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第二十六話 - 変わりゆく戦場/4

 戦争と言えない戦場の最前線を歩き続けてもう何年になるのだろうか。

 いつも自分が参加した戦闘は、攻撃機による対艦設備の破壊、上陸、艦砲射撃支援、沿岸防衛網の殲滅、橋頭堡(橋を護る砦じゃない)の構築、そこから続く進軍。

 などという当たり前のものではなく、魔法攻撃による地形丸ごと破壊、反則クラスによる破壊工作で敵軍の妨害がない間に侵入、作戦遂行、終了。というものや、単独突撃、普通に考えて撃破できないものを単独撃破、終了などだ。


「…………おい、まっくろくろすけ」

「なんだよこれ落ちないよ!」

「機械油がそう簡単に落ちるわけねえだろ」


 つい先ほど後方哨戒部隊を殲滅した二人は、どこかおかしい戦場を進んでいる。

 自分でおかしいと認識しておきながら普通には戻れない当たり、もうかなりイっている。どこが、とはいわないが。


「うえー、臭いよぅ、ボクの鼻が使えないよぅ」

「うざいから蹴り飛ばしてもいいか?」


 ナチュラルに言うその一言の恐ろしさはよく知っている。


「勘弁願います!」


 以前誰かさんがお空の星にされていたから。

 そう、自称勇者などこぞのバカを一蹴りで空に還し、自称最強魔法使いなどこぞのバカを一蹴りで空に還し、自称天使などこぞの美少女を一蹴りで……。


「……この臭い、血?」

「どうした犬っころ、なにか嗅ぎ付けたか」

「硝煙と血の臭いだね、これ。先で誰かやり合ってるよ」

「おいおい……やり合ってるってこの先にはヴェセルが……」

「それになんかビリビリする。プラズマ砲かな? スコールがいつかやってたのと」

「マジで……」


 目的がを助けておさらばするから、無理に大型ヴェセルと戦うことになりそうだ。

 おそらく鉢合わせれば、というか射程内に入った時点で味方のシグナルを出していなければ、うるさい蚊に殺虫剤を噴射するような気軽さで灼熱のプラズマに焼かれることになる。

 なんていうことはない。重力操作、引力操作、斥力操作、磁力操作、魔力操作。強力な磁場の壁ですべてを弾きつつ、接近してしまえば破壊できる。

 理由は単純だ。現実世界でのヴェセルの動力炉はプラズマを真空空間に磁力で押し止めるもの。ならばそれに干渉してしまえば後は勝手に臨界爆発でもして核爆発以上の被害を出してくれる。

 それこそ大陸の一部が消し飛ぶほどの……。


「…………うん、この臭い、間違いないよ。スコールとヴァレフォルと後三人、一人は獣人かな」

「すぐに案内しろ」

「オッケー、ついてきて」


 ルーが二足歩行から犬そのものの走りに切り替えて、クロードは走らずにすれすれの低空飛行でついていく。磁力と斥力で身体を浮かせてしまえばあとはリニアと同じ。

 とりあえず状況が見えたら確認せずにヴァレフォルは斬り殺す。そのためにナイフを抜いてみたが、金属でもないグリップがドライアイスのように冷たくなっていて、握った途端にぼろぼろと崩れてしまった。


 ――……おい? ここってそんなに寒いか?


 金属部分だけになったナイフを握り、冷たすぎて手の平が溶けそうなほどの熱さを我慢して飛び続けるが、すぐに離して重力操作で浮かべる。

 吹雪で真っ白に染まった視界では何も見えない。向かい風がとても痛い。


「ルー、距離は」

「五百メーターくらい? それになんか声もする」

「っ、一旦とまれ」

「なんで?」

「少しでも状況を知りたい」

「……分かったよ」


 クロードが腕を一振りすると雪がひとりでに集まって防風壁を形作る。


「魔法便利!」

「んなこたぁどうでもいい」

「はいはい……まったくもう、スコールと同じだねあんたも」


 人間よりも遥かに良い耳で、吹雪の音の中に紛れた小さな音を聞き分ける。

 同時にクロードも磁力走査スキャンで反射波を使って頭の中に情報を描き出す。これだけの吹雪だ、ネット経由で衛星を乗っ取ったところで何も見えやしない。


 ――距離四五〇、数一……いや、三? じゃない、五? 増えたよもう七? ……違う、召喚魔法で作ったナニカだ……。おい、あっという間に三○超えたよ。


 クロードの"サーチ"に映っているのはヴァレフォルが吹雪を防ぐために召喚したホロウという化物だ。一応分類的には古代種・公式的には絶滅した魔物で間違いない。

 実際の状況は弾の入っていないバトルライフルを持った男どもが、膝立ちにさせたエクルに銃口を突きつけているだけだ。無論、エクルの装備は剥ぎ取っている最中だ、妙な抵抗をされたら困るから。


「なんか変な話が聞こえるんだけど」

「どんな内容だ?」

「そのままいうからボクのこと殴らないでね」


『おい、この嬢ちゃん生贄にしちまうか』

『いっそのこと解剖するのもありだな。獣人系の構造をしりたい』

『防護スーツの耐久性試さないか? 確かここは雪狼がいるはずだ』

『それで生きていたら?』

『今度は身体のテストでもしてやりゃあいい。ちっせえ穴に突っ込んで裂けるかどうかとかな』


「とか言ってるけど、なんか音的に服やぶってるよ?」


 ……………………。

 後、スコールは後悔することになる。音声合成ソフトで作ったモノを流していたことを、そしてこんな出来レースを仕込んだことを。


 ---


 ドバッ!! という轟音が炸裂した。


「カウントスタート」


 それがヴァレフォルの召喚したホロウのすべてが空の彼方に消えた音だと認識した時には、身体が自然と動いて白い吹雪のカーテンから飛び出してくる刃を躱している。


「エクル伏せろ!!」


 その言葉と同時に首ではなく、確実に命を刈り取るために腰の高さを黒い刃が通り過ぎた。

 もちろんそんなにものが効くはずもなく、伏せていた男どもは起き上がる。


「あと二十秒とちょっと。走らないなら撃つぞ」


 拳銃のスライドを往復させ、カートリッジを送り込む。こちらは本物だ。

 エクルは立ち上がりすぐそばの一人を押しのけて逃げる。逃がされる。三十秒もない死への片道。


「久しぶりだなクソガキがぁ!!」

「ヴァル、やめっ――」


 計画が台無しになる。


「んだとこのクズ野郎!!」


 売りに買い。

 魔法で加速して飛び上ったヴァレフォルにクロードが突撃し、空中で互いの蹴りをぶつけ合った後に雪上で格闘戦に移行する。


「……スコール、ヴァレフォル撃てよ」

「……あぁ、多分いまなら背中の障壁無いから仕留められるぞ。クロードも一緒に」

「……撃つか」


 その安易な判断が大問題を引き起こす。

 ヴァレフォルの右腕がクロードの首を絞め、左腕がクロードの右手に宿る不明生物を押さえつける。クロードは左手でヴァレフォルの首を絞める。

 なんでこんなことになってしまうのか謎だ。片や人前で美少女の頭を持って叩きつけついでにお漏らしまでさせて色んな意味で殺したクロード、片や世界最強をナイフ一本で刺殺したヴァレフォルだというのに。

 どちらも色んな意味で強い。強すぎるが故にこんな低レベルなものになっているのだろうか。


「ま、邪魔だしまとめて片付けるか」


 互いに首を絞め合うクロードとヴァレフォル、そこに駆けていくエクル。

 まずクロードの首を照星の先に捉えたときだ、なぜかエクルが振り向いた。当然狙っていることに気付き、アーマーを着ているものだから拳銃弾なら防げるとでも思ったのかクロードを庇うコースに。

 スコールには女だから殺さないなんていう思考はない。

 一切の躊躇なく撃った。

 脹脛、太腿、背中、肩。

 バランスが崩れて倒れたところでそのままクロードの首と肩に。

 そして終わったと油断して振り向いたヴァレフォルに残りを全弾。

 白い雪が赤色で塗り潰されていく。


「避けなかったな、あいつ」

「必要がないからだろ」

「悪い、外した」


 むくりと起き上がったクロードは目の前の惨状を認識すると、ブチギレタ。


「ニ、ニゲヨウカ」

「メ、メズラシクアセルジャナイカ」

「さて問題です、魔力がない相手には一切勝てないこちら側のとるべき行動は?」

「「逃げる一択!!」」


 ---


 空に浮かぶ衛星群『槍』の照準衛星は地上の様子をはっきりと捉えていた。

 突如として厚い雲が吹き飛ばされ、太陽の如く眩い光が爆発し、白い大地が消し飛ぶ様子を。




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