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第二十七話 - 主役のいない平和な日々/4

「一度出すと後が面倒なんだよこれは」


 そこそこ距離の離れた場所にある河原まで逃げた四人は、とりあえずの休憩をしていた。

 スコールはベルトの中に刃を押し込み、イリーガルはびくびくしている漣の相手を。


「ね、ねえレイジ君、あれ逃げちゃってよかったの?」

「うんダメだろうね…………。分かった、キャラに合わん言い方はせん、だから変な目で見るな。それでもってスコール、お前はなにやっちまったというような顔しているのかな」

「…………いま気付いた。転移用の札落とした」

「はっはぁ、つまりまたも黄昏の領域に帰るための手段がなくなった訳だ」


 と、イリーガルがポケットから紙切れとペンを出そうとして、今日は()()()()()()()をするからと持ってきていなかったのを思い出した。


「さて、帰る手段の望みは一つな訳だが」

「確かに。竜の支配域の王女様がどうやってここに来たか、ゲート以外にあるまい」


 男二人が揃って王女……クレナイに目を向ける。

 少々離れたところにある部族国家の王女であり、王位継承権が非常に低いうえ親に道具扱いされるのと閉じ込められるのが嫌で、レイズを頼って脱走。その後はふらりふらり流浪の旅。

 幸いにして飛龍族ということもあり、移動手段には困らず高空を飛んで無断で国境を越えるなどもしている。


「そういう訳でレナ、お前はどこでゲートアウトした?」

「レイズが開けた穴に引き摺り込まれて、気付けば山の中。だから知らない」

「山の中……空から落ちたか?」

「落ちたけど、それが?」


 ゲートが閉じられてそんなに経っていなければ、専用の術が無くても無理やりこじ開けることはできる。


「山の上、レイズがよく中継界イーサの入口を開けていた場所と言えば……」

「ヒマラヤ山脈各所、アルプス山脈各所、キラウェア火口付近、マウナ・ロア火口付近など……があった場所と他多数。いずれも人が近寄りにくい場所。桜都ならば……あの山か」


 島国の桜都の中で一番高い山。

 ふもとには植えられた様々な桜が年中を通して代わる代わる咲き誇り、花びらの舞を披露している。


「行くか」

「だな。先に言ってゲートの権限を奪取しておけば後が楽でいい」


 歩き出そうとしたところで、空気を読まずに腹が鳴った。漣の。


「あ…………」


 恥ずかしさからか顔が赤くなっていく。


「そういえば何も食べてなかった」

「レイジ君はお腹すかないの?」

「うーん、だいたい二、三日飲まず食わずで動くことが多いからねぇ。食べなくても大丈夫な訳だ」

「イリーガル、適当にコンビニ弁当でも買ってこい」

「そうさせてもらおうか。漣、行こう」


 イリーガルが漣の手を引いて、土手を登っていきその姿が見えなくなるとスコールは本題を斬りだした。

 飛龍の王女がなぜ()()()

 その背に抱える大きな竜の翼は魔力を纏い、空を自由に駆ける為の力だというのに。


「レナ、それは呪いか?」

「呪いって言うか」


 バサァッと広げられた翼は、片翼だけで二メートルはある。


「魔封じの術? 起きたときにはこうなってた」


 蠢く蛇のように両翼に纏わりつく禍々しい紐が現れる。


「はぁあ、外の連中も無差別だな。この術は……なんか変なところに伸びてるな」


 一本だけがどこか遠く……目で追っていくと山の頂上付近に向かっている。

 まさかあんなところに術の核、魔方陣か刻印があるというのか?


「レナ、歩いての山登りは得意か?」

「苦手……」

「それじゃあ飛べるようになるために歩いて登るとしよう。あの山を」


 ---


 そんなこんなで登山である。

 せっかく苦労してベルトにしまい込んだ刻印剣を片手に、道中路地裏のあぶない人たちから奪い取ったナイフをベルトに。

 スコールの目的は先に手間のかかる作業を終わらせること。

 クレナイの目的は己が翼に掛けられた術式を破壊すること。

 双方が目指すべきは山頂、そしてそこはスコールが知る限りは桜都の三大PMC……いまは二つか。その二つが対飛行魔法用の妨害術式突破訓練に使うエリアだ。もちろん魔法が暴発しないように対魔障壁で囲まれているが、その中には迂闊に近づけば単独では抜け出せないような捕縛術式や、魔法に魔法が重なって、異なるレイヤの図が重なり合って偶然できてしまった別の図のように、意図しない魔法が作用している。

 そのお蔭で昔からしばしば行方不明事件が発生しているが、ちょうど魔物の生息域と重なっているために喰われてしまったのだろうと処分されてきた。

 して。

 そんな無駄知識は別所に蹴り飛ばすとして目下最大の問題は狼。


「ちょ、あたし飛べないからこれはきついよ」

「これだから竜人は。背中の翼が抵抗になって地上戦はできないわ、バランス取りの尻尾が邪魔になって碌に動けないわ……まったく!」


 レナの走るペースに合わせて、スコールが乱雑に木を一太刀で斬り倒しながら斜面を駆け登る。平常時は常人以下の身体能力だが、戦闘時は本当に本人か? そう疑いたくなるほどにスペックアップする。


「じんしゅさべつー」

「うちのリムの方がよっぽど役に立つ」

「あの中途半端な竜人の? 飛龍族なのに翼がなくて飛行魔法も使えないあの子」

「そうであります」

「……いま幻聴が聞こえたような」

「主様! リムはここにいるであります!」

「お前は一体どーやってここを探り当てた」

「首輪であります」

「…………、」


 うん、探り当てるまでは良しとしよう。どうやってこの狼の群れに気付かれずに横に並んだ?

 疑問が残りはするがとりあえずスコールは一言命令を下した。


「リム、オーラで切り裂け!」

「了解であります!」


 一瞬真っ赤な旋風が渦巻いたかと思った途端、血の赤が舞った。一部の竜人が使うオーラアタック。感情が高ぶった際に無意識に撒き散らしてしまうこともあるが、きちんと制御すれば武器になる。

 お蔭であっという間に脅威が片付いた。


「ふぅん、あんたほんとに飛竜?」

「そうであります! リムはしょーしんしょーめー飛竜族であります!」

「それにしちゃ翼はないし尻尾は短いし、髪の色も茶色って言うか土色だし」

「レナその辺でやめろ。リムは捨て子だ、生まれる前のときから翼がなくて片足がおかしいと分かっていたから飛竜族の親が捨てたんだ」

「へぇー卵生系なの。まあ同じ竜人同士、よろしく」

「よろしくであります、王女殿下」

「やーめーてーよ。もうあたしは王家とは縁を切ったんだから」


 少女二人が仲好くなり始めたのは一切意識に入れず、スコールは神力を使った索敵を行っていた。設定したもの以外で何かが触れると反応が消える粒子を風に乗せ、山頂付近を探っていくと妙なモノが三つ。

 一つは空間の綻びだ。これは恐らく中継界への入口が世界自体の復元力で復元が終わっていないからだろう。

 二つは強力な捕縛術式が掛けられた岩が一つ。そこにレナの術式がつながっている。

 三つはその岩の下に可哀想に供物にされた誰かさん。行方不明、魔物に喰われてしまっただろうということで死んだ扱いにされた誰かだろう、存在証明が無いのなら何をしても許されるという訳か。

 こんな状況でも話に花を咲かせ始めた二人に、ここで待っていろと言い一人すぐそこの山頂に登る。


「ゲートは……一人じゃ無理か。んでもってこっちは」


 ムカデのように黒に近い紫色が蠢く岩を、恐れもせずに指で弾いてみる。

 その瞬間、岩から噴き出した触手のような紐がスコールに絡みつく。


「チィ、取り込む気か」


 いまとなっては神力を温存する理由もない。

 魔法は使えないが神術は使える。

 すぐさま汎用対抗術式を組み上げる……ことができるほどの技量はないので、そのまま神力を撒き散らす。

 まるで殺虫剤から逃げる虫のように触手が退いていく。


「はてさて……一思いに破壊させてもらおうか。フィードバックで術者が死のうが知ったこっちゃない」


 掌底に力を込め、叩き付ける。

 ガラスを叩き割るような手応えがあった。そして思った、力を入れ過ぎた。

 そのせいで岩が一メートルほど飛んで、そのまま転がり始めそうになったものだから燃費無視で力だけで引き止めた。

 拳大の岩ならば転がっても大丈夫かもしれないが、人よりも大きなものだと麓まで転がって何かを壊すかもしれない。


「ふぅ……それで?」


 苦虫を噛み潰したような、引きつった顔でスコールは岩があった場所を見る。

 角、小さな翼、鱗に覆われた尻尾。ぽーっとした表情の竜人の女の子が寝そべっていた。


「たぶん さんねんくらい」

「凄まじい生命力だな、竜人は」

「すこしずつ からだをぶんかいしながら えいようにして いきてきた」

「なるほど。それで子供っぽい見た目なのか」

「ぬし これをこわし かいほうせよ」

「何かしらの代償は払ってもらうが」


 他人の為に力を使うほどの善人ではない。


「わらわのちで りゅうじんのいきちは のむだけで」

「あぁ分かった。じゃあそれでいこうか」


 手を握り締め、そこに粉末状に圧縮した神力を創りだして振り撒く。

 女の子に絡みついていた術が壊れ始めるが、同時にその奥に隠された自動修復と迎撃術式が起動する。


「まったくどこ誰だかなぁ。こんなものを設置したのは!」


 襲い掛かってきた魔力だけの、実態を持たないそれを力を宿した右手で払い飛ばし、ナイフを抜いて直に術の核を破壊に掛かる。


「生体に食い込むタイプか」

「なんとかせい このからだはそうかんたんには しなん」

「はいはい。なるべく食い込んだ術だけを殺し尽くしてやる。少々痛いのは我慢しろよ?」


 女の子の肩を押さえつけ、最低限の手数で術を殺し尽くす為の攻撃箇所を割り出す。これは下手をすれば供物として使われている女の子が死ぬ。


「やるぞ」


 そしてナイフを突き刺そうとしたとき、邪魔が入った。



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