め。レイズはいいとして、次はベインか……手下が少ないとこうもやりづらいとは……」


 確認するように呟いて、ふっと姿を消した。

 いくら一緒に戦った仲間だからといって、彼には消すことに躊躇いなどないようだ。


「消える……? この俺が? まだだ……まだ…………」


 視界が白い闇の中に沈んでいく。苦しみなんてない"死"に呑み込まれる。

 そう覚悟した時だった。


「あきらめるのはまだ早いよ、クロード」


 澄んだ青色が闇を払いのけ、消えかけていたクロードという存在を引き寄せて再構築していく。


「クロゥ! あたしを置いて消えんじゃないわよ!」


 懐かしい白髪が見える。

 どうやらまだ戦えるようだ。

 最強に分類される少女二人が来るということは、まだ死ぬべきときではないということだろう。


 ---


「弟子と師匠の一騎討ちだねぇ。悪いけど君を進ませるわけにはいかない、僕らは最初からこの為にすべてを裏切ると決めてきたからね」

「あんたもかよ……あんたも結局は」


 炎と水。相反する属性がぶつかり、打ち消し合う。巨大な質と圧倒的な手数。

 もと弟子、霧崎アキトは暫定で魔神クラス。対するネーベルも暫定で魔神クラス。

 神格級同士の戦闘は、戦略・災害級以上に環境に与える影響が大きい。ほとんどの場合は特殊な状況下で世界を区切って衝突が始まる。


「ウルカヌス!」

「おいで、水の乙女(ウンディーネ)


 焼けた鉄の色をした炎が吹き上がり、虚空からあふれ出した膨大な水がそれを押しつぶす。

 凄まじい温度差で爆発が起こる。高温にさらされて一瞬で蒸発した水は、それでも上がり続ける温度に熱分解されてさらにプラズマ化する。


「レイと同系統かぁ……力任せの手段は苦手なんだよねぇ」


 一瞬で金属をも蒸発させる熱波が迫る。


「力を貸して、風の神々(アネモイ)


 その死の壁をどこからか空間を切り裂くような強風が蹴散らす。

 灼熱の壁が消えてみれば今度は赤い波が迫る。かつて黒い大樹の上層部を焼き払った大魔術。


「あーもう、きついなぁ。でも負けられないし……本気だそうかぁ」


 死が迫る状況で冷静に言い、そして杖をくるっと回して、魔力が爆発した。


「略式詠唱、ライフ・グリント、スティーリア・ファーレン」


 紫色の魔方陣の上が凍てつき白く変貌し、空から直径一メートル以上もある氷の柱が降り注ぐ。


「インターセプト、ブリザードボム」

「――――っ!?」


 なにか声が聞こえたが、直後に霧崎の居場所で禁術指定の凍結魔法が五発立て続けに炸裂した。


「フォーシングチャント――――」


 一方的な攻撃が続いた。

 世界を壊すほどの強力な魔法は使わないにしろ、かなり高レベルなものを連続して叩き込んでいく。力任せにすべてレジストしているようだが、力任せ故に間に合わなくなり、やがて――。


 ---


 神刀のレプリカを構えたレフィン――城代ソウマは、拳銃片手に向かってくる狼谷とやりあっていた。


「やめておけ、無駄だ」

「無駄と分かっていても、俺は普通の日常を取り戻したいだけなんだ! だから、今だけは、今が日常を取り戻す為の最後の非日常なんだ!」


 一歩進み、一発。弾丸はソウマの足元で弾けた。

 もう一歩、一発。今度は頭の横を、耳を掠めるほどの場所を。


「退いてくれないか」


 肩を狙って撃ったその瞬間、すっと刀身が動いて弾丸は跳ねてどこかに消えた。

 続けて遠距離から対物ライフルの砲弾が飛来するが、それも刀身で弾いてしまう。


「無駄、と、言ったはずだ」


 ソウマが一歩踏み出し、


「風よ、疾風斬」


 次の鋭い踏み込みで、一瞬のうちに間合いを詰めると、猛烈な速さで逆袈裟に斬り上げた。刃先が銃身を捉えて弾き飛ばす。ソウマはそのまま、刀身を反転させずに振り下ろした。

 首をしたたかに打った一撃で意識を刈り取るには十分なダメージを与えた。

 狼谷の装備から無線機を奪い取る。


「スナイパー、今ので分かったな? 命が惜しいなら撃つな」


 歯を食いしばる音が返ってきて、警戒の必要はなくなったと別の場所へ向かう。


 ---


「死神部隊か……」


 引きつれてきた私兵が一分もしない内に殲滅された。

 ベインは逃げることも進むことも出来ず、包囲されて膠着状態に持ち込まれている。


「レイシス家の血筋とクライス家最後の生き残りってのは、こうも厄介かねぇ」


 見慣れた白髪に赤い瞳、いつもとは違う姿をしたクロード、レイアクローン。そしてクロードがどこからか呼び寄せた詳細不明の戦力。


「なあクロード、お前は"今"の自分をおかしいと思わないのか。見事に書き換えられているが」

「分かってるさそんなことは。分かった上で、俺はスコールの側につく」

「なんだ、取り引きでもしたか。味方になれば見逃してやるとか? そんなことでも言われたのか?」

「いいや。俺は俺の意思で決めた、外部干渉だ? ふざけんじゃねえよ、あんなもんは全部跳ね除けた。押し付けられてやるなんてのは俺のやり方じゃねえ、俺がやりたいからやるだけだ」

「それで? レイシスの血縁を味方につけてレイズの敵になるか。どっちが生存率高いんだろうなぁ、えぇ?」


 真っ黒い水が浮かび上がる。触れただけで瞬く間に腐食して塵になるベインの魔法。

 素の力で見れば色々と劣るが、時の進みを操るという希少な魔法を扱えることもあってこの場にいる。

 絶対無敵というような力を持っている訳ではない。魔法使いとしてのランクで見てもトップランクに入ることは叶わない。しかしそれでも、複合魔法という技術を持ってレイズと対等な場所に立っている。


「どっちだろうがどうでもいいさ。もうこんなのは嫌だからな、すべて終わらせる。行くぞ、リリィ、フィーア!」

「おっけー」

「まっかせなさい」


 消されても何度でも復活する特殊クローンと、レイシス家の血を引く少女と。


「……はぁ、なんでこんな大物が俺の方に来るかねぇ。いっつも貧乏くじだ、ま、レイズのために頑張るとしますかい」


誠に申し訳ありません

諸事情あって更新を停止させていただきます

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