第二十九話 - 居候が増えました/1
黄昏の領域。
そこには強力な結界の張られた場所がいくつかある。その中でも一部のディメンショントラベラーや商会の中継地点となっている場所がある。
許可されたもの以外は入れないはずのその場所で、ことは起こっていた。
「のうのう イリーガルや わらわにあったふくをつくってくれんかのう」
「翼と尻尾が引っ掛かって着れるものが無いからとチューブトップにローライズのショーツだけということはこの際突っ込まないから出ていけ。というかロイファーといいお前と言いどうやってここに入って来た?」
「ほぇ あながあいておるではないか」
「…………、」
イリーガルはさっと玄関まで走って靴を履くと、結界に沿って走った。一周約四百四十四メートル、軽く一分で回ってみると綻びがいくつかあった。家の中に駆け戻り、いくつかのものをリュックに詰めて修復に向かう。
「のうのう スコールや わらわにあったふくをつくってくれんかのう」
「病み上がりにいきなり仕事を依頼するか。なにを報酬に出せる?」
冗談抜きに死ぬかと思うほど具合が悪くなり、数日寝込んだ後にすぐこの竜人は入り込んできた。
ちなみにこの具合が悪くなるもの、月の周期とも一致しておりレイズは動けないほどに体調を崩し吐いて寝てを繰り返すこともある。
「わらわのじゅんけつなど どうじゃ」
「お前いくつだ?」
「ふむ ようおぼえておらんがひゃくにはいっておらん まさかとしうえがいやとかいうではあるまいな」
「いや、見た目で判断して悪いがお前の種族だと人間換算で二十歳前後、かと」
「はてさて そこらはようしらんが おぬしじゅうはちじゃろうて」
「あ、そう見える。これでもワンループ一年から五年で平均して二百五十回を十一回過ぎているから、中身は……まあ分かるだろ」
「そうはみえんがの」
「だろうな」
そもそも服一着に純血(純潔ではない)というのはまったく釣り合っていない気がするが、と思いつつもどうやって蹴りだすかを考える。しかしまあ、純血。以前も少量でかなりいい値で売れたこともあるが。
それにしても竜人相手に力勝負というのは、人間の力でゴリラに挑むようなものだ。勝てる可能性はあるがまず勝てない。そんな感じ。
だから、
「そういう訳で、出ていけ」
「なぜじゃ!?」
率直に、だた素直に言いたいことを言った。
「どのながれでそこにつながる!?」
「侵入者に対して斬りかからずに出て行けと言ってやっているんだ。酷い目に遭いたくないのなら大人しく出ていけ」
最悪ここに空間の裂け目を創って蹴り落とすという手段がある。
海の中に出るか溶岩の中に出るか地面の中に出るか。いずれにしろまともな結末はない。
「なぜじゃ!?」
「振り出しに戻すな! 出ていけ!」
「なぜじゃ!?」
「これはあれか、はいといいえではいしか先に進めないあれか」
「そうじゃ!」
「言いやがったな……」
そういう訳で強硬手段……さすがに空間を切り裂くのはまずいので、その肌に直接ランダム転移を書き記してやろうと押し倒す。
「な、なにおう!?」
「…………、」
無言でポケットから油性ペンを取り出すと、キュポンとキャップを取る。
「な、なにをする……はっ! どれいか! どれいなのじゃな! おぬしのまわりはふしぜんにべたべたごろごろいつでもいつでも! れいぞくさせておるな! さてはおぬしおどしてしたがわ……わらわもそうするきかこのげどう!」
「よく言う。そんでもって奴隷なのは一切否定しないが、べたごろはあいつらが勝手にやっていることだ」
「はてものはひとつしつもんをいいかの」
「言ってみろ」
「どれいとしてしばられてみたいのじゃが」
「…………、」
なに言ってんだこいつ?
スコールはペンで頭の先から転移魔法を書き込み始める。
「おぬしはこのきしょうしゅのりゅうじんであるわらわがみずからにくどれいになってやるともうしておるのにむしかの!?」
あぁ、いっそ時限式の奴隷契約を結んで出ていけと命令するのもありか。
性的な方面ではなく、肉体労働としてならば、残念ながら働き手は十分そろっている。
この場で解体してそれなりのところに持っていけばいい金にもなるか。
なんて、思いながら、スコールは、手際よく書き込んでいく。
「のう おぬしよ わらわはいくあてがない」
「それが?」
「そうじゃの きがむいたときにいつでもおそってよいからここにおいてはくれんか かねなぞないものでの はらうならからだひとつじゃ」
「残念ながらそっち方向は求めていない。してほしいのならしてやるがそれまでだ。いやなら馬小屋に括り付けるが、裂けても知らんぞ」
「……なかなかにこわいこと わらわのいまのからだでいしゅかんとはまたはーどなぷれいを いやじゃぞ」
「まあそういう訳でさようなら」
術を起動しようとして、耳だけ書き忘れていることに気付いた。これでは逆耳なし芳一だ、体が持っていかれて耳だけ残る。誰もそんなグロテスクな結末は望んじゃいない。
しっかりと耳まで書き込んで、今度こそ術を発動しようとして、
「よっす、スコールおひさー」
スタンッ、と侵入者の真横の壁にナイフが突き刺さった。練習のかいあって綺麗に刃が突き刺さっている。
しかも床に仕掛けられていたワイヤートラップが中途半端にビビッて下がったせいで股にクリティカル。
「くひゅぃぃぃぃっ!?」
「さて、ハルカ。どうやって入ったかよりもいますぐに脳細胞ぶち壊してやるから動くな」
「ちょっ! フェンリルっしょ!? 仲間っしょ!? なんでユキはオッケーなのに!?」
「あれに喋れないように呪いを掛けるのは魔力との拒絶反応で寝たきりにさせるのと同じだからな」
「え、だからってなにこの扱いの差。脳細胞破壊って殺すの? ねえ殺すの!?」
「してほしいならしてやる。人間ってのはマイクロ単位の電気信号だからな、雷撃一発でころりといくぞ」
「……あ、はい、そんじゃお暇させて」
「やる気はない。記憶消去くらいはしておかないとな」
「ねぇねぇスコールくんよ、その手にある物騒なものはなんだね」
「名前も知らないのか、バールだ」
「いやそんなことわかってるけどね! いつのまにもっちゃってるのか、ぬぁっ!?」
「避けるな。一撃で終わらせるから」
「人生終わらせてどうする気!?」
ゴドン、バゴン、ドゴンとすごい音が家中に響いて続々と住人たちが集まってくる。
こうも人が多いと何のためのハイドアウトなんだと言いたくなる。どこが隠れ家だ?
「ちょ、スコールたんま! 待って!」
「安心しろ、痛みなんて感じずに終わるから」
「それを即死というぉわぁぁぁ!?」
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まあこれが手っ取り早い。
「おぬし」
「こういうことだ。言い残すことは?」
「ろりなりゅうじんがこうまでゆうわくして またぐらのそれがえれくとせんということはふのうか!? そっちけいか!?」
「挑発には乗らん。それじゃ死ね」
徹甲弾を給填した拳銃を縛りあげた竜人に向ける。
パンッと乾いた音が響く。
片目から血が飛び散る。
ぐらりと体が揺れ、崩れる。
「…………あぇっ?」
「生きた状態で売ればいい金になる。だが死んでも綺麗にばらせば」
「にんげんの ぶき かぇ?」
「素でやりあえば脅威だが、AP弾の威力なら鱗のない素の部分を壊すことは可能だ」
「なんじゃ その つめたいめは」
「もとからこうだ。運がなかったな、希少種」
パンッ、パンッ、ダグチュ、ドン、ドンドンドン。
途中からマガジン内部に込めていた別の弾種に変わって、竜人を殺しつくす。
本来竜人やエルフなど、長命の種は性欲というものが弱い。人間と同じような万年発情期のような状態ではすぐに人口爆発が起きる。それ故に、増えすぎないためのリミッター。
だがまあすべての種に共通するというか、弱すぎては今度は減る一方。発情期というものがあったり、死に瀕すると途端に……などということがある。あとはたまに興味を持っただけで執拗に迫ったり、恋をしてみたいという恋に恋した状態で迫ったり、ということか。
「手間を掛けさせおって」
薬莢を回収して結界の中に戻ろうとすると弾かれた。
「…………、」
殴って蹴って、体当たりして、あてたベクトルがそのまま反転して作用反作用の反作用+反射ベクトルで二倍のダメージを受けた。
「…………。銃弾は尽きた、後ろにはやばいものが」
ホルスターに拳銃を押し込んで、代わりにサバイバルナイフを構える。
「そのていどでわらわがしぬとおもうたかえ きしょうしゅとよばれるだけあって せいめいりょくだけはさいきょうをほこるぞえ」
岩の下で三年も生きていたのだ、今更銃弾を叩き込んだところで死ぬかと聞かれたら死にそうにないと答えるだろう。
「はぁ……で、それが? 自称最強? こちとら本物の不死身の化け物相手に喧嘩してんだ。竜人程度にびびりゃしねえよ」
血塗れで真っ赤なオーラを放ち、普通の人間ならば腰を抜かして逃げることもできないほどの殺気が散らされている。その中でスコールは平然と向かい合っている。
これも日頃からレイズなどの規格外と喧嘩したり殺し合いをしたりしているおかげだろう。……そしてそういうことを処理する"感情"がないからでもある。
双方ともが構える。竜人の少女は鋼鉄ですらも余裕で切り裂くオーラ、対するスコールは先日の一件でただの一般人と化している。
やりあえば間違いなく死ぬ。
「はてさて、いい加減おかしいと思うんだ。例えばつい昨年までは単独行動ばかりだった"普通"がなんであっというまにこんなことになっている? 向こうから好きだ好きだ言われて流れで関係までもって、本来あるべきステップをすべて蹴り飛ばしてハーレムだ? 一般的な倫理ってやつを引っ張って来よう。ありえるかこんなことが! あいつらが自ら考え選ぶとするならば、こんな危ない方に来るわけがないんだよ! テメェもだ、だいたい一週間か? たかだかそれくらい前に岩の下敷き状態から助けてもらっただけでなぜ普通入ってこられないこの領域まで押しかけてくる? 助けたからか? それであの人がいればまた何かあっても一緒にいれば自分は助かるなんて考えで押しかけてくるのか? いいやそれもおかしい、あの人といればいつも助けてもらえるから何も困らないね、じゃあ近くにいよう。それがこの状況のもとか? なぜそうもありえない思考に傾いていく? なぜこうも最後の最後で邪魔が入ってくる! 世界全体に誰も気づかないほどの洗脳でも働いているのか、誰が邪魔をする……あぁもう、嫌になるね。なんでまあ、全部否定するために、すべての障害を取り除くために、少しくらい傷つけてしまってもいいよな?」
ナイフ一本で突っ走ったただの不愛想な男は、一撃で地面に叩きつけられて動けなくなった。
この程度で意識まで落とすようなやわな野郎ではない。しかし身体がついてこない。
「なんじゃ ながながとわけのわからんことをいうて そのていどかぇ? わらわからみればなにもわからん わからんがそれはたしかにおのれがきめたことではないかぇ? たにんのかんがえることなど ただみるだけではりかいできるわけがなかろうが わらわからみれば なぜおぬしがそこまでひていするのかりかいできぬ おなじじゃろう? おぬしのことがすきということがおぬしにはりかいできぬ わらわにはおぬしがひていすることがりかいできぬ ふかいところをみずしてきめつけるでないわ」
トドメにもう一撃くらい、それでもスコールは折れなかった。絶対に曲げられない芯がある。だから、最初からいままで仲間を殺しても、仲間が殺されても、気にかけていた少女が無残な死を遂げても、いままでずっと折れずにここまで来た。
少しでもおかしいと思えばすべてを疑え。流されるフリで、気付かないフリで調べ上げて、断片から全体を逆算して少しずつ気付き始めていた。
可能性候補・ありえないがありえるかもしれない程度のもの。
長いループで助けるはずが、逆にどんな手段を使ってでも助けられようとしているのではないか。
助け終わりそうになってから急激な変化は訪れた。ならば?
「げぶっ……内臓破裂、骨折……ごぶぁ」
意識が沈んでいく。
「あ すまん やりすぎてしもうた」
いまさら何を言うかこの竜人は。




