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第二十七話 - 主役のいない平和な日々/2

 家に帰った。

 中等部の終わり以来、久しぶりに聞いた第一声は舌打ち。次のアクションはそのまま家のドアを閉められる。


 白き乙女が解体され、桜都から撤退したことで各地に建てられていた寮はすべて廃寮となり、行き場を失った寮生の一人である霧崎アキトは、真夜中まで騒がしくもどこかとても寂しい街中を徘徊し、そして補導された。

 保証人の寮長とは一切の連絡が取れず、また白き乙女という枠組みが無くなった為その関係でもなにも連絡ができなかった。寮生同士で引き取りなどはできる訳もなく、霧崎も頼れる者は誰もいなかった。

 幸いにして(霧崎からしてみれば最悪だが)親の住所などを調べ上げ、そちらに連絡が行き引き取りということになった。


 ……のだが。

 帰るなり再び路上に放り出されるこのありさま。

 手持ちの現金は一切なく、ネット経由で口座を覗いても先の戦闘での修理費や弾薬の使用料ですっからかん。

 アカモート襲撃、桜都国の崩壊、九つの世界、神界、魔界、レイシス家との激戦、そのほかたくさんをなんとか乗り越えた万年引き籠もりを迎えたのは、そんな感じの出来事だった。

 取り柄と言えば過去に犯した過ち。自分の覚えていない……過度のストレスによって意図的に封鎖した記憶の中にあることだが、それのおかげで指名手配中である。補導された際に逮捕につながらなかったのは、係の人間が不良少年だろうと思い込んでくれたが故だ。

 冴えない表情の、そこらへんの通行人に紛れてしまえば目立つポイントはないからこそ、そう思われたのだろう。路地裏の不良に絡まれたら震えあがりそうな彼。

 しかしそれは、偽りだ。魔法、魔術に加えて仮想空間での戦闘をもこなす力を持っている。魔神に届くとも言われた魔力総量を持ち、複数の魔法を無意識下で操る事すらできる裏の住人。いまはその力を発揮できないが、状況が整えば軍が相手だろうと半日はやりあえるだろう。

 だがそれがどうした。

 力があってもそれを認めてもらえなければ恐れられる。働き口がなければお金は得られない。

 誰の役にも立たず、誰からも必要とされないあの頃のようにはなりたくない。

 だからと言ってあのよく分からないうちに戦争に巻き込まれてしまう頃に戻りたい訳でもない。

 いまのこの国は平和だ。平和故に、非日常の中に放り込まれて染まり切った側からするとかなりの疲労を感じる。生き方はいくらかあるが、本当にこの世界で生きていけるのか? そんな疑問が浮かぶ。

 生きづらい平和を性に合わないと蹴り飛ばすのは簡単だ。だがそうするとどうなる?

 大多数が支持する平和を否定したところで、自分の居場所まで否定することになるだろう。


「おっ、霧崎じゃん」

「……誰だよあんた」


 ふらふらとあてもなく歩いているといきなり声をかけられた。

 見覚えはないうえに、着るもの次第で見た目の性別が変わりそうなほどの中性、そして同じ背丈の少女。


「フェンリル所属、ハルカ」

「フェンリル所属、ユキネ」


 嫌な臭い、懐かしい匂いともいえるものを感じる。

 平穏な街並みの中に溶け込む"外"の住人が絡んでくるということは、何かしらの荒事を行おうということだろうか。


「……フェンリルが何の用だよ」

「ちょっち暇あるんだったらさ、仕事手伝って、お願い!」


 目の前で手を合わせられて頼まれる。

 こうしてみるとごく普通の学生のようでもあるのだが、フェンリルの所属である以上は見た目で年齢と実力を判断してはいけない。

 大きな道を通らず、路地裏や明かりのない細い道をあえて通ることで補導員の目に付きにくく、普通に歩いているように見えてショーウィンドウや車のミラーの反射で周囲の状況を確かめる程度の警戒はしている。


「内容次第」

「あー……っとねぇ、桜都に住んでる竜人のことなんだけど。一人長いこと行方不明になってるようでさ、最後の目撃が数年前に山の方に飛んでいったっていうやつ」

「人海戦術で探せと? たった三人で?」

「そゆこと。いやぁ、小遣い稼ぎに引き受けたはいいけど手掛かりだけでも提出しないと違約金が、ねぇ」

「(……アホだこいつら)」

「なんか言った? んんっ?」

「いや別に……」


 機嫌を損ねたら冗談抜きに人の命に係わることになる。正確には自分が理不尽な扱いを受けるということだが。


「こっちもお金なくてなまら大変なんよ、霧崎も衣食住全部ないっしょ?」

「うぐっ…………」

「そういう訳で、ちょっち稼がない? 報酬は三割で」

「あ、俺が七割ですか。やりましょう」

「霧崎が三割に決まってんだろう! そゆわけで、行くぞー!」

「え、ちょ、待って! 俺あんたたちのこと知らないんだけど!? これ知らない人に拉致されるようなもんだよね!? 何回目だよこういうの!!」

「あーもう、何回目でもいいから一緒くるくる」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ」


 ---


 そんなこんなで夜の真っ暗な山の中である。

 注意事項は夜間は魔物とのエンカウント率が跳ね上がるのと無人警戒機に見つかったらそのエリアを管理しているPMCに捕まることくらいか。


「そんじゃまあ適当に探そうや。探査術式の札は三百枚刷ってきたからじゃんじゃん使っちゃって。どうせ一枚二円か三円くらいだし報酬で余裕、相殺できる」

「円って……Gガルドにしろよ、今のご時世一応共通通貨だろ」

「いやさぁ、"大戦"前からいろいろやってる日本人としてはやっぱなれない訳よ。いきなり円とかドルが普通の時代からガルドとか聞かない通貨になってるとついつい慣れてる方言っちゃうの」

「そーそー。だかんさ、霧崎もその辺はあんま突っ込まないで」

「なんでこうも知り合ってすぐなのにあんたらは……」


 手にポンッと札束のように術札を渡され、それきり一人。

 霧崎は思う、対物ライフルをくれ、なければせめてフレアか唐辛子スプレーを、と。

 定期的な魔物の駆除が行われているとはいえ、PMCの実戦訓練が行われるような場所だ、危険な魔物が放置されていたところでなんら不思議はない。そして霧崎は運がとても悪い方の人間である。

 つまるところ。


「Oh…………I wish for peace」


 Suddenly, he was attacked by a black wolf in the mountains.


「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaargh!!」


 あり得てしまうのだ。

 そういうことが。

 運の値が平常値の人がいなくなると、途端にこういうことになる。


「――――――――!?」


 一気に反転して駆け出そうとすれば、確かに来る時にはなかったはずの木の根に躓いて転倒、木の根を目で辿っていけばそれがトレント(精霊系ではなく悪霊系)であると分かる。

 いわゆる人食い狼と肉食植物だ。

 常人ならばまず助からない。魔法士であっても自分が狙われているという状況下で冷静に魔法を発動することができる者は少ない。


「ちょ、おい、待て。待とう狼君」


 言葉が狼に通じるか? 答えは簡単、ノー。

 黒狼が飛び掛かってくる。上から漁夫の利を狙おうとトレントの鋭利な枝葉が降りてくる。

 死を覚悟して目を閉じた。

 いままでにこのパターンでは、地面から突き出した鋭い根に肉を抉られるという致命傷を負うコンボを受けている。あの時は魔法が使えたから助かった、しかし今はなぜか魔法が使えない。使えるのは物理的干渉が可能なほどの大量の魔力。だからと言って魔力障壁を魔力の圧だけで展開すれば後始末が面倒だ。高濃度の魔力は重度の汚染になる場合がある。

 最悪、周囲が限定的な魔界と化して強力な魔物を呼び寄せることになりかねない。

 可能性は低いが、運の値がマイナス方向の霧崎ではかなり高くなっていると見積もっても問題はない。


「ギャァァァァァッ!!」


 首に鈍い痛みが走り、身体が引きずりあげられる。

 冷たい夜風を全身に浴びて目を開ければ、下に山が見える。


「あ、あれ……」

「生きていますね、ではそのままで」


 事務的な口調で言われ、そのまま襟首を掴まれたまま空をゆく。


「その声、クレハ?」

「そうです。気付いたら生き返っておりました、詳細は知りませんので聞かないでください」


 風切りの音、羽ばたきの音。

 周りを見ればほかに三人の竜人が見える。


「あれ? ってことはレナも?」

「はい。所用にてこちらには来ておられませんが」

「じゃあみんな……」

「えぇ、気に入りませんが、あの男の力は本物でした。死者をも呼び戻すほどの強力な魔法です」

「…………、」


 確かに死んだのを、確かにこの目で無残に切り裂かれたその遺体を見たのだが、その者たちが生きている。ならば遥か遠くの異界で失った仲間たちも生きているのではないか。

 霧崎はそのことに気を取られ、気付くと山の頂が近くに迫っていた。


「このまま投下してもよろしいでしょうか。山頂付近に妙なものがあり、私共は近づけません」

「妙なもの?」

「かなり古いものですが設置型の封印魔法と結界です。恐らく捕えられてしまえばそれきりかと」

「封印……。それって飛んでるやつにも効くやつ?」

「残念ながらそこにあるということしか分かりませんが、高所に設置するものはそのようなものかと思われます」


 最後の目撃は山の方へ飛んでいった。

 山頂にはなんらかの魔法が設置されている。

 竜人はそう簡単には死なないほどに丈夫。


「……降ろしてくれ。魔法を壊すくらいならたぶんできる」

「分かりました。お気をつけて」


 その場で手を離される、などということはなく足の着く高さまで降下して離された。

 山頂まで少し、月明かりで十分に見える明るさだ。


「さて、なにがあるか……」


 登り始めてすぐ、横に伸びる線が見えた。

 植物が一切生えていないことで見える線。標高が高いからだとかそういう訳ではなく、不自然にそこから上に何も生えていない。その線より下にはびっしりと草が生えているというのに。

 一歩踏み込んだだけで身体に痺れる感覚が走った。

 これは覚えている、レイシス家の門をくぐった時と同じ、魔力を打ち消すなにかがある。

 他を言えば神社や寺、自然の残る奥地に偶然が重なってできる霊場などの神聖な力の宿る場所だ。山の頂というだけで、この国には古く八百万の神だとかとにかくたくさんの神々の信仰が形骸化してはいるが残っている。それの影響だろう。

 岩だらけの斜面を登る。


「念のためこれをお持ちください!」


 上から声が聞こえ、見上げると一本の槍が降ってきた。

 目の前の岩を砕いて突き刺さったそれはハルベルト。斬って突いて叩いて引っ掛けて、様々な使い方ができる武器だ。

 霧崎はそれを引き抜く。

 何かいた場合は素手よりは、そう思えばいいか。使い慣れた系統の武器ではないが、あると頼もしい。

 しかもかなりの高さから落とした上に岩に直撃したにもかかわらず、まったく折れ曲がったり刃こぼれしたりというのが無いあたり、相当に頑丈だ。

 ごつごつした岩の斜面を登り切ると、平らな場所があった。

 そしてそこに妙な岩と、竜人の少女を地面に押さえつけ、片手にナイフを持ったスコールを見る。


「テメェ何やってんだ!」

「チッ、邪魔が入ったか。あと少しで殺せるところだったというのに」


 ハルベルトを構え、スコールに距離を詰める。

 魔法が使えない以上は実力で何とかする必要があるが、そもそも魔法があったところで勝てる相手ではない。


「こいつがどうなってもいいのか。それ以上近づいてみろ、死ぬぞ」

「…………っ!」


 ハルベルトを投げたところでスコールが刺す方が早い。

 手詰まり。


「くそっ」

「そう、それでいい」


 どうすることもできず、霧崎は足を止め、スコールは思い切りナイフを振り下ろした。

 …………………………………………。



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