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第二十七話 - 主役のいない平和な日々/1

 航空プラットフォーム、フェンリルベース。

 他の浮遊都市が高くとも高度七〇〇〇から一〇〇〇〇を航行するのに対し、こちらは二〇〇〇〇以上の高高度を飛行している。フレームアウトの可能性が否めない上に、掃射衛星群に狙われやすいという危険があるが、ほかの浮遊都市と接触するなどの諍いを避けるためには仕方がない。

 全五隻で一隻として機能する超大型の航空機。

 居住者は主に"外"の"人間"だ。繰り返されるループの中で生き延びてきた者たちは、独自に戦力を保有して自衛の為、この世界から抜け出す為、願いを叶える為に戦っている。

 ここでは完全な実力主義だ。力のある者が大勢を率いることができる。その力の程度によって訓練生、候補生、戦闘員、非戦闘員などに分けられ、適性に応じて各部隊に振り分けられる。

 ちなみにここにいる少女、ユキは最初期からのメンバーであり未だにフリー。一時期は仮所属という形で雪狼隊に入っていたが、頑張っても魔法は使えず、かといって電脳戦の適性もないに等しい。

 自分から戦いに出たいとまでは思わないが、いつ誰がいなくなるか分からない中で待ち続けるというのは怖いものだ。できるのならば一緒にいて力になりたい。

 しかし少し前の戦闘で、命令違反のオマケに敵に捕まって捕虜になった上に洗脳用の魔法で操られて味方に被害を出すというとんでもないことをしでかしたために、恒久的な待機命令が出されている。


「あ、あのー……」

「なんだユキ訓練生」

「あれは放っておいていいんですか?」

「構わん」


 艦内広場で繰り広げられている戦闘行為……もとい喧嘩。

 半分白き乙女、半分フェンリル所属の狼谷誠司。現状完全にフェンリル所属でムチャクチャなおじさん。これに相対するはフェンリル所属、鉄狼隊の隊長。


「構わないって、イチゴさんなら止められますよね、あれ」

「殺していいのなら止められるが、それがダメならば不可能だ。あれを止めるのならばスコールを連れてこないと話が始まりすらしない」

「スコールさん、ですか……」

「どうせ暇ならばあいつのところに行ってきたらどうだ? ここにはポータルが設置されているし、ユキなら出入り自由だ。しかもずっと待機命令で暇だろう」

「そうですね……はぁ」


 スコールのことが好きだ。しかしライバルが多すぎる。

 美少女揃いでしかもいろんな意味で強い彼女たちに、ある意味普通の自分が敵うのだろうか?

 相手をしてもらえなくなってからそういう不安が大きくなっている。

 そしてユキはその不安を打ち消せないままにスコールのハイドアウトに向かうのだった。


 ---


 ……家に帰るとふんわりと甘い香りで満たされていた。

 台所を見るとなんでこうなったのか分からない状況だ。

 まるで一斗缶に入った白ペンキをぶちまけたかのように、壁や床はまだしも天井からもクリームが滴っている。そしてその中にスポンジケーキの残骸らしきものが混じっている。

 さながらここでパーティなどでよく見るパイ投げでもしたのか、と疑いたくなる。というかそれが仮に行われていたとしてもここまではならないだろう。

 残念なことに、スコールはこんな惨状を引き起こしそうな前科持ちを一人知っている。

 イリーガルもこんな惨状を引き起こした前科持ちを一人知っている。


「ゼロ……! 掃除はやってもらおうか」

「同感だ。分解魔法はなしで自力でやってもらおう」


 こんなことになったのならばどこに行くだろうか? 二択だ、二階の自室で着替えるか、一階の風呂場で体を洗うか。


「イリーガル、上、任せた」

「オーケー任された」


 しかし階段の上に続く白いクリームの跡、風呂場へと続く白いクリームの跡。

 犠牲者……いや、共犯者がいるようだ。

 スコールは足音を完全に消して風呂場へと忍び寄る。形だけ見れば覗きだがこれは違う。

 風呂場の戸を開け放ち、中に人影を確認して踏み込もうとするが床に落ちたクリームでつるっと。

 ――滑るか。

 踏みとどまっていざ入り込むと石鹸が顔面めがけて投げつけられ、躱してまたもつるっと――滑らずに踏みとどまる。


「……なんでユキまでここにいる?」


 そして悲鳴。

 とりあえず待つか、と一歩下がろうとして敷居に踵を引っ掛けて、かくんっと体重を乗せて後ろに倒れ――ないために足を動かすもつるっと滑り、後頭部を打たないために手を伸ばしてさらに滑った。


「あなた誰ですか!?」


 最後にその顔に叫び声と一緒に蹴りが入れられた。



 かくして。

 鼻の骨は折れていないが止まらない鼻血のおかげでタオルを数枚血に染めた。



 家の掃除が終わるまで約三時間。

 そのころになってようやく鼻血が止まったスコールは、改めて自分の姿を確認してみる。

 白い髪、左目の眼帯、左耳につけた封具。

 ぱっと見て誰か、と聞かれて答えられそうではない。

 ロイファーを締め上げるまでの過程での怪我だ。本来ならばあのクラスの魔法士とやりあえば身体が残らないのが普通だ。そのため片目を犠牲にして勝つというのはありえないことである。

 勝った後はまったく抵抗の無いロイファーから魔力を吸い取りつつ強制詠唱で転移魔法を起動。黄昏の領域へと帰還。

 魔力の色は髪色に出るということがあるが、まさか真っ白になるとは思っていなかった。


「で、なんであんなことになってたんだ? 白状しろ、ゼロ」

「……ぅぅ」

「あんな惨事になるのはお前以外に想像がつかん」


 主犯の二人、ゼロとユキは並んでソファに座り、犠牲者たちは飛び火を避けるために避難している。


「えぇっと……その、お菓子を作ろうとしてたんだけど……」

「その、ちょっと思わぬ事態が……発生しましてぇ……」

「思わぬ事態とは? 何をどうすれば家の中があんな状態になるんだ?」


 あえて言うならば爆心地。

 以前スコールは唐辛子爆弾を室内で起爆させたことがあるが、飛び散り方がそのときとよく似ている。


「まさか生地に火薬でも混ぜたか?」

「「…………爆発、しました」」

「…………、」


 いったいこの娘たちは何を作ろうとしていた?


「ナニ混ぜた?」


 火薬、は無いだろう。冗談でもそれはないだろう。


「ぁぅ……」

「ごめんなさい。私が持ってきたナノマシンです」

「…………、」


 そんなものを混ぜて食べられるものができるのか?


「生地がべちゃってしちゃうから、その、ふんわりさせようかなぁって……」

「確かにスポンジ生地の加減はどれだけ泡を活かすかで決まるが」


 だからと言ってナノマシンを使うか?

 記憶を辿れば確かにそういう目的のナノマシンは桜都やセントラで民間に流れているが、素人が手をだしていいものではない。確かナノマシンを使った調理もあったが、あれはあれで別に免許がいるはず、と記憶している。


「私はちょこっとだけにしたんですけど……その」


 ユキが隣に視線を投げる。


「加減を間違えちゃって……」

「それでオーブンで焼いている途中に爆発、調理台の上のものを一緒に吹き飛ばしたと」


 よくもまあその爆発だけで済んだものだ。運が悪ければガス爆発で家ごと、いやこの周辺一帯が吹き飛んでいた可能性がある。

 最悪のケースは回避されたが、もしそうなっていたらと思うと……。


「お前ら、当分の間はレーションだ。覚悟しておけ」


 ほかの皆から向けられる恨みの視線と感情に。

 巨大な消しゴムみたいな栄養素だけを練り固めたレーションはまずいのだ。


「「……はい、すみません」」


 謝るユキと主犯のゼロを見て、それから部屋を見る。

 掃除はしたがにおいが取れておらず気持ち悪い。


「……臭いが取れるまで窓を開けっぱにしても」


 三、四時間はかかるだろう。

 それを考えると夕食の時間に重なる、こんな臭いの中で食べられるか、そんな思いが浮かぶ。そしてどさくさに紛れて襲撃した部隊から金を盗んでいる。


「飯、どうする?」


 いつの間にか背後に立っていた白髪に赤い瞳の野郎は無視して、


「イリーガル、ステイシス、殺せ」

「待てよおいぃぃっ!!」


 対象物の相対座標固定という魔法で足裏と床をセットで固定。そして金属バットを持ったイリーガルがゆっくりと殺意もなにもない無表情でフルスイング。

 ブオンッ!! と空気を薙ぎ侵入者はリンボーダンスの格好のように体を反らして回避。


「ロイファー、どうやって入ったかは聞かないでおいてやるから死んでくれ」

「とりあえず足潰してから腰砕いて放り出すか」

「術札は作ってある。貼り付けてしまえば動けないまま喰われるだろう」


 男三人、手際はとても良かった。

 あっという間に足の骨を砕いて対レイズ用の強力な封具を取り付けて放り出す。

 黄昏の領域は一部エリアを除いて龍や十メートルクラスの怪物が跋扈している。また常に移動し続ける小型の魔物の群れやイリーガルたちの設置した理不尽なトラップにより、まず結界の外は生きていける環境でないといえる。

 そして上空に圧縮した魔力を打ち上げて魔物たちを呼び寄せる、ここに生餌が転がっているぞ、と。


「おい待て、おい!」

「金あったよな? 久しぶりに外食といくか」

「いいなそれ。作り置きの冷食もちょうどないし、あいつらレーションだと機嫌わるくなるし」

「人の事無視すんじゃねえ! 俺が魔物の飯にされるわ!」

「とりあえずそこで騒いでる人間已めたのは放っておいて、どこに行くかだ」

「安全性を求めるならブルグントとかの魔法国だな。味を求めるならセントラか桜都だが」

「それ以外となると……ポータル弄るのが面倒だな」


 がやがやと話しながら、土煙を上げながら迫ってくるハイエナから逃げるように、黄昏色の大空を旋回する飛龍から逃げるように結界の中に消えていく。

 残されたロイファーは、


「…………冗談じゃない。魔法も魔術も使えないだと?」


 ぼそりと言って死を覚悟した。



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