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第三十一話 - 交わることのない未来/2

 じとーっと絡みつくような気配で、スコールは意識を引き起こした。

 開いた目が第一に捉えたのはベッドの真横でじとーっとこちらを眺めているレイ。


「みーちゃった、みぃちゃぁったぁー」

「はぅっ!」


 その重たいような声にアルメリアが飛び起き、


「あ、あわ、これはその、あ」

「あっれぇー? 確か浮気とかぁ、セックスするならゴム使ってとかぁ、言ってたよねぇ。生でやったんだぁ」

「レ、レイこれはそのあれで……その」

「それにぃ、スコールの背中にひっかき傷があったり肩に噛みついた跡があるのはなんでかなぁ? 本気になっちゃったかなぁ?」

「おいこら、煽るのもその辺にしておけ。お前もやっただろうが」

「うぐっ」

「毎度毎度お前から襲い掛かってきておきながら、そのたびに跡が残る引っ掻き傷をつけてたまに肩に噛みついて。痛いなら無理やりいれるな、お前の場合は我慢するためにしがみついて引っ掻いてるだろうが」

「あー……うー……」

「マウントポジションとって自己強化魔法で押さえつけて、それで翌日腰が痛くて動けません。そうなったのは誰だったかなー」

「がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 顔を真っ赤にして、バタンとドアを閉めて逃げていった。


「そういう訳でメリア、変なスイッチが入ったのは分かるがすこし控えるように」

「……すみません」


 そのまま身体を寄りかからせて預けてくる。

 戦いの中に生きる戦士でありながら、柔らかい。平均で見れば確かに筋肉量は多い、それでも見て分かるほどに隆起している訳ではない。触れてみれば柔らかい、その感覚が勝る。


「スコール? 起きてるよね」


 ノックと共にウィステリアの声が入って来た。


「ひゃいっ!?」


 それに驚いてしまうのはアルメリア。

 ドアを勢いよく開けて入ってくる。


「なんでメリアがここにいるの。昨日は本当なら私のはずだったのに!」


 ピシピシと音を立てながら、部屋の入り口から凍結の魔力が流れてこんでくる。


「うぃ、ウィステリア! これは、昨日すこしばかり」

「ねぇスコール。どうして私の相手はしてくれないの……」


 凍り付いた窓ガラスが砕け散る。部屋にはいろんな薬品がおいてあり、凍結させると爆発するようなものまで置かれている。


「お前は本来防御系と水系が得意のはず」

「そんなのどうでもいいじゃない。ねえ、私のことも愛してよ!」

「だからってそれが短絡的に身体の交わりに結びつくのはどういうことか!」


 痛いほどに冷えたベッドの上で、絡みつくようにスコールに伸し掛かる。その目にあるのは劣情の二文字。

 ふと視線を机にやると、昨晩のあれがまだ効果を放っていた。理性の欠如が昨日の不安定な状態で効きやすくなってしまっていたのだろうか。


「ウィステリア、こういうのは逆だと思う」


 朝からそういうことを仕掛けられて火がついてしまうのは男の方ではないのか?

 朝からそういうことを仕掛けにいくのは男の方ではないのか?

 アルメリアに見られている中で、衣服をはだけさせると自らスコールの上に跨って、はじめた。


 ---


 すべてが始まったともいえる場所で、クロードはナイリーの首を押さえ、壁に押し付けていた。

 結局、逃げるなんてことはできなかった。


「がっ、あ、ぁぁ、く」

「しつこいんだよ。お前が好きだったクロード・クライスはもう死んだ。だからいつまでも追いかけるのはやめろ」


 暴れる力が弱く、弱く、弱くなり、やがて動かなくなると路地の奥に放り投げた。

 ヒュー、ヒューと音を立てながらとても弱い呼吸が聞こえる。


「失せろ、お前の居場所はもうどこにもない」


 消え始めたその様子を気に掛けることもなく、路地から踏み出す。

 あの日、ここですべてが終わりかけてスコールが現れた。運命を変えると言って。

 結果的には自分が生き残る代わりに大切な人たちが皆、死んでいく、消えていく。

 クロードの手の中には宝石が一つ握られている。

 ウィリスと二人掛かりで挑んで、たったの三撃で負けた。的確な急所への突き、それでエクルを殺された。彼が言うには"外"の住人が帰っていく際に統合処理というものが行われるらしい。それが行われてしまうと、宝石となって死が定着しきっていない存在が完全に消滅してしまうとのこと。

 止めたければ術者を殺せ。術者はスコール、邪魔するためにレイズのほかにいくつかの強力な存在が動いているとも言われた。

 だがそれが? スコールに挑んで勝てるとは思わない。あいつは自分で単なる雑魚だと言い、通常戦力を向けられたら何もできずに死ぬなんて言っていたが、そんなことはないだろう。

 確かにいつぞやは魔力を扱えない人間どもに殺されかけてはいたが、使える手札が強いためにまずそうなることは今後ありえない。

 多数の魔法使いが入り乱れる戦場では、恐らくスコールの独擅場になるだろう。グリント、クライス、フリューゲル系の合成魔法で殲滅される。いずれも発動条件は複数人の魔法士が同時詠唱を行って発動する、特殊な魔法だ。しかしスコールは複数の魔法を盗むことができる。盗んだ魔法は合成して解放することで、より強力な魔法になる。

 勝てない。

 止めようと挑めば、殺されてしまう。

 それが落ちだろう。

 すでに死んだ大切な人の為に死ぬか。それとも非情と言われようとも自分が生き残る為に戦うか。


『フローティングシティ・クレイドル襲撃を始め、各地を航行中の浮遊都市が次々に撃墜されていることに関する続報です――FCフリーダム、リベラルと襲撃を続けた不明勢力は、FCアカモートに接近した後確認ができなっています』


 流れてくるニュースに目を向けると、映し出された人物の顔を見て、なにやってんだ? と思った。世の中広いようで狭い。なんでカルロとジークが映っている? しかも不明勢力の関係者というテロップ付きで。

 FCクレイドルを墜としたとき、現場に居合わせたが、あいつらはいなかったはずだ。


「民衆向けの情報はいつだって歪められたものだ」

「だろうな」


 気付けば人がいなくなっていて、スコールとリムだけが近くに立っていた。


「それで? お前の歪められていない情報は?」

「教えない。入手した断片から勝手に判断しろ」

「いつだってお前は……」

「どうでもいいだろう。それより一つ頼みがある、拒否は許さん」

「それは頼みじゃなくて命令じゃないのか……?」

「そうとも言う」


 スコールは鎖を顕現させると、リムをぐいっと引き寄せ、


「リミットリアを護れ。リム、命令だ、クロードについていけ、こちら側に戻ってくるな」

「主様……?」

「おいスコール」

「じゃあな。次に会うのは北極の上空だ、お前がどちら側に付くにしろ、邪魔になると思った時点で排除する」


 鎖の持ち手をクロードに投げ渡し、スコールが背を向けると世界が歪んだ。遠くなっていた意識が呼び戻されるかのように、雑踏が戻ってくる。

 もうスコールはいない。代わりに竜人の少女を置いて行かれた。


「主様……主様ぁぁぁああああ!!」

「……んのやろっ! 結局いつも通りか」


 なにか危険なことをするときは、まず身辺整理から始めていく。おかげで、気付けばごく一部のバットエンドと大勢の望むことが叶うという状況に流されるばかりだ。

 恐らく今回は、大勢の方は帰還する者たち、バッドエンドは大切な誰かを失いたくない者たちの無駄な努力。


「クロード様! いますぐにリムの縛りを解くであります!」

「嫌だ。やったら俺が消される」

「解くであります!」

「嫌だ――――って噛み付くな、んぎゃぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」


 往来の中で竜人に手を噛まれて、のたうち回る賞金首。

 その絵に誰もが距離をとって歩いていく。誰も助けようとしない。


「つぁ、いい加減にしやがれ!」


 蹴り飛ばそうとすると竜人のオーラで防ぎ止められ、斥力操作で弾き飛ばそうとすれば鎖自体に込められた防護の力が邪魔をする。

 結局解放されたのは一分後だった。人間の肌というのは全力で十秒噛まれたら一月は消えない痣ができる。それが一分。紫色に腫れ上がった内出血がとても痛い。


「がるるるぅ!」

「お前は竜人だろ? 断じてあの噛み付き魔のチュゥとは種族が違うだろ!?」

「ぐるるるるる!」

「分かった、真面目に言おう。俺じゃこれはどうしようもできない」

「がーん……」

「効果音ってのは口で言うもんじゃないと思うんだ」


 と、言ってみればなぜか自然な動きで鎖をクロードの首に巻き付けていく。


「主契約はスコールだからな!? 俺を殺してもどうしようもねえぞ!?」

「やってみないことには分からないであります」

「だからってそりゃ――――ぉぉぉぉぉ……」


 女の子だからと舐めていた。飛竜人自体、小柄なくせして力がとても強いのだ。

 ガムの張り付いた汚い道に倒れてスリータップ。解放されると次の提案をしてみる。


「わ、わかった。ではこうしよう、スコールが北極と言っていたからそこに行こう」


 これではどっち道殺される。



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