第二十八話 - 主役のいない戦いの日々/3
『作戦内容を説明します
攻撃目標はシリエジオの保有するオブジェクト・ケルス
我が方の管理領域に、彼の二百メートル級機
ケルスの処理領域が食い込んできています
あちら側には三度に亘る警告の後、反応がなかったため
実力行使にでることにしました
守備部隊は』
『あーもういいもういい、座標だけ送れ、ここから砲撃する』
セントラ国内の仮想空間でクロードとエクルは、余剰処理で再現される中立エリアに立っていた。一辺五百メートルの正方形。破壊不能オブジェクトの代名詞、構造体。
『砲撃? しかしそちらが提出したパーソナルデータには』
『契約項目に必要以上の詮索はしないとあったが?』
『了解しました。座標データを送ります』
今回のクライアントは正規ルートでの依頼を出さないところ、裏の斡旋所からの依頼だ。基本的に斡旋協会にはどこそこの誰さんの殺害や、企業の仮想空間を破壊するだとかのそれなりにヤバイと言える依頼が出るが、裏にはそれ以上のモノが出ることがある。基本は表と変わらない内容だが、敵の質が恐ろしく高い。
ただまあ、質だけで言えばクロードは異常。今日も順調にランクを上げている……賞金首の。
「そういう訳でエクル、よろしく」
「……ねぇ、なんで自分でできないこと引き受けちゃうの?」
「だってエクルができるから」
「んむぅ」
しぶしぶといった様子でシフトプロセスを立ち上げる。
エクルの足元を中心に半径六十メートルもの巨大な円が広がり、そこから網がせり上がり体が分解され、鋼鉄の巨体として再構成される。
百メートル級大型シェル。使用自体は戦争でない限りは赤字覚悟のものだ。
……まあ、今回はクライアント様がぜーんぶ持ってくれるらしいから撃ち放題。
そんな訳で、
「フィーア……お前の照準システム、使わせてもらうぞ」
無数のビットが展開され、超高解像度の素子が遥か先の敵を映し出す。
「エクル、送られてきた座標に修正入れる。プラズマ砲で溶かしてやれ!」
「プラズマは溶かすより蒸発だよ?」
「……ま、どうでもいいからぶっ放せ!」
「さらっと流したね」
「ぶっ放せぇ……ぇ」
「クロード」
「はいはい……今後の知識の糧にさせて頂きますよ」
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そんなこんなでちょっとばかりやり過ぎて。
「センパイ」
「なんでその呼び方に戻ってんだろうなぁ」
「呼びやすいからこ、れ、で、い、い、の!」
ネイルスクラッチを顔に往復で十字がたくさん。
弾代は全部持つと言っておきながら、プラズマ砲にレールガン、加えて新兵器の試射までして莫大な額になった。結果、報酬を一割まで落とされた。
新兵器は金属粉を加熱し、半分溶けたところで後はレールガンと同じように撃ち出すもの。ついでに"コンテナ"と呼ばれる、スタンドオフ兵器。中に搭載するものによってクラスターにもサーモバリックにもなる。
「はぁ……まったく。最終的に金がホテル代と飯で消える」
「撃てって言ったのはセンパイだから。わたし悪くないから」
「誰かさんに似てなんともまあ」
「うん?」
「いや、なんでもないです」
感動の再会? からの流れはどこに消えたのやら。
雑踏の中をずかずか進んでいくと、ふと店先で点けっぱなしにされているテレビニュースが耳に入ってくる。
『先週より正式リリースされた第三世代ブレインチップ
第二世代に続き更なる仮想空間への適応を望めるナノマシンであり、人類がより高みへと近づく――』
これで実験世代から正規認識される第三世代か……と思いながらチャンネルを変える。別にこんなところで見なくても、第三世代は常にネットにつながっているため思えば思考感知デバイスが勝手に表示してくれる。
『第一世代はジャンクショナー。その中でも最初期の数名はジャンクションズと呼ばれプロトタイプ世代と呼ばれ、後の第一世代にはない機能が多数搭載されているとのことです
これは第二、第三世代にも言えることで、第二世代はコネクター、初期の数名はコネクツと呼ばれています。
どうように第三世代はリンカー、初期の数名はリンクスと呼ばれています。またコネクツ、リンクスについては名前が公表されている物が数名います。
桜都国――』
その後聞こえてきた名前の中に知った名前があれば自分の名前もあった。というか全部知っている名前だった。
「なんだよ、個人情報にうるさいこのご時世にパーソナルデータ全部テレビに流すとか頭おかしいんじゃねえの!?」
早くもソーシャルネットワークに流れ始めたのか、こちらをじろじろ見てくる不審者が大勢いる。
恐らくはどこかの企業のハンターだろう。とっ捕まえて頭を切り開いて、最新型のチップとプログラムをサルベージしようとかいう。
「あーもう早速死ぬ流れじゃないのかなこれは!」
人の流れに逆らうようにして見知った身体つきの者たちが現れる。
目を凝らせば関節部分に妙な線があることが分かる。義体、生身を捨てて機械の体を得た、ほとんど人間辞めた機械野郎だ。
「センパイ、殺っちゃいますか」
「明るい顔で言うようになったなぁもう。なーんで俺の周りのやつはどんどん殺しに抵抗がなくなっていくかなぁもう」
街中でいきなりアサルトライフルが構えられ、右腕に化け物が現れたところで騒ぎが起こる事はない。セントラの中でも治安が悪い街だ、妙な生体兵器とでも思われているだけだ。
「エクル、頭んなかクラックしてぐちゃぐちゃにしてやれ。こいつらセカンドだ」
「はい!」
ライフルが火を噴く。放たれた弾丸はクロードに触れるとあらぬ方向に飛んで行って見えなくなる。
「ちょっくら出力上げてるからな。デフォルト設定はランダム反射だ」
クロードの陰に隠れたエクルが仮想経由で敵の頭に侵入する。ネットに常につながっているということは、いつ頭の中に侵入されてもおかしくはない。脳内のチップにも仮想空間が割り当てられているが、ここの最奥に設置されるコアを破壊された場合は現実の体の状態に関係なく死ぬ。頭の中で電子回路が弾けるのだ、死なない方がおかしい。
それでもって次々と撃ち出される弾丸は反射され、信号機を貫き、店のウィンドウを破砕し、たまたま通りかかった軍用車両をパンクさせる。
「げぇっ!」
「あぶねえだろうがごらぁ! 貴様クロード准尉だな、こっちこい!」
「なんでメメント・モリのやつらがいるんだよ!?」
「ここは我々のホームグラウンドだ」
輸送トラックの荷台からぞろぞろと兵士たちが降りて、クロードたちを囲んでいた敵を締め上げていく。エクルの仮想攻撃で満足に反撃ができず、あっという間に専用の拘束具で固められ、路地裏に蹴り込まれて姿を消す。
「さて、准尉」
ポキリと拳が鳴らされる。
「な、なんでしょうか」
「ゲイル工作兵の居場所を知らないか? 誰も電話番号もメールアドレスも一切の連絡先を知らんのだ」
「ゲイル……?」
ああスコールのことか、とクロードはそちらについて知っていることをそのまま喋った。
「北部で交戦しました。あいつたしか整備旅団とヴェセルぶっ飛ばしたんじゃないかと思われますが」
「……っ! あんんんんんのトラブルメーカーめがぁぁぁ!! 貴様ら、衛星の映像を洗え! いますぐに居場所を割り出してひっとらえろ!」
「「「サー、イエッサー!」」」
「猛吹雪でしたし、そのあと大爆発起こしましたから映ってないと思いますよー」
「チィ、あの野郎……!」
「たーいちょー。血圧上がってぷつんといっちゃいますよー。もうゲイル工作兵のことは除隊でいいじゃねえすか」
「あんな危険生物を野放しにしておけるか! 世界の為だ、なんとしても捕えるぞ!」
さらっと人外認定を下した部隊の長は、トラックに乗り込むとすぐに出発する。
さすがに通行人たちも軍属相手には問題を起こしたくないようだ。悪い土地の軍陣はそれ相応に悪い対応をする。とくにメメント・モリはこのあたりに独自のテリトリーを作るほどの戦力を保有している。
ギャングが支配するエリア、戦地派遣の学生が展開する模擬戦闘エリア、はみ出し者が集う危険エリア、そして彼らの影響圏。最少でありながら潰されない力はそれだけで恐れになる。
「危険生物ねぇ……」
「ゲイルってあのスコールって人間族ですよね、センパイ」
「あぁ。なにか変なことされたか?」
「変なことはなかったですけど、メチャクチャ怖かったです! あれ気配としては飢えた狼かライオンですよ!」
「おおう……」
「センパイはあの人のこと知ってるんですよね」
「知ってるというか、あいつのおかげで俺は生きているんだけどな」
思い出せば命を救われた回数より殺されかけた回数の方が多いような気がするが。
「それにしてもまあ、エクルもサードだっけ?」
「一応第三世代チップは入ってるよ?」
「狙われるなぁ……これは」
物陰から覗く連中をよそ目に、クロードはこの街から、いや、この国から出ていこうと決めた。




