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第三十話 - いろいろと大変な日々/2

 旧イタリア領・テルニ市街。

 現、魔法国ブルグント北大陸軍事拠点付近。


「あ、あの」

「なんでそんな格好で来てしまうのか……まんま娼婦の格好だが」

「しょ、娼婦ですか。しかしミラが渡してきたのがこの服なのですが……」

「Tシャツに短パン、ニーハイブーツ。明らかにまあにほ……桜都ならば普通でもこっち側だとそういう系の女と思われて襲われるぞ。あのバカ分かっててやってるな」

「そ、そんなぁ!」

「ゲートはこのままにしておくから、一旦中継界に入って倉庫に行け。替えの服があるから着替えて来い」


 しばらくしてアルメリアが着替えて出てくる。今度は長袖シャツに上着を一枚、下はジーパン。


「これで大丈夫でしょうか」

「問題ないだろう。基本的に桜都にいた頃の感覚で服を着ると大抵は変な輩か警察に捕まるからな。露出は絶対に抑え、可愛いとかヒラヒラ系、あとミニスカートとか膝が隠れない服装はしない。それとお金持ってませんアピールのために地味な服にすること」

「最後の理由はなんです?」

「スリが多いからな」


 そう言うスコールの服装は、それはそれで問題がありそうだ。街中で砂色迷彩の上下、軍用のグローブや靴。腰には刀に見せかけた魔装。


「ではあなたの服装は」

「威嚇。それとこの辺は軍関係の施設百キロ以内にあって近いし、PMCも集まっているから適当な軍服来ていれば向こうも騒ぎにしたくないと近寄ってこないからな」

「そういうものですか」

「そういうもんだ。たぶんすぐに軍関係は移るから今日だけの服装だ」


 地味な服装、赤茶けた髪の少女と軍服姿の不愛想な青年の組み合わせ。傍から見ておかしいの一言以外の何物でもないが、ここでは案外そうではない。護衛にPMCを雇って連れている者がいるため、変な目で見られることはない。


「それにしても、昔の面影は一切ないな」


 街があり、畑があり、その周りは山。そんな形ではなくなっていた。ビルが並び田舎というよりは中途半端な都会と言った方がいいくらいだ。


「そうなのですか? 私はあまりこういうところに来ないので分かりませんが……」

「昔つってもまあ、千年、あの"大戦"の前だから。五十年もあればほとんど跡形もなく変わるさ」

「あの"大戦"でどれだけ死んだのでしょうか」

「さあ? でもまあ、アレがあったことでこの世界に魔法が流れ込んだわけだから、なかったらなんて思うことは必要ないがな」

「そう、ですね。私も魔法がなければ……こんな見た目ですし、きっとレイズ様と知り合うこともなく……」

「お前の見た目がどうした? それが普通、普通であることを誇ってもいいくらいだ」

「なぜです。あなたもレイズ様も美女ばかり連れているというのに」

「目立つしもめごとの素になる。それに釣り合わない……そういうところでお前は良いんだ。赤茶色の髪? 未だに差別はあるがそれがどうした、それが普通のやつらはいる。そばかすがある? だからなんだ、そんなものに悩む人はたくさんいる。なにもない綺麗すぎるあいつらは……まあ、な」

「綺麗すぎて、どこかに不満があるのですか? ほとんどの男は美女を侍らせて見せびらかせて自慢することで自分の優位をアピールするようですが」

「そんな無駄なことに何の意味がある。女を装飾品みたいに扱う一部のゲスと同じように考えるな」

「わ、私はそんなこと……思って、いませんけど」

「けど? 言いたいことがあるなら言え。あ、そういえばそばかすの原因にはストレスもあるらしいな、周りが美少女だらけで自分は姿を擬装して偽りの美しさを演出している、そんなところで引け目でも感じているか?」

「うっ……」

「類は友を呼ぶ、特殊なものは特殊なものを惹きつける。たまに違うものが引き寄せられることもあるさ。だからと言って無理して自分を偽ってまで合わせる必要はない。今は、こちら側にいる限りはお前はお前のままでいい。劣っているなんてことを考えるな」

「しかしそれは……あなたが何でもできて、彼女たちに囲まれているからでしょう。いつ除け者にされるか分からない中で耐える怖さは分かりませんよ」

「除け者にされるか。確かに変わりはいくらでもいるもんな」

「っ…………」

「でもまあ、いくら変わりがいるからってそれで誰かを切り捨てる理由にはならない。人としてのスペアはいくらでもあって、それでも個人としてのスペアなんて変わりは一つもないんだ。あのレイアクローンでさえも、ほとんど同じ外見でも中身は違うだろう」

「なら……あなたが同じ立場になったとしたらどうするのですか。そんな言葉も飾りでしょう?」

「どうでもいい、の一言だけ返しておく。もとから独りに抵抗が無いからな、それにな、嫌な奴なら人気のないところに連れ込んで黙らせているかそもそも相手をしない」

「なぜ遠回しに……言うのですか」

「正しく誤解しろ」

「はい?」

「どのように伝わったどうかなんていうのはどうでもいい。相手が認識したそれが正解だから」

「卑怯ですね」

「卑怯で構わないさ。勝手に誤解されて勝手にそう理解されて、それでいい。そうすれば、自分はそんなことを言っていない、そいつが勝手にそう思い込んだだけっていう言い訳が使えるから」

「本当に……あなたという人は優しいのか酷いのか分かりませんね」


 とくになにをするでもなくぶらぶらと歩いているが、今回の目的は三つ。

 一つは世界の特定の場所を特定の順番で移動しながら干渉する。惑星規模の魔術のために必要な準備だ。ほかのメンツも勝手に動いているらしく、このエリアが終わればすぐに次のエリアでの干渉が行われる。

 後の二つはどうでもいいができればやっておきたいくらいのことだ。


「…………やっぱり浮いてるな」

「いまさら言いますか……」


 確かに周りには軍服を連れた者たちがいる。しかし皆そろって武装は拳銃とナイフを服の下に隠している。スコールのように見える場所に堂々と下げている者は、アサルトライフルを抱えた車両警備くらいのものだ。しかもその大半は銃口の中にレンズが見える。補助具だ。

 いま歩いている通りは雑貨屋や服屋が軒を連ねる場所で、ちらほらと飲食店も窺えるが軽食やスイーツ系の店ばかり。腹にたまる物を食べようと思えば別の通りに出る必要があるが、近くにはドレスコードにうるさい店ばかり。スコールは軍服なので議論の余地なく店の入り口で待機になるだろう、アルメリアもそういうところに行く格好ではないので入ることは難しい。


「あ、そうだ。なにか欲しいものはないか?」

「唐突になんですか」

「いや、あそこにいると外に出ることが無いし、なにか欲しいと思っても買いに行けないだろ。だから」

「……ん……と、言われましても……。もとが傭兵ですし、着飾ることもないですし」

「じゃあ何か食べたいものは? ちょうど昼時になるから、込む前にすませておきたい」

「それも……んぅ、レーション以外ならなんでもいいです」

「なんでもいい、それが一番困る」


 晩御飯何がいい? なんでもいい!

 このやり取りはどこでもあるだろう、作る側としてはレパートリーが少ないとか、作るけど何を作るか迷うとか、そういうときなのだ。

 つまりどこの店に入るか迷っている。

 恐らくどこに入っても軍服は店の外で待機しているはずだ。そのため必然的に負の感情を向けられる。だがこれは自分に対してだからどうでもいい。アルメリアの方に変な負担を掛けたくない、というのが本心だ。


 ---


 結局選んだのは、通りの中途半端な外れの方にあるパスタハウスだった。選んだ理由は前の条件でフィルタリングしてパッと思いついたなかで適当に、つまり選んだのはまったくの偶然。

 だが、


「チッ、やっぱりここはやめよう」


 ドアを開けて中を見て、一歩も踏み込むことなく回れ右。偶然などない必然だけだ、つねになにかある。


「おいこら、なに逃げようとしてるのかなミー君」

「あぁ捕まったよ面倒なのに……」


 ものの一瞬で肩を掴まれていた。


「あれ? 何その子、彼女? うっわーついにミー君にもできちゃったのかー」

「ちょっとあっちの路地裏に行こうかナギサ」


 腰に下げた武器に手を掛けて脅す。

 なんでこんなところにフェンリルのメンバーがいる?


「あー分かった分かった。ふざけないからスコール。ど? ユキちゃんとはうまくいってる?」

「つい先日うちのキッチンを爆破されたばかりだが」

「爆破って……いったいなにが」

「どうでもいい。店員が困っているだろう、入るからどけ」


 見える範囲でさっと見てみれば、運がいいのか悪いのか他の店にファラスメーネの連中までいる。こちらは少し前に殴り込みをかけたばかりで、こんな街中でいざこざを起こしたくはない。フェンリルも嫌だがどちらかと言えばフェンリルの方がマシだ。

 店員に案内された席は店の一番奥、団体客フェンリルの隣だった。

 二人掛けの席に向かい合って座り、隣の団体から向けられる妙な視線を睨んで追い払う。だが、それでもしつこい。


「ねぇねぇスコール君よ、そっちは誰なのかなぁ? んんー?」

「アヤノ、お前のライフル貸せ」

「や、ナギサの血で汚したら削ってもとれない」

「それどういうことアヤノ」

「ナギサはいつでも無遠慮すぎ。うざい」

「いわれてやーんの」

「ていうか一番のセクハラ被害ってユキだよね」

「あーね、お風呂で揉みまくってたもんねぇ」

「そういやスコールに仕掛けたときってどうなってたっけ?」

「フェンリルベースから投げ落とされてなかった?」


 やけに女子率の高いメンツで助かった。別の方向に切り替えてしまえばなかなか戻ってこない。そもそも戻さないようにしてくれる味方も混じっている。

 静かになったところでメニューを取り、二人分のオーダーを終えてからは話すこともなくただ待つだけ。

 内心としてはもうこれ以上厄介ごとは起きないでくれ。そういうものがある。そこにあるフラグを片っ端からポキポキ圧し折って1から0にデクリメントしたところで、なぜか0にしたはずのところが1にインクリメントされてしまう。

 そう、いままさに余計なものがインクリメントされた。

 空間が歪み、下品な色のエフェクトと共に転移魔法のインとアウトのアウトが起こる。


「変態!?」

「あの人間のクズ!?」

「……撃つ!」

「殴り殺そっか!」


 完全にゲートアウトが完了する前にフェンリルの女性陣が隠し持った凶器や、銃を手に騒ぎ始めた店内でそれを包囲する。

 スコールがアルメリアに待てと手で合図して動く。


「天城海斗! さんじょ――――っ!!??」

「お引き取り願おう」


 たぶん、このとき誰もが思っただろう。怖い、と。

 ゲートアウトして定着処理が終了するほんのわずかな、その一瞬に合わせて手首を掴んで捻りあげ、重心を崩して足を掛けて膝立ちにさせ、さらにフロントチョーク。

 ゴキュッと音がしてからスコールは放した。

 手首の時点で押さえる意識が遮断されるような激痛が走るポイントを押さえ、足を掛けるときにもさりげなく激痛が感じられるポイントを蹴り、トドメも確実に苦しみを与える加減で絞めた。


「うわぁ……」

「冗談抜きに殺っちゃった」

「瞬殺だね……」


 店員が慌てる中で更なるゲートアウトが起こり、外から駆け込んできた護衛がそれぞれのクライアントを連れて出ていく。


「とりあえず、そっちもお引き取り願おうか」

「うぎゃあぁっ!?」


 出てきたやつを同様に押さえつける。こちらはまだ話しができる程度の敵だ。


「さぁーて千夏、なぜ遠路はるばる日本からこんなところまで来たのか答えてもらおうか。嫌なら死だ」

「いや、やややややややややややっ! いきなり死ぃ!?」

「当たり前だろう? なぜ敵を殺さないという選択肢がある?」

「ワッツ!?」

「人様の食事時を邪魔したんだ、当然だろうが」


 腰に掛けた刀を抜き、魔装としての力を発揮させないまま下から顎に当てる。


「一応言っておくが、頭蓋骨程度この刀なら当てるだけで斬れるぞ」

「ひぃぃっ!」


 ゆっくりと刀を首におろし、沿わせながら斬る真似で肩、刺すような動きで心臓、肺、うねり絡みつく毒蛇のように腹に沿わせ、またゆっくりと顔に近づけていく。

 向けられる恐怖から視線を外せず、尻を着いたまま後退った。そして壁際まで追いつめられると、漏らしたのか股を濡らして水溜りを広げた。


「ぃ……ぃぃっ」

「そんなに死にたいか。なら殺してやるよ、綺麗な死体が向こうに残るだろうなぁ」


 刀を振り上げたスコールはくるっと回って真後ろ、驚異的な生命力で復帰した天城に向けて投げつけた。魔力を流し、触れたモノを無条件に、無慈悲に切り裂く力を宿した刀が弾かれる。


「ふはははっ! この俺にそんなものは効かねえよ。忘れたか? 俺が勇者だってことを」


 意識を失ったアルメリアを抱えた敵がいる。


「勇者? 変態の間違いじゃないのか、ユキとホノカとミコトと……とにかくたくさんに手を出しナギサにボコられてよぉこのレイプ魔」

「うっせえよ。どうせ異世界なんだ、好き勝手洗脳して俺だけのハーレム創っても問題ねえんだよ!」

「おおありだクソ野郎。ついでにそのジャミング方法はどこで学んだ」

「へぇ分かっちまうか」

「戦略級がなにもできずに触れられること自体ありえない。ましてや意識を落とすことなど」

「くく、だろうなぁ。こんな普通の女に興味はねぇ。美少女じゃねえならどうでもいい、だがてめえがそんな反応するってこたあ大事なんだろ? だったらまあ……分かるよな、人質だ」


 ボコリッと水球が溢れ、爆発する。

 単純な目隠し、煙幕代わり。

 だが相手は店の入り口に走るではなく、魔力を混ぜた水球で魔法を隠して転移した。



ファラスメーネ

検索掛けたらトップになんかのゲームの用語集が出てきましたが、私は以下の意味で使っています。


ファラスメーネ

falas(シ○ダール語) mene(昔の中東部での語)

直訳で【岸部の月】


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