第二十六話 - 変わりゆく戦場/5
「あの野郎……! 撃ちやがるとは!」
「言っても仕方なくない? スコールだし」
うなだれるクロードは雪を固めてカマクラを造り、その中で寒さを凌いでいる。
「ま、よかったんじゃないの? エクルだっけ、その子が助かったんだから」
クロードのパーカーを上からかけてもらい、猫系獣人のエクルは丸くなって眠っている……意識を失っている。
大爆発を起こしてあたり一帯を吹き飛ばしてみたが、その後にスコールからメールが届く当たり無事であることは確かだ。どうやってあれを生き延びたかは分からないが。
「しかしまあ見事にペイント弾で騙されたな」
「うん、騙されたね、ヴァレフォルが」
カマクラの外には実弾で身体に穴を開けられたヴァレフォルが転がっている。こちらもまたあの大爆発でなぜ体の形が残っているのか謎ではあるが、助けるつもりは一切ないのでこのまま凍死してもらおうかという考えで放置している。
「つーか――
『ペイント弾でもそこそこ痛かっただろう
まあ安心しろ、ヴァレフォルだけには実弾だ
それとその二等准尉だがかなり怖い目に合わせておいたから後はよろしくやれ
以上』
とかいうのはどうなんだスコール!?」
「まだいい方なんじゃないの? あいつ本気で堕としに掛かったら二日もあれば完全な人形にしちゃうよ?」
「それは俺も知っている。スコールのやり方は人道的にやっちゃいかんもんばっかだ」
クロードの知る限りは、いつぞや部屋に美少女を閉じ込めて触手を投入して放置するなどをしていたような覚えまでもある。もちろんスコールにそこまでさせるようなことを相手がやったからだが。
「……それはそうと」
丸まっていたエクルがピクッと震えて目を覚ました。
優しく呼びかけても寝起きでボケているのか聞こえていないらしく、ぼーっとした視線をあちこちに向けて、少しすると目をぱちくりさせてクロードを見た。
まるで信じられないものを見るような目で、大きく見開いて凝視して。
その表情はどう表現したらいいのだろうか。
ついさっきまで殺されるかもしれない恐怖に包まれていて、いま目を覚ましてみればずっと会いたかった幼馴染がいる。
「よっ、エクル。久しぶりだな」
「せん……ぱい?」
「もう学校にいた頃とは違うんだ、昔みたいでいいよ」
「く……くろーど、さま。クロードさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
がばっと起き上がると、脚をもつれさせながらクロードに抱き着いた。
「様もいらねえって。もうメイドの娘と貴族って訳でもないんだしさ」
「うぅ、んぅ?」
「どうした?」
「色んな人のにおいがする。とくに女の子のにおいが多い」
ギクッ、と。
再会してすぐにそこを突いてくるか。
「ま、まあいろいろあったから……あ、あははは……」
「クロードぉ」
「悪いっ、また今度ゆっくり説明するから。とにかく今はこんなところとおさらばするのが先だ、このまま凍死なんて笑えないからな」
「そうだよ、ボクらが……って、なんで隠れるの? 犬系だからって猫系を誰もが襲う訳じゃないよ?」
「大丈夫だエクル。こいつはよく躾けられているから襲わない」
「誰が躾けられてるって!?」
「スコールにやられてるだろうが」
「…………。」
言い返せずにルーが黙り込み、エクルが目で問いかけて来て頷いて答える。
普通の犬と猫で表すのならば犬は遊ぶつもりで、猫は自己防衛の為に動くから喧嘩に発展するのだ。
「さてと、それじゃまずは逃げるとするか」
「「……?」」
クロードのその言葉に二人が揃って首をかしげる。いったい何から?
しかし直後に気付いた。
多くの人間が失ってしまった本能的に危険を感じ取る機能。大災害の発生前になるとあたり一帯の生物が逃げるアレだ。
直感が告げている、何か大きなものが迫っていると。
「なにこれ、さっきまでの兵器と全然違うんだけど」
「エクル、お前が乗ってたヴェセルってなんだ」
「"エクルヴィス01"」
「一番機は……総合戦闘型、汎用型のあれかよ」
グラビティギアを使い出所不明のナニかを操って巨大な機体を浮かべ、どんな場所であっても行動できるように、そして一通りに兵装を片っ端から積み込んであらゆる敵に対応できる機体。
パイロットは当然不慮の事故やなんらかの理由で動けなくなることを考慮して何人も用意されている。
「あの黒い人たちがあちこち壊していたからたぶん全力は出せないはず」
「とは言ったところで雪上を走る俺たち、向こうは最低でも百キロは出せるだろう。追いつかれて轢き殺されるかもな」
笑いながらクロードは言うが、その目は壊せると語っている。
何もかもを無視すれば空間ごとすべてを破壊することも可能だ、しかしここにはそういうことができない理由が、守りたい者がいる。
「で、どうするの?」
「そりゃまあ……エクル、寝起きで悪いが走るぞ!」
立ち上がると同時にカマクラが吹き飛んだ。
至近距離の爆発に鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と衝撃に身体が宙を舞う。
「逃げ切れるとなんておもっちゃってんのかこのクソガキがぁ!!」
「クズ野郎テメェはここで永眠してろ!」
ヴァレフォルの手から放たれた真っ黒な魔法弾を、クロードの右手から伸びたこれまた真っ黒な刃が地面に叩きつける。
「あぁくそっ、余計なのが突っ込んでくるんじゃねえよ」
ヴェセルの接近を感じて動き出そうかと思った矢先にヴァレフォル。
タイムリミットまではそんなに長くない。
「ルー、エクル、先に行け。すぐに追いつく」
「行かせるかよ」
雪の壁がせり上がり退路を塞ぐ。ただでさえ大型兵器が迫っているという状況の中で道を塞がれる、焦りは加速する。
「とことん邪魔してくれるなこのクズ野郎」
あちこちに隠したナイフを浮かべ、その切先をすべてヴァレフォルに向けながら言う。重力操作、引き寄せることができるのならば反転させて反発させることもできる。ただし扱いを誤れば星の動きに干渉してしまい大変なことにもなる。
「邪魔だぁ? そんなことより今は俺様の暇つぶしに付き合えや、もうすぐやつが来るんでなぁ」
ザクッと、ヴァレフォルが雪に踏み込んだ音が聞こえた瞬間、金属バットのフルスイングよりも重たい衝撃がこめかみの辺りを走り抜けた。
何度も雪面に叩きつけられながら遠くへと飛ばされたクロードは、とにかく体勢を立て直そうと能力の発動を試みるが、できなかった。
「おめぇの力、そりゃ概念魔術を無意識に使ってんなぁ。それと世界への理の押し付け、改変、魔法だ。まあどうでもいいが、重力制御系なんざ基礎系統加重とベクトル制御で無効化だ」
ようやく止まったかと思い起き上がろうとすれば、頭を踏まれて雪の中に突っ込む。そのまま固い靴底を押し付けられ、起き上がれなくなる。
「割り込み転移、押し退けた空気の移動に関するエネルギーは制御魔法で拡散。あぁ魔法も面倒だぜぇ? 基本はそーいうもんが全部セットだが、一から作るとほんとに面倒で仕方がない」
足が上げられ、次は肩に落とされた。
ゴキッ、と。
骨と骨をすり合わせる激痛、関節が外れた。
ヴァレフォルはそれでもやめず、力を加えて強烈な痛みを与えていく。
それでいて、
「知ってるか……この世界は素粒子でできてんだぜ?」
雪に埋まってはっきりと声を出せないはずなのにクロードは言った。
そして直後に軽い爆発が起きてあたりを吹き飛ばす。
「まあ俺自体よく分かってねえけどさ、今のお前に勝ち目はねえぞ?」
重力操作、引き寄せる引力を反転させ斥力に。
物体に掛かる重力、重さをゼロに等しく。
足元の雪を思い切り蹴り上げる。不自然なほどに高くまで飛んだ雪。
「死ねよ、クズ野郎」
体にピンポイントで加重、動けなくしたうえで舞い上がった雪に通常の重力ではなく異常な重力を働かせて、雪そのものを鉛の弾丸よりも危険なものにして降り注がせる。
雪が落ちる。それがふわりと雪であることに変わりはないが、落下の音は土砂崩れよりも酷い。白い大地を貫いた雪は凍結した土を掘り返すほどのエネルギーを一気に消費していく。
「ハハハハハァッ!! こりゃすげえな、で、物理現象を操ってなぁにをしようってのかなクソガキ」
「で? そちらこそ魔法なんてものを操って何をしようというのかな、個人の干渉可能なキャパがでけえからって調子乗ってーと痛い目見るぞ!」
ぐにゃり、と。
ヴァレフォルとその周りの空間が莫大な力を受けて沈み込んだ。まるで見えないナニかで叩き潰すように。
「が……っ!?」
クロードは緩やかに手を動かしただけ、それだけだ。
何が起きたかなんて見ただけではわからない。
しかしそれだけで魔神の一人は地面を突き破り、どこかの固い地層にぶつかるまで沈められた。
ピンポイントの加重系魔法であっても、せいぜいが強化コンクリートや鋼鉄の装甲を砕く程度だ。
「慣れてくると原理だとか理屈だとかは分からなくなってくるが、まあ便利だよな、思うだけで使えるってのは」
横に腕を伸ばす、手の先でパチパチと何かが弾けて白く輝く光球が生まれる。
引力、引き寄せる概念で集めたレプトンの一つ、電子の塊だ。
波にも粒子にもなる不安定なそれを、不安定なままに押し止めてヴァレフォルを潰しながら掘った穴に落とす。戦艦だろうがなんなく貫徹するほどのエネルギー。
軽い地震が起きた。
だがその程度で死ぬのなら魔神ではない。以前もこれをぶつけたが死ぬことはなかった、だが似たようなレイズは高圧力で封じ込めることはできる。
ならば、と。
「土の下で永遠におねんねしてなクズ野郎」
周辺の地殻に干渉し、無理やりに引き寄せて埋めた。
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「さて……」
「生き延びたな……」
「重力崩壊による大爆発……」
「恐ろしい威力だな。それでまあ、運よくクレバスに落ちたがこれ上がれなかったら終わりだからな」
何が? と聞かれたなら人生が、と答えるしかない。
そもそも落ちて死ななかっただけ運がいい、なんてものではないのだが。
「よー生きてるかお前らー」
「イリーガル、さっさとロープを」
「はいはい」
とりあえずで再び極寒の雪の世界に出たが、今度は晴れ渡る空と吹雪もない世界だ。
太陽光の反射が眩く光って目が痛い。
「それじゃあ最後に一仕事だ、ヴェセルを破壊するぞ」
「理由は」
「転移系デッキを落とした。ヴェセルの方にはロイファーがいる」
「……つまり帰れないからゲート使えるやつを締め上げようってか」
「そういうことだ、二人一組のセルでいこう」
「どう分ける」
「ヴェセルは最低限足止めできればいいしな、相手はロイファーだ。スコール、来い」
「はいはい」
見れば音もなく雪の上をすべるようにして百メートル級の化け物、ヴェセルがこちらに向かってきている。
「行動開始」
それぞれが散らばって走っていく。その中でスコールは見た、ヴェセルの前に転移してきた誰かが撥ね飛ばされるのを。
白髪の赤い瞳。長袖シャツにカーゴパンツ。レイズだ。
「……なにやってんだあいつは」




