第四話 - 浮遊都市
彼の暴虐は二日に亘り続いた。
雇い主である浮遊都市フリーダムはあまりの強さに契約を破棄し、浮遊都市リベラルと魔法国ブルグントは要注意人物として観測した後、戦域を離脱していった。
最終的な総被害は白き乙女の航空戦力(兵器)すべてと人員の約八割。浮遊都市アカモートは一般兵力のすべてと騎士団の半数、そしてメティサーナの負傷。天使陣営は全滅させられ天界へと帰還し、魔狼は死者こそいなかったものの当面の間は組織的な戦闘行為が継続不可能なほど。
「……結局、あいつはいったい何だった訳? しかも僕なんて不意打ちされて死にかけたんだよ、二人でなんとか持ちこたえたけど」
「…………、」
「レイズ聞いてる? おーい」
ひらひらと、ネーベルこと仙崎霧夜はレイズの顔の前で手を振るが反応がない。
「おーい……。あのさあ、戦いの場に身を置く以上は誰がいつ死んだっておかしくない訳。だからいくら大勢死んだからってそんなに落ち込んでいていいの? 今はレイズが生き残った人たちを励まさないといけない時でしょ」
「…………、」
「レイズ」
肩に手を置くと払いのけられた。
反応を示しはするが話せる状態ではない。レイズは時折りこういうことで長々と引きずることがある。いつか自分の手でレイアの模倣体に手を下した時も、めそめそと路地の隅で座り込んでいた。
「今は放っておいた方がいいかも」
髪の長い少女が通りかかってそう言った。白き乙女の六番目の部隊の隊長だ。
「うーんやっぱりソラもそう思う訳」
「だって大将、前回の時だってちょっとアレだったし」
「あー……じゃあほっておこう。僕は外を歩いてくるよ、まだ氷を剥がし終わってないだろうし」
ネーベルは軽装備で、それでも一応いつ戦闘が始まっても対応できる装備であちこちを見て回った。氷が張り付いている場所、破壊されてぶら下がっているだけの浮遊島、基礎部分しか残っていない街並み。
防衛設備は軒並み破壊されて、現在のアカモートを護っているのは騎士団の残りと動力炉の余剰エネルギーで展開される障壁だけだ。物量攻めをされたなら危うい状況である。
「相当に戦いの才能のあるやつだねぇ……腕利きか」
外部戦力の駐屯場所に来てみれば魔狼はテントを張って負傷者の治療に当たり、白き乙女の動ける者は亡骸すら残っていなかった仲間たちへと黙祷を捧げていた。魔法士同士の戦いでまともな死体が残ることはまずない。
「うわぁ……」
消毒液と血の臭いとが混ざり合い、病院特有の薬品の臭いがさらに気持ち悪いものへと変貌している。
その中で主に動き回っているのは悪魔たちだ。比喩ではない、この場には確かに悪魔と呼ばれる……もしくは一纏めにして魔族と呼ばれる者たちがいる。ほとんど人に近く、獣耳があったり尻尾があったりとい者から不自然な進化をした獣のようなものまで一通りだ。
主に走り回るのは人に近い女性型の魔族たちで、白き乙女の負傷者のほとんどが女性であるから仕方ない。
「鈴那、調子どう?」
「うぅー……さいあく」
見るからに悪い顔色でふらつきながらも、青い透明なディスプレイを多数展開して部隊の再編作業をしている様子だ。
「やっぱりあれほど強力なジャミングの影響下で無理やり障壁張ったのが原因かな」
「そーよぉ……あぅぅ、全力出してキャパシティオーバーして障壁一枚よ? 人間にしてあれはおかしいわ」
酷い二日酔いのような頭痛と吐き気、そう言えば今の状況は分かるだろう。
「僕としてもそう思うよ」
「最後の最後で引き分けに持ち込んだあなたもどうかと思うけど」
「そう言ったって、こっちは二人掛かり、相手は一人だった訳だし。それにほら、僕って一応は異世界の住人だし、そういう目に見えない補正的なものがあったりするんじゃない?」
「あるわけないでしょう。あなたを最初にキャッチした私が言うのもなんだけど、最初のころから弱そ……いえ、何でもないわ」
「はっきり言ってくれても構わないよ。どうせ僕は魔法がなければ誰にも勝てないから」
手伝えることはとくにないからと、ネーベルはその場から去った。
外縁部に沿って歩きながら、目についた氷塊に向けて火炎弾を放ち適当に落としていく。現在のアカモートには動力の低下しているところにかなりの負荷が追加されているのだが、それでも航行できるというのはいったいどれだけのキャパシティを持っているのか知りたくなってくる。
「はぁ……」
今までの主だったメンバーは生きている。だがそれ以外が大勢”消滅”した。
完全な消滅があるとかなんとか、再構成された時点でそんな情報が流れ込んできたがしっかりと覚えているあたりは、その完全な消滅はきちんと機能していないようだ。本当に完全に消滅するのなら、それに関わるすべてが消えるということのはず、なのになぜ記憶はしっかりと残っているのか。
どこかで世界に不具合が生じたか、それともこの偽物をシミュレートし続ける何かに過負荷がかかって再現できていないのか。もしからしたら今まで通りに、理から外れた者だけに適用されるのか。
「まあ、本来死んでるはずのあいつが生きてる時点でかなり前からあるべき形が変わっちゃってる訳かな」
しばらく歩いて行くと風を切る音が聞こえ始めた。
音のする場所へと足を運べば刀の素振りをしている青年が一人。
「ソウマ」
「おっすキリヤ、久しぶりだな」
気軽に返事を返してきたのは、前回の繰り返しでさらっとスコールに斬り殺されたはずの仲間だ。形だけベイン直属の配下として動いているため、ネーベルと合わせて忘れられることの多いコンビだ。
上下運動用のジャージで傍らには普段着ている白装束が乱暴に置かれている。
「……なんだいなんだい、殺されておきながらなんでそんなに気分が軽いんだい」
「あれはあれ、これはこれ。いちいち根に持っても仕方ねえっての」
「君の思考が理解できない僕がおかしいのか、それとも君がおかしいのか」
確実に後者だ。死んで生き返って殺されたことを気にしないやつなんてほとんどいない。
「気にすんなそんなこと」
「はいはい……。それよりソウマが引っ張ってきた連中って何だった訳? いきなり襲ってきたから勢いで焼き払っちゃったけど」
「ああ、あれな。ベインの私兵」
「…………まずくない」
とりあえず襲われたから自己防衛しましたという言い訳はできるが、さすがにまずい。
そもそもなんでベインに私兵がいるのか、なんであの場所に来たのか、謎があるが解ける前に焼き払ってしまったのはまずい。
「嫌だよ僕、いくらレイズと月姫たちみたいな形だけの主従関係とはいえ怒らせたら怖いよ」
「だろうな。あの元魔王のベインは」
「あーもうっ。なんで開始早々こんなに訳の分からないことが連続する訳? 前回だって実は裏で誰それが糸を引いてましたって落ちがあったけど、今回に限っては浮遊都市と国が連合で攻めてくるってないよ。しかも妙に強いやつまで出てくるしさぁ!」
バタリと後ろ向きに倒れたネーベルは、忌々しいほどに突き抜ける蒼穹を見上げた。
「はぁ……ていうか、僕たちいつになったらファンタジーな戦いの無い日常に戻れるの?」
叶いそうもない願いを呟き、ただ素振りの風を切る音だけが響いていた。
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「うぎゅぅぅぅ……お股がジンジンするぅ」
「さすがに激しかったからな」
科学国セントラの街中にイリーガルたち二人はいた。
スレイプニルを乗り回して無理やりな突撃と衝突を繰り返した結果、そもそも馬に乗りなれていない少女は下から脳天まで突き上げる衝撃と相まって股関節を痛めていた。
「ま、結局野宿ばっかりな訳だが」
「……ねぇ、なんで河川敷とか段ボールのお布団とか土管の中とかばっかりでちゃんとしたベッドがないの!」
「お金がないからに決まっているからではないか!」
どさくさに紛れてフリーダムから奪ってきた資金は計算の結果、衣食住の衣食に充てるだけでも数日で尽きてしまう量だった。交換レートがもう少しよくなるまで待つ、なんてことはできない。あの戦闘でかなりの損害を被ったためにむしろ価値が上がるどころか暴落し始めていたからだ。もう少し遅れていたら特売品の賞味期限が近い割引品の缶詰すら変えない程度になるかもしれなかったのだ。
「零次君なら簡単に稼げるよねえ! だってそんなに強いんだからこういう世界じゃお決まりのクエストとかこなしてさあ!」
「勝手について来て……それでもって最大の邪魔をしてくれてよく言うな。しかもここは西暦の終わった後で別世界から色々と流れ込んできた世界、という形であるからそういうのはあまり期待しない方がいい」
「……え? じゃあここってすんごい未来なの?」
「そう思っていいが、”大戦”ですべての国……そうだな、アメリカやらロシアやらも消え去ってなにも残っちゃいないが」
イリーガルたちがのんびりと街中を歩いていると、突然の叫び声と共に軍服姿の者たちが視界に飛び込んできた。
「待たんかスコール!! 貴様今日こそはまともに訓練に参加してもらうぞ!」
スの音が聞こえた時点で、イリーガルは条件反射並みの速度で狭い路地に少女を押し込んで自分も隠れた。
「……よし、見なかったことにしよう」
仲がいいかと聞かれたら、状況に応じて敵にも味方にもなるとしか言えない程度。鉢合わせすれば確実に厄介ごとに巻き込まれる。一緒にいるだけで戦争に巻き込まれるくらいだ、なるべく接触せず一緒にいないのが長生きの秘訣。
「な、なに今の人」
「ちょっとした知り合いだ。戦ったらまず殺されるからなるべく近寄りたくない」
通りの向こう側で多数の軍人に追い掛け回されながらも、それでもなお逃げ回るだけ十分に常識外れな人間だ。時折りテーザーを撃たれているがしっかり回避している。
赤信号で横断歩道を突っ切り車の流れを乱し、下手すれば跳ねられて死ぬ可能性があるのに輸送トラックに飛びついてどこかへと消えていった。残された軍人たちは無線機片手に更なる追跡(捕獲作戦)を続けるようだ。
「さぁて、行こうか」
「どこに?」
「ちょっと知り合いのところに」
そう言ってイリーガル一行は近場のネットカフェへ向かい、その個室に入った。