第三十話 - いろいろと大変な日々/5
カチャカチャとズボンのベルトを外す音が聞こえる。
すーっとパンツを引き摺り下ろす音が聞こえる。
チョキンチョキンとハサミを鳴らす音が聞こえる。
「とゆー訳でー、切っちゃいますか☆」
天城を裸に剥いて、股座の棒にハサミを――
「ちょいストーーーーーップ! ナギサ!」
「なになにホノカちゃんよ?」
「切る前に潰しちゃえってことで、金槌とかペンチとか色々持ってきてみた」
ガチャガチャと工具類が音をならす。
「ん」
そして物静かな少女が物騒な長物を持ってくる。
「アヤノちゃーん、アンチマテリアルで吹き飛ばすのは最後にしよーねー」
「いっそ逆さ吊りにして唐辛子で燻すってのはどう?」
「ミコトちゃん、それはスコールのお仕事だから」
あの後、意識を取り戻した天城は女性陣に集団リンチをくらい瀕死の重体に。
無論誰も助けようなんて言い出すことはなく(男性陣も理由が理由なだけに何も言えず)、どうせなら普通に殺しても面白くないだとかで治癒魔法で傷を癒し、男のモノを切り落としてしまえと。
スコールは手首の治療と、ダメ元で左目の治癒もやってもらっている。
「あんたがこんなことになるのは珍しいねぇ」
「レイシスが相手だったんだ、むしろこれで済んだだけ儲けものだと思うが」
治癒担当が難しい顔をしながら魔法を止めた。
「無理無理。さすがにこういうのはできないね」
「……仕方がない、か」
「つーかあのでかい犬……ハティだっけ?」
「そうだが、どうかしたか?」
「あんた餌代どうしてんの? 世話は? ちゃんと寝床用意してんの?」
「前にも言ったが狼だ。放っておけば適当になにか仕留めるしここ最近ずっと放し飼いだ」
事実は行方不明だ。
超危険な狼を目の届かないところに置いていた、というか勝手にどこかにいっていた。
「そんなんでもペットでしょ、ちゃんと責任もって世話しなさい」
「する必要もないんだけどな……」
目を向ければ二匹並んで日の当たるところで寝そべっている。
真っ白なハティと、真っ黒なスコール。
「てかあんたも、自分と同じ名前付けるとかどんだけ好きなんだか」
「……単純にもとの名前を引っ張ってきているだけだが?」
と、そんな他愛無い話をしていると爆発音が聞こえた、
顔を向けると目を覚ました天城が誰かを人質に取ろうとして、女性陣に再び集団リンチをくらっている光景がそこにあった。
「あの子、大丈夫なのかね?」
「メリアか」
保護されて毛布にくるまってガタガタと震えていた。
男が近寄ると完全に毛布に潜って恐怖からか嗚咽が聞こえ始めるほどだ。
「しばらくは無理やりにでも傍にいてやるさ。あいつの場合、ショックで自殺を選ぶ可能性は十分にあるからな。戦場で生きてきたから精神的には強い、でもレイズに嫌われるという部分で極端に弱いから……」
「うちのカウンセラー手配しとくよ」
端末を取り出してメッセージを送ろうとしたとき、ゴォォォォォンッ!! と小隕石でも落ちたかのような音と共に、空に昇っていく流星。
「必要なさそうだな……」
毛布で体を隠しながら、全力で拳を突き出したアルメリアがそこにいた。
天城の姿がないところを見るに、いまの流星は天城なのだろう。
天に召された、強姦魔はいなくなった。
レイズや隊長格などを除くと白き乙女ではトップクラスの攻撃力を持つ彼女の一撃は、恐らくその拳だけでも核シェルターを易々破壊できるだろう。
天城を全力の一撃で天に送ったアルメリアの拳は、真っ赤に腫れて、手首を押さえながらその場にうずくまった。感情任せにやった為、中和魔法を使っていなかったのだろう。
「はてさて、あんた目、どうすんの?」
「放置でも構わんさ。目隠ししてもある程度のことはできるからな」
「だからって、そんなんでどんどんなくしていくと後で困るよ」
「大丈夫だ。もしものときはなんとかなるように備えているから」
「あっそ。それじゃあとは仲良くやりなさいな」
「はぁ?」
治癒担当が立ち上がり背を向けと、スコールに影が重なった。
振り向けば涙で顔をくしゃくしゃにしたアルメリアが立っていた。
「悪かったな、巻き込んでしまって」
「もう、こんな体じゃレイズ様のところに戻れません…………」
「こんな体とは?」
「ほかの男に汚された女なんて嫌でしょう? あんなことをされて……だから、私はもう」
「そんなことはない、メリアは綺麗だ」
「しかし! ……こ、この、偽りの姿で……そんなの……」
「ちょいと聞くが、他の男にやられた女がダメなら、他の女とやってる男はどうなんだ? 女はダメなのに男はいくらでもいいのか?」
「そ、それは……」
「本人の気持ちの持ち方次第だ。こういうのもなんだが、お前は捨てられるのを怖がっているだけじゃないのか? 一人だけ除け者にされることを特に。赤毛でソバカス、それだけでいじめられていた頃のことをまだ引き摺っているんだろう?」
言われるとふるふると肩を震わせ。
「なんであなたがそれを知っているんですか! まさかあの時、都合よくレイズ様が現れたのは」
「ああそれ、ほかのやつらの時同様に仕組んだ」
「…………っ!」
「いやほら、こう見えても肉弾戦よりトラップ使った戦いが得意だから。人気のないところでいじめてた連中まとめて締め上げて、その間にレイズがお前を落としにかかった……的な? あー、あれだ、まあ、ほら、今みたいに戸籍管理とかなかった時代だったし、お前一人だったからそのまま連れ出しても問題になりそうになかったから……」
何で言い訳をしているんだ? そう思うと同時に冷静になって思い出した、なんでその記憶がある?
「あー! スコールが女の子泣かせたぁー!」
「うっわー、どうせいつもみたいに本音でぐさっと刺したんでしょ? ひくわー」
「前から思うんだけどさ、あの人容赦ないよね、言葉の攻撃が」
「物理的に手を出すこともあるけど、根っこが酷い人だもんねぇ」
「つーか相手のことを考えずにものを言うし」
「お前たち、しっかりと聞こえているが」
「「「「「うっわ、地獄耳ぃー」」」」」
「…………、」
これ以上女性陣を敵に回してしまえば、いつぞやユキを本気泣きさせたこともあり、なにかされる可能性が否定できなくなってくる。
男性陣に助けを求めようと顔を向けてみれば、わざとらしく口笛を吹きながら、
「なあ飯いこーぜ」
「あ、ああそうだな。はらっへったなー」
「たしかいいケーキ屋があったはずだ」
飯はさっき食ってただろうが。いきなりのこと過ぎて口調もおかしく内容もおかしい。
とにかく巻き込まれたくないと逃げていく。フェンリルでは女性陣の力が圧倒的に強い、もちろん誰も(男は)文句は言わ(言え)ない。それでいいように業務が回っているから。
「クルトゼファーコウタクセロ!」
揃いも揃って逃げていく。
「相分かった、お前らだけ帰れないように帰還用の術を書き換えよう」
言ってみると、
「ほら、あんなんだから嫌なのよ……」
「根っこが酷いってそういう方向で……」
「仲間でも平気で脅したよあの人……」
さらなる集中砲火にさらされそうになる。まだこれは砲撃の照準合わせ段階だ。
選びうる手段は、確実に小ダメージを受けるが戦略的撤退か、それとも一か八かでさらに言うか。
「あ、逃げた」
「状況が悪くなると逃げるんだ」
「あーあぁ、女の子の前でかっこわるぅ」
折れた刀と刃、鞘。神刀を回収してその場から立ち去った。
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場違いな格好で刀を三本も下げたスコールは、そこそこいい店に入って遅めの昼食をとっていた。溶かしたチーズをじゃがいもやソーセージかけていただくラクレットとかいうやつだ。チーズを半分まるごと注文したためにかなりのお値段だが、連れがいるので余ることはないだろう。
「…………、」
「おいしいね」
「そだねー……ちょっと場違いな格好なスコールが気になるけど」
「…………、」
あんなことがあった後で平然と食事をするアルメリアはこの際おいておくとして、さっき何か食べていたやつらがなぜ一緒についてきているのか。
「ホノカ、ミコト、ナギサ、アヤノ。以上四名、すぐに出ていけ」
「いまのスコールに命令権なんてないっしょー!」
「じゃあナギサ、会計は六割払ってもらおうか」
「なんでさ!」
「今のお前らに対しては奢るとかそういう思いはないからな」
「えぇぇけちくさいなぁもぅ」
がやがやと言い争いをする中で、それだけに意識を集中させていないスコールは、アルメリアの陰りに気付いていた。普通ではないからこそ、表面上はいつも通りでいられても、それでもやっぱり中身は女の子だ。
「…………、」
洗脳魔法がもっとも効きやすいのは、相手が精神的に弱っている時。
スコールは邪な方向に思考を向けた。どうせ最終的には邪魔になるのなら、使うか、と。
次話・交わることのない未来
・その日・果たせない誓い
ようやく主人公の出番がある三章に入りますよー
……裏でレイズがどうなっていたかは、ほかのラインにて




