第二十八話 - 主役のいない戦いの日々/1
死人を蘇らせる術がある。
これを使える存在はそんなに多くはない。
無論、すべての魔法を扱えますというレイズのライブラリにこれは含まれている。そして使えないように封印してある。
例えば何かを解析しようとするならばモデルケースを用意するだろう。
殺した人間を生き返らせるには?
動いている物を突然粉微塵に壊し、再構築する。
彼が選んだモデルは二つ。
戦闘で捕えた見ず知らずの誰かと発動機。
選ぶのに理由はなかった、ただそこにあったからだ。
まず発動機を始動させ、定常運転状態になってから一思いに爆散させる。そして二通り。
魔法魔術の本質は、この偽物の世界限定で使える正と負のエネルギーの負を操ること。
正と負、1と0。情報構造の基本はあるかないかの二つの組み合わせだ。
よって情報改変とも呼べる。
まずは魔法を使って単純に情報を書き換えた。壊れた情報に壊れる前の情報をそのまま上書きしたのだ。
そこには壊れる前の形、動いていない発動機が復元された。当然然るべき手順で始動させることはできた。だがなぜ動いていない?
次に時間を撒き戻すという方法をとった。何か一つに膨大な力を使った結果、同じだった。
なぜ、壊れる前、動いている状態を望んだのに動いていない状態に復元されるのか。
人を殺した。
方法は手っ取り早く頭部を潰す。確実な即死……。
そして発動機と同じ手順で復元した。結果は予想通りだった、傷の無い綺麗な死体が復元されただけだ。
細かなところに差があれど、動いて(生きて)いる状態から一撃で破壊(即死)。そこの違いはない。復元しても動いていないモノが出来上がる。
時間のように、生から死へは不可逆的な変化だからか?
発動機は始動する手順を踏めば再び動き出した。ならば人間も同じように動き出す為の手順とやらがあるのか? 所詮生命体の行動は電気信号、マイクロオーダーのとても繊細な制御が必要な量だ。
もう一度別の人間で試してみた。今度は即死させ、一秒以内で復元を終わらせた。
軽くショックを与えてみれば見事息を吹き返した。
死という情報が定着していなかったからか? 血液を循環させれば蘇生する可能性があったからか?
その後も何度か試した。
そして分かったことは、心肺機能停止後明らかに死ぬ時間放置してから復元した場合は死体が出来上がる。
死は生の内在的な変化。生きているという情報が死んでいるという情報に書き換わった。
それを復元できていないからか?
エネルギー状態の復元がうまくいっていないのか?
周囲にエネルギーが吸収され、それは別のエネルギーに変換されながらまた別の何かに移っていく。すでに復元の干渉力が及ばない場所まで離れてしまったからなのか?
ものは試しと一人を凍結して破砕機に放り込んで粉にして、適当にばら撒いて土に還るまで待ってから復元を行使した。
情報改変、そこに現実ではそこに存在していないのに、情報の面ではそこに存在している。矛盾が世界の復元力に訴え、つじつま合わせのために観測範囲外の物質が引き寄せられて死体が出来上がった。
これで分かった。エネルギー状態もつじつま合わせのためにどこかのものが引っ張られる、あるいは神魔の力の組み合わせで補完される。
ならばなにが?
心臓を叩いても、ショックを与えても。血液が循環していれば生きていておかしくない体がそこにある。
だというのに動くことはない。
人の意識を形作っているのは単なる電気信号。霊的なナニかだとかそういう妙なものでも関わっているのか?
それとも一瞬でも途切れたらそれでおしまい、そんな処理が働いていて死という情報で処理が途絶。ソフトの処理が止まりハードの処理も止まり、ハードだけを動かしてもソフトがないから結局動かない。そういうことか?
---
「クロードを例に出して考えてみようか」
「あいつの場合……世界自体が受け入れてくれなかったから……」
「理由は単純。同一の存在がいたから」
「それでまあ、自分を自分で殺すという形でその世界で存在するための"枠"を奪い取った訳だな」
「そういうのとこれがなんの関係がある」
「ま、人の意識というか生命体全般の死んだ状態から生きている状態に復元すること云々のことだ。少しでも関係がありそうなことを掘り返してみればなにかあるかと」
「とか言えば思い切り関係があるな。クロードは殺した自分の体に入り込んでいた訳だし」
「肉体と幽体……意識体?」
「宗教系持ち出したくはないがそうだろうな。たかだかタンパク質だのなんだのが集まってできた細胞がより生きやすいように集まって進化して生まれたのがいまの生き物だろう」
「だな、それでまあ意識体を殺してそこに自分の意識を滑り込ませて、体自体の乗っ取りに成功している訳か」
「ともすれば、死者蘇生は身体だけを戻して離れた意識体を戻せていないから息を吹き返さないと」
「メデューソイドの例もあるが」
「つーか、変なところはガン無視で。思考自体にエネルギーが必要、ならば思いイコールエネルギーとして、それ自体が生命。意識自体がエネルギー、生命、万物には意識があるとか」
「それを出してくると八百万の神とか神道とか宗教系出してくることになるな」
「それよかイリーガル、お前知ってるんじゃないのか」
「さあ? 寿命が来たら死ぬ、木端微塵にされたら死ぬ。それでいいじゃないか。それに神だとか真っ向から否定する派なんで」
「まあ実例があるし、さっきの話からすれば、還るべき器をつくり、そこに離別した意識体が帰りたいと望み、見事入り込めたら復活でいいのか。その意識体とかいうエネルギーが体というハードを動かすキーなのか」
「そういうこと言うのであればスコールとイリーガル、お前らは何回も体を消し飛ばされて意識体で天界に行っているだろう」
「ん、それが? 一つの例でしかない。今言った通り、宿るべき器を用意してそこに入り込んだらあら不思議、意識は生きてて体は死んでたのに見事復活、だ」
「はいはい。これにて決着。いまはそういうことにしとこうや」
「あぁ、そんなことよりも問題はこの状況だ。お前らさっきまで何をしていたか簡単に言え」
スコールの一言に、この場にいる全員が考え込んで一人ずつ言っていく。
「さっきまでコンビニの前で漣と弁当食べてた」
「ワースレス、ウォルラスと共に女性陣がデザートタイムに入ったから外の風に当たっていた」
「ステイシスに同じ」
「横に同じ。スコール、お前は」
「銭湯の近くのベンチに座っていた。ネーベル」
「ん、僕は桜の上で寝てたよ。レフィン」
「俺はキリヤ探して走り回って休憩してたな。次」
そんな感じでよりにもよって"外"から入ってきた者の中で、男と且つ元学生ばかりがこの意味不明な空間に押し込められていた。
光の無い無重力空間。それでも人の存在を認識できる。
周囲には球体を収めた青いクリスタルが浮かんでいる。何十、何百、数えていけばそれは二百五十七個あった。
さらにその向こう側には青い球体が浮かんでいる。数は十二個。
「それにしても初めてだよね。ミナが巻き戻しを使ったのにクリスタルが浮かんでるなんて」
「今回は二回分まとめて使ったからな。ほら、球体はいつも通り増えて十二個になってる」
「あれがいままでの世界。一つ一つのクリスタルが繰り返しの度に放棄された世界。その世界を一括りにする球体。で、今回はどういうことなのかな? 十二回目でクリスタルが一個じゃなくて二百五十七個。数で言ったら前の世界の次のループなんだけど」
キリヤがぶつぶつと言いつつイリーガルが口をはさむ。
「二回分纏めての使用ですべての世界に巻き戻しを、改変をおこなった。これほど大規模な改変をしたことが初めてで、クリスタルは今までの世界を記録している。上書きを嫌うとかで案外新規保存でこちらに来たのかもな」
「へーそうかもね。ていうか君がミナと一緒にいて敵対しないってことは味方でいいのかい?」
「お好きにどうぞ」
「あっそう、じゃあとりあえずは敵じゃないということで覚えておくよ」
どういう風の吹き回しか。特定の条件でまとめてここに引き寄せられたとみるべきだろう。
今まで通りならばここから自分の意志で出ることは不可能。入ってくることはできるが、出ていくことはできない。時間が経てば勝手にはじき出されるし、なによりここは夢の中とでも言うのがもっとも近い場所だ。
意識のみが招待される場所。その間、体は誰にも観測できない位相のずれたどこかに。
「知っていますこと? 観測者は見るだけで影響を与えることができますのよ」
そして、ここにいた誰もが予想していた通りになった。
どうせ観測者どもだろうと。
誰かが言った。
「この人数だ、やっちまうか」
誰かが言った。
「自分の方が強いなんて自惚れているようだな」
誰かが言った。
「そういやここ、イメージジェネレーターが使えたよな」
全員が動いた。
それぞれが思い思いの凶器を手に。
「「「「覚悟しろ観測者!!」」」」
一分もかからずに決着はついた。
もとから反則クラスが多数いたのだ。抵抗らしい抵抗も出来なかった上に、スコールのアクティブアンカー……アンカータグのように相手の位置を常に参照し続けるようなもので、この空間からの離脱を封じ、今までの恨みを晴らすかのごとくフルボッコ、というのがいいだろうか? 具体的な様子は言えないが悲惨な状態で捕獲された。
「さ、いますぐにぼくらをログアウトさせてもらおうか。いい加減にもとの世界に帰りたいんだ」
「神様気取りのクソども、さっさとしてもらおう」
スコール、キリヤ、ソウマ、イリーガルは包囲網の外側で口々に発せられる罵倒を聞いていた。一応観測者はいくつかのクラスに分けられるがあれは低級だ。簡単に言えば実験動物に薬を投与する立場。上に従うだけでたいした権限を持っていないのだ。
怯えてガタガタ震えているがここに敵以外はいない。そして運の悪いことにここにいる男たちは全員、殺しはしないが痛めつけはするという思考の持ち主。
「あーぁ、かわいそうに。まあどうでもいいけどね、それよりミナはこれからどうするの?」
「アンカーであのバカを固定しつつ世界に大穴開けてそこから帰還する、というのはどうだ?」
「いいねそれ。で、帰った後は?」
「誰かが殺人犯になればいい。これ以上手出しはさせない。イミテーションだろうが鏡写しだろうが、そこに存在するものの世界を乱させやしない」
「その本意は」
「当たり前の世界に異物を持ち込まれてまたこんな世界に来ることになるのを防ぎたいがための自己防衛的ななにか」
「毎度毎度だよね。自分が良ければそれでいいって言うくせして、その良ければの中には他人の幸せが一番集中しているとこが被るようにしてさ」
「偶然だ」
「だろうねぇ。でもそれでみんな助かってるから、ありがと」
「礼はすべて終わってから言うもんだ。とりあえず、後二人くらい捕獲しておきたい。細いリンクでも数があれば経路を確保できるからな」
「容赦ないね」
「敵に遠慮する必要がどこにある。とりあえずで、そういうならば確実に排除できる方を取るだけだ」
「なるほど……あ、そういえば本当の世界とリンクが確立されたら全体の統合処理がかかるよね? それって……」
「メティサーナやらクレスティアやらの死が確定していないやつらが消滅するな」
「だったらレイズとか邪魔してきそうじゃない?」
かつてレイズにはこう言った「外から入ってきた人たち全員に恨まれてでも、すべてを敵に回してでも守りなよ」と。レイズは目の前に助けられる存在がいれば損得無視して、どれほど無様でも、なんど殺されようとも、結果本末転倒になろうとも、メサイアの名を背負う以上はどこかで手を出してくる。
「確実に手を出してくるだろう」
次は簡単なぶつかり合いだ。
帰りたい、ただそれだけを思う正義と、長い付き合いの仲間を助けたいと思う正義のぶつかり合い。
勝てば正義、負ければ、切り捨てられれば悪。
「で、それが? 向こうに帰ってしまえばこの世界のことは一切関係がなくなる。ただ懐かしい思い出として残る程度だろう」
スコールは先延ばしできることであっても妥協はしない。先延ばしにして"確実"が失われるのであれば、いま実行する。例えそれが誰かを犠牲にするとしても。
メティサーナが消えようがクレスティアが消えようが、それはレイズのやるべきことだ。こちらはただ帰るだけ、その副作用で理から外れた者が消失しようが知ったことではない。
「結構ひどいこと言うよね、ミナは。そしてまた死ぬとか企んでるんなら、僕は帰る権利を捨ててでも邪魔するよ」
「やれるものならやってみるがいい」
「え……そんなこと言うってことはやる気なの!?」
「さてどうだかな。向こうに帰っても敵側の連中が向こうで仕掛けてくる可能性は零じゃない。なら誰かがこっちに残って後始末をするのもありだ」
「…………君ねえ、そういうのは今からやればいいじゃないか。僕手伝うよ、そういうのなら」
「言ったな? いま確かに手伝うと言ったな」
「あ、あれ……? もしかしてこれいつものアレ? まさか言質取るためだけの芝居!?」
「それじゃまあ、手伝ってもらおうか」
二言三言、言葉を交わすと意識が拡散していく。
ようやくこの不明空間から出ていける。




