第三十一話 - 交わることのない未来/1
数週間たったある日。
朝っぱらから。
みんなが並んで朝食を終えた頃。
「おぅぅ あ あしが こしが がくがくするのぉぉ」
「主様ぁ……昨日は、激しかったであります」
色々とありすぎてイラついていたところに夜襲。ストレス発散がてら割と本気で遠慮なく、どうせ希少種で妙に身体が丈夫だから大丈夫だろうとやったところに巻き添えでリムまで。
「ノエリア、仕掛けてくるお前が悪い。次はベアトラップでも使うか……骨が砕けるぞ」
「あ あるじよ きのうのはまたがさけるかとおもうたぞ」
「だってぇだーりんのはおっきいんだから。でもそれが病みつきににゅふふふ……」
「ミラ、お前はちょっと黙っていようか」
容赦なく首輪を顕現させて引っ張ると、繋がっている鎖で締め上げて転がす。
「それにしても……ずいぶんと静かになったな」
ホワイトボードに目をやれば伝言が何もなく真っ白で、いつもここにいた男連中は名前も知らない誰かがちょうど入って来ただけで。
「よお、スコール」
「状況は?」
「一応各地の準備は終わった。でもレイズ側の妨害で大勢やられている、それにどこかも分からないやつらまで入ってきて何が何だか……」
「敵の情報はないのか? 断片でもいい」
「まずはもと月姫たちだな。あれに結構やられたが、白月以外は全員消されたようだ。ほかも白き乙女関係のやつらが勝手に動いて何者かに消されている。霧崎勢力、クロード勢力、狼谷勢力、そのほかも勝手に動いているようだが……」
「規模も素性も不明、か。心当たりはある、遭遇したら味方になるとでも言って生き延びればいい」
「なあスコール、一つ教えてくれよ」
「なんだ?」
一瞬で空気が重くなった。場を支配する不可視の重圧が増していく。
「あんた、なにがしたいんだ? 最近いきなり変わったよな、昔のあんたなら」
「その話はやめにしよう。答える気はない、いつも通りでやるなら無駄に死ぬだけだ」
「けっ、俺たちはこのまま帰っていいのかよ。あとのことは何も知りませんでもとの生活にもどって、それでいいのかよ!」
「関係がなくなるんだ。なにも思う必要はないだろう?」
舌打ちをすると、名前も知らない誰かはハイドアウトから出ていく。
「主様……」
「どうした、リム」
「主様はいなくなるでありますか?」
「あぁ、そうだ。だからお前は、これからは自分で決めて生きていくんだ」
「いやであります」
「リム」
「いやであります! ずっと一緒がいいであります!」
「…………。リム、明日、ちょっと二人だけででかけようか」
「…………はい」
泣きそうになりながらも返事をしたリムの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「メリア」
「なんですか」
「今夜、部屋に来い」
「…………順番、ですか」
「いいや、違う。それとは別の用だ」
「分かりました」
食器を片付けつつ。
「レイ」
「ん?」
「お前は近いうちにここを出たほうがいい」
「なんで?」
「ここよりあっちの方になにか出たときに対処しづらくなる。ここのメンバーの中じゃお前は一番継戦力があるから、あっちで食い止める盾になれ」
「命令すりゃいいのに。ま、あたしはいいけどね」
新品のシンクに食器を置きつつ。
「ゼロ、お前は出来る限りレイのサポートに回ること」
「えぇー……姉さんなら一人でもなんとかなるのに」
「万が一だ」
「はいはい」
スポンジで洗剤を泡立てながら。
「ルクレーシャ、獣人の里経由で情報を集めてレイズのところにいけ」
「はいにゃ」
「聞き分けがよくて助かる」
皿を洗いながら。
「フィー」
「はい、主殿」
「ルクレーシャについていけ」
「なぜです」
「天使なんていう強力な護衛がついていたら安全だからな」
「そういうことでしたら……」
ふと思いついて。
「漣、お前は……」
「……私はレイジ君と一緒にいたい」
「そうか」
そして一人だけに、何も言わず。
それきり片付けと洗濯などの仕事に移っていった。
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色々と終わった頃。
スコールはパソコンの前に座ってメールを送っていた。居場所が分からないから教えろと。
「ねぇ、スコール……」
「なんだウィステリア」
一通りのメールを送り終わると、振り向いて向かい合う。
「なんで私には何も言わなかったの?」
「言っても聞くはずがないからだ。ここから出ていけ、レイズのところに戻れ。そう言っても聞かないだろ」
「うん……嫌だよ、私はスコールといたい。だからレイズのところになんか戻りたくないの」
「これから大きく分けた陣営で、どちらかが全滅することになる。レイズ側かこちら側か、どちらかと言えばこちら側が負ける可能性が高い、だからお前は安全な……生き残れる可能性があるあっちに行け」
「それでも……スコールのところがいいよ。力が足りないなら私がスコールのために戦う。私がスコールの為の剣にも盾にもなるから」
「……じゃあ、その剣が折れたときに、死にたくないとか別の選択をしていればと後悔したら」
「後悔なんてしない。道具として使ってくれてもいいから、スコールの傍にいたいの、それが私の……」
「お前は道具なんかじゃない。自分のことを低く見せるな」
「……だったらさ、なんで私のことを見てくれないの、なんで構ってくれないの。なんでメリアやノエリアの相手ばかりするの……私に飽きたの?」
「そういう訳じゃ」
「ねぇスコール」
倒れかかるように抱き着いてきた。
「お願い、私の前からいなくならないで」
「……………………。」
「ねぇ」
「……それは、できないかもしれない」
「どうして、スコールも帰っちゃうから?」
「いいや、負ける可能性が高いから」
ウィステリアの肩をもって、そっと引き離す。それでも離れたくないと伸ばされる手を押さえ、
「部屋までついてきてくれ、渡したいものがある」
「…………うん」
二階に上がり、スコールの部屋のドアを開けると嫌な臭いが流れてきた。窓を開けて換気をしているようだが、それでも消えない臭いがある。
しかも部屋が汚い。ここ最近ずっと掃除をしていない様子だ。
「うぇっ」
「さっき色々使ったし、零したからな……」
足の踏み場もない部屋に、散らかったものを踏みながら入ったスコールは、ベッドの上に丁寧置かれたものを手に取った。ダブルブレード、ロングソード、そして指輪。
「まあ、あまり得意じゃないが作ってみた。嫌なら受け取らなくていい」
ダブルブレードと一緒に渡された指輪。
「えっ、これって……」
「そっちの意味じゃないからな。首輪だとあれだから、まあ作っただけだ」
「もうっ、なんで……期待させてそんなこと……ぐすっ」
「泣くなよ」
「……うん、ありがと」
ミスリルに様々な金属をまぜ、魔法金属として板を作り、何枚も重ねて加熱圧着。その後は捻って削りだし加工、伸ばして穴をあけて叩いて一つだけの模様を作り出したり、薬品で仕上げをしたり。
「ダブルブレードは前のモノよりも軽く丈夫に。魔法の発動支援用の回路を組み込んで、守護の意味でサファイアとラピスラズリをはめ込んである。それに水属性だから浄化の意味もな」
本当は心の成長、依存してほしくないから。
「こんなこと聞くのもなんだけどさ……いくらかかったの?」
「聞くな」
「なんか、使うのが怖いなぁ」
「出来る限り丈夫に作った、だから壊れることを怖がらずに使え。剣は振るわれる為に、敵を切り伏せる為に、その力で大切な誰かを護る為に生み出される、それがこの剣の運命だ」
「たいせつな、だれかを……それって」
「生き残れ。お前は……本当ならここにいるべきじゃないんだ」
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夜遅く。
部屋の片づけを終えたスコールはトラップを仕掛けていた。ミラとノエリアが何か仕掛けてくるだろう。そのための対策だ。
ドアを開けたらフライパンが顔面に、などという罠ではなく踏んだら動けなくなる括り罠だ。寝ている間に接近されると気付くことはできるのだが、それは敵意や悪意や害意がある場合のみ。別の方向の邪な感情には反応できない事が多い。
最後の仕上げをして、さっと見ただけでは分からないように隠すとベッドに倒れ込んだ。
「……ぁぁ、もうすぐ終わる」
アルメリアにも渡すものがある。それを終わらせたら寝てしまおう。
スコールはどこかでとても疲れていた。思考に白い靄がかかったように、どこかはっきりとせず、自分が望んだ未来からどんどん遠ざけられているように感じられる。
なにもない静かな日常が欲しいだけ。ただそれだけなのに人が寄ってくる、戦いと魔法の非日常から抜け出すことができなくなっていく。すべてを切り捨ててしまえばすぐにでも抜け出せる、だがそれはそれでダメだ。今度は逃げ続けなくてはならない。
ならば、誰も追いかけてくることのできない場所へ。
などと思っているとノックの音が響く。
「あの、スコール……入ってもよろしいですか」
「……あぁ。足元に気をつけろ」
ドアが開き、一歩、二歩。
バチンッ!
「へっ? わきゃぅっ!? え、あ、これは」
「…………言った傍から」
逆さ吊りで、ベビードールが翻って思い切り恥ずかしいところを見せながらバタバタと。しっとりとした髪からはシャンプーの甘い香りが溢れている。
スコールはふらふらと立ち上がってナイフを手に取り、幽鬼のようにゆらゆらと近づく。
「は、ぁ……スコール、なんなのですか……こわいですよ」
「あぁ……めんどうだな……」
分解するのが。
仕掛け直すのが面倒だが、切った方が早い。
左手にナイフを持ち、右腕で逆さ吊りのアルメリアを抱えると、ロープを切る。ロープに支えられていた重さが一気に腕に掛かり、落としかけるがナイフを捨ててすぐに両腕で支える。
横抱き、お姫様抱っこというやつだろうか。恥ずかしいのか顔が赤くなっている。
「朝、違うといった覚えがあるがお前はなぜそんな格好で来た?」
「え、あ、あのこれは、その……お風呂が終わった後に、その、ミラに着替えを隠されまして……」
「あのバカ……」
「あ、あの、それより降ろして……ください。こういうの……恥ずかしい、ので」
「レイズにされたことないのか」
「ありませんよ。だってレイズ様は……」
そっとベッドに降ろすと、それで思い出したのか俯いて黙り込んでしまう。
「忘れさせてやろうか?」
精神的に弱っているこの状態ならば魔法も効きやすい。その記憶がある場所だけを破壊することも、記憶の読出しを封じることも可能だ。
スコールはナイフを机に置き、引き出しの中にしまった術札に魔力を通した。そしてアルメリアの隣にそっと座る。彼ならばやるはずがない、そんな前提が薄らと根付いているだろうが、スコールはそれを裏切る。
発動した魔法は催淫と理性の欠落。どちらも脳内の電気信号を操作するもので、厳密な系統では電気系の魔法に属するが、効果による系統では洗脳系。
誰もやられることはないだろうと、そう思うことに関しては備えない。備えないから防御が弱い、気付かない内に蝕まれていく。……そう、スコールも、うすうす気付き始めてはいるが、気付かないうちにはめられたからにはもうどうしようもない状態で……。今更に抵抗しようと、自分ならしないことをして、狂わせようとしても、遅いと気付かず……。
「メリア」
肩に手を回すと、力を入れるまでもなくメリアから寄り掛かってきた。いくら魔法に対する防御が弱いとはいえ、効きが早すぎる。
「ん……」
「メリア、お前は――」
さっと腕を回され、ベッドに倒された。
「レイズ様は……こんな私でも受け入れてくれるでしょうか」
「汚れたお前は、受け入れないだろうな」
あえて思ったこととは逆を言う。酷いと分かっていても、それが傷つけ心を深く抉るものであっても。素の自分なら絶対にしないこと……こちら側に靡かせて、堕としてしまおうと。
「……でしたら、あなたは受け入れてくれますか」
「役立たずは要らない」
「そう……ですか」
「でも、もし……」
「……?」
「この命令は嫌なら拒否してもいい。メリア――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。嫌なら、拒否していい」
そして、言わせまいとするように抱いて引き寄せ、その唇を塞ぐ。
情欲に任せた噛み付くような乱暴な口付けではなく、互いの唇を触れ合わせる程度のもの。
「んぅ…………あなたは、言わせる気があるのですか……」
「ないよ」
そして同じように何度か繰り返していくうちに、アルメリアの身体から最後の抵抗ともいえる強張りが消えてきた。
「私に……裏切れと?」
「あぁ、そうだ。味方のフリをして、後ろから斬りかかれ」
「そんなこと……」
「嫌とは言わせない」
口付けのより深くした。ぬるりと唇を割って入っていく。
官能的な突然の刺激に、メリアの身体がピクッとはねる。まるで初めてかのように。
「ぷはっ……ふ、ぅ。あ、あの」
「レイズはこんなふうにしてくれなかったのか?」
ゆっくりこくっとうなずくと、今度はアルメリアから仕掛けてきた。スコールはそれに答えるように迎える。
いつしかアルメリアから身体を擦り付けて来ていた。
「続き、するか? 嫌と言わないからといって、それを否定しないと受け取ってそのままやったりはしない」
「っ~~~~……わ、私に言わせる気ですか」
「なんだ、レイズがいるからてっきりしたくないと言うかと思っていたが」
ちょっとしたいじわるを仕掛けてみたり。
「あ、の……あたって、ますよ」
「あてている」
少し無理に仕掛けてみたり。
「……あなたといると、なぜかドキドキするんですよ……。レイズ様がいるのに、あなたのことも……私は……」
枕元のリモコンに触れ、部屋の明かりを暗くする。
「は、はげしくしても……いいですよ」
「どうして?」
「レイズ様は……その、私とするときはガンガン突いてきたので」
「メリアがそういうのが好きなら、そうするけど」
「っ……ぅ……」
「怖いんだろう? だから優しくする」
「ぅ……ん、お願い、します」
窓から差し込む月明かりが存在を増す。
二人の影が重なり合い、境界を失って絡み合う。
その中で、スコールに撫でられたアルメリアの背中に、縛りの術が緩やかに刻み込まれていく妖しい光だけが、しっかりとその存在を示していた。
この少女を縛り付け、下した命令に逆らうことを許さないと。




