第三十話 - いろいろと大変な日々/3
「おっかしいなー。これがバグというやつか? どうやら"理"から外れた連中は皆、死ぬと統合処理が行われるまでは宝石になるようだ」
足元に転がる色とりどりの宝石。転がる宝石の数だけ殺した。手の中に握る数だけ仲間が殺された。
「それにしても、思ったよりやるではないか。シミュラクラムの生き残りがたった四人だ」
だがそれがどうしたと、顔には悲しみや怒りは微塵も現れていない。
イリーガルは多数の打撲、擦り傷、切り傷、刺し傷、出血が見られ、おはようからおやすみまでどこでも通用しそうなジャージもボロボロだ。手に持った棍も剣の一撃や銃撃を受けたために折れそう。
「ふざけるな…………!」
対して襲撃を受けた側……もと白き乙女の者たちは殲滅され、助けに入ったレイズたちも残るところは片手で数えられる程度。
「ふざける? こちらは至って大真面目だが。この場で、残る月姫もあと数人、そこのカスミとレイア。まあ残り数名で本命とやり合うのはきついが、最大の障害を排除することができたのならば良しとしようではないか」
悠長に言いながら棍を構え直す。
浮遊都市クレイドル対傭兵集団ラグナロクの戦闘に割って入る形で、レイズサイド対所属不明勢力対イリーガル率いる集団の三つ巴の混戦になっているため、戦争をしていた二勢力は訳の分からない内に戦力の大半を巻き添えという形でロストしている。
FCクレイドルの基本構成は巨大なメインランドの周辺に複数の航空プラットフォームを曳航する形になっている。ジャマーによって直接転移魔法で侵入することは不可能。正面、上空、真下から攻めた場合は砲撃の嵐を受け、それ以外は防空砲に加え飛行兵と航空機部隊の猛攻を受ける羽目になる。
……のだが、ラグナロク兵は障壁魔法を展開して真正面から、自分たちの乗る大型飛行空母ごと突っ込むという方法で突破した。その際に一通りの施設が煽りを受けて機能停止、そのためレイズたちが簡単に入り込めてしまっている。
「レイズ、逃げて。ここは私たちだけでなんとかするから」
「うん、たぶん長くても三分かな。わたしは姉さんが生きてる限りは大丈夫だから」
ポジションで言えばスナイパーが二人。
攻撃力こそ脅威だが、連射は効かない。一発撃たせて一撃入れればそれでおしまいだ。
「お前ら……」
「大丈夫、カスミだけはなんとか逃がしてあげるから」
「レイアに守られなくたって、私はまだしたいことがいっぱいあるから絶対に生き延びるよ」
イリーガルはゆっくりと、じりじりと距離を詰める。
「だから逃げて、レイズ」
「レイズが死んじゃったらわたしのしたいことができなくなるから、お願い」
「……分かった。レイア、お前が何をしたいのか知らないが、絶対に生きて帰ってこいよ」
「……約束、無理かな」
「カスミ」
「分かってるって」
強化魔法という置き土産を残し、レイズは短距離転移で姿を消した。
「さて、それじゃレイズはほかに任せるとしてだ。お姫様二人、言い残すことは?」
イリーガルの目的は漣を確実に、安全にこの世界から離脱させること。そしてその後に……。
その為には最後まで負けられない。
「あんたを倒してレイズのところに行く。それだけ」
カスミはスリングベルトで肩から掛けたライフルのコッキングレバーを引いて、排莢して次弾を装填する。
「…………気付いてる? 壊れちゃうよ?」
レイアは、悲しそうな声で訴える。
「あぁ、気付いている。もっとも早いのは漣を消してしまうこと。だけどそれはできないから、別の手段を使って壊すまで。護らせやしない、運命は絶対に変える」
「……そう」
ソレを護りたい側と、ソレを壊したい側。
お互い立場としては似たようなものだ。全体で見れば価値なんてないものだが、自分にとってはとても高い価値を持つもの。今回護り切れば恐らく終わる、今回で壊せなければ壊せなくなる。
ソレの為に動く者は、ソレだけを本気で壊しにかかる側が残り数名、守る側が不自然な速度でどんどん増えている。しかも量だけでなく質もいい。
「消えろ、お前はもう敵なんだ」
イリーガルが踏込み、轟音が二つ、大気を震わせる。
「じゃあな」
「ごっ……」
次弾の装填が終わる前に繰り出された棍が首を突き、頸椎を砕く。
突き出した格好から、棍を引き寄せてバットのように持ってフルスイング。レイアの頭部を真横から砕いた。
「さようなら。所詮、魔法に頼りきりのやつらは魔法を使えなくなると無意識のパニックを起こして何もできないまま終わる訳だよ。アクティブシールドも意味が無い」
緑色の光が空に溶けて、エメラルドのような宝石が残り。もう片方は白と青の魔力となって風に溶ける。後には何も残らない。
「それにレイア……なんで抵抗しなかった。お前なら……補助具なんてなくても星ごと消せるのに」
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FCクレイドル中枢。
浮遊都市が空を飛ぶために必要な巨大な魔法を制御するコアがあるその場所で戦いは繰り広げられていた。
ラグナロク副長のウィリスとクロードだ。
「継承者同士の戦いの場合、殺せば相手の力をもらえるのか?」
「さあ? どうだろうな」
呑気に言葉を交わしつつ、ウィリスは魔装を使った青白いブレードを両手に、クロードは斥力の刃と魔装アテリアルの同時展開で迎え撃つ。
魔力から物質を生成することはできる。ウィリスのブレードはこれを利用して中途半端で不完全なナニかを永続的に創りだして見かけ上の刃としている。赤い色の柄から伸びるそれは、常に崩壊し続けているが同時に創りだされ続ける不安定なブレード。それでも崩壊に巻き込んで安定した物質を壊すことができる。
「まったく、一度も勝てたことがないラスボスクラスが何でこんなところにいるんだか」
「空の旅ってのも悪くないからな。それ相応の代金は必要なんだ」
「ああ。つまり金が無いから用心棒ってことか」
振り下ろされるブレードをアテリアルで受け止め、動きが止まったところに暗闇の中から銃弾が撃ち込まれる。それでもウィリスには当たらない。すべて射線が見えているかのように躱す。
「ったく、チートだよ」
「お前が言うかクロード」
「どうでもいいだろう? 未来予知なんていうチートは俺もお前も一緒だ」
「そして攻撃を止めるのもな」
互いに右の刃を絡ませて封じ合うと、左の刃で首を狙う。だがウィリスの刃は見えない壁に阻まれ、クロードの刃は空間に縫い付けられたかのように進めなくなる。
素粒子レベルでの物質の形成と操作、それによって意図的に生成が困難、あるいは不可能な元素を無理やりに作り出し崩壊させることによる攻撃や、それ自体による攻撃を。物理的に不可能な元素……例えば電子の問題を越えなければならないようなものでも、魔法によって無理やりに存在させ続けることなど。そうなってくると通常の物理法則がどこかで破綻する、魔法によって世界を壊しながら戦うことになってくる。
この二人の場合は冗談抜きに可能ではあるが、守るべき者の為に最低限そこだけは護ろうという暗黙の了解がある。
「…………、」
「…………、」
じりじりとどちらかの刃が食い込むということもなく、援護射撃も無駄だと分かっているのか闇の中から銃弾が飛来することもない。
「なあウィリス、提案があるんだが」
「奇遇だなクロード、俺もだ」
双方ともに刃をしまうと、一歩ずつ下がる。
「俺の目的はエクルと一緒にアカモートか桜都に行くことだ。ほかはどうでもいい」
「こちらの目的はクレイドルの撃墜及び代表の確実な拘束もしくは殺害」
「お前らの空母に乗せろ。白き乙女の使っていた暁と同型だろ」
「残念ながら寄り道の予定はない。一度あちら側に帰還する。それからでいいなら」
「オーケー」
「交渉成立。ということでこの戦いは終わりだ」
ウィリスがコアに手を向け、魔法を放つ。
相対座標上での固定をコア内部の一部だけに働かせることで、常に移動し続けている周りに引っ張られて、もしくは固定された部分に押されて破壊され、爆発する。
「ウィリスより各自へ、コアを破壊した」
『了解、クレイドル代表は逃亡したため機体ごと溶かしました』
「撤収準備に移れ。武装龍機は動くか」
『体当たりしたもんですから少々……いえ、整備班が頑張っていますから大丈夫でしょう……恐らく』
インカムを使った通信が腰に下げられた無線機からしっかりと聞こえているが、ウィリスはわざとやっている。下手に隠してなにか思われると最悪、飛行中に機体を破壊される恐れがある。
「聞いての通りだ。レイズと遭遇したら面倒だからさっさと離脱するぞ」
クロードはエクルを呼び寄せると、ウィリスの後に続いて中枢から出ていく。
幾重にも防壁の枠だけが残っている通路を走り抜けると、血の臭いが流れてきた。照明に照らされた通路に夥しい数のクレイドル防衛隊の死体。そして壁に腕を組んで背中を預けているイリーガル。
「ここは通行止めだ」
「お前、これ一人で?」
「好きに理解しろ。とりあえず簡単なサーベイだ、返答次第ではこの場で消し去るからそのつもりで」
イリーガルが簡単な質問をし、クロードとウィリスがそれに答え、転がる宝石が増えた。




