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第二十八話 - 主役のいない戦いの日々/2

「ふっ……いいさ、磁石なんだな」


 ふと目を覚ませば夜風の心地よいベンチに座っている。


「じしゃく?」

「あぁ。竜人ばかりを引き寄せる磁石だ」


 右隣に竜人の少女。たい焼きの入った袋を抱えて一人でどれだけ食うんだ? そう思いたくなるほどの尾っぽが見え隠れ。

 なんでこうも遭遇率が極端に低いものだけに集中してエンカウントが勃発するのだろうか。


「とかなんとか考えているとまた別のものが来るよほら」

「ふむ まずまずといったところか」

「あぁーーーー! わたしのたい焼き! それ一つしかなかった抹茶クリーム!」

「よかろう わらわははらがへっておる」

「諦めろリナ。またこんどウィリスにでも買ってもらえ」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「いくらだった」

「五百G」


 スコールはたい焼きの代金を余分に渡して一つ抜き取った。


「あぁーーーー! それ一つしかなかったレアチーズクリーム!」

「うん、うまい」

「がぁぁぁっ!」

「リナ、暴走させるな」


 赤いオーラが立ち上り始めていたが何とか抑えて、しょんぼりしつつもたい焼きを食べていく。閉店間際にギリギリ滑り込みで残っていたものを買ったのだ。奇跡的にそれぞれの味が一つずつ残っていて、あんこだけは五つあった。


「お、リナじゃん。どう? ウィリスとうまくいってる?」

「探してる途中かな。ヴァンフレアと一緒にいっつもどこかに行っちゃうから最近ご無沙汰」

「ウィリスなら浮遊都市クレイドルにでも行けば会えるだろう」

「どうして?」

「あっちと戦争してんだと。いつも通りなら後処理の指揮で駐屯するはずだから、いまからでも行けば、な」

「じゃあ今からでも……って、なんで紅龍隊の皆さんが!?」


 風呂上がりのしっとりした状態でぞろぞろと。

 しかも竜人の女性ばかり。


「何でって言うか、まあうん、クレハたちはアキトを探しにだろうし、あたしはレイズの開けた穴に吸い込まれてだし」

「そ、そうなんですか」


 リナが話に気を取られている間に、岩の下から救出した女の子がたい焼きをすべて平らげるのをスコールは確かに見ていた。一応こちらの保護下にある、ということで責任もある。少し多めにお金を袋に放り込んで、あとは全部任せてしまおうかと、そっと輪の中から抜け出す。

 しかしリムは抜け目なくその動きに気付いて、同じようにそっと抜けてついてくる。


「主様」

「ん?」

「たい焼き食べたいであります」

「…………、」


 いまから店を探したところでこんな時間に開いているところはない。

 というか、これは間違いなくさっきのに影響されたな?


「コンビニの冷凍たい焼きでもいいか?」

「いいであります!」


 かくして補導員に見つからないように裏道を経由して、大きな通りに辿り着いた。

 犯人は現場に戻るというか、ここはついさっき交戦して連行された場所だ。すでにその名残はなく人が行き交う普通の通りに戻っている。ちょっと危ない見た目の不良らしき者が目立ち、梯子しているおっさん連中もえっちらおっちら千鳥足の二人三脚でふーらふら。

 近場のコンビニに入るとスコールはカゴを持ってまっすぐボトル飲料の売り場に向かい、カフェラテとブラックコーヒーを取る。隣の冷凍食品の扉を開けて冷凍たい焼きを二袋取ると、レジに向かいつつ如何にも甘そうなプリンだとかシュークリームだとかを気の向いた端から四つカゴに放り込んだ。

 支払いの際に温めてくれと言うと、店員が露骨に嫌そうな顔をした。

 経験はある、業務用電子レンジは出力が一二〇〇~一五〇〇W、家庭用は五〇〇~一〇〇〇W。

 これ、知っている人は知っているが冗談抜きに爆発する。なぜ爆発するのかは、温まり方の違いを調べると分かる。もしくは電子系の何かを勉強した人ならば。

 それでもって、きちんと時間を調節すれば大丈夫だが、できる者のほうが少ないのが現状。

 スコールが責任は持つと言い、札束をちらつかせて温め時間を指示するが断られたので、油性ペンとメモ帳を追加で買って店を出る。


「主様っ!」

「はいはい少し待て」


 加熱魔法(振動数の上昇)と同じ効果を持つ紋様を描き、魔力を流す。

 ものの数秒で水蒸気に押されて袋が膨らみ、パンッといい音を立てて破裂した。中にはホカホカの解凍されたたい焼きがある。


「いたただきま――ぎゃぅっ」


 スコールがリムを引っ張って飛び、ガードレールにぶち当たる。

 数瞬遅れて立っていた場所をコンテナが火花を散らしながら破壊していく。


「……イライラした時には甘いものとコーヒーなんだがなぁ。ちょっとキレてもいいか?」


 誰に聞くでもなくただ言う。もう自分でも分かっている、疲れたときの甘いものとコーヒーは若干中毒気味かもしれないと。それでも月に一回くらいだからまあいいだろうとも思っている。普段は甘いものは好まないが、たまーに欲しくなる。そして今がたまーになのだが、朝から続く変なストレスが限界値に近い。


「ナイリー・ファンシェナ……反政府勢力の雑魚が」

「あんたを殺してみんなの仇を取る……それだけが……私の存在する理由よ!」


 同じ場所で本日二度目の激突が始まった。

 今度はもうやわな剣戟ではない。

 重力操作によって大地に縛り付けられていたモノ、引力の力を無効化されて宙に浮く。星の遠心力で飛んでいかないのは完全に無効化してはいないからだろう。

 そこらの街路樹やガードレール、信号機などはまだいい。問題は車、正確にはその中の燃料だ。火災になれば少々困る。

 手持ちの魔法はさっき盗んだ冷却魔法が三つだけ。あとはこの場で書くしかない。


「あぁ、本格的に暴れるか」


 以前もキレたことはあった。完全に意識してストレスを発散するためだけにキレた。そのたびにレイズが酷い目にあった。おかげで触手とかのぬるぬるうねうねしたものが大の苦手という、最強の魔法士に似合わない弱点ができている。ほかにも……遊び感覚で殺戮なんかも。

 ブォッ! という風圧があった。それは人の肌であれば切り裂けるかもしれない烈風、どちらかと言えば風よりも衝撃波か。

 ビリビリと揺れたガラスにひびが入る。

 ロイファーから吸い取った神力は自分の保有量を遥かに超えていて、体内に無理やり押し込めてある。スコールという変換器からだは一般の術者よりもエネルギーの変換効率が悪い。しかしその悪さを度外視して大規模な術を連発することができるだけの量がある。

 どろり、と。服の袖から白濁した白い液体が零れ落ちた。


「リム」

「はい!」

「少しの間、魔力と神力がつらいだろうが耐えてくれるか?」

「大丈夫であります。だから主様はリムのことを考えずに戦ってほしいであります」

「そうか、ありがとう」


 瞬間、頭上で圧縮されていた自動車から漏れ出した燃料に引火し、灼熱がスコールに降りかかる。


「ぼさっとしてっからそうなんだよ! 思い知れ、みんなが――っ?!」


 灼熱が弾け飛び、あたりに火炎を散らす。


「ちっせぇお遊びでハシャイでんじゃねぇよ。もっとでけぇことしねぇとなぁ」


 天使とは違う、もっと軽やかで神々しい大きな翼がスコールを包んでいた。

 ゆっくりと広がり、彼の背でそれがゆったりと羽ばたく。


「っ――――!」


 真横に飛びつつ重力操作を使って、道行く人も走っている輸送トラックも人が渡っている歩道橋もおかまいなしにナイリーは投げつけてくる。

 スコールは即座に防護の術を組み上げ、自分は移動先を予測して光の剣を片手に突っ込む。


「ぃっ」


 斬った。


「喧嘩を売る相手は選べ」


 剣が通り過ぎた傷口には、冷却魔法で焦げて塞がるなんていう優しいオマケの止血を許さない。

 振り切った剣を下に落とし振り上げて腰から肩にかけて斜めに裂傷を負わせる。


「負け――るかぁ!」


 頭突きを躱し、蹴り飛ばして翼を分解する。羽の一枚一枚が凶器に変貌していく。


「力に差がありすぎると面白くないんだ。すぐに終わるからな」

「ふざけるな、ファーストの分際で!」

「ほぅ、セカンド様がそんなに偉いか、あぁ! 第一と第二には絶対的な壁がある、だから区切られている。そのくせしてファーストにボロ負けする屈辱を味わえ!」


 効率無視、被害無視で全力とストレス発散の衝突が激化した。

 それを眺めていたリムや、普通の通行人には破壊を振り撒く天使が暴れているように見えただろう。

 何かがビルの壁面を滑るように登り、その後ろから空気を叩きながら食いつく白い翼。


「おいかけっこか、嫌いじゃねぇよ。専門は待ち伏せだがこれも悪かねぇ」


 ふとビルのガラスの反射で自分の姿が見えた。

 一応人前に出るからと擬装魔法で姿を変えていたが、魔法が神力に耐え切れずに壊れて元通りになっていた。つまり白髪に眼帯が丸見えに。耳につけたはずの封具は壊れたのかなくなっている。

 どうでもいいと、気にせずに斬りかかる。


「くぅっ」

「斥力の刃か」


 見えないナニかに押し戻される。自分の手の延長に展開した斥力、反発のフィールドを剣の形にしているのだ。


「クロードとは段違いだな。あちらはすべてを跳ね除けるぞ」

「く、こんなやつに!」


 思いきり弾くと再び逃げに移る。


「どこまで逃げるつもりだ」


 ナイリーがビルの屋上に姿を消し、そこでやりあおうというかとスコールは屋上全体が見える高さに飛んだ。そしてそこに巫女装束を見た。


「法力使いか」

「久しいなぁ、あんさんのやりくちは気にくわんのでここで撃滅させてもらいますぅ」


 そして後ろに何やら棺桶を二つ浮かばせ、じゃらじゃらとアクセサリーやタトゥーをつけた神父のような姿。


「そっちは天使使いか」

「単なる罠だ。ただの人間ナイリーが世界を越えられるわけないだろう、餌にして呼び寄せる。貴様は魔力相手なら無類の強さだが、それ以外には一般人並みだからな」


 ---


「どうするこいつら?」

「どうでもいいが、こっちのバカは勘違いのようだしな」

「だからと言って見逃す気はない」


 ステイシス、ワースレス、ウォルラスの三名は捕えた観測者を縛り上げてごうも――尋問していた。そしてそこになぜか現れた霧崎を返り討ちにして一緒に縛り上げている。


「なんなんだよあんたたちは!」

「お前がどっち側かによって返答は変わるが」

「どっち側? まさかまたレイズ側かそうじゃないかってやつか」

「ご名答、さあどっちだ」


 霧崎は少し迷って答えた。


「レイズ側だ」

「思った通りの回答だ。どうするお前ら」

「こちら側としては放っておきたくもある」

「ならこのまま捨てていくか」

「……おい待てよ」


 観測者を引き摺りながら去っていく男たち。


「おい! この紐ほどけよ!」


 その虚しい声だけが、桜都国の人気のない場所に木霊する。ここは滅多と人が来ない。


 ---


 桜都の街中でスコールを探して歩く少女たちがいた。

 天使、猫系獣人、幽霊、クローン、人間。多彩なメンツが揃っているが、周りから見れば普通の集団にしか見えない。髪の色がカラフル? 獣人の中にはそういう者がいる、その血を引いているとでも考えればまったく不自然ではない。


「フィーっておっぱいがおっきよねー」

ゼロ、言ってもあたしらが虚しくなるだけだし、でかいのは絶対に垂れるから!」

「うふふ、残念でした。天使はいつまでも美しいものよ。それに大きいと走りにくいし、人の視線を引くし、合うサイズの服が無いし、ブラも高いから中々買えないし、合わないもの着けちゃうと肩がこっちゃうしいいことないわぁ」

「むかっ」

「贅沢な悩みですよねぇー」

「確かにそうですね……」

「姉さん! 幽霊だからいますぐに身体の構造変えよ! こう、胸だけ大きく!」

「ふっしぜーん。ていうか俗にいうロリ巨乳? いやだよあたし、動きにくそうだし」

「大丈夫、ダーリンは大きさなんか気にしない気にしない気にしない……」

「わたくしだけがこの大きさでスリスリできることをお忘れ?」

「にゃう! 現実的におっぱいで挟むなんて……あ、できそうだね、その大きさ」


 サイズ的に言えば板が三人……レイ、ゼロ、ルクレーシャ。

 そして大きさを平均で見ればそれ以下が三人……ウィステリア、ミラ、ユキ。

 平均がアルメリア。

 それでいて彼女たちの恨めしい視線が天使の胸元に突き刺さる。


「だ、大丈夫ですよ。私たちはこれから育ちますから!」

「ねぇユキ、それはあたしらに対するあてつけ?」


 代表してレイが一言。


「あ、いえ……ごめんなさい」


 幽霊はこれ以上成長しない……まあ幽霊であるからにして体を自由に変えることはできるが。

 そして獣人は種族によって育つ種と育たない種が存在する。ルクレーシャはどちらかと言えば小型種の方。

 さらに天使は一定の体格までは普通の生き物と同じように育つが、最盛期になるとそこで成長速度が著しく落ちる者がいる。

 最後に人間はだいたい十五歳前後で大きさは決まる。今が小さいならばもう先は無いと思っていい。たまに例外でその後育っていく者がいるが、基本に照らし合わせれば先はない。


「ていうか、ユキって」

「はい……もと高校生です」

「しゅーりょーーーー」

「何がですか!?」

「何って、それが」


 つん、と人差し指でつつきながら。


「……………………しゅん」


 勝組一名、残り負け組。


「ってぇ! おっぱいの大きさなんて関係ありません! 大事なのはスコールさんが誰のことを一番好きか、それです!」

「うん、そだね。誰と結婚するだろうかな……」

「結婚、かぁ」


 この世界の常識に一夫多妻はない。あるとするならば妾、側室だ。ようは愛人。


「ずぅっと一緒にいるけどさ、あたしらは今が楽しいでそういうことは全然だからねぇ」


 曖昧なままで、ドロドロのままで。一緒にいれば楽しいから、ときどき死にそうな目にも合うがそれはほとんどが後で思い出として話せる程度に終息する。でももし、決まってしまえば? 今の関係は確実に壊れてしまう。

 そもそもいつ誰が消えてしまっても、いなくなってもおかしくない毎日を過ごしている。死んで忘れられていった者もいる。それが誰だったかなんて思い出そうとしても時の彼方、ただ数字として何人いなくなったかを覚えているだけ。


「しかし結婚となると、やはり一番お付き合いの長い方でしょうね」

「一番付き合いが長いのって誰?」

「わたし」

「こら妹、あんたは黙ってな」

「なんで姉さん」

「レイアならともかくクローンはまずいよ、色々」

「ぶぅーーーー」


 むくれたゼロを押しのけて出てくるのはミラ。


「ふんっ、ダーリンとの付き合いの長さは誰もに負けないよ」

「違いますよねぇ。あなたいつもイリーガルといましたよねぇ」

「余計なことをこの天使めっ!」

「ひゃぁんっ、ちょっとこんなところで、んぅぅ揉まないで!」


 うるさいのが勝ち組を弄り始めたところで蚊帳の外のルクレーシャはそのままに、ユキかウィステリアか。


「ユキはいつから?」

「私は今回のループの五番目からです」

「そっかぁ……私は今回のループじゃなくて、ずっと前のループからだけど、でも居たり居なかったりだからなぁ……」

「ですよねー……。でも、一緒にどれだけ長くいたかよりも……」


 その続きは突如道路を引き剥がしながら突っ込んできた何かの轟音に遮られた。


「な、なに?」


 ---


 最初から隠す気もなく、後の隠蔽に気を配るつもりもなかった。


「最悪だ」

「なにが最悪なんどすかえ。女子おなごの服をズタボロにしはったあんさんが言うことちゃいますよ」


 巫女装束の法力使いは今や裸であちこちに見るも無残な傷を受けて、腕の力だけで体を起こしている。力の防御は自分の体だけのようで、衣服にまでは及んでいない。そもそもお決まりのように胸とか股だけ綺麗に破れないというのはあり得ない。むしろ力を掛ければそこが一番破れやすい。

 それでもってこの巫女さん、基本に忠実なのかどうかは知らないが下着の類をつけていなかった。


「嫌なに、ついマジになってやりすぎた。死ぬかもしれんというだけだ」

「は、ぁ――――」


 正体不明の白い翼が天に伸びる。そこから刃物のような鋭さをもって降り注ぐ。白い柔肌が赤に、ぐちゃぐちゃに、原型が分からないほどに切り刻まれて、赤い飛沫を撒き散らして。

 終わると槍のように変化した翼が上空の何かを貫いて引き摺り下ろす。


「がふぉっ!? や、めっ……はな、はなし、あお」


 肉を打つだけの音が響き渡った。

 槍はハンマーに。

 一撃ごとに道路の亀裂が広がり、地震のように大地が震え、建物が揺れ、ガラスの雨や看板が降る。


「あぁ……逃げた、逃げたな。まあいい、依り代か。神道系と仏教系……天使と棺桶、キリストか? まあ、なかなか」


 気付けば今頃になってようやく警察や桜都国お抱えのPMCたちが出てきた。

 包囲されている。


「…………、」


 理性的な暴走状態のスコールの瞳は、確かに怯えた目でこちらを眺める少女たちを捉えた。

 ほどほどにやめておくか。

 体内に残った余剰神力を一斉に放出して、すべての術を破棄する。

 街中の魔法監視装置にノイズが走り、魔力によって動いていたすべてが停止する。近場にいた者たちは糸が切れたように崩れ落ち、攻撃しようと魔法を詠唱していた魔法士たちは、魔法の不発に驚いて。


「はぁ……」


 大暴れは終わった。

 ナイリーは取り逃し、天使使いと法力使いにはうまいこと逃げられた。しかしまあ、これだけ怖がらせておけば次の手出しは早々ないだろうと思われる。



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